10話 初心者殺し『死の階層』の本当の脅威!
直哉達は時間も丁度良かったのでギルドに戻って昼食を取ることにした。
だがその前に、リナ子は直哉のケガを治してあげようと考えた。
ホーンラビットに傷を受けたリナ子は自分のスキルで回復したが、その時に直哉が攻撃を受けてくれていたのを見ていたのだ。
「庇ってくれたんだからノリオのケガも回復してあげるわよ」
「あっ!いやっ!……オレは、大丈夫だよ!ほら……あのぉ……そう、スキル!
スキルの力で無効化したからダメージを負っていないんだ!」
リナ子にスキルを使われそうになって、直哉は慌てだした。
回復スキルを使われても直哉にはHPの表示が無い。
そもそも残機を消費して無敵になった時点でダメージは全回復している。
それを誤魔化すためにスキルのお陰と言い張る直哉。
あながち嘘ではないが、やはり自分のスキルのことは秘密にしておきたいのだった。
「ふーん、回避系のスキルってこと?
おっさん達が言ってたように、ノリオのスキルって忍者系統とか暗殺者系統とかなの?」
「え?……それは、どうかな……自分のスキルがどの分類に入るのか考えたことがないからなぁ……」
「そう言えばさ、一緒にダンジョンに入ってからレベルアップしてなくない?」
「え?」
今までスキルについて触れなかったのは、リナ子が直哉に興味が無かったから。
しかしリナ子は直哉を意識するようになってしまい、そうなるといつまで経ってもレベルが上がらない直哉の異常さが目立ってしまったのだ。
自分の核心を追及されて完全に頭の中が真っ白になった直哉。
目を右往左往と泳がせて、絞り出すようにやっと一言返事が出せた。
「オレのスキルは、経験値を沢山必要とするんだ……うん……」
「ふぅーん?そうなんだ……」
リナ子はその言葉を信じていなかったが、まさか直哉がレベルを持たない存在だとは思っておらず、疑問は持ったものの正解に辿り着くことはなかった。
「そ、そんな事よりも、さっさとダンジョンから出てお昼ご飯を食べようじゃないか!うん、そうしよう。そうした方が良いよ!」
自分のスキルについて怪しまれて、直哉は大声を出して誤魔化した。
「いやぁー、大畑さんのお弁当楽しみだなぁー!早く食べたいなぁー!」
見え見えのお世辞で話の流れを変えようとする直哉。こんなものに引っかかるのは余程のバカしかいない。
「えっ!本当に?楽しみにしてくれてるなんて嬉しいっ!」
引っかかるバカはここに居た!
リナ子の興味が移った事に直哉は安堵の溜息を吐き、思い出される前にギルドに戻ることにした。
探索中と違い、戻る時は何の負荷もかからずサクサクと足が進んで行く。
道を知っているので楽に帰ることが出来る。
そんな楽な道も5階までだった。
ダンジョンの入り口から5階まで、道を知っていれば往復でも30分もかからない。ホブゴブリンが魔結晶を落とす確率は大体5分の1程度。
だったら何故、魔結晶一つが一万円の値が付けられているのだろうか?
こんな簡単にお金を稼げるのならば、皆が探索者になれば全員大金持ちになれる。
その答えは4階にある。
死の階層と呼ばれる4階は、別名初心者殺し。
油断した初心者が4階で大体死んでしまうことから、そう名付けられていた。
そして油断とは気が緩んだ状態。帰り道を知っていてレベルも上がった初心者が、一度攻略したからとモンスターを舐め切った時の精神状態の事を言う。
今の直哉達は完全に慢心して油断していた。
まだダンジョンの中だというのに一切警戒をせずに、遠足にでも来たかのような足取りだった。
もし遠足だとしても帰るまでが遠足。そう学校で習ってきたはずだ。
そんな昔に習ったことも忘れて、装備を整えずに強行したリナ子に脅威が降り注ぐことになるのだった……。
4階に下りて来て最初の広間を通り過ぎようとしていた時だった。突然、モンスター達の動きが変わった。
ポイズンスライムを持ち上げて居たゴブリンが、スライムに体を飲み込まれたのだ。
体を取り込まれたゴブリンは暴れて抵抗するが、スライムの中でもがき苦しんで最後には動かなくなった
「いきなりどうしたんだ?仲間割れでも起きたのか?」
「ちょっと怖いよ……ノリオ、さっさと外に出ようよ……」
今までにないモンスターの挙動にリナ子が脅え、直哉の服を引っ張って先に進むように急かす。
「そうだね……こういう時はさっさと通り過ぎるのが一番だね」
警戒した直哉達は走って3階へと向かう。
ゴブリンを飲み込んだスライムが不気味に映ったので先を急いだが、むしろゴブリンがいなくなったおかげで移動距離や移動速度が減って安全になったように思える。
しかしそうではない事をすぐに思い知ることになる。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「何だ!?」
突然後ろから悲鳴が聞こえて直哉は振り返ろうとしたが、その前にリナ子が必死な形相になって全速力で駆けて直哉の横を通り過ぎて行った。
そして振り返った先には、紫色した人の形をした物体が凄い速度でこちらに迫って来ていた。
探パスを使って情報を探ると、そこには『ポイズンマン』と表示されておりモンスターであることが分かった。
適性レベルが驚愕の20~25。4階に出現するレベルよりはるかに高い強敵だった。
逃げながらさらに詳細な情報を見てみると、ゴブリンを喰らったスライムが進化した姿で手足を手に入れたスライム。欠点だった足の遅さと攻撃手段の無さを克服した凶悪な敵と書かれている。
この情報を見て直哉は寒気を感じていた。
ゴブリンを持ったスライムはこの階層にうじゃうじゃいる。これが何らかのイベントスイッチを踏んだ結果現れた現象だとすれば、この階層にはポイズンマンが溢れていることになる。
危機感を覚えた直哉は先を走るリナ子に声をかけた。
「大畑さん、焦らないで!このモンスター、この階層に他にも同じ敵がいるかもしれない。
前から来るかもしれないから、フロアとフロアの区切りには十分注意してくれ!」
「そんなこと言っても怖いんだから無理だってっ!」
後ろから来たポイズンマンに直哉はナイフを投げて迎撃するが、一撃では倒れなかった。
「くっ!モンスター二体分だから一撃では足りないという事か!?」
更にもう一度ナイフを投げると、今度こそ後ろから迫るポイズンマンを消滅させることが出来た。
これで後ろからの脅威は排除出来て焦って先を行く必要は無くなったが、恐怖に駆られたリナ子は後ろを確認することなく脇目も振らずに走っていった。
「大畑さんっ、後ろのモンスターは倒したんだよ!走らなくていい!止まってくれ!」
「いやあぁぁぁぁぁぁっ!」
直哉が大声で呼びかけるが、もうリナ子の耳には届いていない。
ポイズンマンの姿を至近距離で見たせいで、リナ子は混乱してしまっていた。
スライムの毒と消化液でぐずぐずに溶かされたゴブリンの死体は、まるでホラー映画に出てくるゾンビそのもの。
それが全速力で追いかけてくれば、すべてを忘れて逃げてしまうのも無理はない事だ。
しかし、周りの状況を確認しないで走っているというのは危険な行為だ。
直哉が危惧した通りに、フロアとフロアの区切りの部分から新たなポイズンマンが現れてリナ子に襲い掛かって来た。
「きゃあぁぁぁっ、いやぁぁぁぁぁぁっ!」
「くっ、まずい……」
前から来たポイズンマンは遠く、更に直哉からはリナ子の影に隠れていてナイフを投げられない。
何とか追いつこうと直哉は全力で走るが、それよりもポイズンマンの行動の方が速かった。
ポイズンマンはリナ子の両手を絡めとり、口に触手を伸ばして毒液を送り込もうとしていた。
必死に顔を背けるリナ子だが、ゴブリンの腕を利用したパンチを腹に受けて口を開いてしまうのだった。
「間に合ったぞ!」
だが、リナ子の口に触手が触れる前に直哉が追い付き、そしてナイフを二つ投げてポイズンマンを倒したのだった。
「大丈夫、大畑さん?」
「ゲホ、ゲホッ!……ありがとう、ノリオ……何とか助かったわ……」
「どうやらこれが本当の死の階層と呼ばれるギミックみたいだ。
モンスターが突然強化されるなんて驚きだけど、焦ったりすれば足元をすくわれるから気を付けて!」
「……今、身を持って体験したから余計なことをするわけないじゃない……。
あたしは下がって回復と補助に回るから、前衛は頼んだわよ!」
「うん……任せてよ……」
ステータスが無いので回復されても、意味があるのか微妙どころか自分のスキルの違和感に気付かれそうで、警戒中だというのにそちらに気を回してしまう直哉。
リナ子にバレるわけにはいかないので、回復されないようにモンスターの攻撃を全て避ける羽目になってしまった。
とは言っても直哉のスキルが強すぎて、ポイズンマンが全速力で襲い掛かって来てもナイフを投げるだけで簡単に倒せてしまうのだった。
「何だ……おぞましい姿にビビっちゃったけど、ノリオなら簡単に倒せるんならビビらなくて良かったじゃん」
「そう言えばこのポイズンマン、適正レベルが高いから倒せたらかなりのレベルアップが見込めるけどやってみる?」
「バカッ!意地悪言わなくていいじゃん!あたしが手も足も出ないの見てた癖に!」
「あははははは!」
直哉が簡単に処理出来ると分かると、先程までの緊迫感も薄れて笑う余裕すら出て来た。
だが、死の階層の恐ろしさはこれで終わりではなかった。
何処に隠れていたのか、ポイズンマンが大量に現れて直哉達を取り囲んだのだ。
ポイズンマン達は離れた所から直哉達に腕を向けて、そこから体液を飛ばし始めた。
「何だって!?」
「イヤッ!ばっちぃ!」
リナ子は汚いものを見たかのように言うが、それどころではない。ポイズンマンの体液飛ばしは毒の効果がある遠距離からの攻撃だ。
それを四方八方から放たれて、それを回避する場所が直哉達には無かった。
「大畑さん、階段まで走るよっ!ここまでやられたら突っ切るしかない!」
「待ってよ!あたしの防御と体力じゃあ全部喰らったらHPが持たないよ!」
「出来るだけ屈んで!オレを盾だと思っていいから、とにかくこの場から離れることが先決だ!」
流石に大量に放たれた毒液を避けることは出来ず、攻撃を喰らい残機が減ってしまった。
これで無敵が発動するが、攻撃を受け流すのではリナ子に毒液が当たってしまう。
なのでたった五秒だがリナ子の為に無敵の盾となって、飛んでくる毒液からリナ子を守る直哉。
しかし毒液攻撃は止むことなく、むしろ雨のように大量の毒液を放ち直哉達を襲った。
直哉は前方にいるポイズンマン目掛けてナイフを投げて活路を開くが、無理矢理通った道の先にもポイズンマンが待ち構えていた。
五秒が過ぎて無敵が無くなって直哉はまた攻撃を受けて残機を失い、残りは16。
直哉だけならば4階を抜けるのは問題ないが、隣にいるリナ子は3階まで持ちそうになかった。
探パスからの情報でリナ子の頭上にHPの表示がされているが、それが見る見るうちに減っていく。
ホーンラビットの攻撃でしか大きく変動しなかったのでそこまで見ていなかったが、最大HPが154そして現在HPが62……あと2フロアは進まなければ階段に辿り着かないというのに、もう一刻の猶予もない状態だ。
「ヒール!」
そこへリナ子は回復スキルを発動させた。62だったHPが117に回復している。
しかし、その回復量では階段まで持ちそうにない。
「大畑さんは自分を回復するのに専念して!オレが君を無事に送り届けるから、安心してくれ!」
直哉はリナ子を抱きかかえ強行突破するが、ポイズンマンの数を減らさなければそれだけ毒液が飛んでくる。
また五秒が経過してさらに残機が減っていく。
「キュア!ノリオ本当に大丈夫なの?あんたも回復しないと危ないんじゃない?」
「大丈夫!オレのスキルで直撃はしてないから、HPだって減ってないだろ?だから大畑さんは全部自分の回復にMPを使うんだ」
本当は敵の攻撃が直撃していて、攻撃を受ける度に叫びたくなるほどの激痛が体を走るが、そんな甘えたことを言ってられない状況だ。
前の通路を防ぐポイズンマンに手首だけでナイフを投げつけて排除して、通路から抜けて次のフロアに入った。
そこには待ってましたと言わんばかりに、十体近いポイズンマンが直哉達の進行方向を陣取っていた。
明らかに直哉達を狙い撃ちにした行動だ。
「探索者が危険な仕事だって聞いていたけど、魔結晶を持ち帰るだけがこんなにも辛いのか……」
ポイズンマンが襲って来る理由、それは魔結晶を持って4階に足を踏み入れると直哉が推測した通りにイベントスイッチが入り、魔結晶を持った者を狙うようになるのだ。
ポイズンマンは確かに強敵だが、それを倒せる者がプロの探索者を続けることが出来る。これはそう言った試練なのだ。
もしリナ子がビキニアーマーを装備したままなら、こんなに焦る必要は無かっただろう。大量のポイズンマンからの攻撃も、防御力が120ある防具があれば屁でもないからだ。
もしくはギルドに売っていた25万円する防具でもいい。
あれはビキニアーマーよりも防御力はないが、毒無効の効果を持っており毒液飛ばしをされてもほぼ無傷でいられるという優れ物であった。
残念なことにリナ子はそのどちらも持っていない。
そして必死に回復をし続けているが、そろそろMPも切れそうだった。
だが、希望も見えて来た。
「大畑さん、このフロアを抜ければ階段だよ。もう少しだけ頑張って!」
直哉が頑張ったおかげでギリギリ間に合いそうだ。回復と防御に専念していれば何とかやり過ごせる、リナ子はそう思っていた。
しかし、突然上からスライムが落ちて来た。
ゴブリンを取り込むことなく天井に張り付いていたスライムは、リナ子の顔に張り付いて顔から毒液を送り込み窒息させようとしている。
「ガボッ!?ガボボボボボボボボボッ!」
リナ子は突然のことで上手く対処出来ずにもがくが、顔に張り付いたスライムを剥がす前に気を失ってしまった。
直哉は即座にスライムを引き剥がしてリナ子のHPを確認してみるとまだHPは残っており、意識を失ったのはショックダメージを受けた訳ではないようだった。
それでも残りのHPは23と少なく、意識を失った状態では回復出来ないのだから危険な状態だった。
「頼む……あと少しなんだ……助かってくれよ」
直哉はダメージ覚悟で全力で前に進み、何とか階段まで辿り着いた。
階段は安全地帯でモンスターの攻撃は届くことなく入って来ない。
残機を13まで使ってしまったが、何とか抜け出すことが出来た。
「大畑さん!4階を抜けたよ!目を覚まして!」
「う……ん……あたし、助かったの?」
「そうだよ。でもHPが危ないから、すぐに回復した方が良いね」
リナ子が確認すると残りHP3。まさにギリギリ、間一髪で助かった。
リナ子は言葉にはしなかったが直哉に深い感謝を心の中に抱き、そしてそれよりも直哉の異常さが気になった。
直哉もリナ子と同じく防具を装備していない。
直哉はスキルの力で無効化していると言ったが抱きかかえられているリナ子から見て、直哉が痛みを我慢しているのが丸分かりだった。
助けてもらった事への感謝はあるが、何か隠し事をしていることがリナ子は気に入らなかった。
よく観察しているとそれは分かりやすく、落ち着いたら問い詰めてやろうと心に決めていた。
だから助けられたリナ子の口から最初に出たのは、感謝の言葉ではなく問い詰めるような質問だった。
「ねえ……ノリオは何を隠しているの?」




