9話 探索者として本番開始!
「だからこれはノリオが貰っちゃって良いって言ってるじゃん。何でそこまで強情なの?」
「強情も何も、それは大畑さんが倒したモンスターから落ちたんだから大畑さんの物だよ。大丈夫、モンスターを倒していればその内に落ちるから」
リナ子が直哉にあげようとしていたのはドロップした魔結晶。しかし直哉は意地になって貰おうとしなかった。
直哉は取り繕っていたが、本当は喉から手が出るほどに欲しかった。だけど素直になれなかったのは、直哉のプライドのせいだ。
あれだけ多くのホブゴブリンを屠って来たのに自分は一つも手に入れることが出来ず、代わりにリナ子が一発でゲットしたのが精神的に効いていた。
それと女の子から恵んでもらうという構図が何だか情けなくて、リナ子の好意を受け取れずにいた。
その後、出会ったホブゴブリンがリナ子をターゲットに選んだ瞬間に直哉が倒すようにしていたが、やはり魔結晶は一向に落ちなかった。
逆にリナ子が倒すと二分の一程度の確率で落とし、今やリナ子の魔結晶は二つ。さらにレベルも13に上がった。
レベルが上がった事でホブゴブリンも楽に倒せるようになって、リナ子は次に進むように提案をした。
「この階層はこれくらいにして、次の階に行ってみる?」
「そうだね……次の階に出てくるモンスターなら、きっと……オレの魔結晶が出てくるよね……」
5階の適正レベルを考えるとこの階でもリナ子のレベル上げは出来るが、他の探索者がそこかしこにいて獲物を確保するところから始まるので効率が良くないのだ。
6階の適正レベルは13から17。防具のないリナ子でもある程度は何とかなる難易度だ。
他の探索者がモンスターを倒してくれているので、直哉はあぶれたホブゴブリンを倒すだけで道中を安全に進むことが出来た。
そのお陰で簡単に6階の階段を見つけることが出来た。勿論、その間にアイテムは落ちることはなかった……。
そして辿り着いた6階。
この階層にはホーンラビットが現れる。つまりは角が付いたウサギだ。
装備を整えてスキルを鍛えていればそこまでの強敵ではないが、この敵は徒党を組み仲間を呼ぶ。
ついでに動きは速く、体は小さく、角と噛みつき攻撃がそこそこ痛い。
更には直哉の手の平に収まるサイズの体だというのに、HPが何と5階のホブゴブリンより多いのだ。
今までは初心者用の簡単に倒せるモンスター達だったが、ここからは本番。
ちょっとのミスでいつ死んでもおかしくない相手と、命を懸けて戦わなければいけない。
証拠に小遣い稼ぎに来ていた探索者は、この階には上がって来ない。魔結晶を得るだけならばホブゴブリンが狩りやすいからだ。
しかし直哉はドロップしない。
直哉自身は階層を上がればドロップ確率も上がる、と思い込んでいるがそれは間違いだ。
初心者の階層と呼ばれる4階まではドロップアイテムも落ちにくく、実に五万分の一の確率と言われているが、5階からは五分の一程度でアイテムが落ちる。
直哉は薄々自分のスキルのせいでアイテムを落とさないのだと気付いていたが、その考えを受け入れることが出来ず一心不乱にアイテムを求めた。
運良く階段を上がったすぐそこにホーンラビットを見つけられたので、直哉は即座にナイフを投げたが避けられてしまう。
ナイフは手元から無くなっていないので連射するが、ウサギが軽く飛ぶだけで全て躱されてしまう。
そうこうしている内に、騒ぎを耳にした他のホーンラビット達が集まって来た。
階段を上がったばかりなので後ろにはいないが、前にはウサギの群れが現れていた。
「ノリオ、冷静になりなよっ!そんな出鱈目に投げたって当たりっこないでしょ!」
「うっ……ごめん……そうだよね……一旦冷静にならないといけないよな……。
そうだ……そうだよ、オレは直哉だ!直哉なんだ!ノリオじゃない!」
「今それはいいから、敵をやっつけて!」
「はい!」
冷静になった直哉は飛んでくるホーンラビットを狙い撃ちした。
良く見ればキラービーと同じで攻撃前には予備動作が存在し、スタンピングをしてから飛び掛かって来る。
そしてホーンラビットは、飛び上がったらそこから軌道を変える術は持っていない。
それを迎撃するだけで簡単に倒せてしまえるのだった。
直哉はリナ子にその特徴を伝えるが、一つ注意も告げた。
「ホーンラビットはキラービーよりも素早く、頭の角もかなり強力に見える。
一撃で倒せないようならすぐに下がって」
「分かってるってば!」
やはりというか直哉が危惧した通り、リナ子の攻撃では一撃でホーンラビットを倒すことは出来ず、襲い掛かって来たホーンラビットの角がリナ子に当たった。
幸いにもかすった程度でダメージも少なかったようだが、リナ子は用心して直哉の背中に隠れて自分を回復し始めた。
「ヒール!」
リナ子がスキル名を叫ぶと回復スキルが発動して、ホーンラビットに傷つけられたリナ子のHPが回復した。
「大畑さん、まだやれそう?」
「当たり前じゃない!あたしのMPが尽きるまでやらせて。もしノリオが傷ついたら回復してあげるし、魔結晶が落ちたら上げるから!」
「それはさっきも大丈夫だと言ったよ。それと直哉です」
リナ子はやる気だが、構える前にホーンラビットが襲い掛かって来た。直哉は避けることが出来ず、果物ナイフでは防御することも出来なかった。
結果リナ子を守るために一撃くらってしまい、残機は18。
しかしお陰で無敵が発動して、楽にホーンラビットを捕まえることが出来た。
ホーンラビットの攻撃は角に噛みつき、それとダメージはそれほどないがスタンピングもある。つまり胴体を捕まえてしまえば何も出来なくなるのだ。
「ほら大畑さん、これなら簡単に倒せるよ」
「うん……ありがとう……」
直哉に抱えられたホーンラビットの脳天をリナ子が木刀で強く叩くと、ホーンラビットは光になって消えた。
そしてリナ子の探パスから軽快な音が鳴り響き、レベルアップしたことを告げていた。
「あー、やっぱりこのレベルになって来ると一個ずつしか上がらないか……」
13だったリナ子のレベルは14に上がった。スキルも特に覚えなかったようだ。
だが、幸運にもホーンラビットがドロップアイテムを落としたようで、それは直哉の手の中に収まっていた。
「あっ!大畑さん、アイテム落ちてたよ!」
直哉がリナ子にそれを渡そうとするも、リナ子は腕を組んでそれを拒否した。
「ノリオが最初に拾ったんだから、それはノリオの物よ。あたしは感知してませーん!」
「そんな……だって、これ魔結晶じゃないんだよ?もしレアなアイテムだったらどうするの?それとオレは直哉なので、このアイテムは受け取れませんね」
直哉の手の上に置かれているのはふわふわなキーホルダーのような物。探パスで調べてみるとウサギの尻尾と出ている。
確かに見た目はウサギの尻尾だけを取り外したような見た目だ。
効果などをさらに調べると、運が上がってアイテムドロップ確率上昇や攻撃が当たった時のクリティカルが出やすくなると書かれている。
…………ちなみに売値は500円だ。
直哉は装備品が出たのでレアドロップかと勘違いしたが、6階のホーンラビットは群れで襲い掛かって来るのでウサギの尻尾は簡単に手に入る代物なのだ。
直哉はウサギのしっぽがアイテムドロップ率上昇効果を持つのを見て、若干欲しい気持ちが出てくるがやはり受け取らず、リナ子の手を握って押し付けてしまった。
「これは大畑さんの物だよ、オレには受け取れない。
それにこんなかわいいアイテム装備するのは、可愛い女の子の方が良いでしょ。きっと装備したら似合うと思うよ」
「なっ!何を言ってるの、突然!?」
急に手を握られてリナ子の心拍数は高くなる。さらに直哉と目が合った状態で可愛いと言われて、顔が赤くなる。
ドギマギしてしまいリナ子は顔を逸らし、直哉の目を直視できずにいた。
今までレベル上げに集中して抑えていたリナ子の感情はそれを境に溢れ出て来て、心臓の鼓動も速く大きくなって、このままではとても探索に集中出来そうになかった。
「分かった!分かったからっ!これはあたしが貰うね。
でも……貰いっぱなしもなんだからノリオにお昼を奢ってあげる。リアルJKの手作りお弁当!どう、嬉しいでしょ?」
リナ子は押し付けられたウサギの尻尾をひったくるような動作で直哉の手を離し、一息整えてからお礼のお弁当を渡すことにした。
どう切り出すか悩んでいたが、一緒に探索しているのに魔結晶も装備もいらないでは流石に貰い過ぎだ。
犯罪者パーティーからビキニアーマーをパクったリナ子だが、この状況はリナ子に罪悪感を覚えさせていた。
弁当すらいらないと言われたら今度はリナ子が精神的に打ちのめされてしまうが、返事は直哉の腹の虫が代わりにした。
ぐぅーっ!
ご飯の話をしたせいで直哉も探索に集中出来なくなってしまった。
何しろ、最後の食事からそろそろ丸一日だ。
スキルの力があるとはいえ動き回れば体力を使う。そうすると腹が減るものだ。
「ごめん……ちょっとお腹空いちゃって……あの、食い意地が張ってるみたいで恥ずかしいけど……お弁当、本当に頂いてもいいの?」
「いいよ!うん。全然問題ない!だって色々してくれてるじゃん!これくらいはお返しさせてよ!」
弁当を受け取ってもらえることが分かり、リナ子の顔は満面の笑みに変わる。
二人共の集中が途切れてしまったので戻って昼食を取ることにした。
二人は集中力も途切れていたが、それ以上に油断もしていた。もしここで気を引き締めていれば、怖い思いもせずに済んだだろうに……。
直哉達は本物の探索者としての試練を受けることになるのだった。




