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守り人  作者: 紫月 飛闇
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望めぬ、安息。











その日、久しぶりに会った籥は、なぜかいつもの彼とは雰囲気が違っていた。


目に見えて憔悴した様子で、今にも泣き出しそうな顔をしていた。






「籥、森に戻ってきたんだね?」






籥のそんな様子にいち早く気付いた蒐が、気遣うように明るく話しかけた。最近の籥は、時折こうして落ち込んだように森に戻ってきては、蒐や渫ととりとめもない話をし、最後はすっきりした顔で町に戻ることが多かった。






町では籥を悩ますことが多いのだろうか。


渫や蒐は漠然とそんなことを思っていた。








だが、今日の籥は、明らかにいつも以上に落ち込んでいた。落ち込む、というよりは沈み込んでいた。






「籥?大丈夫?顔色が・・・・・・」






何も言わずに祠に向かう籥に、蒐が気遣ってさらに話しかけるが、彼は視線を蒐に向けただけだった。






「籥?」


「・・・・・・悪い、蒐。ひとりにしてくれ」






いつも明るく力強い籥とは思えないほど、弱弱しい声で籥は蒐にそれだけ言った。




困ったように蒐は渫に振り返ったが、渫はそれ以上なにもできないと判断し、蒐を自分のもとに引き寄せた。








祠へ戻る籥の背中を見ながら、蒐が心配そうに渫に訴える。


「籥、どうしたのかな?なんだか、本当に元気ないよね?町でなにかあったのかな?」


「わからないけど・・・・・・。でも、籥になにかあったことには違いないわよね」








渫も、籥が町でなにをしているか知らない。籥のように町に出て暮らしている者は、里にも何人かいる。


彼らの会話でわかったことは、籥たちは「学位」というものを取得するために町にいるらしい、ということだった。








森に新たな罠をしかけながら、渫は首をかしげて考えに耽る。




学位、というのは、おそらく勉学のなにかに違いない。


それを長が命じて、町で取得するように言っているのだから、「守人」にとって大事なものなのだろう。


だが、渫や蒐はまだ何も学位については言われたことがない。


この森で、ひたすら修行をするだけだ。








この森には、思えば不思議なことに、想像以上の猛獣たちがいる。その猛獣たち相手に、捕らえたり殺したりするのが彼らの専らの修行だった。


時折、里の仲間たちと手合わせすることもあったが、どちらかというと道具を使って相手を捕る、狩猟のが多かった。






その中でも、渫は決して殺すことは無かった。




そのための努力と研究は惜しまなかった。


気付けば、ここ数年で無数の薬と罠、小道具を創り出してしまった。




その小道具の一部は、蒐にまわることも多い。








蒐は、数年前に籥に見せてもらった奇術師の奇術がそれほどおもしろかったのか、自ら奇術を編み出してまで没頭していることがあった。


修行のなにかに役立つことはあまりなかったが、蒐の底抜けに明るい性格と笑顔に加え、そのような奇術も相まって、里の仲間たちは気付けば蒐の周りに集まった。






そんな手先の器用な蒐に見合うような小道具を、渫は時々作っていたりもした。








そんな風にして、渫と蒐の日々は流れていた。


修行して、研究して、学んで。


時々町から帰ってくる籥と楽しく話して。








穏やかとはいえないが、けれど危険性はない、そんな日々が、ずっと続けばいいと渫は心の底から、そう思っていた。






だが、籥が今までにないほど衰弱して森に帰ってきた様子を見て、渫も蒐も、互いに言いようのない不安をどこかで感じていた。










「・・・・・・籥?」


ひとりにしてくれ、と言われたものの、それでも心配になってしまい、渫と蒐は、籥に与えられた祠の空間のひとつへ、足を運んだ。






籥は力なく床に座り込み、どこを見るでもなく虚ろに一点を見つめていた。






「籥、どうしたの?」


渫がそっと籥の肩を叩くと、初めて渫に気が付いたようにやっと彼は顔をあげた。


「・・・・・・渫・・・」


「町で、なにかあったの?」


「町で・・・・・・か・・・。・・・・・・いや、特には・・・」


「おめでとう、籥」






足音ひとつ立てずに、籥のもとに新たな影が現れた。蒐も渫も、すでに慣れたその気配にすっと口をつぐむ。


籥は、彼を祝ったその言葉を述べた人物に視線を送り、軽く自嘲するように笑った。






「やっと、ですよ、長」


「まったく。学位をとるのに5年もかかりおって。おまえと同時に町にやった者たちはすでに2,3年で戻ってきたえ?」


「どうも、オレは勉学に疎いようです」






苦笑する籥のその言葉にも、いつものような力強さはない。それを長も感じ取ったか、ふ、と優しく微笑んだ。






「森に戻る最後の支度を、したんだね?」


「・・・・・・・・・・・・はい・・・・・・」






長の言葉に、籥は今にも消えそうなほど小さな小さな声で答えた。






「・・・それが、最初の一歩じゃ」








そう言った長の表情はとても柔らかで。でも、その言葉はとても冷たくて。


そのギャップに、渫はなぜか背筋が凍る思いがした。




籥は黙ってうつむいたまま、なにも言わない。


やがて、長はそばで立ったままの渫と蒐に声をかけた。








「そろそろ渫と蒐も町に出るかえ?それぞれに保護者を用意しようか」


「町に?」


「わぁ!!俺たちも町に行けるの?!」




驚く渫と、喜ぶ蒐の傍らで、籥がはっと顔を上げて叫んだ。






「長!!どうか、渫と蒐は同じ家で暮らさせてやってください!!」


「なにをいうか、籥。いくら姉弟といえど、同じ家にふたりも・・・・・・」


「どうか、お願いです、長。渫には蒐が、蒐には渫が、必要なんです!!」






必死に長にすがりつく籥を、当の渫と蒐が驚いて見ていた。今日の籥は、どうもいつもの彼らしくない。








「・・・感傷に浸りすぎるな、籥。それでは一人前とは程遠い」








鋭く冷たい視線と言葉が、籥を貫く。長の言葉に、痛そうな苦悶の表情を浮かべた籥をかばったのは、先ほどまで無邪気に喜んでいた蒐だった。




「・・・長。籥をそれ以上いじめないで」








籥の前に立ちはだかり、長から籥を見えないように隠してしまう。そして、蒐はこの里の統率者である長にも、怯むことなく敵意を露にする。






「それに、籥の言うとおり、俺は姉さんと一緒の場所で暮らしたい。それができないなら、この森の中にいる」






蒐の頑なな物言いに、長は口をつぐんだが、やがて息を吐くようにしてしぶしぶ肯定した。






「わかった、そう計らうとしようか。ただし、2年以内には学位をとってくるのだよ」


「町にいられるのは2年、ということね?」




渫の確認に、長は黙ってうなずく。そして、籥になにか言いたそうな視線を投げるだけで、黙ってその場を立ち去った。










「町に行けるんだね、姉さん」


長がその場からいなくなるとすぐに、蒐はいつもの彼に戻ってにこにこと渫に話しかけた。


「ねぇ、籥、町は楽しい?人がいっぱいいるの?」


「・・・・・・あぁ、そうだな。学位をとるまでは、きっと楽しいことだらけだ」




やはり力なく笑いかける籥に、渫は心配になって顔を覗き込む。


「大丈夫?具合悪いの?」


「いや、そうじゃないんだ、渫。・・・・・・ただ、気持ちの整理がつかないだけだ」


「気持ちの整理?町を離れるのは、やっぱりさびしい?」


「いや、町には出ようと思えばこれからでも出れるさ。・・・・・・ただ、学位をとるまで世話になっていた家の人たちとは、もう・・・・・・会えないから・・・さ・・・」






最後は消え入りそうに籥はつぶやく。






「長の言ってた『保護者』って人?」


「・・・・・・あぁ」


「そっか。学位をとったら里に戻ってくるなら、もう会えないもんね。さびしいよね」








しゃがみこんだままの籥の頭をなでながら、蒐は労わるように籥に話しかける。


渫はそれを聞いていて、違和感を覚えていた。




町を出て、『保護者』と別れるのはたしかにさびしいだろう。


5年も世話になっていたのだし、それなりの情もあるだろう。








だが、ただそれだけで、ここまで籥が憔悴するだろうか。








けれど、渫のその疑問に、答えるものはいなかった。


後に、その理由を渫は思い知ることになる。










数週間後、渫と蒐は長と共に森を出て、町に向かった。






渫と蒐の、町での修行が始まったのである。





















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