抗えぬ、探究心。
「あ、あのおじいさん?」
何もない道をしばらく歩くと、小さな人だかりが見えた。とはいえ、取り囲んでいるのは蒐のような子供ばかりだ。
「そうそう。あそこのじーさんの奇術がおもしろいんだわ」
籥の言葉を全て聞くより前に、蒐はすぐにその人だかりの中に入っていく。
蒐は、すぐに魅せられた。
子供をあやすような口調で、その老人は次々と不思議な奇術を繰り広げる。何もないところから物が出てきたり。あったものが、なくなったり。
飽きることなく、老人が繰り出す夢のような世界に、蒐はじっと食い入るように見入っていた。
籥は蒐のそんな様子を微笑ましく見守る。
普通の子供としての生活ができないのだから、せめてこれくらいは。
一通りのお披露目は終わったのか、老人は周りを取り囲む子供たちに終わりを告げた。名残惜しそうにしながらも、そろそろ夕飯の頃合ということもあって、子供たちは散っていく。
その場には、老人と、蒐と籥が残された。
「・・・おい、蒐。行くぞ」
「ねぇねぇおじいさん」
にこにこと、蒐はいつもの太陽のような明るい笑顔を携えて老人の傍によった。
「ん?なんだい、坊や?」
「ほらっ!!」
差し出した蒐の手には、いつの間にか、一輪の花が。それは、先ほど老人が子供たちにやってみせたものと同じ。
「坊や・・・・・・!!」
「でもほら、なくなっちゃう!!」
蒐が手を閉じて、ぱっと開けばそこにはもう何もない。
「でも、おじいさんのポケットの中に、あるよ」
にこにこと蒐が言うように、老人が手をポケットに伸ばせば、そこから出たのは先ほどの一輪の花と、一枚の紙切れ。そこには「ありがとう」と子供らしいかわいい字で書いてあった。
「ありがとう、おじいさん。楽しかった」
「・・・・・・ここまで見破れるのも、大人でもいないんだがなぁ。もしかして、坊やはなにか奇術の鍛錬でもしているのかい?」
「ううん。でも、できるかな、と思ってやってみちゃった」
おそらく、老人はここまでの技術を身に着けるまで相当鍛錬を積んだに違いない。
それをあっさりとやれると思ってやってみた、という蒐の小憎たらしい発言に、老人は一瞬顔をゆがめる。
だが、目をやれば、そこには愛らしくにこにこと笑う蒐の笑顔があり、思わず老人もため息と共に苦笑していた。
「坊やは奇術の天才だと思うがね。どうだい、芸団にでも入ってみないかい?」
「芸団?」
「わしのような奇術師がたくさんいるとこだよ」
「ふぅん・・・・・・」
「蒐、行くぞ」
老人と蒐の話がキリがよくなったと判断した籥が、蒐を促す。門番たちが目を覚ます前に森に戻らないと後が怖い。
「あ、うん。じゃぁね、おじいさん。俺、芸団には行けないから」
理由も告げずに、蒐はさっさとその場を去る。
籥は追いついてきた蒐に呆れたように肩をすくめた。
「なんだなんだ。あのじーさんの奇術、全部わかったのか?」
「うん、だいたい。帰ったら姉さんに見せてあげようっと」
持って生まれた器用さとすばやさ。相手の心を解す、柔らかい笑顔。
たしかに、蒐の持つ非凡な才能は、奇術師に向いているのかもしれなかった。「守人」などではなく。
「籥?どうしたの、痛そうな顔してる・・・?」
「・・・なんでもないさ。ほら、早く森に帰れ。渫が心配してるぞ」
「籥は?」
「俺はこのまま町に帰るさ。しばらくあの門番たちにも会わないほうがいいかもしれないからな」
いたずらっ子のように笑って、籥は手を振る。
蒐もそんな籥の言葉に納得してしまい、けらけらと笑いながら、彼は森に帰った。
「姉さん、姉さん!!見て見て!!!」
森に帰り、渫を見つけると、蒐はすぐにそう呼びかけた。
「蒐?!なぁに、今帰ってきたの?!」
「そうなんだ!!ほんとにね、奇術っていうの不思議でおもしろかったよ!!」
「ふ~ん。よかったね」
見れなかったのがくやしいのか、少しすねたように返す渫に、蒐はにこっと笑って手を広げた。
「?なに?」
「姉さん、よく見ててね。今、俺の手には何もない。でも、こうやって息を吹きかけると」
ふっと蒐が拳を握った自分の手に息を吹きかける。
「はい、姉さんへのお土産」
ぱっとそこには黄色の花が蒐の手に握られていた。
「すご~い、今、どうしたの?!」
「秘密だよ、秘密」
蒐から花を受け取りながら、渫は感嘆をもらす。だが、それだけでは彼女は終わらない。
「秘密なんてだめよ。あたしがわかるまで、ここで繰り返して」
「え~、なんでだよ~」
「いいから、ほら、早く」
かくして、蒐の芸は渫が見破るまでとことん続けられた。
蒐が見せた、2,3の芸を見破ると法則が見えたのか、渫はそれ以上は要望してこなくなった。
「なるほどね。相手の視線を欺くことでできることもあるわけね」
「長へのイタズラに使えそう?」
「まぁ、実験するにはいいでしょうね」
くすくすと笑う蒐に、渫もすまして答える。
だいたい理屈はわかった。
だが、理屈はわかっても、きっと渫は蒐のようにはできない。蒐のような器用さもすばやさもないから。
それでも、渫にしかできないこともある。
「そういう理屈を使って、罠や道具も作れそうね」
「へぇ、道具?!」
「もっと色々工夫した道具をつくれば、もっと奇術の幅は広がるかもしれないわよ?」
「・・・・・・姉さん、俺、奇術師になる気はないんだけど」
「あら、何事も才能を増やしておくことに越したことはないわ」
なぜか創作意欲と研究意欲に火がついたらしい渫に、蒐はたじたじと後退する。
「あ、そうだ。粉は効いた?」
ふと、思い出したように渫は尋ねた。
「うん、ばっちりだったよ。すぐに門番は眠っちゃった」
「よかった」
そのまま洞穴に帰ろうとする渫を追いかけながら、蒐はさらに彼女に問いかける。
「ねぇ、姉さん、色々な薬、もっと作れる?」
「できなくはないと思うけど・・・・・・。なんで?」
「その奇術にも使えそうじゃない?」
「なるほどね、おもしろそうね」
「・・・・・・あと、お願いもあるんだ」
「お願い?」
そのあと、蒐が告げた「お願い」に渫の表情が強張る。
想像していたとはいえ、渫のそんな表情に、蒐の心は痛む。
蒐だって、「守人」がどんなものかはしらない。
でも、なんとなくはわかる。
だから、渫にならお願いできると思った。渫なら、蒐も信じているから。
「・・・・・・だめ、かな?」
念を押すように尋ねた蒐に、渫は硬い表情ながらも、首を振った。縦に。
「・・・・・・いいわ。わかった。・・・・・・でも、少しでも変なことあったら言いなさい?」
「うん、わかった!!ありがとう、姉さん!!」
ぱっと花を咲かせたように無邪気に笑う蒐に、渫は苦笑する。
同時に、手が震えるほど、怖くなる。
現実を、急に見た気がした。自分たちがいる、立場。
蒐は、渫よりもそれを敏感に感じ取っているのだ。
それでもなお、あのように明るく笑える蒐に、渫は救われている。
きっと、籥も。
その後、探究心、研究心旺盛な渫によって、様々な道具、罠が作られた。
罠は森の獲物がターゲットに、そして、その摩訶不思議な道具たちのターゲットになったのは、やはり長だった。
そして、それを使いこなせるのも、やはり蒐だけだった。
無論、磨きのかかったイタズラにかかった長の、通常よりも何倍もひどい罰に耐えるのも、やはり蒐と渫、ふたりだったのだが。