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守り人  作者: 紫月 飛闇
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番外編10)幸福。














月明かりだけが大地を照らす。


息が詰まるほど闇に包まれた静かな夜に、ふたつの影。


「蒐・・・あたしたち、幸せになれるのかな・・・?」


いつだったか、渫が蒐にそう尋ねた。


まだ『守人』だった頃のこと。毎日毎日血に塗れていた頃。


幸せになるために血に濡れているのに、その幸せを得る資格すらもはやないように感じ始めていた頃。


尋ねられた蒐は、寂しそうに、静かに答えた。


「絶対、姉さんだけは幸せにするよ」
























ふたつの宝石が壊され、すべての秩序が乱され崩された混乱がおさまり始めた頃、糺国城で趨太子が、その傍らで執務中だった渫を呼び掛けた。


「渫、ちょっと聞いていいか?」


「・・・はい、なんでしょう、趨さま?」


「・・・・・・つぅか、その『趨さま』ってのもやめろよな。俺はもう王でも太子でもないんだから」


「いいんです、あたしが落ち着くので」


「ふぅん、ま、いいけど」


そうしてひょい、と渫が何やら必死に作業をしていた報告書を取り上げてしまう。


「あ!!」


「元『守人』なのに、こんなに簡単に取られちゃっていいもんかね、渫?」


「・・・・・・ちょっと油断していただけですよ。それで、なんですか、聞きたいことって?」


すぐに趨の手から報告書を奪い返すと、不服そうに渫は話を促した。そんな彼女に小さく苦笑してから、趨はいつもの意地悪な笑みに切り替える。






「渫は籥と結婚するのか?」


「・・・・・・はい?」


突然飛び出た突拍子もない疑問に、渫の目が点になる。そんな彼女の反応を心底楽しむように趨が笑っているのを見ると、からかわれたのだと即座に理解できた。


「・・・おふざけもほどほどにしてください、趨さま」


「ふざけてないさ?どんなに渫が蒐を大事にしてても、おまえたちは姉弟だろ?」


「当たり前です。だから、あたしたちはお互いを支え合ってきたんですから」


「だろ?だったら、同じようにずっと一緒にいた籥と結婚するのは自然の流れだろ?」


「・・・・・・どこでなにをどうしたら、自然な流れなんですか・・・」


「なんだ、渫は籥が好きじゃないのか?」










まさか籥も自分がいないところで、こんなに話のネタにされているとは思うまい。


そんなことを思いながら、渫は趨に答えた。


「別に嫌いじゃありません。でも、今はまだやることがたくさんあって、籥のことをそんな風に見たこともありませんよ」


たしかに、蒐がいるときもいないときも、渫のそばで支えて守ってくれていたのは籥だ。そんな彼に絶対の信頼も置いている。安心感もある。


だけど、そこに恋愛感情を持ちだすとなると、まだ渫の中ではわからない。


ずっと生死の境をくぐりぬけるような日々の中にいたのだ。恋愛などとは遠く無縁な世界で互いを支え合っていた関係だったのだから、唐突に切り替えられるようなものではない。












「へぇ、そりゃ籥も気の毒」


「なにかおっしゃいました?」


「いいや~。・・・・・・じゃぁさ、渫」


「なんでしょう?」


「俺と結婚するか?」


「・・・・・・すいませんが、ちょっと空耳が聞こえたんですけど?」


「そういう切り返しで来たか」


くっくっくと笑う彼の様子からして、まったくもって本気で言ったわけではないことは渫も承知。


彼はこうして渫をからかうのが好きなだけだ。






「お戯れもほどほどにして、執務の続きをこなしてください、趨さま」


「ほぉ~俺の告白を戯れだと言うのか?」


「本気だったら他のアプローチでお願いします」


「ふぅ~ん」


ひょい、と軽く肩をすくめて、趨は立ち去ろうと渫に背中を向ける。そんな気まぐれな彼に小さくため息をついた渫に、趨が首だけ振り向いた。


「あ、そうだ、もうひとつ」


「・・・・・・なんですか?」


呆れ顔で渫は聞いてやる。一応、彼は元国王だし、この平和な世を築いてくれた恩人でもある。


もっとも、それだけでなく、渫は心の奥底では、趨のことは尊敬もしていたし、結構好意も持っていたが、それは本人に伝える気は毛頭なかったりもする。










「・・・渫は今、幸せか?」










それは趨にしては珍しく真剣な声で。


けれど、渫は知っている。


彼は、自らの勝手な振る舞いが、判断が、果たして本当に正しかったのか、国民の幸せのためになったのかと、立ち止まっては思い悩んでいることを。


だけど、それを他人に曝すような性格でもないから、こうして時々、渫たちに不安そうに尋ねることしかしない。


こんな、縋るような瞳をこちらに向けていることを、趨は自覚しているのだろうか。










渫が優しい微笑みを浮かべ、口を開いたそのとき、ちょうど部屋に籥が入ってきた。


「・・・あれ?今日はふたりだけなんですか?」


「・・・・・・籥、おまえ、タイミング悪すぎ」


「え、え?!なんですか、それ?!」


「ま、いいや。渫、今度返事は聞かせてくれ」


「・・・はい」


「わかってるか?俺の熱烈な告白の方の返事だからな?」


「・・・・・・それでしたら、今この場で即座にお返事しますけど?」


くすくすと笑いながら趨はそのまま出て行ってしまう。そうしてふざけて煙に巻いてしまったまま、またひとり悩みを抱え抱くのかと思うと、彼も相当不器用な人だと渫は思わず苦笑してしまう。






「渫?趨さまと何の話をしてたんだ?」


「いいのよ、籥。たいした話じゃなかったの」


ふと、趨に言われた言葉を思い出して、彼女は籥を見上げて無意識に顔を紅くしてしまった。


「渫?」


「い、いいの、気にしないで」








『渫は籥と結婚しないのか?』








そんなの、まだわからない。


どうなるかなんて、まだ未来はわからない。


だって、やっと望んだ『未来』は訪れたばかりなのだから。




























一方、椎国城の中・・・ではなく、その近くの森の中。


今日も麗と剋、そして蒐はのんびりと森の中を散歩していた。


「今日もいいお天気でうれしいわね」


「そうですね、麗姫さま」


「あら、蒐。もうわたくしは姫ではないのよ?王政制度は廃止。わたくしはただの麗になったのよ?」


「・・・えっと、そうでしたね」


むぅっと頬を膨らませて抗議してきた麗に、蒐は焦りながら素直に頷く。その横で、剋がおかしそうに笑い始めた。


「剋さん?」


「いやぁ、ほんとに意外だなぁって思って」


「意外?」


「・・・蒐に出会うまではさ、糺国の『守人』にいい印象なんてひとつもなかったんだ」


静かに語り始めた剋の告白に、麗も蒐もおとなしく耳を傾ける。そんなふたりに優しく微笑みながら、剋は言葉を続ける。


「でも、こうして蒐と出会い、籥たちと出会って、『守人』たちだって、オレたちと同じように幸せを求めて戦っていたんだってわかって、考えが変わったよ」


「人は誰だって幸せを求めるものですもの。だから、できるだけみんなが幸せになれる方法を、わたくしは見つけたかったのよ。剋も、蒐も、みんな幸せになれる方法が」


麗の透き通るような声が、暖かく蒐の心に溶け込んでくる。










いつだってまっすぐに、周りの幸せを願ってきた麗。


今もまだ、その多くの民に幸せを与えるために、休む間もなく走り続けている。こうして城の森の中での散歩は、ほんのわずかな息抜きでしかない。






蒐よりも幼く、蒐よりも儚くか弱く見える彼女は、じつは誰よりも強く優しい。


だからこそ、蒐は麗のそばにいるのがひどく心地よくて、まるで甘えるように彼女のそばに居座ってしまう。


剋もまた、そんな蒐を甘受してくれるから。










「俺は、あなたにも幸せになってほしいですよ、麗姫」


思わずこぼれ出た言葉。


でもそれは、蒐の偽りのない本音。


いつも誰かのために必死に走り回る彼女だから。だからこそ、彼女こそ一番幸せであってほしい。










けれど、太陽のように暖かな笑みが蒐に向けられたのは一瞬で、即座に怒りにも似た瞳で睨まれてしまう。


「蒐、わたくしはもう姫ではないと言ったばかりよ?」


「えっと、はい、すいません」


「ちゃんとわたくしの名前を呼んで頂戴。姫としてではなく」


「は、はい」


「では、呼んでみて」


「え、え?!今ですか?!」


「そうよ?今、ちゃんとわたくしの名前を呼んで」


麗に圧されてたじたじの蒐を見守りながら、剋は笑いを堪えることができない。








「・・・一番意外なのが、『守人』の一番の殺戮者と恐れられていた蒐が、こんなに素直な性格だってことだよな」








それは剋の小さなつぶやき。


いくら耳のいい蒐でも、麗に追い詰められている今は聞こえてもいまい。


麗が太陽だとするなら、蒐はその太陽の光を得て輝く月。


けれど、その一方で蒐は、麗と同じだけの太陽のような明るさと暖かさを持っている。


だからこそ、このふたりは惹かれ合うのだろう。


それを見守る剋は、進展しそうで進展しないふたりの関係が楽しくて仕方ない。










「さぁ、早く呼んで、蒐」


「えと・・・・・・麗、さま?」


「さま、もいらないのよ?ねぇ、剋?」


「オレはあなたの従人ですから、聞かれても困りますよ、麗お譲さま」


「剋さん~・・・・・・」


救いを求めるように剋を呼ぶ蒐。そんな蒐をさすがに哀れと思い、彼は麗に言う。


「蒐をあまりいじめてはいけませんよ、麗お譲さま。そうすると、蒐に嫌われてしまうかもしれないですよ?」


「・・・・・・それは嫌だわ」


しょんぼりと肩を落とした麗に、蒐が慌てて告げる。


「お、俺が麗さまを嫌うなんてありえませんよ」


「本当に?!」


「本当です!!」


「ありがとう、蒐!!」


そうして抱きついてきた麗を、焦りながら照れながらも、蒐はちゃんと受け止める。


剋としては微笑ましいような立ち去ってしまいたいような、なんともこちらが気恥ずかしくなるような光景だ。








そして、麗は蒐の腕から離れて、にっこりと笑って尋ねるのだ。


「わたくし、こうして蒐と剋と平和に過ごせる毎日がとても幸せよ。ねぇ、蒐、あなたは今、幸せかしら?」
























広く広くどこまでも広がる青空。


雲ひとつないその空を小さな丘の上で見上げるふたり。


「ねぇ、蒐。幸せ?」


渫は蒐にそう尋ねる。


いつの時だったか、月だけがふたりを照らしていた夜に尋ねたことと同じことを。


「それ、麗さまにも聞かれたことがあるんだよ」


くすっと、蒐は笑う。渫の大好きな、太陽のような向日葵のような明るい無邪気な笑みで。


「それで?蒐はなんて答えたの?」










「もちろん、幸せですって答えたよ」










蒐の迷いのない返答に、渫も笑みを返す。


「あたしもね、趨さまに聞かれたの。今、幸せかって。もっとも、答える前に趨さまはいなくなっちゃったんだけど」


「じゃぁ、姉さんはなんて答えるつもりだったの?」










「もちろん、幸せですって答えるわ」










渫もまた、迷いのない答え。


なぜなら、蒐も渫も望んだ未来が、こうして今、手の中にある。


命を奪うこともない、奪われることもない、平和な未来。


穏やかな日々。


そしてなにより、こうしてみんなで笑って過ごせる日常。


それが、『当たり前』になること。






蒐たちのかつての日常が崩れ、新たな日常が築かれていくこと。






それ以上の幸せなど、彼らは求めてなどいない。


太陽の陽の光のもとで、こうして笑いあえること、それが何よりも幸せ。










涙が出そうなくらい突き抜けた青空の中、蒐と渫はそうして互いに笑い合った。











これで、「守り人」は本当に完結となります。




趨と渫のまさかの漫才内容はいかがでしたでしょうか(笑)


麗と蒐はな~んにも変わりませんが。






最後は穏やかな時間を過ごしている渫と蒐の笑顔で終えることができてよかったと思います。


・・・ちょっと紫月はさびしいですが。



もっとそれぞれの話を書きたい、という思いもあるのですが、そうすると本当に終わりがなくなるので(笑)


ただでさえ、いつ終わるのかわからない膨大なシリーズと、番外編と本編が交互に更新しているようなシリーズがあるので(笑)




新シリーズも書き始めたいと思ったので、「守り人」はひとまずここで終わりにしようと思います。


もし、もしも、また違う彼らのお話を書くようなことがあったら、またご支援いただけたら、と思います。




ここまでお付き合い、ありがとうございました。


今後の新シリーズのために、そしてこれからも小説を書いていく原動力のためにも(笑)、感想等いただけたら大喜びします(笑)




それでは、だらだらと書いてきてしまいましたが、お読みいただき、ありがとうございました。






紫月 飛闇




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