番外編9)幼心。
捨てられた。
この世でひとりしかいない、父と母に。
国に、売られた。
その事実は、幼い心に深く深く傷をつけた。
それは渫に限らず、この『守人の里』にいる子供たちのほとんどが負っている傷だった。
特異な能力を持った子供だけを集めた森、『守人の里』。
そこでは毎日くたくたになるほどの訓練と、厳しいまでの学習が待っていた。
それでも渫は、決して蒐の前で涙を流したりはしなかった。
あたしはお姉ちゃんだから、蒐を守らなきゃ。
その想いだけを支えにして。
渫よりもずっと幼い蒐は、まだ事態を把握できていないのか、「家に帰りたい」「母ちゃんに会いたい」などと言っては渫を困らせていた。
その度に、渫は蒐をぎゅっと抱きしめて、何度も何度も言った。
「蒐にはあたしがついていてあげるから。いつまでもそばにいるから、それで我慢して」
腕の中の蒐の暖かな体温が、不安を隠すように握り返してくる小さな手が、渫に固く固く決意させた。
蒐は、あたしが守る。
本当はわかってた。
もう家に帰れないことも、両親に会えないことも。
本当は知ってた。
それでも蒐が渫を困らせるように「帰りたい」「会いたい」と我儘をいうのは、蒐がそう言えば渫が蒐をぎゅっと抱きしめてくれるのを知っているから。
残された、蒐にとってたったひとりの家族。
だから、蒐は渫の温もりが恋しかった。
「・・・あれ?姉ちゃん・・・?」
ある夜、幼い蒐がふと目を覚ますと、隣で寝ているはずの渫の姿がなかった。
急に不安になった蒐は、のっそりと起き上がると、洞穴の中を彷徨った。でもこの真夜中に渫の姿はない。
ふと、月明かりが漏れる洞穴の出口に目が行く。
暗く冷たい洞穴とは違い、そこからは柔らかく暖かい月の光が蒐を呼んでいるような気がして。
「あ、いた・・・・・・」
ひょっこりと洞穴から外へ飛び出せば、そう遠くないところに渫の姿があった。
ぼんやりと月を眺めるかのように、上を向いて佇んでいる。
渫に甘えるように飛びつこうとした蒐の足が、ふと、止まった。
・・・・・・・・・泣いてる・・・・・・。
月を見上げた渫は、ただ静かに涙を流していた。
蒐は、渫の涙をここに来て初めて見た気がした。
いつだって泣いて甘えるのは蒐の方で。
でも、渫だってまだ子供なのだ。
蒐のように両親や家が恋しくなることだってあるだろう。
それでも、蒐の前ではそれを見せたりはしなかった。
暖かく、蒐を抱きしめてくれた。
「・・・姉ちゃん・・・」
蒐に気付いていないのであろう、渫はずっとそこに佇んでいる。
声をかけることもできずに、それを見守る蒐。
何を言えるだろう。
蒐の前では気丈に振舞っている渫に。
その渫に甘えてばかりの蒐が。
蒐は、急に自らの幼さや未熟さを実感した。
そして、彼の中でかつてない感情が湧きあがってきていた。
月にしか涙を見せない渫。
蒐の前では笑ってくれる渫。
それを、守れるのは自分だけ。
・・・そう、渫を守るのは蒐の務めだ。
「・・・もっと、もっと強くならなくちゃ・・・」
月夜に渫をひとり残し、蒐は洞穴に戻る。
その顔つきに、今までのような甘ったれた子供の名残はなかった。
脳裏に焼きついた渫の涙を思い出し、蒐は固く固く決意する。
姉ちゃんは、俺が守る。
それは互いが互いを支え合うたったふたりきりの家族だった姉弟の、幼く強い決意。
まだ幼いころの渫と蒐の話でした。
父親に連れてこられて「守人」となったふたりですが、ふたりとも、親に捨てられたことに気づいていたのだと思ったので。
だからこそ、たったふたりだけの家族だから、ふたりは異常に互いを守りあっていたのかな、と。
まだ小さくて幼い蒐が、書いていて妙にかわいかったです(笑)
籥とはまだ出会っていないので、ふたりしかいないのがちょっと不思議だったり(笑)
蒐が渫を「姉ちゃん」から「姉さん」と言うようになったのは・・・・成長するにつれてってとこでしょうか(笑)特にこれといったきっかけはないと思います(笑)
さびしいですが、じつは次回更新が最後になります。
最後まで、お付き合いください☆