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守り人  作者: 紫月 飛闇
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抗えぬ、好奇心。









きっかけは、とても久しぶりに森に戻ってきた籥の一言。


「なぁ、町に続く街道に、変な奇術師がいるんだ!!見に行かないか!?」






久しぶりに姿を現すなりそう言ってきた籥に、渫も蒐もきょとんとするだけで反応ができない。


「見に行く・・・・・・って?」


「籥ってば、久しぶりに帰ってきてなに~?」






なんだかよくわからないが興奮状態の籥に、渫も蒐も段々と興味がわいてくる。


「ねぇねぇ、籥!!ずいぶん久しぶりだけど、なにしてたの?」


人懐っこい笑顔で、蒐が籥に飛びつく。そんな蒐の頭をなでながら、籥はいつものようににっと笑う。


「蒐はでかくなったな~。しばらくここに戻れなくて悪かったな。勉強が忙しくてな」


「勉強?」


「そ。3年で学位とらなきゃいけねぇから、オレみたいな頭だとキツイわけ」


「ふぅん?」




うなずきながらも、渫も蒐も籥の言っていることはわかっていない。


学位、がなにかもよくわからないが、籥はその学位、のせいで忙しかったらしい。






「で、ここへ戻ってきたってことはもう忙しくないの?」


「まぁ、暇じゃないが、ひと段落ってとこだな」


渫の問いかけに、籥はあいまいに答える。蒐は純粋に籥に久しぶりに会えて、うれしそうに話しかける。


「ねぇねぇ!!さっき籥が言ってた、奇術師ってなに?!」


「あぁ、そうだよ、それそれ!!」




再び先ほどの興奮を帯びた表情で、籥も蒐をわしづかみにする。






「この森に戻ってくるまでの道に、変な奇術を繰り出すじーさんがいたんだよ。蒐や渫にも見せてやりたくってさ」


「森に戻ってくるまで・・・・・・ってことは、森の外?」


「まぁ・・・・・・そうだな」


渫の問いかけに、籥は歯切れ悪く答える。






「と、いうことは、それを見に行くってことは森を出るってことよね?長の許可もなく?」






籥や他の何人かは森の外でなにかをしている。それは長の命令だから、森を出ることも許されている。


だが、渫や蒐は森を出ることを、里から出ることを許されていはいない。






「ん~・・・・・・まぁ、そうだな」


それは重々承知の籥も、気まずそうに渫にうなずく。そして、彼女は小さくため息をついて首を横に振った。


「あたしはいいわ。長の命令を破って森に出てまで、その奇術とやらに興味ないもの」


「え~、俺は興味あるんだけどなぁ~・・・・・・」




心底残念そうにつぶやいたのは蒐。その蒐の反応に、籥がうれしそうに飛びついた。






「だよな?蒐はそう言うと思ったんだ!!じゃぁ、行こうか!!」


「ちょ、ちょっと待って!!」




さっさと蒐の手を引いて森を引き返そうとする籥を、渫が慌てて呼び止める。


「なんだ?渫も一緒に行きたくなったか?」


「そうじゃなくて!!蒐を巻き込まないでよ!!もしも森から出たなんて長にばれたら、罰なんかじゃ済まされないかもしれないじゃない!!」


「大丈夫だよ、姉さん。すぐに帰ってくるから」






心配する渫を他所に、蒐はうきうきした様子で答える。籥も満足そうにうなずくだけだ。


「で、でも・・・・・・森を出るには、門番をなんとかしなきゃいけないんでしょ・・・?」






渫だって聞いたことくらいはある。




「守人の里」である、この森。


この森に侵入者が入らないように、または、この里から脱走者が出ないように、森と街道の狭間に門を築き、門番を置いているという。




その奇術師が森の外にいるというのなら、その門番の目を通り抜けなければいけないのだ。








「・・・・・・まぁ、問題はそこなんだけどな」


途方にくれたように、籥が空を見上げる。蒐は納得のいかない様子だ。


「そんなに大変?ぱぱって急いで門をくぐればいいんじゃないの?」


「あのなぁ、一応、長が任命した門番だぜ?能力は人並みじゃないっての」


「でも、籥は普通に門を抜けられるんだから、俺だけだったらこっそりと門を抜けるくらい・・・・・・」


「そんな危ないこと、させられないわ」






きっぱりとそう言い切ったのは渫。


だが、籥もそれは予想していた彼女の反応だ。


「だよな。・・・・・・やっぱりあきらめようか、蒐。おまえには見せてやりたかったけど」


「え~!!やだやだ!!見たい!!」


駄々っ子のように蒐は籥にしがみつく。


「そうは言われてもなぁ・・・・・・」


「・・・・・・しょうがないわね・・・」






ため息と共に、渫がつぶやくと、蒐はぴたりと駄々をこねるのをやめた。


「姉さん・・・・・・なにかいい方法があるの・・・?」


「・・・・・・これ。試作品だけど、たぶん、いけると思うわ」


そう言って渫が差し出したのは小さな布袋。それを蒐は受け取りながら、籥と顔を見合わせて首をかしげる。


「これ、なんだ?」


「獲物を生け捕りするための試作品のひとつよ」




籥の疑問に、渫はあっさりと返す。蒐は袋を開けて確かめようとしたが、渫にそれを止められた。


「だめ。もしも今、風でも吹いて蒐がその粉を吸い込んじゃったら意味ないわ」


「これ、粉なの?」


「そう。眠り粉」


「眠り・・・・・・粉?!眠っちゃうの?!」


「この粉を吸えば、ね。まぁ、これ全部で3人分。だいたい2時間くらいは起きないでしょうね」


「・・・・・・どうやってつくるんだ、こんなもん」




一言、呆れたように、けれど感心したように、籥は渫にたずねる。彼女は肩をすくめてすまして答えた。


「森にあった薬草を組み合わせたらできたの。これで獲物を眠らせて生け捕れたらいいでしょ?」


「なるほど。ちゃんと宣言は実践しているわけだ」


「アタリマエよ」






籥と渫の間で鋭い視線が飛び交う。そんなふたりの様子に、蒐だけが困ったようにおろおろしながら袋を握り締める。


「じ、じゃぁ、姉さん。この袋、もらっていいの?これ持って、籥と一緒に行ってみていいの?」


「・・・・・・すぐに帰ってくるならね」


「ありがとう、姉さん!!!」




満面の笑みで蒐は渫にお礼を言う。


渫は、蒐の笑顔が大好きだった。太陽のように明るい笑顔。純粋無垢な光のように心を暖かくさせる笑顔。


渫は、そして籥も、蒐のそんな笑顔が好きだった。








「よし、それならすぐに行こう。日が暮れたらまた面倒だからな」


「うん。じゃぁ、行ってくるね、姉さん!!」


「はいはい、行ってらっしゃい」


渫がそう返す頃には、ふたりの姿はその場にはもうなかった。








森の中を籥と蒐は全力疾走する。


木から木へと飛び移りながら、彼らは森を駆け抜ける。足音ひとつたてず、まるで風のように。


「・・・・・・ほんとに身軽だな」


籥が一直線に走る傍らで、蒐はあちらこちらと寄り道しながら籥のうしろをぴたりと離れずについてくる。つまりは、そうやって寄り道しながら速さを調節して、籥の後ろを走っているのだ。




サルのようだと渫はよく言うが、籥は鳥のようだと思う。まるで飛んでいるかのように蒐は木々の間をすり抜けている。




並外れた身体能力。


楽しそうに走っている蒐を振り返り見ながら、籥は心の中でそう思った。










「・・・・・・ここが、難関の場所」


門番ふたりが佇む門の少し離れた木の上で、籥が蒐に耳打ちする。


「門番がふたりだけなのは幸運だ。・・・・・・いいか、蒐。俺が門番をひきつけるから、その隙にその粉を門番に吸わせるんだ」


「うん、わかった」








蒐の返事を聞くと同時に、籥は木から飛び降りて門に向かった。顔なじみの門番が籥に気付いて声をかけてくる。


「・・・誰かと思ったら籥か。町へ戻るのか?」


「あぁ、そうしようかと思って。やっぱり勉強しないと心配だし」


「やっぱり学位をとるのは大変か?」


「う~ん、難しいな。でも、やりがいはある。森の中での修行とはまた違った意味で学ぶことあるしな」


「そうだな。『守人』になるには、身体能力と知識も必要だからな」


「せいぜいがんばらせていただきますよ」


「期待してるよ、未来の『守人』。気をつけて帰れよ」


門番が門の鍵を開けて門戸を開く。もうひとりの門番も籥が門を通り抜けやすいように門から離れる。






蒐はじわじわと門に近づいていた。無論、気配を殺して。


すばやく静かに、獲物をとらえるように迅速に向かう。


「・・・・・・あぁ、そうだ」


籥がなにかを思い出したかのように振り向いた。


「なんだ?」


「オレ、あなたがたに言わなきゃいけないことがあるんだった」


「なんだ、なにか言伝か?」


「いやいや、あなたがたに」






次の瞬間、蒐が姿を現す。門番がその気配に気付いたときにはすでに遅い。彼はすばやくふたりの門番に粉をぶちまけた。


「な、なんだ、おまえ、な・・・・・・なん・・・・・・」


門番たちの叫びはやがて小さいなつぶやきのようになり、やがてその場に崩れて寝息と変わる。






「やった!!ほんとに眠っちゃったね」






ぐっすりと夢の世界へと旅立った門番ふたりを前に、蒐が勝ち誇ったような笑みを浮かべて籥に近づいてきた。




「あ、あぁ、そうだな。本当にこの粉はよく効くな」


そう受け答えする籥の背中は冷や汗で濡れていた。




門番に見つかるかもしれないという緊張感のせいではない。そんな心配はしていなかった。






そうじゃない。






門番の前に蒐が現れたその瞬間。




籥も気付かなかったのだ。




蒐が籥たちに近づいてきていたのを。


その殺された気配を。






完全に打ち消されたその気配が、瞬時に現れたその恐怖は、籥の感じたことのない感情だった。


危機感。


まさにそれかもしれなかった。








森に生えている薬草だけで、こんな瞬時に効力をあらわす眠り粉をつくる渫もすごい。


だが、籥にとっては、それ以上に蒐の存在が怖かった。






あの無邪気な笑顔のしたには、どれだけの能力が隠れているのか。








足取り軽く門をくぐって、籥を手招きする蒐を見ながら、籥はそんなことを考えていた。

















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