番外編8)裏側。
誰もいないはずの執務室に向かえば、すっかり見慣れた黒装束に身を包んだ女がいた。
名は知らない。
彼女は、この国の宝と王を守る『守人』の長であるということ以外はなにも知らない。
「・・・なんだ、今度は何の報告だ?」
執務室の扉をしっかりと閉めると、趨はすぐさま彼女にそう尋ねた。
王が病に倒れている今、『守人』の指揮や『朱石』の管理は趨に一任されている。
・・・王ではないから、『朱石』に触れることはできないが。
「こちらの動きが、椎国に伝わっている気がします」
「・・・へぇ?なんでそう思うんだ?」
「こちらが隠密にたてた作戦も筒抜けなのです。動きが全て伝わっています。・・・・・・我々の動きは、趨太子、あなたにしか報告をしていないのに」
「じゃぁ、『守人』の中に裏切り者がいるかもしれないな?」
「趨太子!!」
にやり、と笑う趨を、『守人』の長は鋭く咎める。
おそらく、彼女は気付いている。
趨が、椎国の女王である麗と内密に連絡をとっていることを。
「・・・我らを使い捨ての駒とお思いか?」
「それは違う。いつだってこの国の平和を俺は考えているし、この国が平和にさえなれば、『守人』は必要ではなくなるはずだ。そうしたら、おまえたちだってもっと安全な日々を送れる。・・・・・・おかしいだろう?いつまでもたったふたつの石のために命を奪い合って争い続けるのは・・・・・・」
「趨太子・・・・・・」
この長く続く、負の連鎖のような争いを、奪い合いを終りにしたい。
それは、趨の儚い夢だろうか。
・・・・・・いや、そうではない。
これは必ず実現できる夢だ。
麗が趨に賛同してくれている今、それは確実にじわじわと彼らに近づいてきている。
ここで、足を止めるつもりはない。
「『守人』に死者は出ていないのだろう?」
「・・・はい」
「だったら、もう少し辛抱してくれ」
なにを、とは言わない。
いつもはニヤニヤとふざけてばかりの趨が、時折見せる真摯な瞳の奥にある固い決意に、長は何も言えない。
言い返せない。
彼もまた、『朱石』を継ぐ者として、彼なりにこの国のことを考えているのだから。
『守人』は王と『朱石』を守る隠密部隊。
ならば、次期王である彼に従うしかない。
「・・・・・・御意」
「あぁ、それと」
立ち去ろうとした彼女の背に、趨は軽い調子で言い加えた。
「近々、『朱石』の披露目パーティーをするから、『守人』からも何人か護衛をよこしてくれないか?」
趨のこの申し出に、さすがの長の目も大きく見開かれた。
「そ・・・・・・それは、正気ですか?!そんなこと、こんなときになぜ・・・・・・」
「こんなときだからさ。どうせ放っておいても椎国のスパイはうろうろとうざったいくらいにうろついてるんだ。だったら、一か所におびき出してやった方がいいだろ?」
「・・・・・・そして、こちらも、ですか?」
「さぁ、何の話だか?」
相変わらず茶化して真意を答えようとしない趨にため息をついてから、長は立ち去った。
それから後に長から渡された『守人』の護衛リストを見て、彼らの性格の特徴を聞いた。
その中で趨が一番気にかかったのは、姉弟の『守人』だった。
なんでも、長である彼女の頭すら悩ませるほどのいたずらっ子らしい。
だが、それ以上に彼らの絆は強いものだという報告に興味がわいた。
『守人』としての能力が高いという弟。
こいつを使って、椎国のスパイ全員を一か所におびき出せないだろうか。
そうすれば、弟思いの姉が、弟を救うために『守人』の仲間たちをひきつれてくるに違いない。
椎国のスパイの中にも、麗が放っているものと、そうではないものがある。
趨が今回おびき出そうとしているのは後者の者たちだ。
いつまでもちょろちょろとされては、趨と麗の計画も滅茶苦茶になってしまう。
「・・・悪いがこの姉弟、利用させてもらおうか」
大丈夫、彼らの能力は高いから、死んだりはしない。
きっと趨の期待通りに、動いてくれるだろう。
・・・・・・そう、思っていたのに。
「趨太子、『守人』のひとりが椎国のスパイに襲われ、崖から転落しました・・・・・・!!!」
予想外の報告。
長からの報告に、趨は固まった。真っ白になった頭で、犠牲になったその『守人』のことを思う。
「・・・・・・その、『守人』は・・・・・・例の姉弟の『守人』・・・・・・か・・・?」
「・・・はい、弟のほうです」
なんて、ことだ。
彼の策略のせいで、『守人』のひとりが犠牲になった。
それも、仲睦まじい姉弟を引き裂くような結果になるなんて・・・・・・。
「・・・・・・それ、で・・・・・・亡骸は・・・・・・?」
あまりの衝撃と自己嫌悪に、言葉を詰まらせながらも、なんとか趨は長に尋ねる。
せめて、彼の亡骸は盛大にやることができなくても、趨が手掛けて葬ってやりたかった。
それはどうしようもない、自己満足のような罪滅ぼしだとしても・・・・・・。
「・・・いいえ。亡骸はあがっていません。崖から落ちただけで・・・・・・」
「では、死んでいないかもしれないんだな?!」
「ですが、落下する前まで、彼は戦闘のために負傷をしていたと聞きます。そんな状態では・・・・・・」
「だが、亡骸は見つかっていない。まだわからないじゃないか」
そう、それはまるで、趨と麗との理想のようで。
描く未来のように、まだわからない。
「・・・・・・そうだ、もしかしたら・・・・・・」
その弟の『守人』が落ちたという崖の下に流れる河は、椎国につながっている。
あるいは、彼はそこに流れて行ったのかもしれない・・・・・・。
「・・・・・・趨太子?」
「その弟の姉と、あと誰か数人、城に護衛として呼んでくれ」
「渫を・・・・・・ですか?」
「あぁ、頼んだぞ」
多くは語らずに、趨は長をそのまま退室させる。
趨は、おおいに期待していた。
崖から落下したその『守人』が、麗のいる椎国に流れていてくれることを。
大きく動いてくれる、その運命と未来を。
彼の姉を城に呼びつけたのは、趨なりの罪滅ぼしである。
同時に、趨自身への罰でもある。
彼女がそばにいることで、趨は自らの失策を常に念頭に置いていなければいけなくなる。彼女に対し、常に罪悪感を抱いていなければいけなくなる。
それでいい。
これから趨がやろうとしていることは、失敗は許されないのだから。
犠牲者は出したくはないのだから。
今回のことを忘れてはいけない。決して。
それに、椎国にいる麗からの情報が一番最初に入るこの城の中に居れば、弟の情報だって与えてやれるかもしれない。
・・・・・・もっとも、そうたやすくは与えないつもりだが。
「・・・・・・まだだ。もう少しだけ、利用されてくれ」
『守人』を欺き続けることに罪悪感がないわけじゃない。
だけど、その先に、必ず平和な未来を築けると確信しているから。
そうするために、趨も麗も、何度も文を交わしているのだから。
趨は窓際まで歩き、夜空を見上げる。
漆黒の空にぽっかりと浮かぶ月に、彼は祈るように、懺悔するように、つぶやく。
「・・・・・・すまない。もう少しだけ・・・・・・。必ず・・・・・・」
必ず、実現してみせるから。
月明かりを一身に受けながら、趨はどこにいるかもしれない『守人』、蒐の身の無事を祈った。
意外だったでしょうか、趨のお話です。
おふざけタイプの彼ですが、意外と色々と考えているのですよ。
そんな彼が、紫月はお気に入りだったりする・・・・・のですが、全然登場できなかったので(泣)
何度も『守人』の動きが敵国に伝わっているのではないか、内通者がいるのではないか、と本編で蒐たちが騒いでいるその裏側で、じつは趨太子が裏切り者だったっていう・・・・(汗)
でも、裏切っていたのではなく、彼の理想を叶えるために必要なことだったので、その弁解も兼ねての番外編(汗)
じつはやっていることは麗姫とそう変わらないんですけどね。どうも誠実さが伝わりにくい彼は誤解されていそうで(笑)
ほんとは趨と渫の漫才なやりとりも混ぜたかったのに、なぜか出てきたのは長・・・・。
趨と渫の漫才な会話はまた別の機会で(笑)