番外編4)闇光。
底の見えない闇の中にいる気分。
闇よりも深く、暗い、そんな暗黒の夜。
蒐はまた、無感情に任務をこなす。
飛び散る血飛沫。
耳に残るような悲鳴、命乞い。
でも、そんなものは聞き流す。
任務は絶対だから。
命乞いを聞き入れることなどできない。
殺すと決めた命は奪う。
それが、『守人』である自分の役目だと、蒐はわかっている。
真っ赤に真っ赤に染まる両手。
それが誰の血なのか、もはやわからない。
自分の身体に残る、無数の傷跡。
それもまた、今回の任務のものか、それともはるか昔の任務でつけたものかも、もはや覚えていない。
わかっているのは、蒐は今、「生きて」いて、任務のために「殺す」ことをしなければいけないということだけ。
どんなに束になって敵が向かってきても、並はずれた洞察力と跳躍力でそれを交わし、手に持った武器で確実に相手の喉笛を切り裂く。
命を奪えば奪うほど、感情を失くしていくのを感じていく。
月明かりさえ届かないこの暗黒の闇に、それを捨てて行くような気分。
何のために任務をこなすのか、何のために『守人』として生きるのか、立ち止まって考えることなど許されない。
失くしていく。
奪われていく。
飲まれていく。
闇に。
狂って行く。
止まることなく。
「・・・・・・蒐!!!」
闇に沈み溺れる蒐の腕を力強く引き上げる人物。
悲痛な叫びだけを聞くばかりの耳に、心地よく響く、声。
「・・・籥・・・?どうしたの・・・?」
「どうしたって・・・おまえこそ、どうしたんだよ、蒐・・・」
蒐の腕を力強く掴む、任務のパートナー、籥は困ったように彼を見返す。
蒐もまた、籥がそんな表情を浮かべる理由がわからずに、ただ微笑んで籥に問いかける。
「どうしたの、そんな心配そうな顔をして?どこか怪我でもした?」
「・・・怪我はしてない。・・・っつぅか、今夜オレはな~んもしてないけど?」
「そうだっけ?」
「そうだっけって・・・・・・。こんだけやっといて、おまえ、大丈夫か?」
今度こそ、籥は心配そうに蒐の頬を両手で挟む。
蒐はそうされて、改めて自らの足元を眺めた。
足元はすでに、真っ赤な血だまり。
どこを歩いても、誰とも知れない血の池に足を踏み入れなければいけないほどの。
そして、それを作り上げる、積み上げられた死体。
すべて、蒐が奪った命。
情けも容赦もなく、ただ淡々に奪っていった、もの。
「あぁ、そっか・・・。俺が殺したんだっけ・・・」
気分は、ただ闇の中をさまよっていただけだったから。
もはや、「殺す」ことは、彼にとって息をするのと同じくらい、「自然」になってしまったから。
「・・・蒐?大丈夫か?ここのところ任務が続いてるから、疲れているんじゃ・・・」
「大丈夫だよ、籥。やっと『守人』として任務をすることができるようになったんだから。まだまだやれるよ」
知っていたはずだ。
『守人』は、『朱石』を守り、『蒼石』を奪うために、敵国の命すべてを奪う覚悟で任務をこなす存在。
だから、辛くなど、ない。
辛いという感情など、とうにない。
そうして蒐が笑って答えれば、籥がさらに心配そうに彼の顔を覗き込む。
「・・・蒐・・・」
「それよりも、籥に怪我がなくてよかった。姉さんが心配するからね!!俺も籥が死んじゃったら嫌だし」
「・・・それはお互い様だろ」
呆れたようにため息と共に籥はそう応じるが、まだ蒐が心配なのか、蒐の腕を支える力は緩まない。
蒐もあえて、放してくれとは言わない。
籥のこの力強さで、蒐を闇の泥沼から引き揚げてもらわないと、彼は正気を失ってしまいそうだから。
狂って狂って狂い続けてしまいそうだから。
「そうだね、姉さんに怒られるのは怖いから、ふたりとも無事に帰らないとね」
くすくすと笑う蒐は、もういつもの彼の笑顔だ。
迷いも穢れも、そして狂気もない、純粋な笑顔。楽しそうに笑うその足元に転がる死体を無視したもの。
「・・・帰ろう。今日は、ちょっと無理しすぎたろ」
籥がくしゃっと蒐の頭を撫でる。
「そうかなぁ・・・?別にまだまだ任務をこなせるけど」
「今夜はこれで終い。ほら、帰るぞ」
「は~い」
さっさと蒐を置いて引き上げる籥に、彼はすぐに追いつく。もうその瞳に狂気はないものの、その思念は未だ闇に呑まれているのが籥にはわかってしまう。
こんな状態の蒐を救えるのはただひとりしかいない・・・・・・。
殺して殺して、殺し続ける。
奪い、もぎ取り、引き裂き、真っ赤な血を浴び続ける。
その臭いも痕も消すことができぬほど、濃く、深く、浸み込んでいく。
侵食されるのは、血の臭いか。それとも、心の闇か・・・・・・。
だからといって、蒐は迷わない。
蒐がこうして『守人』でいるのは、ただひとつのため。
ただひとりのため。
「・・・おかえりなさい!!!」
・・・ほら、闇に光が射す。
「今日は早かったのね?!怪我はない?!」
心配そうな声。
でも心がすごく暖かくなる。
凍った全ての感情が雪解けのように溶かされていく。
「・・・どうしたの、蒐?」
狂気の闇に、闇よりも深く暗いところへ堕ちていく自分に向けられる、一筋の光。
希望の、光。
このたった一筋の光があるから、蒐は蒐でいられる。
「なんでもないよ、姉さん」
いつものように笑える。
「・・・そう?ならいいけど」
「いやはや。おまえらの姉弟愛には、オレは負けるよ」
「何の話?籥?」
「いいんだよ、渫はそのまま気付かなくて」
苦笑する籥に、蒐は笑いかける。
「そんなことない。俺は籥もいないと、狂ってしまうよ」
「そりゃ熱烈な告白をどうも」
「なに?何の話?!」
渫だけがわけがわからない様子で蒐と籥を交互に見る。
けれど、ふたりの『守人』は笑い合うだけでなにも言わない。
「・・・ずるい!!あたしにはなにも教えてくれないのね!!」
「あ、ちょ、怒るなよ、待てって、渫!!」
「何でもないんだよ~姉さん~!!」
蒐が渫や籥に救われているように、3人は3人で在ることに救われている。
それを互いに知っているから、互いを大事にできる。
闇の中に生きる、互いが闇の中を導く一筋の光だから。
そして蒐の目の前に、闇を太陽の光のように強く照らしだす人物が現れるのは、それからまた少し先の話。
番外編なのに、ダークなお話。
『守人』時代は、蒐だって落ち込むことはあったと思うのです。
任務とはいえ、殺すことにまったくのためらいや後悔がないわけじゃないと思うので。
それでも、彼は彼の望む未来のために任務をこなしていたのですよ。
それは、渫や籥のいる未来のためでもあったのですから。
渫は、麗とは違う光を持っています。
どちらの光も蒐を照らす大切な光なんですよね。
・・・どうしようもない、シスコンですけど。