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守り人  作者: 紫月 飛闇
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守れぬ、宝。













広々とした応接間に、いるはずのないふたりがいる。


ここは、椎国なのに。


渫と籥が蒐の目の前にいる。








「ふたりは、糺国王の使者としてここへ来たんだよ」


戸惑う蒐に、剋が淡々と告げる。


渫と籥が糺国王の使者として来た?


糺国王は容体が悪いのではなかったのか。












「それでは、趨太子は王となられたのですね」


思考に沈む蒐を現実に引き戻したのは麗の声。


応接間に姿を現した彼女は、蒐が今まで見たことがないほど煌びやかで厳かなドレスを纏い、その首元には蒼く輝く石のペンダントが飾られていた。










「趨太子が・・・王に?」


「お初にお目にかかります、麗姫さま。糺国より参りました渫と申します。お察しの通り、趨太子が糺国王に即位されました」


蒐がぼんやりと問い返す一方で、渫がはっきりと答える。






「趨太子が糺国王となり、『朱石』の正式な守護者になられました」


籥も渫に続いてそう言う。






蒐にはわけがわからない。


渫たちと、そして麗を何度も見比べて、誰かが説明してくれるのを求めてしまう。




「糺国王の御容態がお悪いと、先ほど蒐に話したばかりだったのです。・・・ですが、すでに糺国王はお亡くなりになり、趨太子がそのあとを継がれていたのですね」


「はい。5日前に、前糺国王はお亡くなりになりました」


「これを、新王から麗姫にお渡しするように仰せつかりました」








籥が巻物を取り出す。剋がよく糺国城に持って行っていたものと同じ。


ということはつまり、趨太子から麗姫への手紙か。


剋がそれを受け取り、麗に渡す。麗はさっとそれと読むと、すぐにそれを剋に戻した。










「想像はできていました。あなたがたが『そこ』へ連れて行ってくださるのでしょう?」


「・・・はい、お迎えにあがりました」


麗と渫の視線がぶつかる。けれど、ふたりの間に敵対心はなかった。あるのは、悲しみと穏やかさ。










「えっと・・・」


ふたりの会話の意味が悟れない蒐が、ぽつりと漏らす。


それを見て、麗がくすりと笑った。




「いよいよ趨太子とお会いするのよ、蒐。ふたりはそのためにわたくしを迎えにきてくれたの。この『蒼石』と共に、わたくしを趨太子のもとへ送り届けるために」


「『蒼石』・・・?どこに・・・?」


「これです」


麗が胸元のペンダントを持ちあげる。








そこには、たしかに蒼い石があるが、それは掌よりも小さな石がついているだけ。










「・・・その小さな石が・・・『蒼石』・・・?まさか・・・!!」


「これが『蒼石』です。・・・『朱石』の大きさもこれくらいではないかしら?」


最後の問いかけは渫と籥にする。ふたりは苦笑しながらもはっきりと縦にうなずいた。


「はい。まさか伝説の『宝石』がこんなに小さなものだとは思っていませんでしたが」


「うそだろ・・・」


あまりの衝撃に、思わず蒐も取り繕うことも忘れてつぶやく。








まさか、何年もふたつの国が争い続けた伝説の『石』がこんなにも小さな『石』だったなんて。


かつてのふたりの太子が、王位継承権を求めて争った『石』がこんなにも小さなもののためだったなんて。










「ね?愚かな争いだと思うでしょう?」


麗が少女のようににこっと笑いかけて蒐に賛同を求める。彼は脱力しながらも、なんとかそれには答えた。


「・・・えぇ。愚かだと、思います」








こんな小さなものと、王位継承権が発端で、こんなに長い諍いを続けなければならなかったのだから。










「でもね、こんなに小さな石でも、『蒼石』に触れることができるのはわたくしだけなの。蒐、触ってみる?」




麗はペンダントをはずし、蒐に差し出す。


椎国の『宝』である『蒼石』を。




恐る恐る、蒐はそれに手を伸ばした。


「・・・っ!!」


声にならない声をあげ、彼は触れただけの『蒼石』から手を離した。








いったいこの小さな石にどんな力があるのか、触れた途端、拒絶するかのように体中に電撃が走った。


痺れる手を見つめていると、籥が後ろで笑っているのが聞こえた。








「痺れるだろ?オレも『朱石』に触らせてもらったときに、そうなった」


「『朱石』も『蒼石』も主にのみ触れられることを許している『伝説の宝石』。昔はこれで王を決めたのかもしれないな」








剋がそう言うと、麗が不思議な笑みを浮かべて頷いた。


「そうね。でも、世界を築くのは『石』ではないわ。今を生きるわたくしたちよ。戦うのも決断するのも、わたくしたち自身のため」


再びペンダントを身につけた麗に、はっとした様子で渫が言った。








「趨太子・・・新王も同じことをおっしゃってました。これからの時代は、『自分達のため』にあるべきだと」


「そうね。彼もわたくしと同じ思いを抱いているから」








剋がそっと蒐の肩を叩いた。


「大丈夫か?急展開についてきてるか?」


「えっと・・・はい・・・なんとなく、話はわかりましたが・・・」


つまりは、趨と麗が対面するということ、その迎えに渫と籥が来た、ということなのだ。








「では、参りましょうか、『そこ』に」


麗がにっこりとほほ笑みながら、渫たちにではなく、蒐と剋に呼び掛けた。


黙って頷いた剋のとなりで、蒐が目を瞬かせた。








「・・・わたしたちも行くのですか?」


「あら、蒐は気にならないの?椎国と糺国の未来が」


「もちろん、気になりますけど・・・」








だが、趨と麗、ふたりの王の重大な会合に、蒐のような者が立ち合っていいのだろうか。


「蒐は糺国も椎国も知っている貴重な存在よ。あなたのお姉さまとお仲間は、趨太子のあつい信頼を受けている人たち。剋はずっとわたくしと趨太子の間を繋ぎ続けてくれた。あなたがたはみな、これから起こることをその場で見守る義務があるわ」


「麗姫さま・・・」


「それにね、今回の会合は正式なものではないの」


「・・・え?」








いたずらっぽく笑った麗の言葉に、蒐はきょとん、とする。




正式な会合ではない?


てっきり重臣たちが集まる重々しい会合が開かれるのだと思っていたのだが、正式ではないとは、どういうことなのだろうか。




蒐が反応に困っている様子を見ると、麗はくすくすと笑いながら渫に笑顔を向けた。


「行きましょう、約束の場所へ」


















渫と籥が麗たちを案内した場所は、なんと国境の関所だった。


いつもなら国境を護衛する両国の衛人が揃っているのだが、その日は関所に人の気配すらなかった。


椎国側の関所にも、糺国側の関所にも。










「椎国側の関所の衛人はずいぶんと前から撤退しているのよ」


「それでは、糺国の刺客が無差別に入り込んでしまうのでは・・・」


「ところが、趨太子が長に椎国へ侵入することを禁じたから、『守人』は動くことができなかった」


麗の説明に蒐が驚いて発言すれば、籥がそれに答えた。








「椎国にいる『守人』は、椎国側の老臣や麗姫たちの考えに反対する者たちに飼い馴らされた者たちだけだ」


剋が引き継いで蒐に説明する。なるほど、と蒐もここでやっと納得する。








剋がふらりと出歩いて麗の元を離れたあの日以来、たしかにあれだけうっとおしかった殺気はぱたりとなくなった。


まだ若干の数はあるにせよ、放っておけば鎮火しそうなものだ。






剋がなにかしらの手を打ち、反対派の勢力を押し止めたのだろう。


『守人』の減退に関しては、蒐も一役買っている。








そして、趨太子もこの日に向けて、確実に守りの数を減らし、勢力を落としてきたというのか。












「・・・初めまして、かな」














ひとりの気配が蒐たちに近づいてくる。


それは、王冠こそないが、真っ赤なマントに身を包み、王の出で立ちで現われた、趨であった。








「護衛も連れずにいらしたのですか、陛下」


渫が周りを見渡しながら慌てて駆け寄る。


渫の言い分も道理である。






麗がずっと椎国で狙われてきたように、趨にも同じだけの危険があるのだ。


だが、趨は至って涼しげな顔で平然と頷く。










「たいした距離じゃないしな。それに、これ以上は余計な客人はいらないだろう?」


最後の問い掛けは麗に。麗は女王たる悠然な態度でゆったりと笑った。










「初めまして、新糺国王陛下。お会いできて光栄ですわ」


「俺も、会えて光栄だ、椎国女王陛下」


ふたりの間だけに流れる、高貴な空気。


蒐はそわそわと落ち着かない様子で剋を盗み見た。蒐の視線に気付いた剋が、少し硬い表情で小さく頷いた。










「時は来た。覚悟は、できていらっしゃるな?」


「もちろんです。そのために、ずっと危険と隣り合わせにいたのですから」


渫や籥、剋はふたりの会話の意図がわかっているのか、少し緊張した様子でふたりのやりとりを傍観している。




なにも知らされていない蒐は、ただ経緯を眺めるしかできない。






ふたりは、これから何をするつもりなのか。


『平和な世界』を築くために何を。










「・・・渫、用意を」


趨が渫に声をかけると、彼女は懐から掌大の黒い塊を取出し、関所から少し離れた野原に置いた。


そして、趨はマントの下から赤い石を取り出した。








「これが『朱石』だ」










『蒼石』より少し大きい『朱石』は、芸術のように、真ん中が窪んでいた。


趨はそれを片手に、麗にもう片方の手を差し出す。






「・・・麗姫、『蒼石』を」


「はい」


麗はペンダントをはずし、趨に渡してしまう。






玉座を守る王でなければ触れることも叶わない『蒼石』は、趨を拒むことなくすんなりとその手の中に落ち着いた。


「・・・やはり、俺は『蒼石』に触れることができるようだな」


「そして、わたくしも『朱石』に触れることができる」


趨の言葉に呼応するようにして、麗が頷く。そして、ふたりは、同時に同じ言葉を告げる。








「ふたつの『宝石』は、本来ひとつであったから」










趨の手にある『朱石』の窪みに『蒼石』がはめられる。


それはぴったりとはまりこんだ。


一度はめこんでしまうと、それははじめからその姿であったかのように、外れる気配はない。


赤い石と青い石は、その対照的な色合いを見せながらも、妖しいほどに美しく輝いていた。








「・・・後悔はしないですね、麗姫」


「後悔など、いたしません」


趨の問い掛けに、麗はほほ笑みながら、答えた。


趨は満足そうに麗の笑顔を受けると、『宝石』を持って、先程渫が野原に置いた黒い塊のそばに置いた。










「少し離れよう」


趨の言葉に従い、みながその置き去りにされた黒い塊と『宝石』から遠ざかる。






蒐にも自然に、彼らがなにをしようとしているのかがわかってくる。


いや、わかる、というよりは、予感だ。












「・・・麗姫さま、まさか・・・」


慌てて麗を追い掛ける蒐に、彼女はすっきりした表情で答えた。


「これがきっと、これからの未来に最善の道なのだとわたくしたちは考えたのです」










そして、麗の前を歩く渫の背中に彼女は言った。


「ありがとう、渫」


渫は驚いたようにすぐに振り向いたが、そこに優しく微笑む麗の笑顔を認めると、彼女も柔らかく笑った。


「これが『守人』として最後の任務でしたから」












ある程度歩いて距離をもつと、趨は籥に命じて火を起こさせる。


そして、火の着いた枝を黒い塊と『宝石』に向かって放った。








それは弧を描いて目的の場所に落下していく。


そして、火の着いた枝が地に着くよりも早く、壮絶な爆音と強風、巨大な火柱があがった。










それは真っ赤に燃えあがり、その炎の中にある『宝』を燃えつくす。


長い長い、積年の恨みと呪いを焼き尽くすように。
















「さすが渫の発明品だな」


くくく、と含み笑いをしたのは籥。




「たしかに、すごい迫力だ」


籥のとなりで剋が言う。




「だって、威力の大きなものを、っていうご要望だったし」


渫がけろっとした様子で答える。








その中で、蒐だけは茫然と未だ燃え続ける火柱から視線をはずすこともできずにいた。


「・・・まさか、『宝石』を爆発させてしまうなんて・・・」


「あれは銃で撃っても壊れないほど強固だったんだ。壊すにはこうするしか浮かばなかった」




趨が静かに蒐に言う。思えば、対面して初めて彼は趨に話しかけられた気がする。


ふたつの『宝』に灼熱の炎をしかけた趨は、後悔の色を見せることなく、その炎を凝視している。








やがて、その隣に、もうひとりの『宝』の主が歩み寄ってくる。








「・・・これで、争う理由はなくなったわ」








麗の言葉か合図のように、その場にいる全員が、麗を見つめる。


彼女は、全員の視線を受けて、その頂点に立つ女王のごとく、はっきりと、決然とした態度で告げた。












「さぁ、新たな世界を築くための、戦いを始めましょう」


























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