隠せぬ、裏側。
銃声が、響く。
血飛沫が、飛ぶ。
月の光を背に浴びた蒐の体が、傾いた。
「あ・・・」
まだ煙を吹く銃口を見つめ、渫が青白い顔でつぶやいた。同時に、その手から銃が離れ、その場で崩れる。
声を出すこともできないまま、ただぐらりと傾いた蒐を見つめていた。
「・・・まったく」
小さく、彼が顔を歪ませてつぶやく。崩れしゃがみこんだ渫とは対照的に、蒐は足元に血だまりをつくりながらもなんとか立っている。
「やっぱり姉さんは・・・殺せないのですね。あなたになら・・・殺されてもよかったのに・・・」
苦しそうな息遣いと共に、蒐は渫に優しく言う。
笑って。
ふと気付けば、静かなのはこの部屋だけで、外はなにやら激しく喧騒しているのが聞こえてくる。
剋のせいだろうか。
なににせよ、ここで銃声を轟かせた以上、長居はできない。
渫が放った銃弾は、蒐の心臓からは反れて、左の脇腹にうちこまれた。
弾は貫通したようだが、場所が場所なだけに出血が激しい。
いまだ、敵である蒐を凝視したまま立ち上がろうとしない渫に苦笑し、蒐は懐を探った。
「姉さん」
呼び掛けると同時に、彼は渫に放り投げた。蒐の血で汚れてしまった、彼の『任務』を。
「これは・・・?」
「ごめんね、姉さん」
問い掛ける渫に、蒐はただそう言った。
ごめん。
裏切ったことも、後悔の渦に飲まれた蒐のあてこすりに付き合わせたことも、こうして今、彼女の心を傷つけていることも。
「蒐・・・?」
「・・・せめて・・・姉さんは平和な世界で生きて・・・」
まだ血に汚れていない渫だから。
気高き椎国の姫が導く世界で、渫は生きてほしい。
「蒐?!」
渫が叫ぶと同時に、蒐は窓を割って外に出た。
想像以上に、城外は慌ただしく人が動き回っていた。貧血でくらくらする頭を振って、それらを擦り抜け見通しのいい屋根に飛び移る。
敵のいないそこで、蒐は簡単な止血を済ませた。
出血のために体力の消耗も激しいが、なぜか、気持ちは先程よりは軽かった。
渫に会って、謝ることができたからだろうか。
小さく苦笑すると、重たくなった体を叱咤して、蒐は椎国との国境に向かおうと腰を上げた。
すると、見知った殺気が彼の背後から放たれたのを感じ、瞬時に飛び退いて相手と距離をとる。
障害物ひとつないそこで、蒐は相手の顔をよく見ることができた。
「・・・籥」
「やっぱり、蒐か」
苦悩の表情を浮かべ、籥は言う。しかし、殺気に乱れはない。
彼は蒐同様、『守人』の戦闘員。
相手がどんな者であろうと、『任務』のためなら殺すことを厭わない。
彼は侵入者である蒐を、確実に、殺す。
「久しぶりだね、籥」
なぜか、蒐は渫にそうしたように、冷たく応対できなかった。にこりと笑い掛け、道端でばったりと再会したかのような挨拶をする。
「なぜ、ここにいる?」
籥の声は硬い。
蒐を敵とみなすか、判別しかねているようだった。
不思議と、そんな風に冷静な籥と対峙していると、蒐の中にはいい知れない高揚感が沸き上がってくる。
「どうしてだと、思う?ここは俺の祖国だよ?いても不思議じゃないんじゃない?」
傷が痛んで息苦しかったが、蒐は絶対にそれを表情にも態度にも示さなかった。
焼き付くような籥の殺意を跳ね返す己の殺意もまた、心地よかった。
懐かしさが込み上げて、蒐はどうして自分がそう感じているのか、わかった。
「こうしてると、まるで『守人の里』にいたときみたいだね」
あの森にいたとき、ふたりはいつだって本気で戦って修業した。
まるでその頃に戻ったようで、蒐はくすくすと笑った。
対峙する籥は、微動だにせずに蒐を睨み付ける。
「あの頃とは違う。・・・今夜、椎国からの侵入者がいた。同時に、すでに糺国に侵入していた連中まで動きだして、騒ぎを起こした。まるで、『守人』に喧嘩を売るみたいに」
籥の視線は鋭く手負いの蒐を突き刺す。そんな籥の視線を浴びながらも、蒐はにこにこと笑っているだけだ。
「そんな夜に、蒐まで糺国城に現われて、不信に思わないはずがないだろ。それとも、本当に戻ってきたのか?」
籥の問い掛けに、蒐はゆっくりと目蓋を閉じて、首を横に振った。
そして、次に目を開いた蒐は、にこりとも笑っておらず、冷涼な冷たい月のような雰囲気を纏った。
その変貌に、籥のほうが息を呑む。
「いいえ。わたしは椎国の使者としてここに来ました。『守人』として戻るためではありません」
「・・・そうか。じゃぁ、ここで討つしかないな」
それだけ言って、籥は構える。
なぜ、とも、どうして、とも言ってこなかった。
すぐに『守人』として敵を討つための戦闘態勢にはいる。
蒐は負傷のために、いよいよ視界が霞んできて、逃げようにもタイミングがつかめないでいた。
たっと籥が蒐に剣を構えて向かってくる。即座に蒐も応戦しようと剣を抜こうとしたとき、ふたりのちょうど中間に一本の矢が飛んできた。
籥は突然のことに動きを止めて、矢を放ってきた方向に視線を向ける。
「逃げろ!!」
飛び込んできたのは、剋の声。すぐさま蒐は逃げるために態勢を整えた。
「蒐!!逃がさないぞ!!」
それに気付いた籥が蒐を追おうとする。すると、蒐はおもむろに腕を一本突き出して、にやり、と笑った。
「・・・籥、『種も仕掛けもございません』」
「え・・・?」
籥が問い返す間もなかった。蒐が指を鳴らすと、それに呼応するかのように、籥の視界を奪うほどの大量の鳥が籥に飛びかかってきた。
「ぎ、ぎゃぁぁぁぁっっっ・・・・・・!!」
『守人』にあるまじき雄たけびをあげて鳥から逃げる籥。
想像以上の籥の反応に、蒐はけらけら笑いながら、彼に背を向けた。
「籥は相変わらず鳥が苦手なんだね。変わってなくて、よかった」
渫も、籥も、なにも変わりなくてよかった。
それがわかっただけで、よかった。
それだけ言い残して、蒐はその場をあとにした。
そこからどう走って逃げたのか覚えていない。
ただただ痛む傷と、朦朧とする頭で、なんとか窮地を逃れていった。
気付けば、剋が心配そうに蒐を支えていた。
「・・・剋、さん・・・」
「大丈夫か?歩けるか?」
「・・・えぇ、かろうじて・・・。・・・先ほどはありがとうございました」
「え・・・あぁ、あれか」
まだ、剋も蒐も逃げている。国境まではまだ少し距離がある。けれど、追ってきている『守人』の数が減っていることに、蒐は気付いていた。
「そろそろ、『終幕』に向かっているみたいなんだ。麗姫の命令で、糺国に待機させてた連中を呼びだしたんだ。・・・でも悪かったな、オレがそんな寄り道したせいで、こんな傷を・・・」
「違うんです。これは・・・・・・わたしの油断、ですから。・・・それよりもすいません、渡された『任務』、たぶん、目的の人物には渡せませんでした。一応、糺国の人物には渡せたのですが・・・・・・」
「そっか。・・・まぁ、うまく、目的の人物のとこまでいけばいいさ」
「・・・そううまく、いきますか?」
「たぶん、な」
蒐を支えながらも、なぜか明るい口調で意気揚々と逃げる剋に、彼は首を傾げた。
「剋さん、本当は、あれは誰に渡せばよかったのですか?」
予感が、ある。
答えはたぶん、蒐は知っている。
「・・・趨太子、だよ」
あぁ、やっぱり。
「じゃぁ・・・・・・『守人』のなかに裏切り者がいたんじゃなくて・・・・・・趨太子が、椎国にこちらの動きを知らせていたんですね・・・」
溜息のように、言葉が吐き出される。
なんだか、ひどく、疲れた。
「・・・あぁ、そうだよ」
なんとなく、趨太子と渫の会話を聞いていて、そう感じた。
やっぱり、そうだったのだ。
あの夜も、きっと趨太子が事前に椎国に『守人』の警護のことを知らせていたに違いない。
だから、椎国のスパイが異常に多かったのだ。
そして、『朱石』を表舞台には出さなかった趨太子。
色々なことに納得がいく。
「・・・趨太子と、麗姫が・・・・・・『平和な世界』を・・・つくろうと・・・・・・?」
「そうだ」
『朱石』を守る王の太子である趨。
『蒼石』を守る女王である麗。
このふたりが、手を取り合おうとしているのだ。
水面下で内密に。
「・・・そっか・・・」
安心したのか、不安に思ったのか、わからない。
なにかを感じるよりも前に、とうとう蒐の意識がそこから失われてしまった。
やっと、ですね(汗)
前半は剋視点で蒐を見ていきました。
ひょいひょいと身軽な蒐の身体能力は、他人から見るほうがやっぱりすごさがわかるというか(笑)
剋はどこまでもおおらかな感じですね。人をどこまでも信頼していける心の深さは麗姫の影響か、それとも麗姫が剋の影響を受けているのかはわかりませんけどね。ふたりはずっと一緒に育ってきてますし。
で、今章では、蒐がどんどん鬱になっていきます(汗)
怪我が増えて、あせりも加わって、どんどん考えが後ろ向きになっていく蒐はちょっとかわいそうでしたけどね(汗)
でもこれもそれも、みんなあのシーンにつなげるためですから!!
やっと、このシリーズの1話、2話のシーンが出ましたね。
久しぶりの渫視点は楽しくて楽しくて、しかもやっと登場の趨とのやりとりも楽しくて仕方なかったです!!
それにしても、渫と蒐が対峙するあのシーン、合計4回の角度からお送りしてますが、しつこいですね(笑)
その後、どうしても籥とも再会してほしくてあぁなりました。
ど~しても、あの蒐が籥から逃げるときの、あのやりとりをしたくて、彼と再会させました(笑)
絶対蒐は、『守人の里』にいる頃から、ああいうイタズラをして籥をからかっていたと思うので(笑)
さて、次章が最終章になります。
どんな結末になるのか……実はまだ迷っているので(え)、最後まで見守ってくださると幸いです。