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守り人  作者: 紫月 飛闇
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隠せぬ、殺意。













最近、蒐は自室でひとりでいても視線を感じる頻度が高くなった。








「・・・さて、どっちかな」






糺国の『守人』か、椎国の反逆者たちか。




椎国の中に、麗のやることに反発している者たちがいることは剋から聞いている。




糺国との戦を終わらせようというのは、『蒼石』を自ら手放すつもりなのではないかという老臣たちの不安から、波紋のように反発は広がった。


「椎国の名誉を守るため」を名目に、麗は何度も城内でさえ命を狙われてきた。












『守人』は『蒼石』を奪うために麗を殺そうとし、反逆者たちは『蒼石』を守るために麗を殺そうとする。








刺さるような殺気をちりちりと感じながら、蒐は小さくため息を吐く。


そこまでして守ろうとする、揃えようとする、『朱石』と『蒼石』とはなんなのだろうか。










「・・・とりあえず、このうっとおしいものをなんとかするか」






蒐に殺気をぶつけるということは、少なからず蒐がやっていることを知っているというわけだ。


しかし。








「朧、ちょっといいかしら?」


戦闘態勢に入ろうとした蒐の耳に、軽いノックの音と麗の声が飛び込んできた。










「れ、麗姫さま?!」


蒐の部屋の殺気がぱっと散っていく。仕方なく、蒐も気を消して扉に近づいた。








「いかがされました、麗姫さま?」


「剋が・・・見当たらないの、どこにいるか知ってるかしら?」






不安そうに問い掛ける麗の声が気の毒になり、蒐は扉を開けて、彼女を部屋に招き入れた。








「いいえ、申し訳ありませんが、わたしは剋さんがどこにいるかは・・・」


「そう・・・」


どこか落ち着かない様子で蒐を見上げる麗に、彼は優しく問い掛ける。








「なにかありましたか?」


「・・・・・・わたくしが、命を狙われているのは知っているわよね?」


「え、えぇ」








突然切り出された物騒な話題に、さすがの蒐も面食らいながらうなずく。


麗はそんな蒐を気にした様子もなく、彼のベッドに腰掛けると話し続けた。








「最近、その頻度が高くなってきていたの。剋がとても神経質になるくらいに」






たしかに最近、どこにいても殺気を感じることが多くなった。蒐ですらそうなのだから、麗はもっとだろう。




彼女を護衛する剋が神経質になるのも無理はない。








「そうしたら、今朝起きてから剋がどこにもいないの。毎朝わたくしの部屋に起こしにきてくれるのに、今日は部屋にもどこにもいない・・・。こんなこと、初めてで・・・」








不安そうに麗はうつむいてしまう。


しかし、蒐は確信していた。








彼はさらわれたり、突然攻撃をしかけられているわけではないだろう。


おそらく、その逆。










「大丈夫ですよ、麗姫さま。剋さんはきっとひょっこりと『散歩』から戻ってきますよ」


「・・・ほんとうに?」






剋は、強い。


いつも共に夜の任務にでかけると、剋は蒐のことを超人だ、異常だと騒ぐが、剋もまた、桁違いに強かった。






『守人』の総攻撃を擦り抜けていけるのがなによりの証拠。


麗をこの城のなかでひとりで守っているだけはある。










「・・・剋が無事なら、いいのだけれど・・・」


「心配いりませんよ、剋さんは強いですから。ですが、麗姫さまをおひとりにすることはできませんね。及ばずながら、わたしが麗姫さまの護衛をおつとめします」


「朧が?!」




心底驚いた様子で、麗が蒐を見つめた。




「で、でも、朧は奇術師でしょう?護衛なんて・・・」


「多少の武術の心得はございますよ。ですからほら、笑ってください」






蒐は笑顔を崩さずに、なにもなかった手から麗に一輪の赤い花を差し出した。






「まぁ、すごい!!」


「ご要望とあらば、簡単な奇術ならお見せできますよ?」


「えぇ、ぜひ見たいわ!!」


いたずらっぽく誘う蒐にのせられて、麗はすっかり無邪気さを取り戻してはしゃいだ。


蒐が麗だけに見せた様々な奇術で、いつしか麗の表情にも笑顔が戻ってきていた。
















「・・・たしかに、これはうっとおしいな」


「なにか言った、朧?」


「いいえ」




執務室で政務にはげむ麗にひとりごとを聞かれ、蒐はにっこり笑って誤魔化した。


麗はたいして気に留めた様子もなく、再び執務に励む。










たしかに、麗を取り巻くこの殺気はうっとおしい。


短時間だけ彼女の護衛をしているだけでこうなのだから、毎日彼女の傍にいた剋は、気が気でなかったに違いない。






剋は蒐の前ではそんな素振りは見せなかった。


蒐は、なぜかそれが今、少し悲しかった。
















「ちょっと着替えてくるからここで待っていてくれる?」


午後になり、麗は自室に戻ると蒐にそう言った。着替えるための小部屋に侍女と共に籠もるようだ。


「わかりました」






麗の姿が見えなくなると、蒐はすぐに行動にうつすことにした。


彼女が消えた小部屋からは邪気は感じない。・・・だけど、この部屋には、いる。










「どうです、ねずみさん方。少し、お話くらいしませんか?」








相手が反応するより先に殺気を放った。


部屋の天井、窓、左右から気配が動いている。






・・・何人いるんだか。








「・・・麗姫に餌付けでもされたか、裏切り者め」








蒐のすぐうしろで、低い男の声が聞こえた。


彼はそんな展開に動揺することもなく、口の端を釣り上げた。










「椎国に飼い慣らされたあなたがたほどではありませんよ」










そう言い返すと同時に、懐に持っていた小刀を放つ。だが、それはむなしく麗の部屋の壁に突き刺さる。






そして顔をあげれば、蒐を囲むようにして武装した男たちが姿を現した。


想像していた展開に、思わず蒐は笑みをこぼす。


不敵な、背筋も凍りそうな、笑みを。






「・・・裏切り者、ね。まぁ、そうだな。ってことは、あんたたちは『守人』ってわけか」


「ほう、認めるのか、『朧』」








主犯格なのか、先ほどの男が蒐に応対する。蒐も肩をすくめてけろっと言う。








「今更誤魔化す気も、取り繕う気もないさ。麗姫を殺そうとする『守人』は俺が排除する。その点では、裏切り者だろうから」


「なぜ、糺国を裏切る?」


「じゃぁなんで、あんたたちは椎国の老臣たちに飼い慣らされている?」


「なっ・・・・・・!!」








驚愕する男たちの反応も、蒐は表情も変えずに冷たい視線で見ているだけ。








薄々気づいていた。


『蒼石』を奪うために侵入しているはずである『守人』。


同時に、水面下で動く椎国の老臣たち。だが、彼らに多くの暗殺者を雇うことは困難なはず。




なぜなら、城の護衛はみな、麗姫寄りだから。






では、彼らはどうするか。


椎国内で暗殺者を探さず、糺国の者を雇うようになるのだ。








そして白帆の矢が立ったのが、『守人』。


椎国内で諜報員としていた者、『蒼石』を奪うために侵入していた者、彼らが老臣たちに飼われたとしたら。










それならばこのうっとおしい殺気も納得ができる。


熟練した暗殺者たちの気配。








「どうせ、俺もあなたたちも裏切り者だよ。だったら、ここで決着つけたほうがいい」










蒐の周りの空気だけがどんどん冷え込んでいくように凍りついていく。


声も表情も、雰囲気さえも冷たく、残酷なものに変わっていく。


まだ陽も明るい昼間だというのに、そこだけ深夜の月夜のように。










数では圧倒的に有利なはずの男たちは、ごくりと唾を飲む。


しかし、彼らも『守人』。こんな若造ひとりに尻込みなんてできない。






「・・・やれっ・・・!!!」








複数の殺気が、一点に集まった。
















「さて。これをどうしよう」








麗姫の着替えは長引いているようだ。まだ出てこない。


蒐が足元に転がる男たちを見降ろしながら、蒐は柔らかい笑みを浮かべた。




それは、日の光を浴びた温かな笑み。


ある気配を、蒐が感じたからだった。








「お見事、お見事。ピンチになったら助けようかと思ったけど、オレの手助けはいらなかったようだな」


「剋さん」








ひょこっとバルコニーから剋が姿を現した。


窓の外へと襲撃者を捨てていく蒐の手助けをしながら、剋はくすりと笑った。








「誰も、殺さなかったのか?」


「・・・もう、誰かの命を奪うようなことはしないですよ」






少し陰りを見せた表情を見ると、剋は蒐の頭をなでた。


それに笑みを返すと、蒐は彼に問いかけた。






「どちらまで『狩り』に行かれていたのです?麗姫が心配されていましたよ?」


「ちょっと、大物が引っ掛かってな。おかげでいい『獲物』がとれた。蒐がこっちも片づけてくれたし、しばらく平和に暮らせるかもな」


「それまでに麗姫の身になにかあったらどうするつもりだったのですか」








呆れたように言いながら、蒐は最後のひとりを窓から落とす。ちなみに、麗姫の部屋は2階である。


どうせこの下は芝生だ。死んだりはしないだろう。


すでに眼下には人の山ができあがっている。








「それは心配してなかったぜ」


「なぜです?こうして『守人』もうろうろしていたんですよ?」


非難するような視線を剋に向ければ、彼は蒐を見てにやっと笑った。










「蒐がいるから、オレはしばらくでかけても大丈夫だって思ったんだ。蒐が麗姫を守ってくれるだろうってわかってたしな」


「・・・・・・え、え・・・・・・!!」






まさかの剋の言葉に慌てる蒐に、剋はさらに「蒐のことは信じてるしな」と言い加えてくる。




思いもよらない剋の言葉に、蒐は思わず赤面してしまう。








「お、かわいいな、蒐。照れてるのか?!」


「そ、そんなことありません!!」






けらけらと笑う剋に、蒐は思わず顔をそむける。


そんなことをやっていると、麗が着替えを終えて小部屋から出てきた。








「あら、剋?どこに行ってたの?!」




「勝手に出歩いてすいませんでした。オレがいなくて寂しかったですか?」


「そんなことないわ。朧が一緒にいてくれたもの」








からかう剋に、麗が冷たく突き放す。そしてにっこりと蒐に笑いかける麗に、再び彼は照れて視線を泳がすことしかできない。


それをまた、剋がからかって笑った。














『裏切り者』。


ふと、先ほどの男の言葉が脳裏をよぎる。








そう、蒐は裏切り者だ。


糺国を、『守人』を、仲間たちを裏切っている。








せめて、このふたりが寄せてくれる信頼だけは守りたいと、蒐は切にそう望んでいた。










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