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守り人  作者: 紫月 飛闇
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隠せぬ、焦燥。

















引きずられるように剋の部屋に連行された蒐は、あきらめて剋の言うとおりにしていた。




「そこに座って上着を脱げ」






彼に言われるがまま、指定された場所に座り、蒐は上着を脱いだ。


その上着がやや濡れて黒ずんでいるのは、川の水のせいだけではない。








「軽い怪我だけだったらうるさくは言わないが、それだけ深い怪我を負ってるのに隠そうとするな」






薬箱片手に、剋がむっとした様子で蒐の前に座った。


上着を脱いで、顕になった肩の傷を蒐は冷ややかな目で見る。








油断、した。


糺国でのことを思い出していたら、まるでそこから芋蔓のように次々と様々な思い出が頭をよぎった。




長や渫、籥。




そして、緑。


過酷な生活の中の、暖かな時間。


…それなのに…。










「…蒐?」


心配そうに呼び掛けてきた剋の声に、はっと蒐は意識を戻した。






「平気か?」


「大丈夫ですよ。手当て、ありがとうございます」






にっこりと蒐は笑って答える。


いつのまにか、肩の傷には包帯が巻かれ、他の怪我も手当てがされていた。








「傷、古いのがいっぱいだな」


「剋さんだって任務をこなせば怪我だってされるでしょう?」


苦々しげにつぶやいた剋に、蒐は苦笑する。








「・・・そうだな。とりあえず、蒐は早く寝ろ。明日も一日寝てればいい。麗姫にはうまく言っておくから」


「剋さんはどちらに?」


部屋を出ようとしている剋の背中に蒐が呼び掛ける。


「麗姫のところに、今夜の報告に」








共に剋の部屋を出て、蒐は自室へ、剋は麗のもとへと別れた。


自室に戻ると、緊張の糸が切れたか、傷がじくじくと痛んだ。








肩を貫通したのは、おそらく銃弾。


弓矢や剣と違い、銃は持てる者も少ない。あまり流通した武器ではないからだ。




複雑な構造ゆえに量産されることなく、おそらく糺国内で銃を所持しているのは『守人』だけだろう。


それも、よほど剣や弓矢の力が劣らない限りは使われることはない。


弾が限られているから。








糺国では弾を量産するのに必要な原材料が、多く採取することができない。


少ない原材料で多くの銃弾を生産させようと研究していたのも、渫だった。








では、椎国ではどうなのだろうか。


椎国のスパイと対峙するときは、やはり剣が多かった。それに応戦する彼らも銃を使っていた記憶がない。


地形などを考えると、椎国のほうが銃をつくるには適しているといえるが、その技術がないのならそれも無理な話だろう。








でも、それでいいのだとも思う。


麗が統べるこの国が、あんな凶器を量産させるなんて、考えられないから。








「俺、甘いかな」


ふふ、と蒐は小さく笑って、ベッドに横になった。






傷からの発熱で、体がだるかった。


『守人』であった頃は、よく感じていた苦痛。久しぶりのけだるさに懐かしさすら感じながら、蒐はそのまま眠りについた。














「あら、朧、おはよう。こんなところで会うなんて珍しいわね」


「おはようございます。ちょっと、見たくなったものですから」




麗のうしろに控えていた剋が、ぎょっとした顔で蒐を見ているのが見えた。


今日の蒐は、怪我のためにおとなしく寝込んでいるだろうと思っていたのだろう。朝早くからふらふらとこんなところまで出歩いている蒐に、剋の眉間に皺が寄っていた。








蒐は自分の身を案じてくれている剋に申し訳ない気持ちを抱きながら、明るく声をかけた。


「おはようございます、剋さん」


「・・・おはよう」


「あら、剋!!なんて顔してるの?!」


「すいませんね、不細工な顔で」


「そんなこと言ってないでしょう。もう、なんで急に不機嫌になったのかしら」




首を傾げながら、麗は目的の場所まで歩いていく。


蒐も同じところに用があったので、うしろについていく。










蒐たちが今いるのは、歴代の王の肖像画が飾られている広間だった。


そこには、麗の両親である前国王夫妻の肖像画がある。麗と剋、そして蒐もその肖像画の前で立ち止まった。








「わたくしは毎朝、ここでお父さまとお母さまにお祈りをしているの。一日も早く平和な日になりますように、って」




麗の幼いながらも真剣な瞳に、蒐の心が痛む。










この心優しい姫の大切な両親を殺したのは、蒐の仲間である『守人』なのだ。


『守人』は、任務のためならどんなに大切な存在でも殺す。


存在すら一般人には隠密なために、『保護者』すら殺す。






親もない彼らに、唯一の愛情を与えてくれた存在に刄を向けるのだ。


そう、籥もそうしてきたし、蒐もそうしようとした。










学舎に通う渫と蒐に、温かい愛情をくれた緑を、蒐は任務のために殺そうとした。


そのときの状況を思い出し、蒐は胸が苦しくなる。










「殺さないでくれ」と泣きながら懇願した渫。


その渫を振り切って、蒐は緑を殺そうとした。






けれど、渫と籥が緑を遠くへ逃がしてしまった。






あのとき、蒐は籥を責めた。


殺さなければいけないのだと思ったから。


これから『守人』として生きていくのだという覚悟とけじめのために。


それを邪魔した籥を、蒐は恨んだ。










けれどこうして今、緑との思い出を思い出していると、籥のしてくれたことに感謝してしまう。


善意を裏切ったとはいえ、緑は今もきっと生きてくれている。










蒐を憎んでもいい、恨んでもいい。


生きていて、くれれば。










渫も籥も、元気でいるだろうか。


いつだって『死』と隣り合わせの任務。


いくら椎国の敵が殺すつもりはなくても、怪我の具合によっては死に至ることだってある。






もしも椎国のように糺国にも内部に暗殺者がいたら?


ただでさえ、『守人』の中に裏切り者がいるかもしれないというのに。










「朧?どうしたの?」


肖像画を見上げたまま、苦痛に顔をゆがめている蒐に麗が心配そうに声をかけてきた。彼はいつものように、笑顔を麗に向けることができなかった。








麗の顔が、見れない。








「・・・麗姫、さま・・・」


「なに?」








焦る。


焦ってる。






いつまでも、渫と籥に出会えないこと。無事を確認できないこと。






麗と剋のしていることが、わからないこと。










蒐の、罪の償い方が見つからない、こと。










「・・・いつになれば、平和な世界が訪れますか・・・」










思わず零れ落ちた言葉に、蒐自身がはっとした。


慌てて口元を押さえ、麗に視線を向ける。彼女は眼を瞬いていたが、すぐに優しく微笑んだ。








「焦らないで、朧。あと少しだわ。ここで焦ってはだめ。必ず、あなたが幸せを見つけられる世界を、つくるから」








真摯な瞳でそう告げる麗が、眩しかった。


見てみたいと思ってた。彼女のつくる世界を。






けれど、この血染めの両手で、なにをつかめるのだろう。






今更、何を望めるのだろう。






奪うだけ奪ってきた、この両手で。










彼女のつくる世界に、己の『居場所』はあるのだろうか。












「朧、ちょっと来い」


剋が強引に蒐を部屋から引っ張り出した。誰もいない廊下で、剋はそっと蒐の額に手をやった。






「・・・やっぱり、まだ熱があるじゃないか」


「微熱ですよ。傷ももうあまり痛みませんし」


「・・・あの怪我で?」


「回復力は自慢できるんですよ」


「・・・じゃぁ、なんでそんな痛そうな顔をしている?」


「え?」










剋に言われ、それまでずっと表情を隠していたつもりだった蒐は、それができていないことに気づかされた。










「それは・・・・・・」








理由なんて、明らかで。


でも言えるはずもない。








「少し、眠いのかもしれないですね」








そんなことを言って誤魔化す。


笑って剋を振り切った蒐は、そのまま麗に一声かけるとその場を立ち去った。












ここで、『任務』を放棄する気はない。


痛む肩の傷が、蒐の心にさまざまなことを問いかける。








心が、罪悪感に溺れるようだった。








蒐は、無意識に肩の傷に爪を立てて、声を殺して呻いていた。






























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