抗えぬ、出会い。
「やった!!獲った!!」
森の中で少女の声が響く。うれしそうに少女が手に持ったのは、罠にかかった兎。罠から逃れようと必死にもがいている。
「・・・姉さん、それじゃぁ日が暮れちゃうよ・・・」
呆れたような声が少女の頭上から降ってくる。彼女はキッと鋭く見上げて、その声の主に叫んだ。
「だったら蒐はどうなの?!」
「あっち見てみてよ」
「あっち?」
蒐は木の上からある方向へ指差した。少女、渫はその指差された方向に歩み寄り、その目的物を発見すると思わず後ずさった。
「・・・・・・全部、蒐がやったの?」
「そう、すごいでしょ?」
明るく誇らしげに蒐はそう言って、すとん、と木から飛び降りてきた。常人なら骨でも折りそうな高さからの着地にもかかわらず、蒐は物音立てずにふわりと着地する。
まるでサルのようだと渫は呆れる。
「俺、こういうの得意かもしれない」
にこにこと蒐はその『山』を誇らしげに見やる。渫は思わずそれから目を逸らした。
動物の屍骸の山、から。
「罰じゃ。森の獣を30匹獲るまで祠に戻るな」
長にそう言われたのは今朝早く。
昨夜の蒐のちょっとしたイタズラが長にばれて、お咎めをくらった。そのイタズラを知っていながらも見て見ぬふりした渫も同罪。
ゆえに、かんかんに怒った長から言われた言葉が上述の「獣を30匹獲る事」だった。
長の命令は絶対。
長は、守人の里を束ねる長。
渫と蒐は、彼らがここへ来た最初の日に出会った「お姉さん」が、まさか「長」と呼ばれるえらい人だったとは思いもしなかった。
長のことは何も知らない。
長の名前も知らない。
知っているのは、長の桁外れの能力。身体能力も先見の能力も、そして守人の里を束ねる統率力も、どれをとっても長に適うものなどいなかった。
長がどこの誰で、ここへ来る前はどんな人物だったのか知る者はない。
だが、それはこの里の者たちも同じだった。
誰一人、互いのことをよくは知らなかった。
それが、当たり前の場所だった。
ここは過去を探る場所ではない。
「守人」を育成する「修行場」なのだ。
では、「守人」とはなにか。
渫も蒐も、いまだにそれはよくわかっていない。
ここへ来て、彼らが行っているのは、身体も頭もくたくたになるまで酷使する「修行」だけだった。
「だいたい、こんなことになったのは蒐のせいなんだからね!!蒐が30匹捕まえればいいじゃない」
「ん~だから、姉さんには悪いと思ってるから、がんばって獲ってるよ。これで半分くらいは獲ったと思うよ?姉さんはどれくらい?」
「あ、あたしは・・・・・・」
あっさりと15匹は獲ったと言った弟の横で、渫は口ごもる。
渫は獲物を捕獲するためにいちいち罠をしかけるため、それに時間がかかってしまう。そのため、彼女が捕まえたのは5匹と満たなかった。
「わざわざ生け捕りにしようとするからだよ~。殺しちゃえばいいじゃん」
やれやれ、といった様子で蒐は渫を呆れたように見る。
「あ~あ。これじゃぁ、夕飯までに30匹狩猟できるかなぁ~」
とん、と軽い足音だけを残して、彼は再び木の上に飛び上がる。
本当に身軽な身体だ。
「手伝ってやろうか」
ふいに、そんな言葉が彼らの傍から聞こえてきた。気配を読もうと神経をすませれば、草陰からひとりの青年が現れた。
「獲物の捕獲、手伝ってやろうか。今朝のイタズラはオレも見てておもしろかったし」
にかっと人懐っこい笑顔で彼はそう言う。その言葉を聞いて、木の上の蒐が歓喜の声をあげた。
「本当に?!手伝ってくれたらうれしいな!!」
まるで背中に羽が生えているのかと思うほど、再び身軽に地に降り立つと、彼は青年に近寄った。
「あの長から、あれだけおもしろい反応を見れたんだ。手伝うことくらい安いぜ」
くくっと思い出し笑いをしながら言う青年に、蒐も得意顔でうなずく。
「でしょでしょ?今回のイタズラには自信あったんだ」
「おまえ、本当に手先が器用なんだな。それでいてすばやい。だからあの長を出し抜くことができるんだな」
「でも、あれを考えたのは姉さんなんだ。俺は実行しただけ」
「姉さん?」
そこで初めて、青年はその場にもうひとりの人物がいることを認識したようだった。
「あぁ、あんたがこいつの姉さん?」
「・・・・・・そうだけど?」
「この里じゃ珍しい、『殺さず』の渫だっけ?」
「・・・だから、なに?」
「おぉ、怖い怖い」
ひょいっとおどけて、青年は肩をすくめる。渫はいらいらした様子で青年をねめつけた。
「あんた、誰?」
「おいおい、同じ里で暮らしているのにそれか?」
「あ、でも、俺も知らない」
蒐の追撃に、青年は傷ついたように顔を歪めてため息をついた。
「そりゃぁ、イタズラ好きで有名なおまえたちよりは有名じゃないし。今は、あまり森にもいないけどさ。・・・ま、いいや。オレは籥。よろしくな」
籥はにっこり笑って手を差し伸べた。蒐はうれしそうに素直にそれを握り返したが、渫はそっぽを向いただけだった。
「ん?なんか、オレ、あんたを怒らせたか?」
「別に。・・・ほら、蒐。さぼっていると本当に夕飯抜きになっちゃうわよ」
「え、あ、うん!!」
「だから、オレも手伝うって・・・・・・」
「結構です。これはあたしと蒐のイタズラによる罰ですから」
怒りのオーラをありありと醸し出して、渫は森の奥へと消えていく。それを見送る籥に、蒐が申し訳なさそうにつぶやいた。
「ごめんね、籥。姉さんに悪気はないんだけど・・・・・・」
「『殺さず』なんて揶揄したのが気に障っちまったかな?」
「う~・・・ん。・・・たぶん」
渫は渫なりの思いがあって、殺すことをしていない。
蒐も渫のそういう気持ちを尊重したいからあまりそれを強制はしない。
「ほんと、ごめんね。気持ちだけもらうね。姉さんの言うとおり、これは俺たちの罰だから」
申し訳なさそうにしゅんとする蒐に、籥のほうがむしろ立つ瀬がなくなってしまう。
「いや、気にするな。・・・・・・あぁ、でも、イタズラはほどほどにしとけよ?」
「ん?」
「毎回イタズラの罰で森の獣狩りしてたら、そのうち森から獲物がなくなっちまう」
にっと笑った籥に、蒐も子供らしくくすり、と笑う。
だが次の瞬間、蒐の顔つきが変わり、小刀が放たれる。
それは籥の頬すれすれを飛んでいった。無論、それは籥が少し顔を傾けて避けたからこそ、頬すれすれだったのだが。
「なに、するんだよ?」
さすがに籥も『訓練』を受けているので、これほどのことでは怪我もしない。
だが、瞬時に気配を変えて刃物を繰り出した少年に、思わず不機嫌に問いかける。
しかし、予想外にも、蒐は再びにこりと愛らしく笑って、小刀が飛んでいった方向を指差した。
「獲物。見つけたから捕まえとこうと思って」
「はぁ?!」
振り向いて見れば、たしかに蒐の放った小刀には小さな野鳥が捕らえられている。飛んでいる鳥を、小刀で捕らえたのか。
「すごい動体視力と瞬発力だな・・・」
「ねぇ、これも30匹の獲物のうちのひとつでいいよねぇ?」
感心する籥の横で、蒐は何の気も為しに鳥から刀を抜いて、獲物の屍骸の山に放り投げる。獣の血が付いた刀は、雫を払うようにぴっと振るだけだ。
「・・・・・・おもしれぇ」
「ん?なにが?」
つぶやく籥に、蒐がきょとん、と問い返す。
そんな少年の頭を青年はくしゃくしゃっとなでまわしたあと、笑っただけだった。
紫月飛闇です。
このシリーズは、なるべく毎日更新できるように心がけていきたいと思ってます。
その代わり、一話一話はすごい短いのですが(汗)