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守り人  作者: 紫月 飛闇
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隠せぬ、驚愕。















朧が、蒐が椎国側についてくれたのは、なによりも心強かった。








あの夜、剋はほっと胸を撫で下ろして蒐と共に城に帰った。


その道程で、蒐は小さく、剋に頼みごとをした。






「わたしの名を、麗姫にはまだ言わないでください」


と。








「なぜだ?」


「麗姫には自分で申し上げたい。それまでは、どうか『朧』のままで」






糺国の『守人』蒐。


たしかに、剋が勝手に喋れるような気楽なことではない。


まして、『守人』に両親を殺された麗姫には。










「・・・わかった、そうしよう」


剋がそう返事をすれば、蒐はふわりと柔らかく笑った。












実際、蒐を剋の組織に組み込むには様々な反発があった。


みなからすれば、蒐は『奇術師の朧』なのだから、無理はない。


下手をすれば命を奪われる危険性のある任務に、蒐を加えることを反対して当たり前だった。




しかし、蒐の本来の姿を知る剋は、自分と任務を組ませることで、しぶしぶ周りを納得させた。








自分でもおかしくなるほど、剋は焦っていた。


最近、椎国のスパイたちが以前より糺国に侵入しにくくなっている。


というよりは、『守人』が常時糺国城に滞在するようになり、『任務』が遂行しにくくなっていた。








『守人』がもっと糺国城を、『朱石』を固く守り始める前に、ある程度の『基盤』をつくる必要があった。


しかし、同時に思う。






それだけ必死に城の守りを強化しはじめたということは、『いよいよ』というわけだろうか。










麗は決して自己の計画の詳細を話さない。


決定事項になるまでは、彼女の胸のなかだけに留めおかれた。






どのみち、残された時間はあとわずかであることは明らかだった。


だからこそ、蒐にその『任務』を果たしてもらう必要があった。










「今夜、糺国城に侵入する」


夕食後、剋は蒐にだけ耳打ちした。彼は小さく頷き了承する。


待ち合わせ場所は、協力を誓い合ったあの場所。










そこに行けば、すでに蒐が待っていた。


少し、緊張した面持ちで。






「糺国にはこっちからだ」


川の上流に向かって森の中を再度かけぬける。暗やみの中で、蒐は剋を見失う事無くついてきた。


にこにこと麗の前ではよく笑っていたその表情も、今は無。






久しぶりの帰国に逸る気持ちと不安な気持ちを入り合わせているようだった。










「ここは・・・」


森を突き抜け、川の上流近くまで行くと、目の前は壁のような崖があった。








「蒐、おまえが流されていたのを見つけたのはここだ」


蒐は何の表情も浮かべずに、剋を見返した。








彼の纏う空気が変わる。


戸惑いや焦り、柔らかさや温かみ、全てを排除した、冷涼な空気。










その変わりように背筋をぞっとさせた剋に、蒐は小さく言った。










「ここより少し先のところで、わたしは崖から川に落ちました。このあたりは国境だったのですね」


「あ、あぁ・・・。あの川向こうの崖を登れば、糺国の領土だ」






しかし、この暗闇だ。崖を登るにしても、一歩踏みはずせば命の保障はない。


剋はいつもこの崖を上り下りするときが恐ろしかった。










「登りやすそうな崖ですね。足場がたくさんある」


蒐が見栄でもなく飄々とそう言ったときは、思わず剋は目を見開いた。そんな彼の様子を見て、蒐はふっと笑った。


いつものようなふわりとした笑みでも、悲しそうな笑みでもなく、不敵な笑み。








「その反応。本当に、剋さんは籥そっくりだ」


「籥?」


聞き返した剋に背を向けて、蒐は崖を見上げた。






「さぁ、先を急ぎましょう。わたしたちは糺国でなにをすればいいのです?」


「・・・あるものを届け、そして、いただいていくんだ」






剋は懐から巻き物のようなものをちらりと取り出して見せた。蒐の声に疑惑の色が浮かぶ。










「それは?」


「最後の希望だ」


短く答え、剋は縄を張って崖を登る用意をする。


そばにいる蒐に手を伸ばして彼は言った。








「縄が見えるか?これを辿って気を付けて登るんだ」


「いえ、そんなものは無用です」


「え?」








蒐の答えが聞こえたと同時に、剋の横で風が横切った。


何も見渡せない闇の中で、たっ、たっ、たっ、という軽い足音が崖をあがっていくのが聞こえる。








「早く登ってきてくださいね、剋さん」










次の瞬間には、崖のうえから蒐のそんな言葉が降ってきた。




「うそだろ・・・」






蒐の『守人』としての能力を見せ付けられ、剋は絶句した。


壁のようにそびえたつこの崖を、まるで羽が生えているかのように軽々と登ったのだ。


しかも、足元すらよく見えないこの闇の中で。








「闇目が効くってわけか?」


剋は縄を頼りに崖を登る。とてもじゃないが、蒐の真似などできない。


それでも、常人は剋のように登ることだってできやしない。








「そうですね、人よりは闇に強いかもしれません」








涼しげにそう言い放つ蒐は、まるで椎国にいた『朧』とは同一人物とは思えぬほど、冷たく、静かだった。








「・・・気配を消してこれるか?糺国城まで行くぞ」


「大丈夫です。ここからなら、城への方向もわかります。ついていきますので、わたしに構わずに行ってください」






すでに気配を消した蒐からそんな言葉が飛んでくる。


ますます、『守人』とはどんな超人的な存在なのかと、剋は舌を巻くしかできない。








剋は構わずに、そのまま気配を殺して糺国城に向かった。




このあたりは、『守人』が多い。万一、彼らに出くわしたら、蒐はどうしてくれるのだろうか。


剋をかばうか、それとも、この懐にある巻物を奪うだろうか。










「・・・ご心配には及びませんよ、あなたを裏切るようなことはしませんから」






まるで剋の心を読んだかのようなタイミングで、蒐がくすりと笑いながら告げる。姿が見えないが、苦笑しているのが見えるようだ。












「それに、このあたりに『守人』の気配がない。・・・いつもはいるんですか?」


「あぁ、最近は特に」


「・・・なぜ、今夜に限っていないのでしょうね」


「・・・・・・オレたちが来ることを知っている者が排除したのかもな」








確信半分、冗談半分で剋が告げれば、姿の見えない蒐の声が強張ったように感じた。








「・・・なるほど」


「蒐?」


「・・・・・・『守人』のなかに裏切り者がいるかもしれない、という疑惑は、以前からありました。今夜もそのたぐいであれば、納得ができます」


「いや、裏切り者は『守人』のなかではなく、おそらく・・・・・・」








言おうとして、剋の言葉が詰まる。


これもまた、剋の想像でしかない。むやみに蒐の心を乱してどうする。












「剋さん?」


「・・・いや、なんでもない。先を急ごう」








剋は一層足を速めて、糺国城に向かった。










「・・・わたしは、城へは入りません。よろしいですか?」


城の前まで来て、蒐はそう言った。




「・・・なぜか、聞いても?」


「仲間がいるかもしれないからですよ。・・・それと、少し時間をいただけるのなら、この辺りを周って、姉を探したい」








それはまぎれもない蒐の願いであるようだった。


その切実な思いを感じた剋は、小さくうなずいた。本当の危険は城の中にもあるのだが、『今夜なら』大丈夫だろう。


こちらの情報がどうやら糺国側に回っているようだから。それも、いい方向に。










「わかった。じゃぁ、オレがここに戻ってくるまでには、ここに帰ってこい」








見方を変えれば、いつだって逃げれる状態。


このまま蒐が姿を消すことだって考えられる。いや、むしろそう思うべきだろう。








だけど、剋はそれ以上は何も言わなかった。






危険なバランスの上に成り立つ、信頼関係。




そんな関係、崩すのが簡単なくらいもろく、浅い。なのに、剋はそれを信じている。


目の前の、糺国の『守人』である蒐を。








その彼の態度に、蒐が苦笑した。








「わかりました。剋さんをがっかりさせるようなことはしませんよ」


「あぁ、期待してるさ」








にやっと笑って、剋は城の中に通じる窓の中へ飛び込んだ。彼の任務を果たすために。












蒐はそれを見送り、すっと姿を消してしまった。






















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