消せぬ、切望。
どんな、気分なんだろう。
真っ暗な部屋の中で、蒐はぼんやりと考えていた。
先程、蒐は麗も口にする料理を食べて、その料理に毒があることを知った。
剋曰く猛毒らしいが、別に蒐には関係ない。飲み慣れた毒なので、特に体調に異変もない。
しかし、たしかに麗が口にすれば、命に関わる毒であることには違いなかった。
城内に確実に麗の命を狙う者がいる。
それは、どんな気分なんだろう。
仲間の中に裏切り者がいる。
それは麗だけでなく『守人』もそうだった。
自国の臣下に命を狙われていてもなお、ああして笑う麗の強さを蒐は改めて感じていた。
同時に、思う。
自分もまた、裏切り者だと。
『守人』が前国王夫妻を殺害した。
笑顔を守りたいと剋に誓った、麗姫の両親を。
それは『守人』の任務。
血を被り罪に濡れることが、『朱石』を守り、『蒼石』を奪うための『守人』の任務だと信じていたから。
他の道はないのだと、わかっていたから。
戦を終わらせるには、それしかないと。
「麗姫が抵抗せずに『蒼石』を渡してくれれば、一番話が早いんだけどな」
ありえないと思いつつ、蒐は苦笑してつぶやく。
夜の闇が蒐を呼んでいる気がした。
これ以上、この城にいてはいけない気がした。
月明かりに誘われるように、蒐は夜の城外に飛び出していた。無心に向かっているのは、闇に包まれた森の奥の奥。
糺国に帰るための手がかりがあるわけじゃない。でも、これ以上はあそこにはいられない。
麗のそばには。
「どこまでが本当なんだろう・・・」
剋に連れてこられたことのある、川。
闇に溶け込んで、川音でしかその場所を特定できないが、夜目の効く蒐には川の位置もしっかり把握できた。
剋はあのときは、ここで蒐を助けたと言った。
だがその日の夜には、実はそれは嘘だと言った。どちらが本当なんだろうか。
「この川の上流に向かえば、答えはあるかな」
ふと、後ろを振り返って城がある位置を見つめる。
無断でここを去れば、麗は悲しむだろうか。
けれど、蒐がこれ以上あそこにいれば、いつか『朧』が『守人』であることがばれてしまう。
そうすれば、麗をもっと悲しませる。裏切ってしまう。
麗を、剋を、・・・・・・仲間を。
「・・・姉さん、籥、俺はどうしたらいい・・・?」
会いたかった。
渫に、籥に。
なのに、同じくらい大切に思い始めている。
麗を、剋を。
決して相容れないのに。
「・・・・・・!!」
見知った気配を感じて、蒐は軽く警戒する。なぜ、彼がここにいるのか。
「なんで、おまえがここにいるんだ?」
同じことを相手も尋ねてきた。それがなんだかおかしくて、蒐は軽快にそれに答えた。
「わたしの故郷へ帰る道かもしれないここを訪れるのは、おかしなことですか、剋さん?」
剋は呼ばれて、蒐にその姿をさらした。
月明かりに照らされて、剋の服装がうつしだされる。
「まるで、暗殺者のような格好ですね」
くすりと笑いながら、蒐は警戒心を顕にした言葉を剋に投げ掛ける。
それに対して、剋は小さくため息を吐いた。
「お察しの通り、たしかにオレは『任務中』だよ。だけど、暗殺なんかしない」
全身を黒装束で包んだ剋が静かに答える。蒐は、なにも言わない。
「人を殺めることを麗姫は厳しく禁じた。だから、糺国に行ったオレたちの仲間も、朧の仲間を殺したりはしなかっただろ?」
言われてみて、蒐ははっとする。
そうだ、不思議なくらい、不自然なくらいに、『守人』は殺されたりはしなかった。
椎国のスパイたちも強いことは、何度も対峙していてわかってる。
でも、彼らは蒐たちを殺すことはなかった。
『守人』の仲間達が『守人』でなくなったのは、戦闘不能な怪我を負わされたからであり、そこに命の別状はなかった。
蒐と籥が追い詰められたあの晩ですら、彼らは蒐と籥を殺そうとはしなかった。
「なんで・・・」
「麗姫は、椎国はもちろん、糺国の人々も含めて、命を奪う事を最小限にして、戦を終わらそうとしているんだ。それが、あの方の信念なんだ」
「信念・・・」
「麗姫は、きっとこの長い争いを終わりにさせる。だから、朧、どうか・・・」
「そんなの、無理だ!!」
弾かれたように、蒐が叫ぶ。
「命を奪わずに戦を終わらすことなんて、できない!!糺国王は、たとえどれだけの血を流し、命が失われようとも、椎国の『蒼石』を求めてる。・・・そんなの、できるはずがない」
麗姫ひとりの願いでは、片国だけの望みでは、戦は終わらない。
双方がそう望まなければ、命を失わずに戦を終えることはできない。
「たしかに、現糺国王では、無理な話だろうな」
「え?」
「だけど、時代は変わる。必ず、道は開ける」
力強く告げる剋を蒐は直視できずに視線をはずす。そんな彼の様子を見て、剋は優しく問いかけた。
「体調は大丈夫か?毒が体にまわるころじゃないか?」
「今更その質問ですか」
思わず蒐も苦笑してしまう。剋は本当に毒気を抜くのがうまい。
警戒している自分が馬鹿馬鹿しくなる。
「大丈夫ですよ。毒は幼いころから飲み馴らしてきたので、あれくらいの毒なら平気です」
「毒を飲み馴らし?!こわいことしてんだなぁ・・・・・・」
「誰かに言われてやったことじゃないですよ。ただ、姉がそういう研究に優れた人物だったので、研究ついでに頼んでいたんです」
渫は、いやがってはいたけれど。
毎食後に毒を飲み干す蒐の姿をつらそうに苦しそうに見ていた。
蒐も、そんな渫を見るのは悲しかった。
でも、いつかのときのために、自分に耐性はつけるべきだと思ったから。
「姉?へぇ、朧には姉貴がいるのか」
「たったひとりの家族です」
「・・・会いたいか?」
驚いて剋を見れば、彼は真摯な瞳で蒐を見ている。だから、蒐も素直に告げた。
「・・・会いたいです」
「糺国に、いるんだな」
「・・・えぇ」
わずかな沈黙。
剋が何を考えているのか、蒐にはわからなかった。
だが、次に剋が言った台詞のほうが、さらに蒐を混乱させた。
「わかった。じゃぁ、糺国に連れて行ってやるよ」
「・・・え?」
「ただし、頼みがある」
剋の申し出に、蒐の中には期待よりも不安がよぎる。
「糺国で、麗姫のために、仕事をしてほしい」
それは、蒐の想像を超えた、剋の申し出だった。