表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
守り人  作者: 紫月 飛闇
35/61

消せぬ、懸念。















「最近、朧がわたくしを避けてる気がするの」








そんな相談を剋は受けた。


もちろん、もちかけた当人は、彼の大切な姫君、麗である。








「え~と・・・そうですか?」


薄々剋もそう感じてはいたが、とりあえず言葉を濁して苦笑してみる。










朧が麗を避けるようになったのは先日の一件から。


謁見の広間でうろうろしていた朧を見つけた麗が、彼にその広間に飾られた肖像画の話をしたその日。






朧と麗は互いの核心に触れるような際どい会話をしていた。


その会話を聞いていて、剋は驚いたことがあった。


朧が椎国の教育システムに驚いたように、糺国にそのシステムがないことに剋は驚いた。






糺国のように最低限の教育すら、裕福な者しか受けられないのであれば、国は後退していく一方ではないか。


しかし、糺国が力を入れているのは『教育』ではないのだと思えば、それは納得がいく。




『戦力』というもので糺国と椎国を比べれば、おそらく椎国ははるかに劣る。


それはつまり、糺国は決して戦をやめるつもりがないのだという意思表示に見えた。


いや、しかし・・・。










「剋?なにを考えているの?」


執務を片付けていた麗が、不思議そうに剋を見上げていた。


「糺国のことを考えていました。・・・麗姫の願いが叶うための道筋を」


剋がそう言えば、すぐに麗は少女の顔から女王のそれに切り替わる。






「大丈夫よ。戦は必ず終えてみせるわ。椎国は、糺国の戦力には確かに劣るけれど、この戦を終わらせるのに必要なのはそれだけではないわ」


「えぇ、承知しています、麗姫さま」








だが、糺国が本気で椎国に襲い掛かってきたら、この国はどうすることもできない。


糺国の秘策でもある『守人』は、椎国の諜報員や戦闘員よりもはるかに能力が高い。


そこに加えて、糺国の正式な軍事力まで加わったら・・・。








「剋。国の心配はわたくしの仕事よ。剋の仕事はわたくしのそばにいることよ」






国の未来を懸念する剋を見越して、麗が柔らかな声でそう言って、彼に微笑む。


なんて聡い姫だろう。優しく、そして強い。




彼女は先王から、つまり彼女の両親から引き継いだ、『戦を終えて新しい未来を築く』という信念のために、ただひたすらに前を向いている。


先王が為しえなかったことを、若い姫君がそれを果たそうと。






剋も、麗のそれを叶えるために共にいる。


この国が守護する『蒼石』もまた、そのときまでは奪われるわけにはいかない。










「ねぇ剋。わたくしが話していたのはこの国のことではなくて、朧のことよ」


ぷっと頬をふくらませて拗ねるように言う彼女は、やはりまだ少女だ。剋は苦笑してうなずいた。




「そうでしたね。でもなぜ、麗姫は朧に避けられてると思うのです?いつものように一緒に食事をしているではありませんか」


「でも、朧はわたくしと目を合わせなくなったわ。・・・わたくしの両親が、先王夫妻が糺国の『守人』に殺されたときいて、恐くなってしまったかしら・・・」










彼女は本当に鋭い。


たしかに、朧が麗と目を合わすことができず、彼女を避けるようになった原因はそれだ。




もしやとは思っていたが、朧は『守人』なんだろう。


あの人並みはずれた身体能力がそれを物語っている。






だいたい、川に流されてきたくらいであんな怪我を負ったりはしない。


剋があの場にいたのは偶然だったが、朧を川から助けたときから、こいつは『守人』ではないかと思っていた。


それでも介抱したのは、麗姫のためだった。彼女の貫こうとしている信念に、剋もまた、同じ気持ちを抱きたかったから。










「だからね、剋」


まだ朧が自分を避けている、という話題を引きずっている麗は、剋に必死に訴えてくる。


「朧と話をしてみてくれる?なぜわたくしを避けるのか」










それはきっと、罪悪感。


彼女の両親を殺したのが自分の仲間だと知って、罪悪感ゆえに麗に顔向けができなくなったのだろう。


剋とだって対面して正直に話してくれるかはわからない。






まだ、『朧』という偽名のまま、本当の名を教えてはくれないのだから。










「果たして、オレともまともに話してくれるかわかりませんがね」


「あら、男同士の方が話が弾むでしょう?」


「いや、男同士で話が弾むのはそういう話題じゃなくて・・・っていうか麗姫、色々『男同士の会話』を勘違いされてますね」


「あら、そうかしら」


くすっと笑った麗に、剋もにやりと笑って返した。




彼は、こんな何気ない穏やかな瞬間がなによりも好きだった。












その日の夕食の席では、麗も剋も落ち着かない様子で同じ席に座る朧を見つめていた。


いつもはたくさんの侍従や侍女たちとも一緒に食事をするのだが、今夜はあえて3人だけにした。






麗はいつ朧に問い掛けようかタイミングを見計らっているようだったし、剋は剋で、朧にどう切り出すか様子をうかがっていた。


いつもと態度が違うふたりに気付いた朧は、苦笑を浮かべてふたりを見比べた。








「今夜は麗姫も剋さんもおとなしいですね」


「あ・・・いや・・・」


朧にどう反応するか迷っていた剋は、朧が次にした行為を止めるのが遅れた。






「そんなにぼぅっとされてますと、今夜はわたしが最初にお料理をいただいてしまいますからね」


にこっと笑みを浮かべ、朧は卓上に載せられた大皿に盛られた料理を口に運んだ。








麗との食事ではみなで大皿に盛られた料理をつついている。


「みんなで同じものを分け合って食べたほうがおいしいじゃない」という、麗の主張のせいもあるが、それ以上に麗を守るためでもあった。








「あ、馬鹿、朧!!その料理はまだ確かめてない・・・!!」








麗が口にする料理に毒が盛られていたことも一度や二度ではない。


だから、剋は麗たちが口にする前にその料理に毒があるかを検分する。


なのに、朧がその前に大口開けて、料理を食べてしまったのだ。








「はい?」


もごもごと料理を食べながら、朧はきょとんとした顔で剋を見返している。


麗もはらはらした様子で朧の反応を見守っている。


城内で命を狙われていると、誰よりも理解しているのは麗自身だ。






「なんとも・・・ないか?」


「えぇ、あいかわらず素晴らしい味付けですよ」








呑気に笑い返してくるこの青年の笑顔は、天然なのかつくりものなのか。


糺国の影の先鋭部隊『守人』にしては、やけに無防備すぎる行動ではなかろうか。






呆れるやらほっとするやら、なんだか複雑な思いで、とりあえずは朧が口にしたものに毒がないようでほっとした。




「・・・ん?」


しかし、剋がほっとした矢先に、朧の表情が曇る。


「ろ、朧?平気?」


心配そうに朧に声をかけた麗に、彼はにこやかに笑い返した。








「このお魚は麗姫は口にされないほうがいいですね。腐り始めているのかもしれないです」


一見、聞いていればなんてことない忠告。


だが、彼は『守人』。




剋は即座に朧が口にした料理を検分した。麗も剋の反応を緊張した面持ちで見ている。




その結果がでるわずかな時間ですら、もぐもぐと料理を口に運ぶ朧に、剋は脱力感を覚えた。








「朧・・・頼むから次々と他の料理に手を出さないでくれ」


「ですが、こちらはとてもおいしいですよ」






無邪気な笑みを浮かべて、朧は剋に言う。


彼は小さくため息を吐いてから、先程の料理の毒検分の結果を見てみる。それを見て、剋は顔色を変えた。






「朧!!口にしたものを吐き出せ・・・いや、胃の中に入れたのを出すんだ!!」


「剋、もしかして・・・」


「えぇ。朧が先程口にした魚料理には毒がありました」


それも猛毒。










「毒?あぁ、そんな味だったかもしれないですね」


当人である朧はけろりとそんなことを言っている。








「大変!!朧、とりあえず早く部屋で休んでちょうだい。呼び鈴を渡すから、具合が悪くなったらすぐに呼びなさい。剋、朧を部屋まで送ってあげて」


「わかりました」










きびきびと指示を出す麗に従って、剋は朧と共に食堂を出た。


朧の部屋に向かう途中で、思わず剋は朧に尋ねた。


「本当に大丈夫か?猛毒だったぞ?」


「飲み慣れているから大丈夫ですよ。では、ここまでで結構です、おやすみなさい」








にっこりと笑い、けれど視線を合わせようとしない朧の背中を剋は見送る。




麗への魔の手が日に日に強くなっている気がする。


剋ひとりでは、麗を守り切れなくなるかもしれない。朧が、味方になってくれれば。








だけど彼はきっと、糺国にいる仲間を裏切ることを悩んでしまう。


麗の考えを朧に伝えることができれば、彼は考えを変えるだろうか。






「・・・いつのまにか、オレまで朧に肩入れしちまったな」


ふと、自分の考えを思い返して苦笑する。








だけど、朧のことを剋は信じていた。


彼は本当に麗を守ってくれている。


それが無意識のものかもしれないが、心根が優しい青年だというのは見ていればわかる。あの屈託のない笑顔も、それを物語っている。








「麗姫の考えていることを知れば、きっと朧だって考え方を変えるだろうな」


そして、麗を避けることもしなくなるかもしれない。






近々、彼にその話をしてみよう。


剋はそれだけ決意すると、彼の姫が待つ食堂へと戻って行った。






























評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ