消せぬ、罪悪感。
最近の蒐は、本当に暇だった。
城にいてやることなど、よそ者の蒐にはない。
唯一蒐を構ってくれる麗も、最近は特に政務が忙しく、蒐の部屋を訪れることが少
なくなった。
あの小さな姫がすべての政務をとりおこなっているのだと思うと、王族も大変だな、と蒐はのんきにぼんやりと思っていた。
誰にも相手にされない蒐は、麗に許された範囲内で城内の探索にでかけた。
無論、許可をもらった行動範囲内に『蒼石』があるとは思っていないが、そのありかのヒントくらいならつかめるかもしれない。
「・・・な~んて、都合よくはいかないだろうけど」
自分の考えを軽く笑い飛ばしながら、蒐はうろうろと歩いていた。
じっと部屋にいるとおかしくなりそうだった。
余計なことまで考えてしまって。
今まで、『守人』としてこなしてきた任務。
殺してきた人たち。
真っ赤に染まった両手。
救われることも叶わない、罪にけがれた身。
これを罪悪感、と呼ぶものだとは蒐は知らない。
『守人』としてあたりまえの任務としてこなしてきたから。
殺すことも、血に染まることも、『日常的』過ぎたから。
この城に来て、麗や剋と一緒に過ごして、蒐の『日常』がなくなって、改めて自
分のしてきたことを振り返ってしまう。
犯した罪の重さを、認識せざるをえなくなる。
だから、じっとはしていたくなかった。
少しでも動き回っていたかった。
好き勝手に歩いていると、やがて大きな広間のような部屋に出た。
応接室のような役割を果たす部屋だろうか、その部屋はなんだか少しよそよそしかった。
飾られている宝飾や鎧たちの価値はわからないが、あるものが蒐の目を引き付けた。
「これは・・・」
大きな部屋の一角に飾られたたくさんの人物画。
おそらく、これは・・・。
「歴代の椎国王の肖像画よ」
蒐のいる部屋の入口から、聞き覚えのある声が飛んできた。
「麗姫さま・・・」
麗はにっこりと蒐に笑い返すと、そのまま彼に向かって歩き始めた。その後ろには当然のことながら、剋もいる。
「椎国と糺国、このふたつの国ができてからの椎国王たちがここにいるの」
麗に言われて、改めて蒐はその肖像画を眺めてみる。
「もともとはひとつの国だったのに、どうしてこんなにも長く国が岐れたままなのでしょうね」
「え・・・?もとはひとつの国・・・?」
「あら、知らないの?学舎で学ばなかった?」
麗の問い掛けに、蒐はただ焦る。
ふたつの国がひとつの国だった?
そんな歴史は知らない。
渫や蒐が学んだ史学は、糺国のことだけだ。
椎国と糺国がひとつの国だったなんて、知らない。
「麗姫、朧は記憶を失っているので・・・」
「あぁ、そうね。だからきっと、学舎で学んだことを忘れてしまっているのね」
剋が助け船を出せば、麗があっさりと納得した。
ふと、蒐は麗と剋の会話で不思議に思ったことがあった。
「なぜ、わたしが学舎に通っていたとわかるのですか?」
糺国では、戦に駆り出されることのない、比較的裕福にあたる階層の者たちだけが学舎に行くことができた。
まず学舎に通う資金がなければいけないからだ。
蒐たち『守人』は、国王の配下ということもあり、援助があって学舎に通えた。
だが、2~5年という短期間だが。この期間を過ぎても学位をとれなければ、あっさりと見捨てられた。
それほど厳しく、資金繰りも大変だというのに、麗たちは当然のように蒐が学舎に通っていたことを前提に話しているのだ。
首を傾げる蒐を憐れむように、剋がそれを説明した。
「椎国では、10歳になったら誰でも2年間は学舎に通うんだ。義務ではないが、その学費は国がほとんど支援するから、ほとんどの人間が学舎に通っている」
「みんな、2年で学位を?!」
「あら、朧は学位を持っているの?では、大学を出たのね」
剋と蒐の会話に割り込んで麗がにっこりと言うが、蒐はますますわけがわからない。
「大学?」
「10歳の子供が2年間通う学舎を小学、それ以上勉強して学位を得ようとする学舎を大学というんだ。無論、大学の資金は各々で用意しなければいけないけどな」
「でも小学だけでも、最低限の知識は得られるのだから、大きな問題はないはずよ」
蒐に説明する剋に、麗が得意そうに言い加える。だが、ふと、不思議そうに麗は蒐を見つめた。
「でも、学位のことはわかるのに、小学のことはわからなかったり、史学のことは忘れてしまっていたり、朧の記憶はずいぶんとあいまいね?」
「仕方ないですよ、麗姫。彼はあれほどの怪我を負っていたのですから」
「そうね、それもそうよね」
剋が助言すれば、麗は素直にうなずいて納得する。
蒐はなんとかその素直さに救われた心地だったが、頭の中は混乱していた。
椎国では、最低限の教育を国が援助しているというのか。
それが「小学」といわれる学舎。
そして、それ以上の学問を学ぼうと、学位を得ようとする学舎を「大学」と呼び、その資金繰りは国民に委ねられているというわけか。
糺国よりもはるかに優れているシステムに、蒐は驚きを隠せない。
そしておそらく、その「小学」での学ぶ史学で、糺国と椎国がもとは1つの国であったという話を学んでいるというのか。
「・・・なぜ、椎国と糺国はわかたれたのでしょう・・・」
「やはりそれは、『王位継承問題』でしょうね」
ぽつりとつぶやいた蒐に、麗も静かに答える。彼女は、たくさんの肖像画の中から、一枚のそれを指さして言う。
「あれが、椎国の建国者、椎太子。かつての第2公子だったらしいわ」
「王位継承問題・・・・・・」
ただそれだけのことが、これだけ長い年月の戦争を繰り広げることになるとは、まさか椎太子も思っていなかったに違いない。
「でもどうして・・・・・・」
さらに問おうとした蒐の言葉が止まる。麗が懐かしげに、ある肖像画を眺めていたからだ。
彼女がそんな表情を浮かべて眺める人物を、蒐も一緒に見てみると。
「・・・あぁ」
そこに描かれているのは、穏やかな表情をした王と王妃。
その表情を見るだけで、わかる。
「この方々は、麗姫の・・・?」
「えぇ、お父様とお母様よ」
麗がこの国を統べる前の統治者。
その王も王妃もいない、今の城内。
そういえば、糺国王も病で臥せっている。椎国王も病で亡くなったのだろうか。
「先王陛下は・・・・・・病かなにかで・・・?」
「いいえ」
「麗姫、それ以上は・・・」
尋ねる蒐にこたえようとした麗を、剋があわてた様子で止める。だが、麗は首を横に振った。
「朧も椎国民なのだから、知っておいてほしいわ。忘れてしまったのなら、今知ればいいのだから」
「ですが・・・・・・」
剋が気遣わしげに見るのは、麗ではなく、蒐だった。
なぜ、両親を失った麗ではなく、蒐を気遣うような視線を?
「わたくしのお父様とお母様は・・・」
よぎった疑問も、麗の言葉で、すぐに消えさる。
そして、絶望的な答えを聞くことになる。
「わたくしのお父様とお母様は、糺国の『守人』に殺されたのです」
麗姫の、笑顔を守りたいと思った。
だけど、その麗姫の心を深く深く傷つけたのは・・・・・・・・・。
蒐と同じ、『守人』だったのだ――――――――――・・・・・・。