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守り人  作者: 紫月 飛闇
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消せぬ、笑顔。













「・・・どうした?なんで答えない?」


静かに、剋が蒐に言う。








「朧、おまえが糺国の者かどうか聞いているんだ。答えは?」








再度問う剋を、蒐は見ることができずに視線を川に移してしまう。


この川から、蒐が流されてきたと剋は言った。ならば、この川を辿れば糺国に帰ることができるということか。


こんな近くに、探していたものがあったなんて。








「朧?」


再度の剋の問い掛けに、とうとう蒐は彼と視線を合わせた。


静かな瞳で、蒐は逆に剋に問い掛ける。








「では、もしもわたしが糺国の者であったら、剋さんはわたしを殺しますか?」








言葉とは裏腹の蒐のあっさりとした物言いに、一瞬の沈黙が落ちる。だが、すぐに剋は口を開いた。








「始めはそう思ってた。だけど、今は違う。一緒に城で過ごして、気持ちは変わっ


た」


驚く蒐に、さらに剋は言う。


「それに、いつだったか、朧がオレに言った、『麗姫に害は与えない』という言葉も偽りがなさそうだとも思ったしな」


「え?」


「さっきの。麗姫をひとりで城へ帰そうとしたのはわざとさ。朧がどう反応する


か見たくてね」








いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべ剋は笑う。


「麗姫の護衛であるオレがそれを怠るはずがないだろ。でも、ちゃんとおまえは麗姫の身の安全を心配してくれた」


剋の口調はやさしいのに、蒐は責められているような気分になり、息苦しくなる。








肯定することも否定することもできず、蒐は引きつった表情で剋を見つめる。


「おまえが糺国の人間であったとしても、オレはおまえを信じるよ」








剋のまっすぐな言葉が蒐の心に突き刺さる。


「オレは麗姫の笑顔を守りたいんだ。だから、それを奪わないでほしい」


「俺は・・・・・・!!」


呪縛から解き放たれたように、やっと蒐の口から言葉が零れ出た。








「俺は・・・」


だけど、それ以上は言葉がつまって何も言えない。








なにを、言うつもりだ。


なにを言える?


なにを、約束できるというのか。










だが、言葉を紡ごうと苦心する蒐を剋は何も言わずに辛抱強く待っていた。


微笑みさえ浮かべて。


けれど、その目は鋭く蒐を試していて。










彼は麗の笑顔を守りたいと言った。


この国でも、『蒼石』でもなく、麗の笑顔を。


それは、蒐にもわかる気がした。


国を越えて、使命を越えて、守りたいと思ってしまう。


彼女が与えてくれる優しさや空間、そのすべてを作り出すあの笑顔を。












『蒐の笑顔、あたしは好きよ』


ふと、渫の言葉が頭をよぎる。


『太陽みたいにあったかくて明るくて、蒐の笑顔、あたしは好き』


渫がよくそう言っていたから、蒐は笑った。






渫のために、籥のために。


蒐は、渫や籥を守りたかった。


それは『守人』の使命や『朱石』よりも、蒐にとって大事なことだった。






そして今、蒐の中では渫や籥と同じように、麗や剋も大事だと思う気持ちがある。








敵国なのに?


敵国の、しかも『蒼石』を守る王族だというのに。


そして、蒐は『朱石』を守る『守人』だというのに。












「お・・・れは・・・」


「朧、ひとつの質問にだけ、答えてほしい」


言い淀む蒐を助けるように、剋がそう言った。








「麗姫の笑顔、好きか?」










まさかそんな意外なことを尋ねられるとは思わず、一瞬、蒐は反応が遅れる。


だが、すぐにうなずいた。




好きかどうか。


ただそれだけを尋ねられるのなら。








「麗姫の笑顔、好きです」


「なら、それでいい。おまえが何者でも、オレと麗姫は『朧』を信じてる」








裏切られるかもしれないのに。


敵国の者だと知ってて、剋は蒐を捕らえないというのか。


信じると、言うのだろうか。








「狂気の・・・沙汰ですよ・・・」


力なく出てくる言葉は否定的で。


思わず嘲笑してしまう。






「そうかもな」


短く剋は答えると、遠慮なく蒐の髪を掻き混ぜて、にかっと笑った。


よく蒐が落ち込んでいると、籥がするように。


籥も剋も似てないのに、どうしてこうも雰囲気が似ているのだろう。






「さて、城に帰ろうか」


ぽんぽん、と最後に蒐の頭を軽く叩くと、彼はさっさと城に向かって歩きだしてしまう。




蒐も、先程まであんなに悩んで迷っていたのに、なぜか自然に剋の背中を追って歩いていた。














「剋に何を見せてもらったの?」


いつものように食事をしているとき、麗が思い出したように蒐に尋ねた。蒐は食事をす


る手を止めて、しばらく考えた後に笑って言った。






「わたしが流されてきたという川を教えていただいたのです」


「あら、この近くの川なの?」


「そう・・・」


「違いますよ」


うなずこうとした蒐の言葉を剋が遮った。








「麗姫も俺が朧を拾って来た日のことは覚えておいででしょう?あのときは、『任務』で城から離れていたんですよ」






にやっと笑う剋を蒐は信じられない思いで見つめ返していた。


「あ、あの川は嘘だったのですか?!」


あの川を辿れば帰れる。そう思ったのに。








対する剋は、満面の笑みでそれに答えた。


「あぁ、そうだな。ちょっと朧を試したくて嘘言った」


「まぁ!!あまり朧をいじめないでよ、剋」


会話のすべてを理解していない麗が、口を金魚のようにぱくぱくとさせている蒐を見やって、諫めるように剋に言った。








「そうですね、ほどほどにしておきます」


「・・・信じるって言ったくせに」


ぶすっとした様子でつぶやく蒐に剋は明るく笑い飛ばして言い返した。




「朧のことは信じてるさ。なんたって、朧は麗姫のことが好きだしな」


「え?」


「なっ・・・」






剋の言葉に顔を赤らめた麗に、なぜかそれ以上に蒐が大慌てで立ち上がった。


「そ、そうは言ってないだろ?!」


口調もいつの間にか気取れなくなっているのにも、気付かずに。


「そうだっけか?でも言ったろう?麗姫が好きだって」


「違う!!そうは言ってない」






段々声を大きくして、蒐は叫ぶように剋に訴えた。










「俺は、麗姫の笑顔が好きだって話を・・・・・・して・・・」












興奮して剋に言い返していたが、叫びながら、今、この場で自分が何を言っているのか徐々に冷静になってくる頭が知らせてきた。








みるみると、顔が赤くなるのが自分でもわかる。




「まぁ、わたくしの笑顔が?」




麗も頬を染めて、うれしそうに笑っている。










「あぁ、そういえばそう言ってたかもな」


にやにやと笑う剋を思い切りじろりと蒐は睨みつけて。








「ありがとう、朧。わたくしもあなたの笑顔、大好きよ」








麗にそんな風に微笑まれてしまっては、蒐もそれ以上はふてくされた顔をすることもできずに、仕方なく照れ笑いを浮かべた。




「光栄です、麗姫さま」










光のように笑う麗の笑顔。






ただそれだけを守ろうとする剋の気持ちがよくわかって。






でも、蒐は渫や籥も大切だから。


麗の笑顔を守ることと同時にできればいいのに。






だけど、敵国同士で、それは叶わない。






矛盾するふたつの想いを抱えながら、蒐は麗に笑顔を向けた。
























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