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守り人  作者: 紫月 飛闇
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消せぬ、迷い。















政務の合間を縫って、麗はたびたび蒐のもとを訪れた。






麗と蒐、そして剋は天気のいい日は城の周りを散歩した。


城を囲む森は、なぜか蒐を落ち着かせた。『守人の里』に似ているからかもしれない。




それとも、麗や剋の優しさに、感化されているのだろうか。








「・・・だめだ」


小さな声で、蒐は自らを叱咤する。


「なにか言った、朧?」


前方を歩く麗が不思議そうに振り返った。








今日も森の探索だ。


麗もあまりこの森を散歩したことがないらしく、剋を案内役に蒐とこの周辺を歩くことを楽しみにしていた。






「いいえ、麗姫さま」


心優しき姫に、蒐はにっこりと笑って返す。








そう、だめだ。


この国は敵国。




麗や剋と馴れ合ってはいけない。


心を許してはいけない。


『蒼石』を手に入れる。そのためだけに、ここにいるのだから。










では、なぜ。


ふと、蒐の中で疑問が渦巻いた。


今まで疑問に思う事無く『守人』として任務をこなしてきたが。


そういえばなぜ、今まで誰にも尋ねなかったのだろう。








どうして、糺国は『朱石』を、椎国は『蒼石』を守っているのだろう。


そして、なぜ、互いの国の『石』を求め合うのだろう。




なぜ、『朱石』は『宝の片割れ』と言われたのだろう。


なぜ、ふたつの『石』はばらばらに持たれ、互いにそれを奪い合うのだろう。




この長い戦は『石』のため。


ではなぜ、いつまでも戦は終わらず、『石』はいつまでも揃わないのだろう。








奪っては奪い返して、終わりのない戦は、いったいいつまで続くのだろうか。










「朧?どうしたの?」


悶々と考えに耽っていた蒐に、麗が問い掛けてきた。




「・・・麗姫さまはご存じですか?」


疑問を口に出すくらいはいいだろうと思った。




『奇術師の朧』だって、それくらい疑問に持つときはあるはずだ。






「なにをかしら?」


「なぜ、いつまでもこの戦が終わらないのか。そもそも、なぜ、この戦は起こっているのか・・・」


つぶやくように問い掛けて顔を上げた蒐は、麗の表情を見てはっとした。








凛とした決然とした顔つき。


それは、姫ではなく、国を統べる王のもの。








「知っているわ。わたくしは『宝』を守る王族ですもの。そして、この戦をわたくしの代で必ず終わらせることも」






それ以上尋ねることも許されない雰囲気に、思わず蒐は口をつぐむ。


その緊迫した雰囲気を笑みと共に破ったのは、剋だった。








「麗姫さま、そろそろ政務のお時間です」


剋に指摘された麗は、ぱっといつもの表情に戻る。


「残念ね。城へはひとりで戻れるから、剋と朧はもう少し散歩していたらどう?」






蒐はともかく、剋は麗の護衛。彼女の元から離れるはずがない。


ところが、そんな蒐の予想を裏切って、剋はあっさりとうなずいた。






「それでは、お言葉に甘えてもう少し探索してきます。城への戻り方はわかりますか、姫さま?」


「えぇ、今日はあまり歩いていないもの。こちらの道をまっすぐ行けば城よね?」


「だめです!!」






突然あがった声に、麗も剋も驚いて口を閉ざした。


そして、発言者である蒐をふたりともじっと見る。






蒐自身、自分が咄嗟に叫んだ言葉に驚いていた。


「なにがだめなのかしら、朧?」


「いや・・・えっと、やっぱり森の中を麗姫さまひとりで歩かれるのは危険じゃないかと・・・」








城内にだって、彼女を狙う刺客がいるのに、こんな森の中をひとりで歩くなんて危険すぎる。






「まぁ、それもそうだな。では麗姫、朧の助言に従って、城まで共に参りましょう」


「剋とふたりで歩くなんてつまらないわ」


そんな文句を言いながらも、やはり森のひとり歩きは不安だったのか、ほっとした様子で歩き始めた。


それに続こうとした蒐を剋が止めた。






「朧はここで待っていてくれ。見せたいものがある」


低く小さな声で告げられ、蒐は逆らうこともできずにただ頷いた。そして、城へと戻る麗と剋の背中をおとなしく見守った。








ふたりの姿が見えなくなると、蒐は困ったようなため息をついて空を仰いだ。


自分でも驚いたし、呆れた。




まさか敵国の姫の身を心配するなんて。


麗姫が殺されれば、国は乱れて糺国にとっては有利なはず。


なのになぜ、あんなことを言ってしまったのだろう。








「なんか、調子狂うんだよな」






麗姫といると。


今までの蒐が蒐でなくなるかのように。


穏やかな、柔らかな気持ちになって。








こんな気持ち、『朱石』をどんなことをしてでも守る『守人』に許されるはずがないのに。








ぐるぐると迷い続けることに疲れた蒐は、突然木の枝に飛び乗ると、素早い動きで木から木へ飛び移っていく。


任務中のように、籥と修行中のように、気配を消して無心になって、森の中をかけまわる。






どれくらい走ったか、しばらくすると剋が蒐を呼ぶ声が聞こえてきた。


「朧?どこだ?!朧?!」


「すいません、ここです」


剋が声をかけるすぐ上の木の枝に蒐は立っていて、そのままふわりと地に降り立った。




その身の軽さに剋の目が見開かれる。


「ずいぶんと身軽なんだな」


「・・・奇術にはさまざまな能力が必要なので」


苦し紛れの言い訳をすれば、剋はただ「そうか」と短く答えただけだった。








「それで、わたしに見せたいものというのは?」


「こっちだ」


多くを語らず、剋はさらに森の奥に進んでいく。


麗と一緒のときよりもその速度も早い。




どこに向かっているのか蒐にはわからなかったが、長年の任務の習慣もあって、きちんと城までの方向感覚と距離感は常に認識しながら歩いていた。


その間も、剋は黙ったまま一度も後ろを振り向くことなく進んでいく。








森の奥の奥のずっと奥。それでも木々の間からかろうじて城の先端が見えているような距離まで歩くと、やがて水の流れの音が聞こえてきた。


「あれ・・・?」


ぽつりと蒐がつぶやいても、剋はちらとも振り返らない。






やがて、森を抜けると、そこには大きな川が流れているのが見えた。


「こんなところに川があったのですね」


「・・・まぁな」


きれいな水の流れとその音に、蒐は心を癒されながらも漠然とした不安を隠せないでいた。








なぜ、剋はいつまでも無言なんだろうか。








「それで、わたしに見せたいものとは?」


もう一度、蒐は彼に尋ねた。剋はやっと蒐と目を合わせると、そのままその視線を川に移した。


「・・・ここで、おまえが流れてきたのを見つけたんだ」


剋のその言葉に、蒐は何も言えずに目を見開く。








あの崖の下の河川は、ここにつながっていたというのか。


こんな近くに。








「この川の上流には、椎国の領地はない。あるのは、糺国との国境」


淡々と静かに告げる剋の言葉を、蒐は無表情で受け止める。




彼が何を考えているのか、知る必要があった。






「そして、その国境の先にあるのは、糺国の領地。・・・・・・なぁ、朧」


剋もまた、無表情のまま、蒐に話しかける。








「おまえは、糺国から来たんだろう?」


剋のその静かな問いかけだけが、その場に響いた。
























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