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守り人  作者: 紫月 飛闇
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消せぬ、名前。















「麗姫さま!!おひとりで出歩かないでくださいと申しあげたでしょう!!」


蒐が立て続けのショックに呆けている部屋に、勢いよく剋が現れた。言葉とは裏腹に、その口調には苦笑が混じっている。


「あら、わたくしを見失った剋が悪いのよ。わたくしの護衛なのに」






くすくすと麗は笑いながら応じる。それに慣れているのか、諦めた様子で剋は蒐のそばまで近寄ると、顔を覗き込んでにかっと笑った。


「だいぶ顔色がよくなったな。家族に手紙でも書くか?」






似てる・・・・・・。








蒐は剋に言われたことを完全に無視して、そう思っていた。


目の前にいる剋が、とても籥に似ていたのだ。顔が、ではない。




剋の持っている雰囲気が籥に似ていた。


にかっと少年のように笑うその笑い方さえ。


ぶっきらぼうだけど、相手を気遣う口調も。








「それがこの方、名前も家族も、どこから来たかも覚えていないらしいの」


麗が剋にそう言っているのを聞いて、はっと蒐は我に返った。




「でもね、奇術師だったんですって!!とても上手なのよ!!だから、わたくしに奇術を披露してもらう代わりに、思い出すまでこの部屋をお貸しすることにしたの」


「またそんな勝手なことをなさってよろしいのですか、麗姫」


「あら、ここはわたくしの城よ。それに、そもそもこの方を助けたのはあなたでしょう、剋。そんな言い草はないのではなくて?!」


「これは失礼いたしました、心優しき麗姫さま。姫様のその寛大な計らいに甘えるといたしましょう」


剋はおどけて麗にお辞儀をして、にっと笑った。






いたずらっ子のような笑顔。籥もよく、そんな笑い方をした。






籥と重ねて剋を見ていたせいか、蒐は突然剋と目が合った。剋はじっと蒐を見たまま、麗に聞こえるかどうかの小さな声でつぶやいた。






「覚えてない・・・・・・ね。果たして、どこまでが本当やら・・・・・・」






それは、本来なら蒐にさえも聞こえるはずがない、剋だけの小さな独り言。


しかし、五感が他者より優れている蒐の耳に、その剋のつぶやきははっきりと聞こえてきた。








剋はやはり、麗とは違い、蒐を怪しんでいる。


そもそも蒐を助けたのが剋なのだから、蒐を助けた場所から、彼がどこから流されてきたのか予測がついているのかもしれない。






ここはしっかりと演技をしておかないと、益々怪しまれてしまう。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありません・・・。こんな素性の知れない者を城の中になど・・・」


「あら、気にしないで。いつまでもここにいて大丈夫なのだから」


しゅん、として蒐が謝ると、麗がにこやかにそれに応じた。だから、蒐はそんな彼女に笑顔を向けた。






渫がよく好きだと言った、太陽のような向日葵のような笑み。








「ありがとうございます、麗姫さま。せめてこちらに滞在させていただく間、姫様がわたしの奇術で楽しんでいただけるよう、努力致します」


「まぁ、楽しみね、剋」


「そうですね」


剋は笑って言うが、その眼は笑っていない。蒐はなんとか笑顔を彼にも向けながら、内心はひやひやしていた。








「でも、名前がないのは不便ね」


唐突に麗がそう言いだした。そうは言われても、蒐は自らの名を名乗るつもりはない。困っていると、麗がじっと蒐の目を見つめているのに気づいた。


「あの…?」


「ねぇ、『ロウ』っていうのはどうかしら?」


「へ?」


「朧夜の朧。あなたのその藍色の瞳、朧月夜の夜空の色なんですもの」


「朧…それが、わたしの名…?」


「いやかしら?」


「いえいえ、とんでもない」


慌てて、蒐は首を横に振る。








月夜の名。皮肉なくらいに自分に合っている。


夜になれば任務に出かけた。


今こうして、蒐を保護しているこの国のスパイたちを殺すため。


椎国にある『蒼石』を奪うために。








「では剋。朧が元気になるまで、あなたが朧の身の回りの世話をしてくれるかしら?」


「えぇ?!」


麗の提案に驚きの声をあげたのは蒐だ。剋はただでさえ蒐のことを怪しんでいるというのに、これ以上『朧』のそばにいたら、完全にばれてしまう。






「い、いいえ、麗姫さま。身の回りのことなら自分で……」


「まだ起き上がれもしないくせに、無理するなって」


剋が苦笑しながら蒐の頭をくしゃくしゃっとかきまぜた。その顔に先ほどの警戒するような視線はない。






「取って食おうってわけじゃないんだ。もっと甘えてもいいぞ」


その言い方が、表情が、本当に籥のようで、蒐は胸が締め付けられる。


そんな彼の様子をなにやら勘違いした麗が、慰めるように蒐に言った。






「大丈夫よ、朧。いつか記憶を戻して、家族に会えるときが来るわ。朧夜だって明けない夜はないもの。きっと帰るべき場所へ帰れるから」








帰るべき、場所へ。


渫と籥の待つ、あの場所へ。








「・・・はい」


それまでは、『朧』としてここにいなければ。


麗姫をうまく利用すれば、『蒼石』のことを何かつかめるかもしれない。






蒐は一度目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をする。






わたしは、朧。


名を失くし、帰る場所を失くした、孤独な奇術師。








同時に、俺は蒐。


『守人』として『蒼石』のありかを探る。






最小限の危険で、できる限り多くの情報を得るのが、今の自分の任務。


そして、糺国に、帰るためにも。








渫の元へ何があっても必ず帰るという、あの約束のためにも。


蒐は、『朧』として椎国城にしばらく留まることを決意した。
























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