叶わぬ、約束。
たしかに、蒐も籥も『守人』のなかでも一、二を争うくらいに強い。
強いが、この数をふたりで相手にできるほど、無敵でもなかった。
まして、今、彼らの立ち位置は非常に悪い。
後ろは河川の流れる高い崖。
前方は無数の敵の気配。
加え、すでに彼らは満身創痍。
たったひとりのスパイを追い詰めていたはずが、逆に返り討ちに遭うような形になり、油断していた蒐も籥も、すでにぼろぼろだった。
仲間の応援を求めるのろしはすでにあげた。
彼らが追いつくのはいつか。
「糺国の『守人』は、我ら椎国でも有名な存在です」
敵のひとりが悠長にそんなことを言い始めた。
「少数精鋭。まさにその言葉どおり、少ないながらも国と『宝』のためにあらゆる教育を施された、まるで操り人形のような存在」
哀れむような蔑むような言い方に、籥の眉が寄るが、蒐の表情は変わらない。それをおもしろそうに相手は眺め、静かに言葉を続ける。
「我々椎国は、あなたがた糺国の方々を殺すつもりはありません。・・・・・・無論、その気になればいくらでもそれは可能ですが。我々は、『守人』ほどの能力はありませんが、『守人』の何倍もの人手はありますしね」
「えぇ、わかっていますよ。今現在、糺国に潜入されているあなたがたのお仲間の数は、わたしたち『守人』よりもはるかに多いようですしね」
蒐が薄く笑って答えた。この短い会話で、蒐は少しずつ体力を回復させる。同時になんとかして突破口を開こうと考えている。
せめて、籥だけでもこの場から逃すことができれば。
籥は、蒐よりも負っている傷がひどい。慣れない礼服が動きの大きい籥の攻撃に制限をつけたようで、思ったように動けなかったらしい。
荒い息をしながら横で同じく隙をうかがっている籥を、なんとか蒐は助けたかった。
「糺国の経済情勢はあまり好ましい状態ではないようですね。それがまた、『守人』育成の減少に繋がっている。悲しいジレンマですね。『宝』を守りたいのに、守るべき『守人』を育成させるだけの国庫がないなんて」
くすり、と余裕の笑みを浮かべる敵の声はうれしそうで。
まるで、蒐と籥の神経を逆なでするように。
「これほどまでの能力をお持ちなのに、実にもったいない。我が国へいらっしゃれば、もっとよい訓練も受けられますよ。望むなら、学問の道でも構いません」
「敵の護衛を勧誘ですか?人員に余裕がないのはどちらだか」
「いえ、正直にもったいないと思っているからですよ。このままこの国に埋もれてしまうのは、あなたがたは実に惜しい。我が国の国庫ならば、あなたがたが望むような生活をおくることができますよ」
「戦乱の世に、望む生活などあるとは思いませんね」
いたって冷静沈着に。
蒐の声は静かな森に澄んだように響く。何の感情も感じない、無機質な声色。
「わたしが望むのは、戦乱の世の終わり。わたしの望むものは、『蒼石』それだけですよ」
蒐の言葉に、森の中に潜む敵たちの気配に殺気がこもる。
先ほどから蒐と会話をしていた男が、小さくため息をついた。
「そうですか、それでは仕方ありませんね。―――――――・・・ここでお別れです」
男の言葉を口火に、森の中からいっせいに敵が襲い掛かってくる。
蒐も籥も、今夜何度目かの覚悟を決めて、再び戦闘体勢にはいった。
渫は走っていた。
蒐がのろし代わりの花火をあげたあたりには、すでに人の気配がなかった。
気配をたどり、足跡をたどっていくしかすべはない。
他の『守人』たちがあののろしに気付いたかもわからない。本当は仲間を呼んで一緒に行くべきなのかもしれないが、居ても立ってもいられなかった。
城の広間にいた敵国のスパイは、おおかた薬で眠らせるかしびれるかさせた。しばらくは動きがとれないに違いない。それまでに城の警備の者が気付いて捕らえるだろう。
だから今、渫がすべきは蒐と籥を追いかけることだった。
森を駆け抜け、気配を追いかける。遺された痕跡を見ても、複数の敵が居ることは明らかだ。
祈るような気持ちで森を走り抜けて、やがて、渫はある光景を目にした。
森が途切れ、目の前には崖。
そこには、必死の形相で戦う蒐と籥の姿があった。渫は敵から少し見えない場所にいるので、まだ気付かれてはいない。気付かれていたところで、蒐と籥を攻撃することに躍起になっている敵が、渫に目を向けることはなさそうだった。
戦う蒐を、渫は初めて見た。
何のためらいもなしに、蒐は相手の喉笛を切り裂く。
全身が血に塗れても、気にすることはなく、新たな血を被る。
狂いのない手先。
確実に相手を絶命に追いやる手さばき。
なにより、蒐のあの表情。
何の感情も示さない、無感情な表情。
それが渫をぞっとさせた。
いつもの、あの笑みはどこに。
どちらが、本当の蒐なんだろうか・・・・・・。
思わず、ふたりに向かって駆け出していた。蒐はすぐにそれに気付いてくれた。
「姉さん?!なんでここに?!」
「渫?!ばか、こっちにくるな!!」
蒐と籥が同時に渫を止める。だが、彼女はすでに持っていた武器を携え、戦闘に応じていた。少しでもふたりを助けられるように。
「渫、なんでここに来た?!応援は?!」
「・・・・・・わからない」
籥が渫を庇うようにしてそばに来て戦う。
殺す気のない渫の攻撃は、結局敵の動きをとめることはできずに、籥に二度手間をかけてしまう。
そんな自分を呪いながらも、なんとか応戦していく。
「あたしが城を出る前から、籥たちを探しに仲間たちが動いていた。きっとすぐ来てくれると思う」
渫だってすぐにここまで来れたのだ。きっと、すぐに来てくれる。
「姉さん!!」
緊迫した蒐の声が飛んでくる。はっと顔をあげれば、そこには剣を振り下ろす敵の姿があった。
蒐が渫を突き飛ばし、その攻撃を自らの剣で受ける。
突き飛ばされた渫は、籥の腕の中におさまる。
「蒐!!」
そうしている間にも、蒐は攻め続けられて。
でも、渫と籥にも攻撃は続いた。
ふと、敵の気配が揺れる。
こちらに向かってくる気配。それも複数。
すぐにわかった。味方が、来た!!
籥と渫が顔を見合わせ、その周りにいた敵たちが撤退の準備を始める。
渫は蒐にも伝えようと振り向いて、驚きに目を見張った。
崖のぎりぎりのところまで、蒐は敵に追い詰められている。
あと一歩で、彼は落ちてしまう。
「・・・蒐・・・!!」
喘ぐように渫は叫ぶ。
味方がきたのに。あと、少しなのに。
「撤退だ!!」
敵の誰かがそう叫んだ。それで、蒐もそしてその敵も気が緩んだのだろう。
ふたりとも体勢を崩し、足元がふらついた。
それは、ゆっくりとした動作で。渫には信じられない光景で。
籥が駆け出したのがわかったけれど、渫はその場から動けなかった。
蒐が、崖の下に落ちていったのだ――――――――・・・・・・。
これにて「叶わぬ」章、おしまいです。
後半3話、あんなに分けなくてもよかったかな、と最初に反省。
ま、ようするに落っこちてくれればよかったわけで(笑)
あとは、この章では、渫が飲むはずの毒を蒐が飲むっていうシーンをなぜか無性に書きたくて書きました(笑)
蒐の毒を飲む習慣はこのシーンのためだけにあるのかもしれません(笑)
今回の章では「守人」のお仕事ぶりがちょっとだけ出ました。
でもあまり詳しい描写はしたくなかったのではしょったりして。
基本、「守人」は2人で1つの任務をこなします。書いてないけど。
渫の研究も詳しくは書かなかったけど、実は人体実験をしたりもしてたりして・・・・・・(怖)
それはみなさまの想像におまかせ。
とりあえず、次章では新キャラ続出です。
あれ、人数を少なくするはずだったのに・・・(汗)