叶わぬ、謁見。
「え、そんな任務が?!」
「うむ、今回はそなたたち3人で参加するのじゃ」
3人で暮らし始めてからしばらくして。
毎晩のように任務をこなす多忙な蒐と籥、そして研究を続ける渫のもとに、長が思いもかけない重大任務を持ってきた。
それも、研究職の渫も任務に加える、例外的な任務。
「・・・それって、本当に俺たちでいいんですか、長・・・?」
「オレたちじゃ粗相ありまくりな気がするし・・・」
「そもそもあたしまで任務に加わっていいのかしら・・・」
三種三様に動揺を隠せない発言に、長はくすりと笑う。
「大丈夫じゃ、だから3人でこの任務にあたってほしいのじゃ。他にも何人かの守人は寄越してある。粗相がないように、渫がふたりを見張ればいい」
「あ、あたしがですか?!」
「なに、そこまで肩を張るものでもない。ただ、『朱石』と王をお守りすればよいのじゃ」
「は、はい・・・」
だから、びっくりしてるんですけど。
渫たちの心の声は、長には届かない。
伝えるだけ伝えて満足したのか、長は詳しい日程を告げて早々にその場から去っていった。おそらく、他の守人たちもそうやって驚かされたに違いない。
長が持ってきた任務。
それは、近日行われる『朱石』の披露の席に、参加することだった。
無論、それは『朱石』を保護する王がいる、糺国の城で行われる。
貴族だかなんだか、偉い人たちがわんさか来るパーティーに、渫たち守人が招待されたのだ。・・・実際のところは招待、というよりは、護衛、であるが。
けれど、蒐はこれをチャンスだと捉えた。
自分たちが命を賭けてまで守っている『朱石』を見ることができるのだ。渫の心を犠牲にしてまで守っているそれを、見ることができるチャンスを与えられたのだ。
逃すのは得策ではない。
「俺は、楽しみになってきたな」
蒐が明るくそう言えば、
「オレも、おいしいもの食えそうで楽しみだな」
と籥が続き、
「・・・綺麗なドレスでも着れるのかな」
と渫までのんきなことを言っていたのだから、三人とも実はその任務を楽しんでいたりもするのである。
だが、楽しんでばかりもいられないことは覚悟している。
『朱石』が表舞台に立つということは、それだけ敵国である椎国のスパイたちに狙われている可能性もある。もしもその場で奪われるようなことがあれば、守人の責が問われることは間違いない。
『朱石』を死守しなければいけない。
それが、その場に呼ばれた、最大の理由なのだから。
数日後、城からの迎えがあり、渫たちは糺国城を訪れた。
王と謁見する。
そのため、渫たちも正装に着替えさせられた。煌びやかな衣装を纏えることに期待があった渫を除き、蒐と籥は、動きが制限される正装服に不服をもらした。
だが、王に会うのに無礼な姿もできない。
渋々と彼らは窮屈な正装に身を包んだのだった。
「姉さん、綺麗だよ!!」
「ほぉ、こうして見れば、渫もそれなりに育ってたんだってことがわかるなぁ」
無条件に喜ぶ蒐とは対照的に、籥は揶揄を込めた笑みを浮かべて渫を眺める。そんな彼にじろりと視線を投げかけて、渫はすまして答えた。
「籥に女の魅力がわかってたまるもんですか」
「おぉおぉ、言うね~」
くすくす笑いあって。籥と蒐は渫を間にして両脇に立った。渫はそれぞれの手をとり、パーティーが行われている広間の中に入った。
どんなに浮かれていても、忘れることはない、任務。
ひとたび足を踏み入れれば、たとえ着飾った渫でさえ、敵意を察知するために神経を研ぎ澄ませた。
渫はもちろん、籥も蒐もこうして諜報班のように動くのは初めてだ。彼らはいつも届いた情報をもとに、ただ戦えばよかった。
嘘と疑惑と敵意と困惑。
渦巻く感情の中で、正確な情報を自分の中で取捨選択する。
けれど、相手に悟られることもあってはならない。
渫は、まるでどこかの令嬢のように上品に振舞いながらも、人間観察を忘れない。
籥は、皿の上に盛れるだけ盛った食べ物を頬張りながら、その視線は鋭くあたりを見回す。
蒐は、にこにこと微笑みながら、人懐っこくあたりの人間に声をかける。
それぞれがそれぞれに警戒を持って動き回っていると、いかにもその場を取り仕切っている臣下たる貴族が、声高々に告げた。
「本日はようこそおいでくださいました。我が国の『宝』の片割れ、『朱石』をこれからみなさまにご覧にいれましょう」
『宝』の片割れ。
臣下の言葉に、蒐は言わずと知れず、己の任務をひしと感じる。
『朱石』の片割れ。すなわち、『蒼石』。
ふたつの石が揃わなければ、それは完全なる『宝石』とはいえない。
自分でも気付かずに、蒐は拳を強く握り締めていた。
必ず、手に入れる。
すべてを、終わりにするために。
そのために、どれだけの血が流れ、犠牲になろうとも。
その強い意志は、けれど決して蒐の表に出ることはない。
彼の纏う空気は、先ほどと変わらず穏やかで明るいまま。一瞬変わったのは、その瞳に宿る炎だけ。
ざわざわと賓客たちが一点を注目する。
『朱石』が用意される台座の場所に。
蒐も籥も、渫も、思わずそこに視線がいく。すると、広間に静かにひとりの青年が入室してきた。
その身のこなしは優雅で、けれど隙のない動き。そして、その手に持っているものは、まぎれもなく、この国の『宝』。
真っ赤なベールに隠されているが、誰が見ても、それは『それ』だと示していた。
なのに。
「みなさま、まことに申し訳ございませんが、本日は『朱石』をみなさまにご覧にいれることはできません」
青年は不敵に笑う。驚愕の表情を浮かべる面々を嘲笑うかのように。
「あれは王の許しがなければ披露することも叶わぬ代物。けれど、わが父、糺国王は病の床に伏し、その判断を下せませぬ。まことに遺憾ながら、本日の『朱石』の披露目は延期とさせていただきます」
その青年、国王を父と言ったその青年は、その嘲笑を消すこともせずにそう言った。
蒐の中に、なんとも言えない失望感が広がる。
王に謁見もできず。
『宝』である『朱石』を見ることも叶わず。
何のために、自分たちはここにいるのか。
「あれが、趨太子・・・か」
蒐の横で、籥がぽつりとつぶやく。
「え?」
「国王の第一後継者。趨太子だよ、彼がきっと」
「あぁ、そうなんだ・・・・・・」
籥のそんな説明も、蒐には興味がない。
その太子が手に持っていたベールの下は、なんてことないただの酒。
この太子、相当性格が悪いと見える。
けれど、この場でがっかりしているのは、蒐だけではないだろう。集まった貴族たちもそうだが、なにより、椎国のスパイたちも失望しているに違いない。
そういう意味では、してやったり、といったところだろうか。
「食えない人って感じね」
渫のつぶやきに、思わず蒐も大きくうなずいてしまう。
できたら、この太子には関わりたくないものだ。
しかし、このとき出会った趨太子が、後々のふたりに大きな影響を及ぼすとは、まさか蒐も思ってはいなかった。