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守り人  作者: 紫月 飛闇
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叶わぬ、望郷。















「まだ起きちゃダメだって!!」






ここのところ、毎朝のように渫はそう叫んでいる気がする。




言われた張本人は、けろっとした顔で首をすくめる。


「大丈夫だって。もう痛みもないし?」


「でもまだ傷は塞がってないの!!おとなしく寝てなさい!!」




上半身を起こした蒐を、渫は押さえつけるようにして横たわらせる。すると、不服そうに蒐は頬をふくらませた。








「いつまでも寝てたら体がなまっちゃうよ~」


「ただ寝てるんじゃなくて養生してるの!!鍛えてる場合じゃないでしょ!!」


「おまえらふたりは漫才だなぁ」






ぎゃんぎゃんと言い合う渫と蒐の会話を聞いて、籥がけらけらと笑った。その彼は、ちょっと日光浴、と渫のいない間に部屋を抜け出して、今戻ってきたところだ。








当然、渫の怒りの矛先はそちらにも向く。






「籥もどこへふらふらしてたの!!まだ安静にしてなきゃだめじゃない!!」


「オレはもう傷は塞がってるぜ?」


「熱はあるでしょ!!ごまかせるとでも思ってるの?!」


腰に手を当てて怒る渫に、さすがの籥も言い返せない。






実際、たしかに籥は熱があった。それでもまぁ、動けないほどではないから少し散歩でも、と思って久しぶりにふらふらと散歩したのだが、それがいけなかったらしい。






「いや~・・・やっぱり寝たきりは身体が・・・」


「蒐と同じこと言っても無駄だからね!!」


渫はじろりと籥を睨みつけて忠告する。これ以上反論したところで勝ち目がないことを悟った籥は、おとなしく自分の床におさまる。










その横では、蒐がくすくすと笑って横たわっている。


「なんか、こんなにゆっくりとした時間を過ごすの、久しぶりだね」


「・・・あぁ、そうだな」








渫と蒐が森に帰ってからは、毎日毎晩が任務で、3人で顔をあわせることがあっても、こんなに会話することもなかった。


渫はただふたりの怪我の治療をし、ふたりは寝て身体を休めたらすぐに次の任務へ。






そうして慌しい毎日がただただ過ぎていた。








「ゆっくりした時間を過ごせるのはうれしいけど、ふたりが大怪我するのはうれしくない」


渫が正直な自分の気持ちを伝える。


「すごくすごく、怖かった・・・。ふたりを失うのが、一番怖い・・・!!」


彼女の声ははっきりと凛としていたが、その手は、かすかに震えていた。それを見逃すような蒐や籥ではない。








「・・・悪いな、渫。心配をかけることは、悪いとは思う。だけど、これは任務だから」


「わかってる。わかってるわ」


籥の諭すような静かな声に、渫も静かに答える。


籥や蒐が、人を殺すことも、そのために危険にさらされることも、任務なのだから仕方がない。「守人」なのだから。




そして、自分自身もまた、それに加担した研究をしているのだから。








「約束は守るから安心してよ、姉さん」


性懲りもなく、蒐は身を起こして渫ににっこりと笑った。渫の好きな、暖かな太陽の笑み。


「なんだよ、約束って?」


「どんなに傷ついても、ヘマしても、必ず姉さんのもとに帰るって約束したんだよ」


「へぇ~・・・」


当然、籥も蒐同様、身を起こしてそんな会話を繰り広げている。










渫が主治医としてふたりを縛り付けてやろうかと真剣に考え始めていた頃、籥が彼特有のにやっとしていたずらっ子の笑みを浮かべて言う。




「じゃぁ、オレも約束する。どんなことがあっても、蒐を守って、渫のもとへ届けるよ」


「籥・・・・・・」








渫と蒐は、たったふたりの家族だから。


どんな家族よりも、強く強く、繋がっているふたりだから。


だから、必ず、ふたりがふたりでいられるように。








「・・・・・・だめよ、籥」


小さく首を振った渫に、籥は怪訝そうに眉間にしわを寄せる。けれど、彼女はただ、微笑んで言い加えた。






「だめよ、籥。籥も一緒に、帰ってきてくれなきゃ」






残った肉親は蒐だけだが、籥は蒐と同じくらい大事な家族だから。


今の渫と蒐には、かけがいのない存在だから。








いつまでも、三人でいられるほうがいい。






「それは俺も同感。籥が俺を守ってくれるなら、俺が籥を守るよ」


「・・・・・・今回はまさにそれだったな」


にこにこと宣言してきた蒐に、籥は苦虫を噛み潰したような顔をしてつぶやいた。


「でも、こんな無茶はもうだめだぞ」


「それは、籥だってそうでしょ」




「・・・いいからふたりとも、いい加減おとなしく寝たらどうなの?それとも、睡眠薬がほしい?縄でそのよく動く手足を縛ろうかしら?」






そろそろ我慢の限界になったらしい心配性の主治医の言葉に、籥と蒐はくすっと笑いあっておとなしく横になった。














籥と蒐が、傷を癒すまでのほんのわずかな穏やかな時間。


けれど、それも長くは続かなかった。




突然、長は守人の仲間たち全員を集めて言った。










「この森を焼き払う」








その一言に、動揺のざわめきが起こる。長はただ静かに片手を上げてその騒ぎを鎮めると、詳しく話を続けた。








「王と相談した結果じゃ。この守人の里は焼き払い、守人がいたという形跡を消す。みなは今から妾が言う場所をそれぞれの拠点とし、任務につくように」






凛と響くように告げた長の言葉に、誰も反論も異論も唱えない。


始めからそんな気を起こすような者は、ここにはいない。






長は、守人の長。彼女の命令は、絶対。だから、それに異論はない。










たとえ、彼らの故郷であるこの森を手放すことだとしても。










「出立は明晩月が真上に上がる頃。それまでにそれぞれ用意をしておくように」








長はそれだけ言うと、みなを散らせた。


渫は籥と蒐を再び床につかせると、小さくため息をついた。






「さみしい?姉さん」


やっぱり、蒐は渫の気持ちを汲んで、そんなことを聞いてくる。






「さみしい・・・のかな?よくわからない。でもそうね、帰る場所をなくした感じかな」


「あぁ、それはわかるな。・・・・・・でも仕方ないな。今回長がとった行動は、間違えではないだろう。もしも内通者がいるのだとしたら、いつまでもみんなで同じところで暮らすわけにはいかない」


籥は厳しい顔で考えるようにそう言う。








内通者がいる。


それは、可能性に過ぎない。それでも、その可能性は高かった。






だからきっと、長と、そして守人の最たる主である「王」が、そう決めたのだ。








幸い、渫たち3人は森を離れても同じ場所を拠点とすることができるようだった。それぞれが町や村の中で生活することが余儀なくされる。






けれど、渫たちも含め、彼らは怪しまれることなく生活する自信はある。






「普通の人の生活」は、学舎に通っていた頃、「保護者」の擁護のもと、それを学んでいるから。








・・・・・・・・・それでも。












それぞれが、それぞれの思いを抱いたまま、森を後にするときはやってきた。


荷物をまとめるどころか、籥も蒐も荷物らしい荷物はない。


研究職の渫は、色々道具やら薬品やらと荷物が多かったので、籥も蒐も、渫の荷物を抱えていた。








「各々への連絡は、妾が直接行う。くれぐれも勝手な行動は起こすでないぞ」








「守人の里」。


そう呼ばれていた森での、守人の長である彼女からの最後の命令はそれだった。








渫も蒐も、幼かった頃に今は顔も覚えていない父に連れられた場所。


なぜ父が姉弟をここへ連れてきたのかは知らない。


別に、今更問いたいとも、ましてや会いたいとも渫も蒐も思っていなかった。








ふたりにとって、この「守人の里」が故郷だったから。








長が松明を片手にみなの元へ一言ずつかけていく。そのたびに、その守人たちに松明を渡し、そこに自らの松明の火を移す。


そうして長は、渫たちのところも回ってきた。






「さぁ、これを持て」




長に手渡された松明を、渫も蒐も、籥も持つ。


「自らの手で、森を焼き払うのだ」


そう言って、彼女は三人の松明にも火をつけた。








この森で、姉弟は籥に出会った。


長へのいたずらの罰で、狩りをしているときに、たまたま町から戻ってきていた籥と出会い、それからずっと三人は一緒にいる。


渫は、ここで薬草や武器についての大量の知識を得た。


蒐は、ここで命を賭けて戦う術を身に付けた。






どれもこれも「守人」として必要なこと。


この国を、この国の「宝」を守るために必要なこと。










そして、それを授けてくれたその森を、自分たちの手で焼き払う。








渫は、悲しさと寂しさがこみ上げると同時に、空虚な気持ちもどこかにあった。


蒐や籥も同じだったに違いない。


複雑な表情を浮かべた渫と顔を見合わせた彼らもまた、同じ顔をしていたから。








長が、手短な大木に火をつける。それはあっというまに燃え上がり、隣の木に燃え移る。


それに倣うようにして、みなも松明を投げる。






火はどんどん燃え広がり、炎となる。






「・・・姉さん」


蒐がそっと声をかけてきた。


「うん、わかってる」


三人は顔を見合わせてうなずくと、同時に手に持った松明を同じ場所に投げた。








そこは、三人が初めて出会った場所。








そこもまた、みるみると炎の中に飲み込まれていく。






寝床としていた祠も、今は炎の中だ。


笑い、泣き、励ましあい、落ち込んだり、悲しんだりした洞穴。


複雑な迷路のような祠もまた、炎の渦に呑まれ、その形を失う。










「・・・行こう、渫、蒐」


森の外へ。






籥の言葉にふたりはうなずいてついていく。






渫は、最後に森を振り返った。


もはや、炎に飲み込まれた森を。






涙は、出なかった。


だけど、胸は痛かった。








あぁ、なくなったのだ、と。


たとえ、思い出が胸の中にあったのだとしても、寂しさはある。








両親に捨てられた森。


それさえも炎に包まれ失われていく。






故郷を想うことも、もはや彼らにはできないのだ。






後戻りはできない。そう覚悟を示されているかのように。






気付けば、渫と同じように蒐も籥も森を眺めていた。


「・・・・・・もう、オレたちに帰る場所もないんだな」


ぽつりとつぶやいた籥の言葉の重みに、渫も蒐も返す言葉はない。










なんとしてでも、守らなければならない。


「朱石」を。


そして、奪えばこの日々を終わりにすることができる。


「蒼石」を。






渫のために、籥のために。


蒐はその炎を見ながら、心の中で固く決意していた。




























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