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守り人  作者: 紫月 飛闇
20/61

叶わぬ、祈り。













毎晩、祈る。


今日も、彼らが無事に帰ってくるように。


また一緒に笑えるように。






いつか、本当の「平和」がくるように。










その日は、豪雨だった。


渫は胸騒ぎが止まず、落ち着かずに彼らの帰りを待っていた。それはこんな悪天候のせいかもしれなかったし、そうではなかったのかもしれなかった。






だから、彼らが帰ってきたのが気配で感じられたとき、渫はいつも以上に大急ぎで迎えに行った。






「蒐、籥、おかえ・・・・・・蒐!!!」








籥に抱えられるようにして、蒐が帰ってきたのだ。ふたりの身体から滴るのは雨だけでなく、紅いものも混じっている。


今まで見たことないほど傷ついて帰ってきた蒐に、渫は動揺を隠せない。






「籥、いったいどうしたの?!」






蒐を抱える籥を見れば、籥もあちこちが傷ついていて、立っているのがやっとといった様子だった。








「蒐のやつ・・・・・・オレを庇ってこんな怪我を負って・・・・・・」








苦しそうに籥はそう言って、祠に入る。


と、ようやく仲間のいるところにたどり着いたことが安心したのか、籥の身体からどっと力が抜ける。同時に、彼がぎりぎり支えていた蒐がその場に崩れ落ちる。






「蒐!!」






あわてて蒐のもとに駆けつければ、真っ青な顔で弟は浅い息を繰り返していた。蒐を抱きとめた渫の手が、べっとりとしたなにかを触った。


見てみれば、渫の手は真っ赤に染まっていた。








血だ。








「蒐、どこに怪我を?!」


「・・・足と腹部だ。特に、腹部がひどい」


壁にもたれるように座る籥が、苦しそうにそう告げた。そう言っている籥も、右肩に真っ赤な染みをつくっている。見ればもっと傷はあるに違いない。








「う・・・・・・姉さん・・・?」


うっすらと目を開けて、脂汗を浮かべながらも蒐は渫を呼ぶ。


「蒐?!しっかりして」


「・・・大丈夫、まだまだ平気」


今にも消えそうな弱々しい声で、それでも渫に心配かけまいと、蒐はにっと笑う。それが渫の心をきつく締め上げる。








「全然大丈夫そうには見えないわ。・・・・・・待ってて、他にも呼んでくるから」






渫ひとりでは、こんなひどい怪我を負った蒐と籥を同時には診れない。


彼女は仲間と共にふたりを運び入れ、すぐに手当てを施した。








普段から薬物に対するあらゆる抗体を身につけていた蒐は、麻酔作用のある香を焚いても傷の苦痛が和らぐことはなかった。






籥はすばやい処置の成果と、睡眠・麻酔作用のある香の効果で、今は静かに眠っている。


だが、その隣で同じ香をかいでいるはずの蒐は、苦しそうに小さく呻いている。それも、決して誰にも見られまいとするかのように、小さく身体を縮めて、聞こえるか聞こえないかの声で苦しみの声をあげる。










けれど、渫にはしっかりと聞こえている。










こうなることが、一番怖かった。


籥も蒐も、戦闘員として毎晩任務にでかけてしまって、こうなってしまうのが一番怖かった。


もっともっとひどいことになってしまうのは、考えるのも恐ろしかった。








どんな深夜に帰ってくることになっても、必ず起きてふたりを出迎える渫に、籥は苦笑しながら「遅いときは先に寝てればいいのに」と言ったこともあったが、眠れるはずなどなかった。








ただひたすらに、祈る。


無事に、ふたりが帰ってくるように。


月だけが彼らを見守ってくれるのなら、渫は月に、必死に祈る。












「珍しいの、籥と蒐がそんな怪我を負ってくるなど」




籥と蒐が眠る部屋に入ってきたのは、彼らの頂点であり司令塔でもある、長。その表情はいつになく、険しい。








「具合は?」


「籥の怪我は、数日寝ていれば、動けるようになると思います。蒐はもう少し時間がかかるかと・・・・・・」


「ふむ・・・」






渫の冷静な報告に、長はむすっと黙り込む。任務の配分を考えているのか、それとももっと重要ななにかを考えているのだろうか。








「・・・・・・長・・・」






渫と長の耳に、蒐の弱々しい声が届く。なにか苦しいのかと思い、渫はすぐに蒐のもとにかけつけたが、渫の姿を確認するや否や、蒐は首を小さく横に振った。




「姉さんじゃない、長に話があるんだ」






小さく、けれどはっきりと蒐はそう言った。まだ口を開いて話すだけでも傷に響くはずなのに、その苦痛を顔に出すことなく、蒐は長に視線をよこす。


長も蒐のその必死な視線に気付き、彼のもとに歩み寄る。








「どうした?」


「・・・・・・情報が、漏れている気がします」


「なんじゃと?」


「・・・昨日の俺と籥の作戦、配置、知っていたのは誰ですか?・・・まるでこちらの動きがすべて筒抜けであるかのように、先回りされていた・・・・・・」


そこまで言って、うっと蒐は苦痛に顔を歪める。






「それだけじゃない。あちらの数は、報告にあった以上の数だった。・・・・・・まったく、生きて帰れたのが奇跡だと思ってくださいね、長」






ため息とともに、いつの間に起きたのか、籥がそう言った。恨みがましい視線を長に送っている。








「して、その敵は何人逃した?」


「まさか。ちゃんと全滅させてきましたよ」


栄誉の傷ですから、とくすりと籥は笑う。予想外の出来事、人数、ハプニングが続いても、籥と蒐のコンビなら「守人」の任務は違うことなく遂行される。








長もまた、ふたりのその性格をよく理解していた。








「・・・だが、そこまで情報に漏れがあるのは問題があるの。・・・・・・少し妾はでかける。渫、ふたりをよく診ておくように」


「はい」








厳しい顔をした長は、そのまま蒐と籥に労わりの言葉を軽くかけて、その場を後にした。










情報が漏れている。


それは想像以上に、厳しい状況だと渫も思った。






いつだって命と隣り合わせの任務だ。命を賭けた任務が敵に知れているのなら、それだけでこちらは不利になる。




なにより、彼らの任務は、『朱石』の守護。それを守ることができず、敵国にわたるようなことがあれば、王は守人を許しはしないだろう。










それだけ、情報が漏れれば危険だというのに、蒐と籥を苦しめるほどそれは正確に伝えられていた。






内通者がいる。








それはもう、避けられない事実のようだった。






共に過ごしてきた仲間に内通者が?


仲間たちだって命の危険に晒されているというのに?








渫はとっさに疑わしい人物を頭に思い描く。


「・・・だめだ、姉さん」


その思考を止めたのは、蒐の小さな声だった。


「姉さんは、そのまま研究だけ、してて・・・・・・。内通者は、俺が必ず、見つけるから・・・」


「・・・蒐・・・」


蒐は傷だらけの腕を伸ばし、渫の手を握る。彼女は、泣きそうになりながら、蒐に祈るように言った。










「お願い、蒐。あたしのお願いを、ひとつだけでいい、聞いて欲しい」


「・・・・・・なに?」


「約束を、してほしいの」


「約束?」


「・・・必ず、どんなに怪我をしても、傷ついても、必ず、あたしのもとに、帰ってきて」




あの笑顔で、あたしを安心させて。










渫の必死な願いに、蒐はやわらかく微笑む。


蒐には、帰る場所は最初からそこにしか、ないのに。


「・・・うん、わかった」


小さくうなずくと、彼はそのまま沈むようにして、眠りについた。


























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