抗えぬ、宿命。
月明かりだけが照らす深夜。
対峙する、ふたつの影。
彼の最愛の姉は銃を構え、彼を狙っていた。
「わたしの負けですよ」
彼は心からそう言った。同時に、ほっとしていた。
これで、解放される。全ての苦しみから。
「どうぞお気になさらずに。まともな死に方ができないことはわかっていましたから」
目の前で銃を構える姉は、なぜか泣いている。
なぜ、泣くのか彼にはわからない。だって、彼は感謝している。
やっとこの苦しみから、闇から抜け出せる。
もう、疲れていた。
いつの間にか、背負いきれないほどの罪を負っていた。
いつ死んでもいい心構えもできていた。
まともな死に方もできないこともわかってた。
だって、こんなにもこの身体は穢れている。
泣くようなことはない。
「こうするしか・・・・・・ないの・・・・・・?」
「そうでしょうね」
早く、殺して。
「これしか、方法がないの・・・・・・?」
「おそらく」
これ以上、壊れないうちに。
「なにを躊躇っておいでですか?早くしないと、まずいのではないですか?」
早くしないと、追っ手が来る。もしくは、彼を救うために援護が。
この機会をなくせば、彼はまた死ねない。解放されない。
だから、彼女が好きだと言った、笑顔を向ける。
いつだって、彼は笑える。どんなときだって笑える。
ダカラ・・・・・・。
「あなたに殺されるなら、わたしは光栄ですよ」
「なにを言って・・・・・・」
「いえいえ、本当ですとも。さぁ、どうぞ」
早く、ハヤク。
これ以上、心が壊れる前に。闇に飲み込まれる前に。
笑顔で、いられる間に。
「・・・あなたが人を殺す、最初の人になれるのですよ。わたしの名誉を、あなたは誰かに譲ってしまわれるおつもりですか?」
「そんな・・・・・・」
人殺しを好まぬ姉。
そんな彼女に、自分を殺せというのは酷なんだろうか。
「早く、わたしを殺してください、姉さん」
それでも、姉の手で逝きたかった。
もう、これ以上喋っていたくもない。
自分の心の中は、もうすでに、限界だ。
闇に飲まれ、余裕もない。苦しい。息をすることすら。
「なんで・・・あたしとあなたがこんなことになるの・・・・・・」
姉が、何かを言っている。
今更、なにを。答える気にもなれずに、ただ、微笑む。
実際、答える気力もなかった。
笑みを浮かべるのだけで精一杯。取り繕うだけで限界。
「あたしは・・・・・・こんな展開、望んでいなかった。ねぇ、どうして?思いなおして・・・」
どこまで往生際が悪いのか。
あぁ、でも仕方がない。
彼女は優しすぎるから。太陽のように、まぶしすぎるから。
穢れのない、女神のような。
「姉さん、あなたは何のためにここへいらっしゃったのですか?」
「それは・・・・・・」
「わたしを殺すためでしょう?わたしは負けました。どうぞ、殺してください」
ハヤク。
コレイジョウ ムリ。
ハナシタクモ ナイ。
「あなたが実行しないなら、姉さん。わたしは実行しますよ」
「・・・・・・なにを・・・・・・」
「あなたの大切な太子を、殺させていただきます」
「なっ・・・・・・・・・!!」
我ながら、自分の余裕のなさに笑えてしまう。
この絶対不利の状況で、どうして殺人予告などできるものか。
でも彼女を決心させねばならなかった。
彼女が殺す、最初の人になれれば、彼女の中で、自分は永遠に生きられる。
それだけでいい。
「やめて・・・・・・」
「では、今わたしをここで殺すしかないでしょうね」
ハヤク。コロシテ。
「でも・・・・・・」
「さぁ、お早く・・・・・・」
イタイ。イタイ。
カラダ ガ。 アタマ ガ。 ココロ ガ。
「・・・・・・だけど・・・・・・」
じりじりと、いつまでもためらう彼女に、とうとう痺れを切らしてしまった。
こんな失態、きっと二度とない。
それほど、自分は焦っていたのか。
それほど、自分は余裕がなかったのか。
それほど、自分は追い詰められていたのか。
それほど、自分は死を切望していたのか。
「――――――――早く、俺を殺せ!!!!」
気付けば、叫んでいた。
それは、ココロの叫び。
そして、闇夜に銃声が轟いた。