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守り人  作者: 紫月 飛闇
19/61

叶わぬ、傍観。















守人の里である森に戻ってきてから、蒐と渫はすぐにそれぞれの役割に配置されてしまった。






長があせっているのが、彼らにもわかった。


どうやら、『朱石』を守るべきである糺国の国王が病で倒れたらしいのだ。この不意をついて、敵国が攻めてくるのではないかと、糺国の宮城にいるお偉いさまたちは思っているらしい。








そのため、早急な敵国である椎国のスパイの排除、及び『朱石』保護のための警備強化を求められた。










渫が与えられた任務は、諜報員であったが、実際に彼女が敵地に乗り込むというわけではなかった。彼女は戦闘員たちの攻撃道具になる爆発物や武器の開発、薬品の研究を手がけた。


優しすぎる渫に、敵国への潜入は危険な気がしていた蒐は、渫がおとなしく森の中で研究に耽る任務だと知ると、ほっとした。








長は本当に適材適所に人を配置している。








その蒐は、籥とコンビで動くことが多かった。


専ら、今は与えられた情報を元に、敵国のスパイたちを殺すことが仕事だった。




やつらが狙っているのは、もちろん『朱石』。これを椎国に奪われたら、糺国はたちまち破滅するだろう。


比喩ではなく、この国は滅ぶ。








加え、守人は『朱石』保護の他に、もうひとつの任務があった。


それが、椎国にある『蒼石』を奪うことだった。無論、椎国の『蒼石』を奪えば、糺国は椎国を乗っ取ることができる。








『朱石』と『蒼石』。


このふたつの宝石が、この戦乱の世の、発端だった。














息を潜め、物陰に隠れて、籥と蒐は小さく会話する。


「・・・何人、いる?」


「・・・・・・40・・・・・・いや、50かな」


蒐の研ぎ澄まされた聴覚と、殺気を読み取る野生の本能が敵の人数を探る。




任務をこなすときの蒐は、籥の知っている蒐ではない。








すべての感情を捨て、冷ややかな空気すら纏い、一切の躊躇もなく任務を遂行する。


いつもは穏やかで、茶目っ気すら感じさせる明るい瞳に、今は違う色が宿る。






鋭い獣のような、闇の色。


彼の瞳の色、藍色よりもなお、深く深く、闇の中に沈んだ色。




それが、敵をとらえる。








「行こう、籥」


一声かけると、蒐はさっと敵陣に乗り込んだ。


凶手の揃う、敵陣の中へ。




籥も、すぐに蒐を追いかけた。
















「・・・・・・これで、全部か?」


「みたいだね、今日はここまでかな」


さすがに息が上がった籥とは対照的に、涼しげに蒐がうなずいた。その雰囲気も、氷のように冷ややかだ。




その言葉通り頭から全身血で真っ赤になった蒐は、ふぅっと小さなため息をついて、籥を見上げた。


籥もまた、返り血と自分の血が混ざり合って、全身真っ赤だ。






「籥、怪我は?」


「たいしたことはない。・・・帰ろう」


「了解」


すでに刃こぼれして使い物にならなくなった刀を捨てて、蒐はうなずいた。籥もすでに使い物にならない武器は、血だまりの中に捨てていく。
















守人の里である森にたどり着く前に、ふたりは川で身濯ぎをしていく。透明な川の水が、みるみると赤い色に染まっていく。


そして体中の返り血を流すとともに、まるで凶手としての気配を流すかのように、蒐の気配ももとのそれに戻る。








「仕事のあとの一浴びは気持ちいいね~!!」


「・・・冷水を浴びて、風呂上りのオヤジみたいなこと言ってるなよ、蒐」


最初こそ、蒐のその変貌ぶりに驚いた籥だったが、もう慣れた。彼の中でどのようなスイッチで空気を変えているかは知らないが、普段の明るい蒐と、凶手としての蒐は、同一人物とは思えないほど違う。






それでも、凶手であることを捨てた蒐は、いつもの明るい笑顔をした蒐で、籥はほっとした気分で、共に森に帰るのだった。
















「籥!!蒐!!」


いつだって、森に帰ると真っ先に出迎えてくれるのは渫。任務を終えると、渫はほっと安堵した表情で彼らをいつも迎えてくれた。




「大丈夫?怪我は?」


祠で研究すると同時に、医学のことも勉強を始めた渫は、ふたりの怪我への処置も適格ですばやい。


恥じらいというものは一切なく、渫は渫としての任務で、籥と蒐の服を無理やり脱がせて怪我がないか確かめる。






「・・・今日はまた派手にやったのね」






籥についた傷を見て、彼女は顔をしかめた。


「たいしたことは、ない」


「それでも、放っておけば明日の任務には差し障るでしょ」


乱暴な手つきで処置をするのは、渫のささやかな怒りの表れだ。それを甘んじて受けながら、籥は苦痛に顔をゆがめる。






「はいはい。お姫様は過剰なほど過激な愛をお持ちで」


「あら、もっと薬がほしい?」


「・・・・・・遠慮します」


籥と渫のやりとりをおとなしく見守っていた蒐が、くすくすと笑い出す。




「蒐は捻挫とかない?」


外傷がないのは渫はすでに確認済みだ。蒐はすっと立ち上がるとひらひらと手を振って外に向かっていった。


「大丈夫だよ、姉さん。籥の面倒だけみてあげて」


けらけらと明るく笑いながら姿を消した蒐を見送って、籥がふっと息を吐く。










「・・・蒐もすっかり凶手だな。・・・オレのアシスタントとして傍観してもらうつもりが、いつのまにか主力になってる」


「・・・それだけ、現状に余裕がないってことでしょ」




飛び交う情報。


増えていく敵の数。糺国に潜入している敵の数は、前よりも確実に増えている。








「あたしも、もっと色々と武器を開発しないとね」


「お、そういえばこの前の試作品、意外によかったぜ」


「ほんと?!じゃぁ、大量生産しようかな」








籥と渫の物騒な会話も、「守人」として昼夜駆け回るふたりにとっては、日常会話のようなものだった。






















毎晩のように奪う命。


真っ赤に染まる、両の手。




けれど、まだそれを止めるわけにはいかない。






蒐はひとり、夜空を見上げながら、思う。








彼が望むのは、ただただ、渫との平和な暮らし。


それを手に入れるには、「守人」が必要のない世界を手に入れるしかない。






それはつまり、椎国にある『蒼石』を糺国が手に入れること。


あの石さえ手に入れれば、この戦は終わる。






平和な世界が来る。








『朱石』を守ることも、王族の護衛することも、敵国の凶手たちを殺して歩く日々もなくなる。


『朱石』と『蒼石』さえ、揃えば。








夜空を見上げる蒐の瞳は、それと同じ、藍色。


纏う気配は、夜空を照らす月のように静かで冷ややか。


彼は、静かに目を瞑る。言いようのないこの感情に、まだ飲み込まれるわけにはいかないから。












彼の小さな吐息は、夜風に流れて、消えていった。



























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