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守り人  作者: 紫月 飛闇
17/61

望めぬ、愛情。















渫と蒐の学位をとるための試験が終わってから数日後。




結果が出るまでの間は、渫も蒐もやることはなく、思い思いに残された時間を過ごしていた。






その日は、近年稀に見る嵐の日だった。


そんな日にまでさすがにふらふらと外出しようとは思わなかったか、蒐も部屋でおとなしくしていた。渫もまた、緑と残された時間を惜しむようにして、共に過ごしていた。








そんな嵐の日に、激しい雨音をかき消すような扉を叩く音が渫たちを驚かせた。


「あれ、この気配って・・・・・・」


渫も蒐も、緑があわてて扉を開ける前に、気配で誰が来たのかを察知する。




「やっぱり、籥!!」


「お~渫!!見ろよ、この格好。嵐でひどい目にあった・・・・・・」


「ちょっと待っててね、すぐに拭くものを持ってくるから」


家に招きいれた緑があわてて拭くものを取りに奥に消えていく。そんな緑を見送ったあと、渫は呆れたようにして籥を見上げた。






「なんでこんな日にわざわざ来たの?明日でもいいんじゃない?」


「・・・今日じゃなきゃ、だめだったんだ。明日は、発表の日だろう?」


「そうよ?学位がとれたかどうかの発表の日にこそ、祝いにくるべきじゃない?」


「なんだよ、学位は取れているの前提かよ。かわいくねぇなぁ」








苦笑する籥の視線の先には、珍しく籥に一言も何も言わない蒐がいた。


「どうした、蒐。おまえは学位が取れてる自信がないか?」


にやっと籥が笑えば、蒐もようやくいつものようににこっと笑い返す。


「まさか、籥じゃあるまいし」


「・・・・・・おまえら、オレを馬鹿にしすぎじゃねぇ?」








そんなことを話しているうちに、緑が籥にタオルを渡す。そのまま彼女は慌しく、籥のために温かい飲み物を用意し始めた。






「あ~・・・緑さん、でしたっけ?どうぞ、お構いなく。ちょっとふたりに内密な話があったもんで」


「あら、そうなの?じゃぁ、温かいものを用意しておくから、お話が終わったらこっちへ寄ってね」


「ありがとうございます」








籥が緑に話しかければ、彼女は詮索することなく快い返事を返す。


籥は渫と蒐に、視線だけで重要ななにかを伝えようとしていた。渫と蒐もすぐに察し、以前のように蒐の部屋で3人が集まった。








突然の籥の訪問に、つい渫も浮かれてしまったが、忘れていた。


籥は、いつだって長の伝言を伝えるためだけにここへ来た。






だから、彼は嵐の中ずぶぬれになりながらもここに来た。








学位の結果が出る前日でなければならない、この日に。










何の話かと渫が構えるその横に座る蒐は、表情が硬い。


ころころとよく表情を変え、今日のような嵐を吹き飛ばすかのような明るい笑顔を絶やさない彼にしては珍しい。






「蒐?」


「・・・・・・蒐は、わかってるのか、オレがなんで来たか」


「・・・なんと、なく。籥も、学位を取る前後、おかしかったし」


「あぁ、そっか・・・・・・」






蒐と籥で交わされる会話に、渫もその頃を思い出す。


そういえば、籥は学位をとる前後、よく情緒不安定になっては森に帰ってきていた。口癖のように、「オレが帰るところはここだけだな」と言って、最後は笑って町に戻っていったが。






そしてふと、ぞくりと渫の背中に悪寒が走る。






同時に思い出したのは、籥のあのときの、様子。


学位をとり、完全に森に帰ってきた、あの日の籥。憔悴しきっていた、彼。






・・・なぜ。






『保護者』との別れが、辛かった・・・・・・から・・・?


それとも・・・・・・・・・。






なぜ、目の前のふたりは、こんなにも落ち込んだ様子なのか・・・・・・。








渫の心中を察したか、籥は軽くうなずいたあと、何の前置きも為しに、言い切った。






「長から、『守人』としての初任務だ。・・・・・・学位をとったら、即座に」








いやだ、聞きたくない。


渫は、耳を塞ぎたいのに、身体が動かない。












「『保護者』を殺せ、と」












本当は、心のどこかでそれを予想してた。


だけど、見て見ぬふりをした。






この町に来て、この家で暮らして、たくさんのものを見て見ぬフリをした。


その最大のものが、これだった。








ただの思い過ごしであればいいと、思っていたのに。








「な・・・・・・んで・・・?」


問い返す彼女の声は掠れて小さく弱弱しい。そんな渫に、籥は同情するような視線を投げかけた。








「『守人』に関わった者は、その存在を隠すためにも死んでもらわないといけない。『保護者』はその最たるものだ」


「で、でも、学舎の子たちだって、蒐のことをよく知っているわ!!まさか、全員殺すわけじゃないでしょう?」


「それなんだよなぁ・・・。まったく、『他人に関わるな』っていう長の命令を無視しやがって。幸い、長はまだ、蒐がそんなことになってるとは気付いてない。だからまぁ、命令がくだるまでは無視していいだろう」








あっさりと返してくる籥の心境がわからない。


蒐に視線を移せば、なぜか彼は苦笑を浮かべている。








「いやぁ、本当は誰とも関わっちゃいけないとは思ったんだけどね~。奇術が結構みんなにうけちゃって」


「あぁ、まだ続けてたのか?」


「結構上手になったよ?奇術師にだってなれるかも」


「そういう話をしてるんじゃないでしょう!!!」








まるで何事もなかったかのように、いつものようにふざけはじめた籥と蒐に、さすがに渫は声を荒げた。








「今・・・・・・何の話をしていたか・・・・・・わかってるの・・・・・・?」


「わかってるよ、姉さん。緑さんを、殺すことだ」






震える声で問いかけた渫に、蒐は何の感情も感じさせない声で返す。








「それが・・・どういうことか、わかってるの・・・・・・?」




まるで異常者を見るような目で、彼女は弟を見てしまう。






わかっているのか。蒐には。


「殺す」というのが、どういうことか。










「仕方ないよ、姉さん。俺たちは『守人』だ。それが任務なら、仕方ない。その存在を隠すためなら、『保護者』も切り捨てないといけないんだ」








あっさりと言い返す蒐を見ていられず、渫は籥を見る。籥はただ、悲しそうに視線を下に向けたままだ。


思い出しているのだろうか。彼が彼の『保護者』をなくしたときのことを。










「・・・いや、あたしは、いや・・・・・・」


「姉さん、長の命令だよ」


「でもいや!!なんで、なんで殺さないといけないの?!緑さんはあんなにもあたしたちによくしてくれたじゃない!!」






駄々っ子のように暴れる渫を、体格の大きい籥が優しく包み込んだ。


「落ち着け、渫。・・・・・・仕方ないんだ、それが、『守人』の使命だ。まだ、知られるわけにはいかないんだ、この戦が終わるまでは」


「いやだ、離して・・・・・・」


「渫・・・」


「離してよ!!人殺しのくせに!!!」








思わずついて出た言葉に、さすがに渫もはっとなった。おずおずと彼女を抱きしめる籥の顔を見上げれば、そこには変わらず同情の色を示した彼の視線があった。






「あぁ、そうだよ。だけど、『守人』はそういう存在だ」




優しく、静かな声で言う。渫をあやすように、諭すように。








「あたしは・・・・・・できない・・・」


「うん。いいよ、姉さん。俺がやるから」






拒絶する渫に、蒐が労るように優しく言う。


だけど、そんな蒐の優しさも、今はいらない。ほしいのは、そんな言葉じゃない。








「どうして・・・・・・・どうしてよ!!」








無理やり籥の腕から逃れると、渫は隣の自室に閉じこもってしまった。








残された籥と蒐は、互いに顔を見合わせてため息をつく。


「おまえは、抵抗しないんだな。さすがにオレだって、最初に言われたときは抵抗したぞ?」


「なんとなく、わかってたし、ね」


気遣うようにたずねる籥に、蒐は笑みさえ浮かべて答える。心配はいらないよ、とでも言うように。






「こんなときすら、おまえは笑うのか?」


「ほかに、どんな表情をすべきか知らないからだよ」


くすっと蒐は自嘲的にそう言う。そして、籥の肩を軽く叩いた。






「行こう。緑さんが、お茶を用意してくれてる」


「オレも付き合えって?イジワルだな、おまえ」


「姉さんを苦しめた罰だよ」


「・・・長の命令を伝えにきただけじゃんか~・・・」


蒐のイジワル~とつぶやく籥に、くすくすと笑う蒐は、いつものふたりだ。






まるで、なにごともなかったかのような、ふたりの会話。












けれど、隣室では、渫がひとり、涙を流していた。








ただただ、緑を想って。緑と過ごした時間を想って。






溢れるような愛情をくれた彼女。


その愛情に報いるどころか、仇で返そうというのだ。最低最悪の仇で。








渫は、この夜ほど、「明日」が来なければいいと思う日はなかった。


























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