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守り人  作者: 紫月 飛闇
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望めぬ、別離。













「そのとき」は、気付けば刻一刻と近づいていた。






2年と決められた期限の中で、渫も蒐も見事にそれを叶えようとしていた。同時に待つのは、『保護者』である緑との別れ。










最近、そのことを考えると、渫は勉強にも手がつかなくなっていた。






「緑さんと別れるの、さみしい?」


学舎から緑への家に帰る道のりで、蒐が渫にたずねた。いつだって渫のことを考え、思いをめぐらせ、ぴたりと渫の気持ちを当ててしまう蒐に、今日はちょっと腹が立った。






「蒐はさみしくないの?」


「そりゃぁ、さみしいよ。緑さんのお料理、おいしいし。あの家の雰囲気、好きだしね」


でも、と彼は続ける。


「あそこは仮の宿。俺たちが帰るところはあそこじゃないから」








ふわりとしたつかみどころのない笑顔を消して、一瞬だけ、蒐はその纏った空気を変えた。ぴりりとした冷涼な空気。


だが、渫が何かを言う前に、またいつもの蒐のやわらかい笑顔に戻っていた。










「でもやっぱり、さみしいよね」


完全にあやされているような感覚になった渫は、そのまま黙ってずんずんと歩いていく。


「え、ちょっと姉さん?!なに、なんで怒ってるの~?!?」






突然機嫌悪く歩き出した渫の後姿を、なんだか事情が飲み込めない蒐があわてて追いかけていた。














学位をとる上で、様々な学問を勉強する。


その中にはもちろん、この国の歴史に関するものもあった。






最近、渫はその本を熱心に読み返していることが多くなった。籥から聞いた、『守人』の任務。


『朱石』を守ること。『朱石』を守るということはすなわち、この国の威厳を守ることになる。つまりは、この国を守るということになる。








この国、キュウ国と、隣国であるシイ国の戦いは、気が遠くなるほど長い。


学舎に通えるような裕福な国民はその戦いの酷さを実感することも少ないが、いざ下町や田舎に足を向ければ、戦争のために国民が強いられている貧困に、目のやり場もない有様だった。






絶えず止まぬ戦のために、国の土壌はどんどん荒廃していく。その荒廃した土地を耕す人員は、すべて兵として連れられ、放置された土地は再生することなく野ざらしになっていく。






そうやって緑の失われた土地が増えていった。










正直、糺国の民たちは疲弊していた。


だが、糺国の国王は、決して椎国との戦をやめようとはしなかった。国王が決めたことに、誰も逆らうことはできない。


糺国は王政主義。王が戦を辞めない限り、糺国の荒廃は進行するばかりだった。










だが、戦は止まない。


きっと、両国の王は目的を果たすまでは戦をやめないのだろう。






だからこそ、糺国は『朱石』を守らなければならなかった。


この2つの国が対立する原因であったにもかかわらず。












「姉さん?いつまでトリップしてる??」


「・・・え?」


いつのまにか、渫は緑の家の前まで歩いていたようだ。となりには、蒐がおもしろそうににやにやしている。






「ず~っと史書を持ったまま難しい顔してたから、もしかして、この国の歴史のこと考えてた?」






なにもかもお見通し、といった顔でくすくす笑う蒐に、渫はいらだちを隠せない。


「だったらなに?あたしたちがこの国のことを考えるのはおかしくないでしょ?」


「もちろんだよ。でも心配だな~、姉さんってば、一度考え出すと周りが見えなくなるんだもん。これで諜報員なんてできるのかなぁ~」


「余計なお世話。蒐はせいぜい明日の試験の心配だけしておくのね」


「姉さんのいじわる~!!」






すまして告げた渫の言葉に、蒐が小さな子供のようにふてくされた顔でそれに答えた。蒐の表情はころころとよく変わる。






けれど、渫はあるとき気付いた。


蒐のその表情の変化は、計算されたものではないだろうか、と。


まるで仮面のように張り付いた笑顔の下を知る者は少ない。


いつの間にか、渫もその仮面の下を見ることができなくなっていた。








蒐は、すでに『守人』としての覚悟ができている。










その一方で、緑とこの安穏とした生活を手放したくないと惜しんでいる自分が、渫は情けないような気もしていた。






「おかえりなさい、渫、蒐」






扉を開ければ、緑の優しい微笑み。暖かい雰囲気。






「ただいま~緑さん!!おなかすいちゃった!!」






蒐が元気よく緑に飛びついて答える。彼女も、そんな蒐がかわいくてしょうがないかのように、うれしそうに笑いながら、まずは手を洗ってきなさい、と彼を促す。すると、いつまでも扉の前で立ち尽くしたままの渫に気付いて、心配そうに声をかけてきた。






「どうしたの、渫?具合が悪い?」


「う、ううん、そうじゃないの。・・・・・・ただ、明日は試験だから・・・」






それだけ言って言葉を切った渫の心情を、緑は汲み取ったようだった。






「そうね。その試験で学位をとれたら、お別れね」




でもね、と緑は笑みを絶やさず、渫の頬をその暖かな両手で包んだ。






「ここは渫と蒐の家でもあるの。来たかったらいつでも来てね」


「また・・・・・・来てもいいの?」


「もちろんよ。私はいつでもあなたたちが来るのを楽しみにしているんだから」








にっこりと笑って告げた緑に、渫もようやく笑みをこぼした。


「じゃぁ、いつかきっと緑さんのところに遊びに行くわ」




いつか、この国が平和になって『守人』がいらなくなるようになったら。


その日を手に入れるために。








「村に帰ったら、戦には気をつけてね?やっぱり町から離れると襲撃もすごいと聞くから」




心配そうにつぶやきながら緑は台所に行ってしまう。


まさか、緑は思わないだろう。


その戦場のど真ん中、戦の中心のひとつである『朱石』に関わっているのが、渫と蒐だとは。










「・・・・・・姉さん」




いつの間にか、蒐が口にもごもごとなにやら頬張りながら渫のそばに歩み寄ってきた。その滑稽な行動とは裏腹に、深刻そうな表情を浮かべている。






「蒐?」


「・・・・・・ううん、なんでもない。そうだ、これ、食べる?緑さんの手作り、おいしいよ」


渫が問い返せば、蒐は先ほどの張り詰めた表情から一変したいつもの明るい笑顔に戻ってしまった。


渫も、それほど追求する気にもなれず、軽く蒐の額を叩くと彼に背を向けた。








「いらない。明日の試験勉強したいしね。蒐もちゃんと勉強するのよ?ここまできて学位を落としたなんて知ったら、籥に笑われるわ」


「・・・緑さんとお別れになっても?」


「一生会えないわけじゃないわ」


くすっと憑き物が落ちたように笑う渫に、蒐も明るい笑みを返した。










だから、渫は気付かなかった。


彼女が背を向けた途端、蒐が泣きそうな顔をしたことに。


「・・・違うよ、姉さん。俺たちはきっともう、緑さんとは会えなくなる・・・・・・」


















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