抗えぬ、未来。
月明かりだけが照らす深夜。
対峙する、ふたつの影。
ひとりは銃を構え、ひとりは何も持たずにただ立っていた。
「わたしの負けですよ」
ひとりが、ただそれだけ静かに言った。
「どうぞお気になさらずに。まともな死に方ができないことはわかっていましたから」
淡々と告げる人物に対峙するもうひとつの人影は、頬にいくつもの筋をつけていた。今もまだ、それが止まることがない。
「こうするしか・・・・・・ないの・・・・・・?」
「そうでしょうね」
「これしか、方法がないの・・・・・・?」
「おそらく」
銃を突きつけられ、狙われているその人物は、場にそぐわずに笑みを浮かべている。
やわらかい微笑。そう、まるで太陽のようにやわらかな暖かい笑み。
なぜ、そんな風に笑えるのか。
「なにを躊躇っておいでですか?早くしないと、まずいのではないですか?」
気遣うのは狙われている彼のほう。
それが一層、彼女の心を蝕んでいく。
構えた銃の先は、間違えなく彼の心臓。指に力を入れればまっすぐにそこにたどり着く。
「あなたに殺されるなら、わたしは光栄ですよ」
「なにを言って・・・・・・」
「いえいえ、本当ですとも。さぁ、どうぞ」
腕を広げ、彼は彼女を向かえるように微笑んだ。
けれど、彼女は震えるその手をどうすることもできない。
「・・・あなたが人を殺す、最初の人になれるのですよ。わたしの名誉を、あなたは誰かに譲ってしまわれるおつもりですか?」
「そんな・・・・・・」
「早く、わたしを殺してください、姉さん」
この弟は、いつだってそう。いつだって、自分の思いや願いより、他人の思いを優先させてきた。
いつだって、他人を気遣って、自分を犠牲にしてきた。
痛みも苦しみも決して誰かに見せることなく。
「なんで・・・あたしとあなたがこんなことになるの・・・・・・」
彼女の問いかけに、彼はやはりやわらかく微笑むだけで答えない。
「あたしは・・・・・・こんな展開、望んでいなかった。ねぇ、どうして?思いなおして・・・」
なおも訴え続ける彼女に、とうとう彼が笑みを消してため息をついた。
「姉さん、あなたは何のためにここへいらっしゃったのですか?」
「それは・・・・・・」
「わたしを殺すためでしょう?わたしは負けました。どうぞ、殺してください」
それでも、彼女は決断できない。
彼女にとって、彼は大切な弟だったから。
誰よりも、何よりも、大切な弟だったから。どうしても、殺したりなんてできなかった。
すると、今までとは違う気配を彼が持ち始めた。冷たく鋭い刃のような気配。
あぁ、そうだ。
これが、本来の彼の姿。・・・・・・いや、そうだったか・・・。
「あなたが実行しないなら、姉さん。わたしは実行しますよ」
「・・・・・・なにを・・・・・・」
「あなたの大切な太子を、殺させていただきます」
「なっ・・・・・・・・・!!」
彼の死の予告が、違ったことはない。
狙った獲物は、彼はいつでも仕留めてきた。その彼が、言うのだ。
彼女の大切な太子を、殺すと。
「やめて・・・・・・」
「では、今わたしをここで殺すしかないでしょうね」
「でも・・・・・・」
「さぁ、お早く・・・・・・」
「・・・・・・だけど・・・・・・」
静かな闇夜。
それを引き裂くように、突然、ためらう彼女の耳に、驚くほどの大きな声が聞こえた。
「――――――――早く、俺を殺せ!!!!」
その、あまりの突然で切迫した声に驚き、誤って彼女は構えていた指に力を入れてしまった。
引き金を引いてしまった。
静かな闇夜に、銃声が響いた。
初めまして、紫月飛闇です。
今回のこの小説は、結構重たく、シリアスなものです。
結構紫月はこういうドロドロしたものを書くのが一番好きだったりします…(笑)
別のところではコメディーを書いているというのに(笑)
一話一話は短いものなので、結構早いターンで更新できると思います。