もう隠し立てをする必要など何もない。
警察で取り調べを受け、私は何も隠さず、男性との経緯をすべて話した。
だって夫は死んでしまったのだから。
夫の死は、私に原因があるとわかっているので、すべてを話してしまいたいと思った。
警察では捜査の結果、加害者の男性と私との共謀はないと断定し、私を釈放した。
私は、アパートに帰ってきた。
もう近所のうわさになっているのだろう。
住人が私を見る目が好奇になっているのが分かる。
おそらく近日中に大家から退去を言い渡されるだろう。
鍵を開けて中に入る。
何も変わったことは無かったが、部屋の中の様子を何気なく見てまわる。
奥の部屋に入って夫の遺影を見たとき、なぜかちょっとビクッとした。
あの時、男性が私を抱こうとした際には、なぜか遺影の目に光があって、まるで夫が生きているかのような感じがした。
だが、今の遺影の目は空虚な感じがする。
……そうか。四十九日で夫の魂は天に召されたのだろう……
と、思った。
……あなた、ごめんなさい。悪い妻でごめんなさい。
涙があふれてきた。
すべては自分のせいなのだ。
位牌を胸に抱きしめて、私はしばらく泣いていた……
……数日後、部屋のものをすべて処分し、身の回りと遺影と位牌だけを持ってアパートを立ち去った。
その後、事件に関する裁判が済み、男性の懲役10年の実刑判決が確定した。
私は証言には立ったが、罪は課せられなかった。
幸い、夫の生命保険は問題なく受け取ることができ、若干の貯金と合わせて、生活に困ることはなかった。
後に、私は日本を離れ、知り合いの伝手で東南アジアのある国の日系の会社で働き始めた。
多少の英語ができたので、仕事には差し支えなかった。
夫への罪滅ぼしから不妊手術を受け、その後はもう性欲は感じなくなった。
再婚はしなかった。
……それから11年経ったある日のこと。
仕事に出かける時にいつもしているように、亡夫の遺影に向かって手を合わせていると、ちょっとした地震があって位牌が倒れ、その下にいた一匹の百足が押し潰され、胴体がちぎれていた。
ちょっと気になったが、死骸を片付けたのち出勤した。
数日後、日本から来た社員が持っていた新聞に、ある記事を見つけた。
それには、昔私と関係があった男性の実名が載っていて、交通事故にあって死亡したという記事だった。
狭い道で車で跳ね飛ばされた拍子にガードレールに激突して胴が切断され、その場で即死したという内容だった。
私は思い出した。
数日前に位牌が倒れて一匹の百足が潰されたことを。
そして、男性の左腰の後ろに小さな百足の入れ墨があったことを。
……そうか。もしかしたら夫が男性を……
私はその新聞をもらって、仕事が終わると自宅に戻り、夫に報告した。
なぜか夫の遺影の目が、笑っているように私には思えた。
完