夫が轢き逃げで亡くなったと聞いたとき、私は男性のしわざだと直観した。
ここ最近、男性が私に粘着してきているように感じていた。
単なる浮気のレベルではなくなって来ているような、嫌な予感がし始めていた。
この不自然さは、私に対する独占欲の現れのように思えた。
以前には無かったことだ。
そんな時に突然、夫が事故死したのだ。
しかも轢き逃げ犯人は捕まっていない。男性を疑うのは当然だった。
冷や水をいきなり浴びせられたような気持ちがした。
男性は、いつものチラシでの連絡で、当分は会わない方が良いと言ってきた。
私は了解したが、夫の葬儀やさまざまなことで忙殺されるうちに、私の心に少しずつ怒りや悔恨が湧いてきた。
……自分のせいで夫が死んだ……
やはり、このままではいけない。
夫を殺したであろう男性とこのままずるずるとした関係を続けるのは止めたい。
でも私は脅されている。
それを解決できるのは……
私は決心をし、短い文章の手紙を郵便ポストに投函した。
数日たったころ、アパートの近くにそれまで見かけない車が駐まるようになった。
そんな中、男性が荷物配達を装って私の部屋へやってきた。
目がギラギラしていた。
私は男性が性欲に飢えていることを悟った。
我慢できずに私を抱きに来たのだ。
よりによって亡夫の四十九日の日に……
ここで男性を拒否したら、何をされるかわからないと思い、部屋の中に入れると、いきなりキスをしてきた。
そして私を奥の部屋へ運び、おもむろに押し倒した。
この部屋には夫の遺影が飾ってある。
夫の目の前で男性とするわけにはいかない。
おそらく男性は、夫の遺影の前でわざと私を抱き、自分のものになったことを夫に見せつけたいと思っているのではないか。
私は言った。
「ダメよ。ここじゃ。夫が見ているもの……」
だが、男性は引かない。
「大丈夫だよ。気にすることはない」
さすがに私の気が乗らないことに感づいたのか、
「わかった。じゃあ、こっちにおいで」
私を隣の部屋に連れていった。
「ここなら、いいだろう?」
「ええ。でも……」
私が夫の遺影を見て躊躇していると、部屋の障子をピシャっと閉め、再び私を愛撫し始めた時、玄関のチャイムが鳴った。
私は男性に言った。
「でなくちゃ」
男性は抵抗した。
「いいよ。そんなもの放っておけば」
私は男性を押しのけ、髪と服装を気にしながら玄関に向かった。
玄関のドアを開くと見知らぬ数人の男がいた。
そして警察手帳と1通の書類を私に見せた。
「警察の者ですが……下の階の……がここに居ますよね? 隠しても無駄です。張り込みをしていましたから……車による計画的轢き逃げ……殺人容疑の逮捕状はこれです……奥さんにも共犯の疑いが……同行願います……」
ああ、やっぱり警察は男性が犯人であることを突き止めたんだ。
私は心の中で快哉を叫んだ。
手紙を警察に出したのは私だった。
文面は犯人が男性であることを記しただけだったが。
素早く私服の警察官が部屋に入って、すぐ男性を確保した。
男性は呆然とした顔を私に向けた。
なぜバレたんだろうと思っているのだろう。
私は男性をちょっと見つめ返した。
心の中で軽蔑しているように。
男性はハッとしたようだった。
私は、警察官に仏壇のお線香を消しておきたいと言うとうなずいてくれた。
私は奥の部屋に入って夫の遺影の前にひざまずいて言った。
「あなたが憎かったわけではないの。ちょっとしたことから私、あの人と関係を持ってしまって……気づいたらあの人の体から離れられなくなっていた……仕舞には脅されて……ごめんなさい……今日は四十九日なのに何もしてあげられなくて……どうか成仏してくださいね」
そう言って線香を消してから、警察官のところへ戻った。
もう、私は男性の方を見なかった。