せまる炎
デビュタントボールの日が来た。つまりそれはドクトルが決行する日でもある。
犯罪者から逃げるわけにはいかない。王女の決意で、デビュタントボールは予定通り決行される。
王城の警備は、普段の何倍もの兵を動員し、万全の体制のように思える。
門を通る際には、複数の貴族からの承認も必要になっている。部外者が入場できる可能性は、ほぼゼロと思えた。
会場は、第一門を通り抜けた噴水庭園だ。広さは十分にある。ここで、ガーデンパーティの形式で、開かれることになっていた。
デビュタントボールは、昼から深夜の12時までの長時間にわたって開かれる。昼はお茶会のように、そして日が暮れてからはかがり火が焚かれ、舞踏会になる。
参加者は、14歳になったばかりの貴族の子女が約100名、前年、前々年の参加者が約100名、さらに参加者の両親、一族もいて、全体で1000人を超えることになる。
貴族の子弟にとっては社交界のへのデビューの場であり、そして貴族同士の交流の場でもある。地方貴族にとっては、有力貴族との縁をつくるための貴重な場となってもいた。
*******
「私も行ってみたい」
セシリアが、前の日の夜に、そう頼んできた。参加者としてではなく、離れたところから見学したいというのだ。華やかで、王国中の女の子が憧れる場だ。その気持ちはわかる。だけど危険だ。
「今回は、危険もあるから我慢してくれないか」
聞き分けのいいセシリアだから納得してくれたようだけど、目が潤んでいる。
ドクトルのことを話すと心配するだろうから、それも言えない……。
「わかった。ここにいても狙われるときは狙われるものな。それよりも僕の近くにいたほうが安心だ……」
「いいの……。うれしい……」
セシリアは、思い切り抱きついてきた。それほど嬉しいんだ。
朝イチ、王城に着いたら、まず〈探査〉をした。王城はおろか王都には石油のかけらもない。一般市民は使わないから当然だ。
これで、どうやって王城を狙うのだろうか。
クレバーも、入城を許されてきていた。
第2門の上に、警護の監視室があり、僕たちはそこから噴水庭園を眺めた。
昨日のうちに準備は終わっており、噴水の周りに丸いテーブルが何十個も設置されている。ここで明るいうちはお茶会が、日が暮れたら丸テーブルが撤去されて舞踏会場に変わる。
僕の横で、セシリアがキラキラした目でそれを見ていた。
セシリアは、王城ということで、水色のドレスを着て、胸には王女からもらったブローチをつけていた。このままデビュタントボールに出ても、何の違和感もないだろう。
「まだ石油は見つからない……。いったいどうするつもりなんだろう」
「それはわからないが、確実に何かを起こす。絶対に……」
僕とクレバーのやりとりを、セシリアはキョトンとした顔で聞いている。
僕たちには、近衛兵第2部隊の精鋭を10人を護衛としてつけてもらった。
魔法が使えれば不要なのだが、王城内は、100人の魔法兵が魔法無効の結界をはっている。〈鑑定〉や〈探査〉のスキルは使えるのだが、ありとあらゆる魔法が使えない。
王城の外では、魔法兵が何カ所に別れて待機していた。
ドクトルが、僕たちを誘い出すために火をかける可能性がある。石油だから水では消せない。土魔法で、火の上に土をかけて消すしかなかった。
この日のために魔法兵は、土魔法を使った消火を練習してきていた。
10時くらいなると、参加者が入城してきた。第1門で厳重なチェックを受けるために、時間がかかっているようで、門の外には行列ができていた。
なんか怒っているような貴族も見える。
どうせ、入城のチェックは失礼だ、とでも言っているのだろう。
そんなクズが必ずいるとは思っていたが、本当にいた。
噴水庭園を眺めているとポンと肩を叩かれた。振り返るとレミュス老人だった。
「アレクサンデル……、今はドクトルと呼ばれているのか。彼が現れると聞いてな」
レミュス老人は、今までの事件を逐一シャテーから聞いていた。
「あいつらしいな……。わしが、もっとしっかりと見ていれば、こんなことにならなかったかもな……」
「そんなことはありません。なんというか……、これも運命のように思うのです」
「運命か……」
「実は、僕が王女殿下とお会いすることになったのも……、アルブレヒト辺境伯様とお会いすることになったのも……、そして獣人族と交流することになったのも、それから……、すべてにドクトルが関わっていたのです。だからなんでしょうか。彼とは会ったことはないんですが、何か運命のようなものを感じるのです」
「そうだな……。すべて運命だな」
そう言って、レミュス老人も噴水庭園に目をやった。そこには多くの人が忙しそうに走り回っている。
「でも……。その運命を断ち切るのは、お前の意志なんだぞ」
そう、今日、それを断ち切るのだ。
*******
正午。噴水庭園で、参加者は思い思いのテーブルについていた。
第2門が開いて、王女が出てきた。一歩下がって護衛のバルトリアンがいる。
参加者からは歓声が上がる。以前だったら、聖女に対しての歓声だったが、今は、王国の最高権力者への歓声だった。
王女の後に、王妃が、そして第2王子のシュレックとパウラ妃、第3王子のルイトポルトとフルディーネ妃が続いた。王国の成人した王族が揃ったことになる。
狙うとしたならば絶好の場面だ。警備関係者に緊張が走った。
しかし、〈探査〉をしても石油は見つからない。他に危険な物がないかとも見るが、まったく見つからない。
王女が特設された舞台の上に立った。まわりゆっくりと見回す。
「みなさん。ようこそいらっしゃいました。空は、こんなに晴れ渡り、鳥たちも、今日という日を祝福しているようです……」
なんか、運動会の校長の挨拶のようだ。どこの世界も、まあ一緒なのだろう。
でも、王女も摂政という立場になって、また1つ王への階段を上ったようにも思えた。
「みなさんは、王国の息子であり、娘です。そして今日が、社会に出る日とも言えます。これから王国を支え、王国の発展のために力を……」
王女の挨拶は続くが、僕たちは聞いている場合ではない。神経をとがらせ、周りに目をやる。しかし、何の気配もない。
「それでは、できるだけ多くの方と交流してくださいね……。また夜の部でお会いしましょう」
王女の挨拶は終わり、王族は第2門の中に戻っていった。
「何もなかったね」
僕は、クレバーに言った。
「ああ、狙いは夜なのか……。ただ、ドクトルだから油断させてからというのもあるだろう」
「確かにな。緊張を解かないようにしなければならない」
噴水庭園では、何事もなく、お茶会が続いている。下位の貴族は、高位の貴族のテーブルをまわる。きっと前の世界での会社なんかの宴会もそうなのだろう。父が、お酒を持って上司の間を回っているのを想像してしまった。
「きれい……」
セシリアが、華やかなドレスでテーブルの間を動いている令嬢を見て、感激している。
見た目だけなら、美しい世界だけれど、きっと心の中はどす黒いものが蠢いているのだろう。つい〈鑑定〉で見たくもなるが、今日は止めておこう。
「私たちも食事にしましょう」
セシリアが、たくさんのサンドイッチを作ってきていた。レミュス老人、護衛の兵士にも振る舞う。
「これは美味いな。タクは良い嫁さんをもらうな」
「本当にそうですね……。こんなに美味しいサンドイッチが食べられるなんて」
老人も兵士も褒めてくれて、ほのぼのとした時間が流れていく。緊張感を無くしてはいけないと思いつつ、少しずつ気持ちが緩んでいく。
しかし、本当に何も起きなかった。まさか、このままいくのだろうか?
*****
噴水周りの丸テーブルが片付けられた。これからいよいよ夜の舞踏会だ。
お茶を飲んで談笑するのとは異なり、もっと密接に関係をもてる。昼のお茶会の成果もここで出ることになる。メインイベントとも言われるには、そうしたことがあるからだった。
日が暮れつるある中、噴水庭園の周囲にかがり火が焚かれた。噴水の周りにも5つくらいのかがり火が置かれ、周りを照らした。とたんにその場が幻想的な雰囲気に包まれた。
昼に王女が挨拶をした舞台には楽団が並び、ダンスの音楽を奏でる。
また王族が、王女を先頭に出てきた。
再び緊張が走る。石油を使うということは火計を使うということでもある。昼の場面と異なり、今度はかがり火が焚かれている。より危険度は増している。
僕は〈探査〉で石油を探すが、まだ見つからない。
近衛兵は、第1から第5までの全部隊を第1門の外から、第2門の中までびっちりと配して、噴水庭園には誰も入れないようにしていた。
「王女殿下、私と踊って頂けますか?」
バルトリアンが、王女をダンスに誘った。舞踏会の最初は、必ず王族が踊らなければならない。もし、王女が誰かを誘ったとなると、それはまた大問題になる。そこでバルトリアンが気を利かしたのだった。
「お受けしますわ。アヒレス」
2人は、参加者全員が輪になって見守る中心で踊り始めた。
王女は、普段見たことがないような笑顔で、純粋にダンスを楽しんでいる。
バルトリアンもまんざらではない。
「そういえば、一緒に踊ったのっていつ以来かな」
「そうね、私が10歳の頃かしら」
久しぶりのはずだが、息はピッタリで、リズムに合わせて、まるで二羽の小鳥が飛んでいるようにも見える。
「すてき」
「騎士の方かしら?」
「次は、私がお願いできないかしら」
バルトリアンもイケメンだ。令嬢の視線は熱い。
美男美女のダンスに、観衆からは感嘆の声が上がった。
2人のダンスが終わると、それぞれが思い思いの相手に声をかけていった。
シュレック王子もルイトポルト王子にも声がかかっていく。ここがチャンスだと考えている令嬢も多い。
ダンスで、くるくる回り、令嬢たちのドレスが開いた花のように庭園を埋めた。
「ねえ、もっと上から見られないかしら。きっときれいよ」
セシリアが、そう言う。
「右の方の塔へ行けば、真上から見えますよ」
護衛の近衛兵が教えてくれた。
塔か……。そのほうが安全かもしれないな。
僕は、そう考えて塔に向かった。
しかし、塔を登るのはたいへんだった。らせんの階段を延々と登っていく。途中、力尽きそうにもなるが、セシリアの足取りは軽い。
塔の一番上にある部屋の扉を開ける。するとそこには1人の男がいた。
「失礼。ここから眺めてもよろしいでしょうか」
「どうぞ、どうぞ。ここは眺めがいいですからね。私は、ちょうど降りるところでした」
僕は、念のため〈鑑定〉を使って男を見た。
〈知力〉がS、〈策略〉もS、前にローゼ宮に呼ばれたときにいた男だ。
「そいつがドクトルだ。捕らえろ!」
僕は、ありったけの声で、近衛兵に命令した。
ドクトルは、囲まれて身動きがとれない。
そのとき、ドーンと低く鈍い音がした後、窓の向こうに街中で火の手があがったのが見えた。
「まさか……。石油はなかった……」
一瞬、気を取られた隙に、ドクトルは階段ではなく、窓の方に向かった。
ここは、塔のてっぺん。数十メートルの高さがある。
その窓から半身を出してドクトルは言った。
「俺の勝ちだ」
その瞬間、真下の噴水庭園が赤く染まった。火だ。
悲鳴と叫び声が聞こえてくる。
いったい何が起きたのだ?
僕は〈探査〉を使った。
石油がある。それも王都のあちこちに。石油は、点となって一カ所にあるのではなくて、動いている。それも線となって。
「水路だ。王都の外の水路から流したのだ」
石油が流れている。それは街中に張り巡らされた水路を流れているのだ。だから王都内に石油は見つからなかった。
王城の噴水も、外の水路から水が引かれている。その水をせき止め、代わりに石油を流したのだ。それもギリギリのタイミングで。
大量の石油を運ぶのに時間がかかる。だからすぐにはできない。僕たちは、そう思い込んでしまっていた。
流された石油は、数分で王城に流れ込み、水の代わりに噴水から吹き上がった。それにかがり火の火の粉で引火した。
「逃げられないのか?」
塔の上から見ると、庭園が囲まれるように炎の壁ができている。門の前もだ。
「バカな男爵に頼んだら、きっちりとやってくれたよ」
庭園をとりまくように水路も作られていた。それもディールス男爵の命令によってだ。
「自分の孫も死ぬのにな……。バカな連中だ」
もう庭園は火の海だ。王女も、第2王子、第3王子と王位継承権を持つ者がそろっている。それに王国全土の貴族も。
「これで王国は終わりだ。もう、思い残すことはない」
ドクトルは、高く笑って、窓から飛び降りようとした。
「待て!アレクサンデル!」
レミュス老人が、ドクトルを止めた。
「じいさん……。まだ生きていたか……」
「なぜ、こんなことをするのだ」
「復讐だよ。知っているだろう。俺がその昔に受けた仕打ちを」
「それはお前の誤解だろう」
「誤解? そんなはずはない。本来なら俺にも王位継承権もあったんだぞ。それが母を殺され、孤児院送りだ。それから、どんなに苦労したか……。知らないはずはないだろう」
「いや、間違っているのはお前のほうだ」
ネルツ公が現れた。階段を登ってきたせいで、息が荒い。
「ほう、宰相様もお出ましとは……。これで死にがいもあるというものだな」
「お前は、あのときの子どもだったんだな。まだ宰相補佐になりたてだったからよく覚えているよ。お前の父親は国王ではない。お前の母親がそう教え続けたのかもしれないが、お前の父親ははっきりとわかっている」
「嘘を言うな!」
「嘘じゃない。お前の父親は王国の騎士だった。それがギャンブルにはまって騎士団のお金を使い込んでしまったんだ。それで、犯罪奴隷になんだ。つい最近、死んだそうだ。私の護衛もしていたから、よく知っている。お前は、その父親にそっくりだよ。目も口も、その耳たぶが大きい耳の形も……」
「そんなはずでは……。だって、王家の血が流れていると……」
「母親がそう言っていたのだろう。そう考えないといられなかったのだ。騎士の妻になったはずが、犯罪者の妻だからな。ただ、嘘とわかっていて王家を詐称するのは重大な犯罪だ。許されることではなかった。最後まで、お前のことを心配していたよ。それに免じて、お前を生かすことにしたのだ」
ドクトルは、目を見開いて、動けず、何も言えない。
外を見ると、噴水庭園が燃えている。
「まあ、もうどうでもよい。これで王国は終わる。そして俺もな……」
近衛兵は飛びかかろうとするが、落ちてしまうから、何もできない。
********
噴水庭園では、参加者、給仕の者たち、楽団の演奏家、みなが火に囲まれてパニックになっていた。
「ここは、まだ大丈夫だ。みなここに集まれ」
王女が、指揮をとって人を集めた。取り囲んだ炎の壁と火を噴き出している噴水との間で、ギリギリ火がとどかないところだ。
「お前は男爵だろう。下がれ!」
「楽団なんぞ、火に焼かれてもかまわない。わしたちを守れ」
そう言い放つ貴族もあちこちにいた。
そう言われても命がかかっている。簡単にハイと引き下がれない。
「必ず助けに来る。もう少しの辛抱だ」
「王女殿下の言うとおりだ。もう少しがんばるんだ」
王女とバルトリアンが、声を上げる。しかし、その声を受け止めてくれるのは少数だ。1000人以上の人が、狭く安全なところをめぐって押し合っている。
流れ続けている石油で、火の勢いが弱まることがない。噴水から溢れた石油が、ジリジリと迫ってくる。
「アヒレス……。一応言っておこう。お前のことが……」
王女が、真剣な眼差しで言った。覚悟を決めたように……。
「ちょっと待て、必ず助かる!それは助かってから言え!」
「しかし……」
飛んでくる火の粉で、ドレスが焼け、穴が空く。外から近衛兵の声がするが、門は固く閉じたままだ。その門をドーン、ドーンと破壊しようと何かで叩いている音が響いていくる。しかし王城の第1門である。そう簡単に破壊できるわけがない。
僕は、その様子を塔の上から見ていた。
魔法さえ使えれば……。これくらいなんともないのに。
「王女の死を見届けてからかな……」
ドクトルが、庭園を見てニヤニヤ笑っている。
それを見たセシリアが、前に出てきて、ドクトルの頬を平手打ちした。
「あなただけが不幸なんじゃない!」
セシリアの目からは涙が溢れていた。




