表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/100

ドクトルの足跡

「ドクトルの足跡が見つかった」

 クレバーがそう言ってきた。

 ランドシャフトで、御落胤問題について、クレバーに報告したときだ。


 ドクトル自身は、どこにいるのかはわからない。それでも、ドクトルが企んだ跡が、いくつか残っていた。クレバーは、それを足跡と言う。


「離宮から消えた侍女は、パウラ妃の実家のディールス男爵の推薦だった。その後、どこへ行ったかはわかっていない」

 クレバーは、部下たちを使ってその侍女について調べていた。

「つまりは、離宮の襲撃にディールス男爵が関係していると……」

「そうだ。襲撃犯の背後関係もわかっていないが、ディールス男爵が自身の思いつきでできることではないだろう……。おそらくドクトルのアドバイスだ」

 それが、ドクトルの足跡の1つだとクレバーは言う。


 過去のドクトルの動きからすると、必ず有力貴族を動かそうとする。

 そのターゲットの候補として、まず第2王子のシュレック、パウラ妃、ディールス男爵を想定していた。

 小物では役に立たない。そのほかの悪事に手を染めそうな貴族には、王国捜査局が釘をさした。だからねらうのは王物。つまり、必ずシュレックに近づくはずだ。


 離宮に侍女を送り込んで情報を集め、それから襲撃させる。

 王位継承のライバルを減らせる。それを理由にしてディールス男爵に近づいたのだろう。

「おそらく、これからパウラ妃にも接触してくるはずだ」


「もう1つ。デアヴァル公のところにもドクトルの足跡が見つかった」

「シャテーの報告にあったやつだね」

「ああ、ヤニックを第4王子にしようというやつだ。そのために屋敷に貴族を集めていたみたいだが、実行する前に結論が出てしまったからな」

 それは、デアヴァルが屋敷で何人かの貴族と話をしていたのをシャテーのメンバーが盗み聞きしたものだ。その中で、企みを持ち込んだ者の存在が話されていた。


 第1王子が廃嫡され、第3王子のルイも王位継承を主張しない。つまりは現在は王位継承権を持つ者が2人という状況だ。そこで王城内でなんらかの事故を起こし、万一があるから3人目の王位継承権を持つ者の必要を説くというものだった。

 下手すると、死人が出る。それも王族に。

 本来なら反逆罪に相当して、極刑に値する企みだが、証拠はない。


「ディールス男爵とデアヴァル公は、ライバルだよね。その両方に入り込むなんて……」

「ああ、それがドクトルの恐ろしいところだな」


 そこにセラーがやってきた。

「頼まれたものだ、時間がかかったが、なんとか調べることができたぞ」

 クレバーに書類の束を渡した。それをじっくりと見ている。


「ドクトル……、なんてことを……。タク、すぐに王都に行くぞ」

「どうしたの?」

「緊急だ。たいへんなことになる。今までどころじゃない……」

 クレバーは、セラーから渡された書類に、もう1つの足跡を見つけた。


 そのときランドシャフトのドアがバタンと開いて、ヴァイスさんとクリスティアンが入ってきた。

「いたいた。とんでもないことが起きた。だからお前たちに一応伝えておこうと思ってきたんだ」

「いったい何が?」

「デアヴァル公が、兵を挙げてディールス男爵の屋敷に向かっている」

「そんな……。なぜ?」

「それが、理由も何もまったくわかっていないんだ。ただ、保安隊では対応しきれない。ディールス男爵の屋敷もここから近いから、我々に出ろと指令が来たんだ」


「クリスティアンを借りてもいいですか?」

 ずっと考えていたクレバーがヴァイスさんに聞いた。

「いや、それは無理だ」

「たぶん……。そんな大事ではないですよ。もしかしたら何も起きていないかも……」

「そんなはずはない」

「それよりも、王都で大事件が起きます。それを防がねば……」

「大事件? それが起きるのか?」

「はい。必ず。そして今、王国全土でデアヴァル公みたいな話が起きているはずです」

「確かに、未確認だが、いくつかの貴族が兵を挙げたという話もある」


 クレバーは、ヴァイスさんに考えていることをすべて話した。

「確かに……。それならばクリスティアンがいたほうがいいな。行ってくれるか?」

「ええ、僕もそのほうがいいと思います」

 クリスティアンも承諾した。


 ヴァイスさんは、防衛隊を引き連れてディールス男爵の屋敷へ向かった。

 そして、僕は、クレバー、クリスティアンを連れて王都へと転移した。


*******


 僕は、まずクリスティアンと一緒に王女に相談に行った。


 ところが、王城内は、それどころではなかった。

 デアヴァル公が加担したという悪事についての証拠が、大量に王城に届けられたのだ。

 そして、デアヴァル公が兵を挙げたというのは、クレバーの言うとおり、まったくのガセだった。

 クレバーは、ドクトルの企みを実行するために、まだ混乱が必要だと思っていた。デアヴァル公の挙兵のガセネタを流し、悪事の証拠を届けるのもすべてそのためなのだ。


 王女の執務室には、バルトリアンとヘルマンの兄弟にネルツ公もいた。デアヴァル公についての捜査をどう進めるかについての相談中だったのだ。

 ある意味、ちょうどよいメンバーがそろったことになる。


 そこで僕は、クレバーが想定した事件についてを説明した。

「そのクレバーという男が言うことが本当ならば、たいへんなことになるな」

 王女とネルツ公が頭を抱える。


「タクとクリスティアンは、それに対応してくれ。我々はデアヴァル公の問題に対処する」

「わかりました。ただ……、デアヴァル公の証拠が送られてきたのも、王城の目を逸らすためかもしれません」

「確かにな……。来週にデビュタントボールがあるというのに……」


「デビュタントボールって?」

 僕は、こっそりとクリスティアンに聞いた。

「若い貴族の子女が社交界へデビューするための舞踏会だ。王国中から集まる貴族のビッグイベントだよ」

 もしかしたら……。ドクトルのねらいはそれかも。ただ、それならば1週間はある。それまでに、僕たちがどこまでできるか……。ドクトルとの勝負だ。


******


 デアヴァル公は、王城の動きを察知したのか、屋敷からは姿を消していた。

 バルトリアンの王国捜査局が中心となって探している。それでも見つからない。だから王国の正規軍も1軍が動員されることになった。


 そして僕たちは、クリスティアンの協力を得て、王都の保安隊を総動員してある物を探していた。しかし、それは見つからない。

 期限は、あと1週間だ。

 僕は、〈探査〉を最大限に発揮した。それでも見つからない。

 クレバーの読みははずれたのだろうか。


******


 何か、ドクトルの手のひらの上で転がされている、そんな気もしてきた。

 すべてがドクトルの想定通りに動いている。

 一見失敗したようにも見えたものも、実際にはそうではなかった。


 クルップ商会を壊滅させても、第1王子を廃嫡して力を無くしても、ドクトルにはまったく関係なかった。

 着々と、その企みを進めている。


 ただ、僕もクレバーも、ドクトルの企みが成功しても失敗しても、これが最後だと感じていた。つまりは、最後の戦いなのだ。

 根拠があるわけではないが、ドクトルが成功すれば王国は崩壊するだろう。

 ドクトルが失敗したときは……、きっとドクトルの終わりを意味することになるだろう。

 そう僕たちは思っている。


******


 デアヴァル公は、ゼンギ国に逃げ出したという報告が来た。

 逃走とは知らずに、出国を手助けした貴族がいた。事の重大さを知り、慌てて王城へと報告に来たのだ。


 ゼンギ国とは休戦しているが、まだ友好国とは言えない。王国の裏側を知る人物を匿うことも予想される。おそらく聞いても知らんぷりだろう。


 これで完全に手詰まりだ。

 屋敷を捜査したが、膨大な資産のうち、金貨と宝石は持ち出されていた。


 王城に届けられたデアヴァル公の犯罪の証拠は、膨大にあった。

 まず、ニセ金に関連してのものだ。亜鉛を産出するゴスラ鉱山はデアヴァル公の所有だ。その亜鉛をフィヒテル王国のライヒェナウ侯に送り、莫大な利益を得ていたことについての伝票、領収書。

 御落胤問題で、ライヒェナウ侯とやりとりした手紙。

 そして、各地での第2王子派との争いに関して、兵の増援を求める手紙の数々。

 一連の王国の問題のすべてに関わっていた。


 これも、すべて自分の権威を護るためのものだ。第1王子のグスタフ廃嫡後の立場を確保するためだと思われる。


 そして、とどめが王国の印とグスタフの短剣の持ち出しだった。

 それを指示した書類と、偽造された王国印がデアヴァル公の屋敷で見つかった。


 王女は、ゼンギ国に粘り強く働きかけていくことにして、この問題は一応の決着をみた。デアヴァル公についていた第1王子派の貴族も王女への忠誠を誓った。


*******


 そうなった今、第1の問題はドクトルの真のねらいであった。


 一連の王国で起きた問題は、すべてが王都から離れたところで起きていた。

 各地の暴動、ニセ金、そしてヤニックの御落胤問題。すべてが王都から離れたところだ。


 まずクレバーが、それに気づいた。

 これで、王国にどんな混乱が起きるのだろうと。


「確かに混乱は起きたが、ドクトルにとって何が得られるのだろう」

 クレバーはそう言う。

 ニセ金で儲かったところもあるかもしれない。それでは御落胤問題や各地の暴動は?これだけ大仕掛けにして、ドクトルの利益は何があるのか?


「ドクトルへの我々の意識を、王都から離れたところに向けたかったのだ」

 シャテーやクレバーの部下によってドクトルを探してはいた。それでも、僕自身は、フィヒテル王国との国境に行ったり、バウアー家・リンケ家の領地へも行ったりした。王女とグレゴーリウス侯の領地にも行ったし、旧アルブレヒト辺境伯領、現在のハルシュタットへも行った。ほぼ王都を離れていた。

「一番邪魔なタクを、王都から遠ざけるためだよ」

 クレバーは、そう考えているが、僕のためだけに、これだけ大げさなことをやるのだろうか。半信半疑だった。


 そしてクレバーは、ドクトルの本当のねらいが、ここ王都だという。

 そのために、僕は〈探査〉を最高に発揮し、王都の保安隊が街を駆け巡る。

 それでも見つからない。


 王都には、デビュタントボールに出るための地方貴族とその子女が集まってきて、普段よりも賑わいをみせている。

 貴族だけでなく、その従者、使用人も、せっかくの王都を楽しもうと、街に繰り出し、買い物をしている。


 街を歩く人々の笑顔。僕たちが失敗すれば、それは悲しみに変わるのだ。


「くそっ、なんとしても阻止しなければ」

 みんなから焦りの色が見え始めた。


「タク……、ソーゲン師、ファビウス将軍、グレゴーリウス侯にも協力いただけないかな?」

「それはできると思うけど……」

「俺1人では……、不安なんだ……」

 クレバーにしては珍しい。

「わかった。聞いてみる」


 幸い、3人とも貴族の不正を監視する機関をつくるために王都にいた。

 すぐに来て頂いて、クレバーからドクトルが今までやってきたこと、それから現状から想定できるドクトルのねらいを説明した。


 セラーが持ってきた書類には、ディールス男爵とデアヴァル公がこの1年に購入した物が事細かに書かれていた。

 その中で、一番目立ったのが「石油」だった。

 アルブレヒト辺境伯の新領で発見し、ゴツトツ国との戦争で兵器として使ったが、まだ王国の一般国民が使うことはない。その石油が大量に買われている。


 王都から目をそらし、大量に石油を買う。これは王都を焼き払うと宣言しているようなものだ。


「確かに君の言うとおりだ」

 3人とも、クレバーの考えに同意してくれた。ここまでは間違っていなかったのだ。

「ありがとうございます。ただ、まだ見つかってはいません。そしてドクトルがどこで火を出すのか。ドクトルのねらいをまだ読めていません。王城なのか?それとも王都の街のどこかなのか?」

「たぶん、王城が最終的なねらいだろう。しかし、これまでのやり口を見ると、誘導のためにあちこちで火を出すことも考えられるな」

 ファビウス将軍がそう言う。将軍の神算は、ゴツトツ国との戦争でも発揮されていたことを思い出す。

「はい、それがあると思ってます」

「それならば、教会かもな。失敗しても混乱は大きい」

 こんな具合に、議論を重ねた。でも、なかなか結論は出せない。

「ゴツトツ国みたいにわかりやすい相手だとやりやすいんだが……」

 ファビウス将軍ですら、今までのドクトルのやり口をみると、予想が難しいと言う。


「デビュタントボールを延期するのはどうなのだ」

 一番のねらいとしてデビュタントボールの可能性は大きい。誰もがそう考えている。

「王女殿下に進言しましたが、断られました」

 僕は、すでに王女に相談していた。

「確かにな……。それは王国がドクトルに負けたことを認めるようなものだからな。どんな相手にも屈しない。その意志を見せつけることも必要だ」


 ドクトルが決行するのは、デビュタントボールの日で、ねらう場所は王城ということでは意見が一致した。

 ただ、いまだに石油が王都に持ち込まれていない。

 すでに王都の出入り口には近衛兵第2部隊を配置して、24時間体制で、持ち込まれる荷物はすべてチェックしている。これから持ち込むのは、不可能としか言えない。


 しかし、そこはドクトルだった。そして、その方法はまさかだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ