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派閥争い

 秘密が露見するのは、だいたいが些細なことからだ。


 御落胤問題もそうだった。

 貴族の間では周知のことだったが、一般の国民には知らされてはいない。その秘密は厳命されていた。

 国民に知られると混乱は必須だ。貴族だけでも面倒なのに、利に聡い商人が出てくると、さらに面倒になる。


 王都の飲み屋で、一人の男が呑みすぎで暴れた。どうしようもなく飲み屋の主人は、男を保安隊に預けた。

 その保安隊の牢で、男は叫び続けた。

「俺の主は、国王の息子なんだぞ。その俺をこんな牢に閉じ込めやがって」


 飲み屋でも、そう言い続けたらしく、王の御落胤の話はあっという間に広まっていった。

 男は、翌日にしでかしたことを理解して頭を抱えていたという。


 コールバッハ男爵夫妻とヤニックは、かつて王女が住んでいた離宮に滞在していた。部屋はたっぷりとあり、護衛もしやすい。

 そこに多くの人が詰めかけることになった。


 そういえば、秦の始皇帝の父親は呂不韋という商人のおかげで皇帝になり、その呂不韋も宰相になったけ。マンガで読んだな。

 詰めかけた商人も、同じようなことを期待しているのだろう。

 金と権力、それしかないやつらだ。


 ランドシャフトで酒を飲んでいる連中の話題も、今や”御落胤”ばかりだった。


 ここのところ、ドクトルからの襲撃もないので、クレバーと王国警備局の牢を出て、久しぶりにランドシャフトで夕食をとった。ちなみに、一応変装はしている。


「どうやら、日参しているのはクルップ商会の残党らしいぞ」

 クレバーが言う。

「あいつらは後ろ盾がなくなったからな……。なんとかしたいのだろう」

「でも、嘘……、というか間違いだったら大損じゃないの?」

「それが、大物貴族が太鼓判を押したらしい」

「誰?」

「それがわからないんだ。かなりの大物らしいぞ」

「それって……」

「可能性は大きいな」

 二人の頭に浮かんだのは、宮廷書記官長だ。ただ、この場でその名を出すのははばかられた。

 そういえば、宮廷書記官長の任期がもうすぐ切れるらしい。継続できるか、それともお役御免か、どうなるのだろう。


********


 そんなときに御落胤のヤニックに関わって思わぬ事件が起こった。

 王国の西方でバウアー侯爵家とリンケ侯爵家が戦闘状態に入ってしまったのだ。


 元々、境界で争っていた両家だったが、領民同士のいざこざから端を発して、それが両侯爵家を巻き込んでしまったのだった。

 領地の境界にあった山地で、鹿を獲りに入っていたバウアー家の領民が放った矢が誤ってリンケ家の領民に当たってしまったのだ。元々仲が悪い。無断で領内に入ったから当たったのだと主張するバウアー家。こちらの領内だと言うリンケ家。

 話し合いが決裂して、武力に訴えることになってしまった。


 普通ならば、王都から使者が来て調停となるが、そうはいかなくなってしまった。バウアー家は、第2王子の支持者。祖父にあたるディールス男爵とパウラ妃が後ろ盾で、パウラ妃が調停は不要だと言うのだった。


 対してリンケ家の後ろ盾のデアヴァル公爵も調停は不要だと言う。


 デアヴァル公爵は宮廷書記官長だが、それの任期も切れそう。だからヤニックに第4王子になってもらう必要があった。つまり、バウアー家・リンケ家、両家の戦いは、ヤニックにかかっているとも言えるのだった。


「一緒に来てもらえないでしょうか」

 エイベル侯爵からの使者が来た。エイベル侯爵は、デーン国との交渉の際に外務担当として同行した方だ。

 今回のバウアー家・リンケ家の争いについて両家の話を聞くための使者として派遣されるという。旧第1王子派、第2王子派の争いでもあることは周知のことなので、どこにも属していないエイベル侯爵が選ばれたという。


「カッツェンシュタイン公のご推薦がございました」

 使者は、そう言う。人使いが荒いなと思うけど、断れない。

「承知しました。そうお伝えください」

 そう答えた。


 今回もセシリアが一緒に行きたいと言ったが、紛争地域だからと我慢してもらった。


 現地は、王都からも遠いとされている地域だった。

 馬車に揺られて14日かかる。

 エイベル侯爵は、温厚で、話しやすい方だ。バランス感覚も優れていて、交渉には最適な方だった。

 今回の訪問は、話を聞くだけということで、そんなに難しくはないと考えていた。その旅程で、地方の名物を堪能して、絶景を楽しんだ。

 しかし、現地はとんでもないことになっていた。


 まず、バウアー侯爵家を訪ねる予定にしていた。一応先触れの使者は出ている。

 あと1日で到着というところで、その使者がやってきた。リンケ侯爵のところに行っていた使者もだ。


「たいへんなことになってます」

 2人の使者は、口を揃えて言った。

「戦争です……。戦争になってます」

「いったいどういうことだ」


 使者が言うには、それぞれの派閥の貴族が援軍を送ったという。数百人規模の領兵の争いではなく、2万人もの兵士による戦争になっているのだ。

 両軍は、境界でにらみ合ったまま数日が経っているとも。


「どうしましょうか」

 僕はエイベル侯爵に尋ねたが、黙ったままだ。

 それから、使者と何かを相談している。


「とにかく戦いだけは止めたい。明日にでも両方を訪ねることにしよう」

「わかりました。こちらでも情報を集めてみます」

「情報を集める? そんなことができるのか?」

「はい、実は部下の何人かを先に潜入させています。万が一を想定して……。明日まで、少しは状況がわかるかと思います」

「カッツェンシュタイン公が頼りにするわけだな」

 エイベル侯爵はそう言って笑った。


 翌朝、L から報告を受けた。

 双方は、戦争を望んでいるわけではないと考えている。しかし、領民の手前、引き下がるわけにはいかない、両方ともそう考えていた。

 領民が納得するような形で決着するにはどうすればいいのか……、それを考えて動けないでもいた。


「兵を引くための大義名分がほしいということだな」

 エイベル侯爵の考えは正しい。お互いが、兵をそろえれば相手が引くと考えていたのだ。それがどんどんエスカレートしてしまって、引くに引けなくなっている。何か理由があれば兵を引くはずだ、エイベル侯爵はそう考えた。


 説得のための手立てをいくつか考えたが、それを実行するのには、王の裁可が必要だ。

「僕が、王城へ行ってきましょう。明日にでも王命を持って帰れます」

「明日まで? そんなことできるのか?」

「ええ、これも内緒ですが……」


 僕は、すぐに王都に転移した。一度に移動する最長の距離だ。かなりの魔力を失った。でも、そんなことは言っていられない。


 ところが王城に着いてみると大混乱している。聞くと、バウアー家・リンケ家の争いのような対立が、各所で起きているという。


「タク、よく来た。今から最高評議会を開く」

 宰相のネルツ公から声がかかった。すでにメンバーは集められたところだった。そこに僕が王城へ来たのだった。


 最高評議会が開かれ、各所での状況が報告された。まだ具体的な武力衝突は起きてはいないが、寸前なのがバウアー家・リンケ家の争い以外でも2カ所あるという。そのほか緊張が高まっているのが2カ所だ。


 いずれも第2王子派と旧第1王子派、今は第4王子のヤニックを支持している貴族との対立だった。ただ、この場では誰もそれを口には出さない。

 報告から推測すると、第1王子の失脚したあと、第2王子派の貴族が隣接した旧第1王子派の貴族を虐げていたのが理由のようだった。溜まりに溜まった不満が一挙に爆発したのだ。

 だから旧第1王子派筆頭のデアヴァル公の鼻息が荒く、議論は平行線のままだ。以前は第1王子派が圧倒的に強かった。そのときに溜めた力で、戦争になれば勝てると考えているようでもあった。こいつには、戦争を止めるという発想はない。


 第2王子のシュレックとデアヴァル公が議論をかき回すので、話はなかなか前に進まない。そして僕が気になったのは領民のことだった。

「それぞれの領民も納得しません」

 僕は、バウアー家・リンケ家でのことで感じたことを伝えた。元は領民同士の諍いでもあった。

 王女は、ずっと黙って聞いていた。


 その王女が口を開いた。

「このようなことになったのは……、摂政としての私の力不足のせいでもある。お詫びをする。ただ……、とにかく戦闘はとめなければならない。王国正規軍で動かせる軍をすべて動員する。シュパイエル辺境伯、アルブレヒト辺境伯にも出てもらえ。それから……、エメリッヒ将軍にも出るようにと伝えてくれ」

「エメリッヒ将軍ですか?」

「ああ、彼が出れば早いだろう」


 エメリッヒ将軍は、「王国の剣」とも呼ばれる超攻撃的な将軍として知られている。ゴツトツ国との戦争では、第1王子の横やりで出陣することはなかったが、エメリッヒ将軍が出ると言うことは、王女は本気だと言うことだ。


「今、動かせる正規軍はいくつある?」

「現在、3軍が可能です。総兵力は6万かと」

「それだけいれば充分だ」


「お待ちください」

 シュレック王子とデアヴァル公がほぼ同時に言った。

「それでは、その貴族はどうなるのですか」

「戦えば滅ぶことになるだろうな」

「そっ、そんな……」

「ならば、兵を引き上げればよいだろう」

 王女は毅然として言った。

 シュレック王子とデアヴァル公は王女の正論にぐったりと肩を落としている。


「小田原攻めだな」

 カッツェンシュタイン公が言った。僕が翻訳した教科書で読んでいるんだ。

 まわりの誰もが意味がわからない。???が顔に出ている。

「大軍で包囲すると、戦わずに降伏するということですね」

 僕が補足した。

 豊臣秀吉が、北条氏を攻めたとき、22万の大軍で小田原城を包囲したら、ほとんど戦わないうちに降伏したという史実だ。


「エメリッヒ将軍が6万の兵を率いて、さらにシュパイエル辺境伯、アルブレヒト辺境伯もいるのだぞ。誰が戦おうと思う? これが、誰も知らない将に率いられた少ない軍勢だったらどうなる?確実に戦闘だな。早く収めるためにも大軍のほうがいいのだ。むしろ貴族たちを助けるためなのだ」

 それを聞いた王女が微笑んでいる。


「降伏した貴族は罪には問わん。すぐにかかるように支持しろ」

 王女がそう言って、最高評議会は終了した。


*******


 翌日、朝イチにエイベル侯爵のもとに戻った。

 宰相のネルツ公から預かった勅書を2枚渡した。

「これを渡せば、いったんは収まるかと思います。


 エイベル侯爵は、勅書に目を通す。

「ほう、エメリッヒ将軍が出ると……。さすがに兵を引くだろうな。そして罪にも問わないか……。まず、この内容をそれぞれ使者に伝えさせよう。その後、私が直々に届ける。それで終わりだな」


 そのときL が現れた。

「たいへんだ。戦闘が始まってしまった」


 それはちょっとしたことから起きてしまった。

 向かい合った兵士同士、罵り合っていた。不満も募っていた。ストレスで精神はギリギリだった。一人の兵士が石を投げた。それを投げ返す。石がどんどん増えていく。それが矢になった。あとは転がる雪玉のように、どんどん戦闘が大きくなっていった。


「今は、まだ2万対2万の戦いではないが、随所で千人規模の戦闘が起きてる」


「どうすれば……」

「このままでは勅書も持って行けないな……。まず戦闘を止めなければ」


 今の僕に魔力は少ない。魔法で止めるということは難しい。


「この町の人たちに協力してもらいましょう」

「どうするのだ」

 不思議そうにエイベル侯爵が聞く。

「大丈夫です。戦闘を止めて見せます」

 そこで、僕は宿の主人を呼んで、思いついたことを話した。

「そういうことなら、町中の人に声をかけます」


 昼ぐらいに、千人ほどの人々が集まった。手にしているのは鍋、棍棒、それから太鼓を持っている者もいる。

 その人たちを連れて、戦場へと向かった。


 遠くに戦っているのが見える。土煙が上がっている。おそらく犠牲者も出ているだろう。


 戦闘から約1キロの辺りまで来た。もう近くだ。戦っている兵士の叫び声も聞こえる。

 まず、大きな火を数カ所で焚いた。煙がもうもうと上がっていく。

 それを見た兵士が、何事が起きたのかと手を止める。


 それと同時に手に持っていた鍋を棍棒で叩く。太鼓も叩く。大きな音が戦場に響いた。

 兵士が、こちらに注目してまた手が止まる。


「王女殿下の使者が来る!兵士は戦いを止めよ!」

 千人が一斉に叫んだ。何度も、何度も。その声は、確実に兵士に届く。


 多くの兵士が戦いを止めて、こちらを見ている。

 それぞれの戦場の将が下がるように指示を出した。元々、戦う意志は低かった。偶発的に始まってしまった戦いだ。将たちも止めたいとは思っていたのだ。

 戦闘は、ほぼ止まった。


「今です」

 エイベル侯爵配下の使者が、それぞれの本陣に走った。


「受け入れるとのことです」

 戻ってきた使者が、それぞれそう伝えた。

 それから、僕とエイベル侯爵で勅書を届けに行った。

 バウアー侯もリンケ侯も、ほぼ同じリアクションだった。

 誰もエメリッヒ将軍と戦おうとは思わない。引き下がるための理由がほしかったというのもあるのだろう。


「兵を引けば、罪は問わないのですね」

「王女殿下が、そうおっしゃっています」

「それならば、受け入れて兵を引き上げます」

 そして兵を引き上げた後、今後についての話し合いも持つことも取り決めた。


 これで、この地の争いはいったんの決着をみた。それぞれの言い分を聞いて、どう対応するのか、それはエイベル侯爵の持ち帰った情報で検討されるだろう。


*****


 エメリッヒ将軍が出陣する。それだけで、すべての争いは収まった。

 ただ、完全に火が消えたわけではない。それぞれの貴族の心の中に燻ったものは残っているのだろう。また、きっかけがあれば火が燃え出す。


「やはり、ヤニックの御落胤問題の決着が必要だな」

 僕は王女から呼ばれて、そう言われた。

 これまでのニセ金問題、そしてヤニックの御落胤に関係してのフィヒテル王国のライヒェナウ侯爵についても報告した。


「デアヴァル公もか……。それでは宮廷書記官長は辞任させるしかないな」

「そうですね。ただ、そのまま野に放つよりは……」

「何かしらの役職を与えて、もう少し飼ってみるか」

「それがよろしいかと」


 僕の王都での拠点は、あのヤニックが滞在している離宮のそばだ。

 帰る途中に離宮を見ると、相変わらず多くの人が門の前に並んでいた。


 あのデアヴァル公が推しているのだからと、結婚を申し込む貴族も数多いという。まだ成人もしていなにのに。

 みんな欲まみれだ。それが問題を引き起こしているのに……。


 もし、ヤニックが御落胤でなかったらどうなるのだろう。御落胤を騙ったのだから極刑の可能性もある。彼はまったく悪くないのに……。まったく理不尽だ。


 ちょっと思いついた。セシリアにヤニックの所に行ってもらおう。美味しい物でも食べれば、ヤニックの気も晴れるだろう。それにセシリアも暇をしているだろうし。


「いいわよ」

 セシリアは2つ返事で引き受けてくれた。

「ちょうど、ケーキの試作品がいくつかあるの」


 こうしてセシリアは、ほぼ毎日ヤニックを訪問するのだが、そこで思いもかけないことがわかってしまったのだった。



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