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グレゴーリウス侯爵領にて

 僕は王城へ着くとすぐに王女への面会を求めた。それから宰相のネルツ公も呼んでもらった。

 まず、ハルシュタットの暴動が無事収まったことを報告した。


「これです」

 それから僕は、グランドルフ侯から預かったニセの勅書を見せた。


 ネルツ公は手に取ってよく見る。

「確かに、用紙、印章は王宮から出したもののようだな。しかし書いてあるのはまったくのデタラメだ。よくこんなものが作れたな」

 王女も手に取って見ている。

「つまり……、これが各地の暴動の原因だと」

「おそらく」

 ネルツ公は、ちょっと考えてから、側に立っていた官吏にすぐに人を呼ぶように伝えた。


「グレゴーリウス侯は、反乱の理由について何か言われているんですか?」

「いや、デアヴァル公が使者として何度か話をしているんだが、理由についてはまだ何も言っていないの。ただ、王国から独立すると……。そして王国を攻めるつもりはないから、ほっておいてくれとも……。それだけなの」

 王女が、そう答えた。


 ネルツ公に呼ばれて、3人の男が来た。

「これを見てくれ。ニセの勅書だ。すぐに人を配して同じようなものが届いていないか調べてくれ。もしあったら、ニセモノとして内容も撤回するように。……、そうだな、まず暴動が起きているところからだ。急いでくれ」

 そう指示を出した。

「これで、少しは収まるでしょう」


「では、グレゴーリウス侯にはどう対処しましょう」

 ネルツ公が王女に聞く。

「僕が行ってもいいですか?グレゴーリウス侯の戦友だという方からも頼まれたのです」

「ソーゲン師か?」

「ご存知ですか?」

「ああ、若い世代は知らないかもしれないが、昔の戦争で活躍された方だ……。ソーゲン師、グレゴーリウス侯、ファビウス将軍……、あの方たちが、今の王国を護り続けたんだ。だから、今回も穏便にすませたい。ファビウス将軍も説得に向かわれた。君も力を貸してくれ」

「わかりました。すぐに向かいます」

「私も行きます」

 王女がそう言って立ち上がった。

「王国の恩人を罪人にするわけにはいかない」

「しかし……、危険もございますから……」


 止めた方がよいのだろうか。そのときソーゲン師の言葉を思い出した。

「大事なのは領民にわかってもらうことだ」

 そうだ! 領民だ!グレゴーリウス侯を説得しようとばかりしているからダメなのだ。領民を説得するとなると……、聖女しかいない。


「殿下、ぜひお願いします。私が全力で護りますから」

「頼むぞ」

 王女の目には、決意が漲っていた。


*******


 グレゴーリウス侯爵領は、王国の北の国境沿いにある。シュパイエル辺境伯領にも近いが、周辺の国はおだやかで、ゼンギ国のような国もない。緑豊かな山地にある領地だった。

 木材の産地でもあり、そのせいか領民はたくましい者が多い。


 王都からは馬車で急いで3日ほどだ。

 その王女の馬車に僕も同乗することになった。そしてバルトリアンも。

 王女と2人で3日なんて間が持たない。それで護衛としてバルトリアンも同乗してもらうよう頼んだのだ。


「そういえば、メサリーナが5歳のときだっけ、屋敷の木に登ろうとして大勢に止められたことがあったな。王女様がはしたないとか、侍女頭にも怒られていたっけ」

「アヒレスが登って、いい眺めだ、なんて言うからでしょ。そう言われたら見たくなるものよ」

 そんな話をしながら馬車は進んだ。王女も、摂政であることを忘れて、幼い頃に戻ったように思っているのだろう。素直な笑顔でかわいい。


「そういえば……、セシリアさんとの結婚のご予定は」

 僕に話をふってきた。

「まだ決めておりませんが、いろいろなことが落ち着いてからにしようかと2人で話をしています」

「それならば、早く決着をつける必要もあるな。結婚式には、私も招待してくれるな」

「畏れおおいことです」


「あの……、殿下は……、結婚はどう考えらているのですか?」

 勢いでつい聞いてしまった。

「私か? 私は、もう結婚しているぞ」

 それを聞いたバルトリアンの目が大きく開いた。

「王国と……。私は王国と結婚したのだ」

「それでよろしいのですか?」

「ええ、それが一番の幸せなのだ。国民が笑っていること、それに勝る幸せはないだろう」

 本心なのだろうか。立場から、無理に自分に言い聞かせているようにもみえる。


「そういえば……、アヒレスは私を嫁にもらってくれると言ったな」

「いつの話だよ」

「覚えておらんか……? 確か7歳の私の誕生日だったぞ」

 バルトリアンは答えずに、馬車の外をじっと見ているだけだ。


 途中の宿泊は、その地域で一番の宿を借りきった。護衛のためでもある。追い出されることになる宿泊客1人1人に、王女は手を握って頭を下げた。

「ごめんなさいね。これも王国のためなので、ご理解くださいね」

 王女にそう言われて、誰もが感激している。泣き出したおばさんもいた。

 これも演技ではなく、本心からなのだ。これが王女の本来の姿なのだろう。


*******


 グレゴーリウス侯爵領へと半日くらいのところに来たときだった。


 ヒヒーンと馬車を引いていた馬が立ち上がった。馬車が大きく揺れる。

「敵襲だ!」

 外から大きな叫び声がした。


 馬車の周りを見ると、一面に火が広がっている。


ਪਵਿੱਤਰ ਆਤਮਾ ਦੇ ਨਾਮ ਵਿੱਚ, ਮੈਨੂੰ ਪਾਣੀ ਦੀ ਸ਼ਕਤੀ ਪ੍ਰਦਾਨ ਕਰੋ.


 僕は、水魔法を唱えて辺りを水浸しにした。しかし火は消えない。むしろ水で跳ねた火があちこちに飛び散る。

「油だ」

 街道に油が撒かれていたのだ。そして王女の馬車が通った瞬間に遠くから火をかけた。火魔法か、それとも火矢か。

 周囲を見ても、敵の姿はない。僕は、王女とバルトリアンを連れて空間魔法で馬車から離れたところに転移した。


ਪਵਿੱਤਰ ਆਤਮਾ ਦੇ ਨਾਮ ਤੇ, ਮੈਨੂੰ ਧਰਤੀ ਦੀ ਸ਼ਕਤੀ ਪ੍ਰਦਾਨ ਕਰੋ.


 そして土魔法の呪文で、火に土をかけていく。それでようやく鎮火した。ケガ人も傷ついた馬もいなかった。いくつかの馬車の一部が焦げただけだった。


 もう近くまで来たので、2人を連れて転移することにした。

 行先は、シュパイエル辺境伯の陣地だ。

 グレゴーリウス侯爵領との境界から10キロほどのところに本陣を構えていた。


 空の王女の馬車は、その後、三度にわたって襲撃を受けた。いずれも罠が張ってあるだけで、襲撃者の姿はとらえられていない。警戒していたので、損害はまったくなかった。


「わざわざのお越しいただき、恐悦至極でございます」

 シュパイエル辺境伯が陣幕を出てきて、王女の前にひざまずいた。デアヴァル公も一緒に出てきた。

「挨拶はよい。状況はどうなのだ」

「状況もなにも、向こうは境界に陣を敷いて動きはありません。こちらも攻めろと言われれば攻めますが……」

「攻める必要はない。私が来たのは説得のためだ。なんとしてもこのままことを収めたい」

「御意に」


 それから、ニセ勅書の件を伝えた。これが原因の可能性が高いと。

「それは伝えたのだな」

「朝一番に伝えに行きました。それでもわかってもらえません。どうも疑っているみたいで……」

 デアヴァル公は、そう答えた。しかし〈真実の目〉で見ると嘘だ。伝えてはいない。デアヴァル公は怪しさ満点なので、彼の言動はすべて〈真実の目〉でチェックすることにしている。


 話題が、ここに来るときに王女が襲撃されたことになった。

「グレゴーリウス侯か……。なんて卑劣な」

 デアヴァル公が怒っている。たぶんポーズだと思うが……。

「いえ、グレゴーリウス侯ではありません。まず、殿下がここに来られることを候が知るはずがありません」

「そうだな。我々が封鎖しているようなものだから、人の出入りは難しいだろう」

 シュパイエル辺境伯が、同意してくれる。

「しかし……、まったく不可能ではないだろう」

 デアヴァル公が食い下がる。

「いえ、グレゴーリウス侯には利がないのです。王女の暗殺で独立が果たされるのならするかもしれませんが、暗殺の結果は、当然全面戦争です。何の利もありません」

「そうだな。それにグレゴーリウス侯は、そんな人物ではない」

「だから暗殺なのです」

「どういうことだ?」

「暗殺で利益が得られる者がいます。1つが、ここを戦場にしたい者。もう1つは……、言わない方がいいでしょう」

「なるほど……。グレゴーリウス侯が、こちらの説得を受け入れると困る者がいるということか」

「そうです。戦争を起こしたい者がいるのです。ゴツトツ国との戦争、ゼンギ国との争い、それを仕組んでいる者がいるのです」

「それはいったい誰なのだ?」

「まだ、はっきりとは言えませんが、ニセ勅書をつくって各地で暴動を起こしたり、ニセ金で王国を混乱させたり、すべてその者の仕業です。そして、それに乗っている貴族も……」

 僕は、そう説明しながらデアヴァル公を見た。公は視線をそらしている。


「それで、これからどうすればよいのですか」

 シュパイエル辺境伯が王女に聞いた。

「タク、説明を頼む」

 いや、聞いてないけど……。僕の策で良いと言うことなのか?

 ここでまた、ソーゲン師の言葉を思い出す。


「グレゴーリウス侯をよく知る方から助言頂きました。説得するのは候ではなく、領民だと。それで、殿下には候の陣地に行って頂きます。兵は動かしません。我々だけで」

「そんな危険な」

「大丈夫です。絶対に手を出さないはずです。それに私と彼が殿下をお守りします」

「それならば私も行こう」

「それならなお心強いですね」


 それからすぐに僕と王女、バルトリアンとシュパイエル辺境伯の4人で、グレゴーリウス侯の陣地の前に転移した。


「ほう、これは便利だな」

「できるだけ内緒にしてくださいね」

「ああ、わかった」


 グレゴーリウス侯の陣地は木の柵で囲まれている。兵数はどれくらいだろうか。ただ目指すは候でも兵でもない。領民だ。


 衛兵が2人いた。

「おい、悪いが人を集めてくれ」

 シュパイエル辺境伯様が衛兵に声をかけた。

「誰だ!貴様は!」

 突然現れた我々に衛兵は驚いている。


「メサリーナ・バートリーだ。みなと話をしたくて来た。できるだけ人を集めてくれ」

「おっ、お……、王女殿下……?」

「ああそうだ。急いでくれ」


 衛兵の1人が、柵の中に走って行った。

 もう一人の衛兵がこちらに槍を向けている。

「何も心配するな。我々は武器も持っていない。戦うつもりもない。ただ話をするだけだ」

 シュパイエル辺境伯様は、まったくの余裕だ。衛兵のほうがブルブルと震えている。


「王女殿下だって?」

 そういう声がしたと思ったら、多くの兵が集まってきた。


「兵じゃない者はおるか?」

 集まった人がざわつく。その中から一人の若者が出てきた。

「私は、鍛冶で、武器の修繕にまいりました。兵ではございません」

「そうか……。1つ聞かせてくれ。王国に不満はあるのか?」

 鍛冶という男は、うつむいて黙っている。おそらく王女に言って良いのか、悩んでいるのだろう。


「不満ならあります!」

 兵の後ろから声がした。

「かまわぬ。話してみろ」

 そう言われて、女性が数人出てきた。陣地のまかないなどを手伝っているという。


「税です。税が高すぎます」

 そうだ、そうだ、と後ろから声が上がる。

「おかしなことだな……。王国ではこの領地に一切の税を課していないはずだが……」

「そんなことはございません。殿下の摂政の就任祝いとして、一人50万円を納めろと……。それで領主様が、それならば独立だと……」

「我が家は、5人家族です。ですから250万円になると……」

 ほかの女性が、思い切りうなずいている。


「やはりそうか……。しかし、それは嘘なのだ。王国からそんな命令は出していない」

「それじゃあ領主様が嘘を?」

「それも違う。何者かが、ニセの勅書を出したのだ。グレゴーリウス侯も欺されたのだ」

 兵たちがざわつく。


「税がなければ王国に不満はないのか?」

「はい、領主様も良い方ですし、あの高額な税さえなければ、不満はございません」

 兵たちからも殺気は消えた。笑っている顔も見える。


「お待ちください!」

 そう叫んで兵をかき分けて身体の大きな老将が出てきた。

「確かに……。王女殿下……」

 グレゴーリウス侯だった。王女の前でひざまずく。


「よい。頭を上げよ」

「今の話は本当ですか?」

「もちろん」

「それでは税は?」

「そんなものは初めからない」


 王女は兵たちに向かう。

「よいか! 今回の特別税などない! 私が証する! ここにいるみなが証人だ!」

 兵たちが歓声を上げた。


 その瞬間、1本の矢が王女に向かった。

「危ない!」

 バルトリアンが身を挺するが間に合わない。


 しかし、矢は音もなく王女を突き抜けてしまった。

 僕が空間魔法で、光を少し曲げて王女を実際の位置からずれて見えるようにしていたのだ。蜃気楼や逃げ水と同じ原理だ。

 だからまわりからは王女を貫いたようにも見えた。矢は、そのずれた位置を正確に射貫いていた。


「誰だ!」

 兵たちが、矢が放たれたところを見るが、誰もいない。


「大丈夫ですか?」

 グレゴーリウス侯が駆け寄った。

「大事ない」

「申し訳ございません。わが兵が……。その責任はこの年寄りの首でお許しください」


「いえ、それには及びません。候の兵ではございません。すでに私の部下が捕らえております。誰の命だったのか、これから調べます」

 シャテーのメンバーを、あらかじめ潜ませていたのだった。犯人は、すでに例の空間に閉じ込めてある。


「アヒレス……、ありがとう」

 王女は、バルトリアンに礼を言う。

「なに……、王国の花嫁だからな」


 それから、陣地にいた女性たちが集まってきた。一目聖女様を見たいと。

「みなに心配をかけたな。困っていることがあれば、いつでも言ってくれ」

 王女は、その女性たちと語らい、抱き合い、握手をして、さらに兵、領民をねぎらった。


「よい王女殿下ではないですか」

 グレゴーリウス侯がしみじみと言う。どうやら悪女の噂を信じて、ニセ勅書も信じてしまったのだという。


「年を取ると、目が曇っていかんですな。独立は撤回します。これからも王国の一員として精進します。それと……、この責任はとらんといかんですな」

「いや、それには及ばぬ。何も責は問わぬ」

「いえ、王国だけでなく領民にも迷惑をかけました。これで領主は引退して、息子たちに譲ることにしましょう」

「そうか……、それもよいな。…………、それならば、もう一度王城で働いてくれないか。そなたのようなベテランが王城でも必要なのだ」

「このような老体で役に立つならお引き受けしましょう」

「うむ、頼んだぞ」


 これで、グレゴーリウス侯の反乱は、きれいに収まった。誰も傷ついていない。誰も不幸になっていない。何もなかったように。


 ただ、王女を矢で射った男は、調べたがその背後もわからなかった。ただ金で雇われただけだった。


 そして、グレゴーリウス侯、ファビウス将軍とで、各地の暴動を収めるために動いてもらった。この二人の存在感、説得力は誰よりも強い。これで暴動はほぼ平定された。


 それから、ソーゲン師にも加わって頂き、貴族の不正を監視する機関をつくった。といっても何もしない。この3人が監視するというだけで、普通の貴族には強力な抑止力になる。


 ここで使われたニセ勅書もドクトルによるものだろう。クレバーは、そう確信している。僕もそう思う。確たる証拠はないが、ここまでのことができるのは彼だけだ。

 それから残る問題でも、ドクトルの姿がチラチラ見えてくるのだった。


ブラウザで翻訳ができる方は、翻訳してみてください。呪文の意味がわかります。


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