次はドクトルだ
王女が摂政に就いたことは、すぐに国民に伝えられた。しかし、グスタフが王籍を剥奪され、幽閉されたことは伝えられてはいない。ただ、体調を崩したので王女が摂政となった、そう公表された。
最高評議会での出来事、そうして王城で何があったかを、クレバーに伝えた。
「絶対に秘密だからな。僕もセシリアにも伝えていない」
「わかったよ。ミアさんにも伝えないよ。でもな、しばらくすると広まっているぞ。確実に……」
「そうだとは思うけど、僕たちが出所というのは避けたいんだ」
「わかった」
それから、王女からの依頼を伝えた。ドクトルを捕まえること、そして近衛兵第2部隊を自由に動かせることを。
「それはすごいな。それじゃあ、やりたいことがあるんだ」
クレバーはドクトルを捕らえるために考えていたことを説明してくれた。
ずっと考えていたのだろう。
ただ、それを実行する力もなかったし、条件も整っていなかった。それが摂政、事実上の王でもある王女からの依頼なのだから、条件は完璧にそろったのだ。
「ドクトルの弱点である、人というものをわかっていないこと、それは前に話したな。それから何回か対峙して見えたこと、それは極めて臆病なのだ。おそらく人が怖いのだろう。昔のルイと一緒だ。人がわかっていないから怖いのだ」
クレバーは続けた。
「ドクトルは犯罪のシナリオを売っている。それだけ聞くとすごいことのようにも思えるが、その本質は、自分が安全なところにいるだけのことなんだ。金が目的なら、自分が出た方が儲かる。そしてそれが失敗しているのは無能な者が実行しているからなんだ。ドクトルが実行していれば、すべて成功していただろう。でも、それをしないで無能な者に任せている。そして何かあったら逃げるのも早い。これがドクトルの本質であり、弱点だ」
「それじゃあ、どうすればいいの?表に出ないと捕まえるのは難しくない?」
「そりゃ簡単じゃ無いさ。もう1つ、ドクトルのやり口にはパターンがある。それを利用すれば、ホイホイと出てきてくれるよ」
自信満々という表情で話す。
そしてそのために必要なことを話してくれた。確かに、これは僕たちだけではできない。王女の力を借りるのがいいだろう。
「明日にでも王女に相談に行くよ」
「ああ、頼む……。これでドクトルも終わりだ」
******
王女だから、いきなり行くわけにはいかない。アポを取るために使者を出して、王都の屋敷で待つ。
すると、いつでもよい、という返事が来た。
翌日に王城に出向いた。
その第一門でバルトリアンにばったりと出会った。
「親父の使いだ。暇だろうと、面倒を押しつけられたんだ」
「!!」
バルトリアンを見てひらめいた。
「この後、時間はある?」
「ああ、書類を届けただけだから、大丈夫だ」
「これから王女殿下にお会いするんだけど、一緒に来てくれないかな?」
「メサリーナに? …………、そうだな、久しく会ってないし、お祝いでも言うか」
バルトリアンも来てくれるなら心強い。王女の執務室へ歩きながら、相談する内容も伝えた。ある1つを除いて。
ルイーゼさんが、王女の執務室前で待っていて、扉を開けて中へ通してくれた。
王女は、立って笑顔で僕を迎えてくれた。しかし、横にいたバルトリアンを見て、驚いた表情になる。
「アヒレス! どうしたんだ。なぜここに?」
バルトリアンの本名で呼ぶ。2人は従兄妹同士。幼い頃からのつきあいだ。
「メサリーナに、摂政就任のお祝いを言わなければと思ってね」
「祝いなど不要だ。父上もまだ寝たきりだし……、そういう気持ちには、まだなれないんだ」
「そうだよな。でも、今日はタクからも頼まれたんだ。一緒にきてほしいと」
「タクに?」
ソファに座って、僕は話す。
「今日は、お願いというか、ご相談に来ました。ドクトルを捕まえるためです」
「それならば、聞かなければならないな」
お願いというのは、国策にも関することになる。だから王女だ。
まず、ゼンギ国との終戦、もしくは休戦だ。それもある条件をつけて。
「ドクトルは、ゼンギ国でも活動していました。王国以外での活動の場をなくしたいのです」
「そうだな……。ドクトルと関係なく必要だとは考えていた。父上の意見も聞いて、最高評議会に諮ることにしよう」
もう1つが、犯罪者を匿った貴族への処罰についてだ。
王国直轄地の警察権は保安隊がもっていて、犯罪者の逮捕、裁判は行える。しかし貴族領は、貴族による自治が原則で、警察権は領主がもつことになっている。だから、匿ってくれる貴族がいれば、そこに逃げ込むのだ。犯罪者の跳梁跋扈を許し、温床にもなっている。詐欺事件でのザラブ子爵がそうだった。
「それについては危惧しているが、現時点では、貴族の同意を得るのはむずかしいな」
「確かに、そうですね。そこでもう1つの提案ですが、貴族領で警察権を行使できる組織を作っていただきたいのです」
「それも難しいだろう」
「いえ、警察権を行使すると言っても、他領での犯罪者が逃げ込んだ場合に限るのです。例えば、公爵領で人を殺しても隣の伯爵領に逃げ込めば、公爵様でも逮捕はできません。そういう場合に、警察権を行使する組織です。そして、その組織は、貴族の子弟で構成します。ここで活躍すれば出世が約束されると……」
「なるほど……、それならばいけるな。貴族の犯罪への意識も高まるな」
「それもあります。そして、その組織のトップにアヒレス様に就いてもらいたいのです」
それを聞いたバルトリアンは、一瞬固まる。
「俺が? 嫌だよ……、そんな面倒な」
「うむ、アヒレスならば適任だな。遊び回って裏社会のことも詳しいのだろう?」
「ダメダメ、もっと遊んでいたいんだ」
「頼む……、私が頼んでもダメか?」
王女にこう頼まれて、断れる男は、この世にはいない……、はずだ。
バルトリアンは、しばらく考えていたが、しょうがないと観念したようだ。
「わかったよ。引き受けるよ。そんな毎日ではないのだろう」
「たぶん……。でも最初だけはむちゃくちゃ忙しいですよ」
「そうなの……?」
「あちこちに隠れている犯罪者がたくさんいるからね。近衛兵第2部隊も使っていいから」
「まあ、それならやれるか」
なんとか話はまとまった。
僕とバルトリアンは、王女の執務室を出ようとする。
「アヒレス……、そうだな2週間に1度は、報告に顔を出せ」
王女が、少し顔を赤くして言った。
これは……、もしや。
*******
バルトリアンは、実は仕事は早い。公爵様仕込みだ。そして手の抜き方もうまい。これも公爵様仕込みだ。ちょっと働いて、たくさん遊ぶ、これがバルトリアン流だ。
捜査の組織は、「王国捜査局」という名称で、王国全体に警察権をもつ。
ただし、貴族の屋敷、貴族の私的な建物、敷地、庭園には入れない。
一部の貴族の反対もあったが、反対する貴族は犯罪者を匿っていることを表明するようなものだから、それは取り下げられ、結果としては多くの賛同を得ることになった。心の底ではどうかわからないが……。
王国捜査局は、王国を東西南北に区切って、それぞれの地域を第1課から第4課に分けて担当する。それぞれ15名ずつの貴族の子弟が捜査員として振り分けられている。
局長は、アヒレス、つまりバルトリアンだ。
活躍によっては、様々な恩恵があることを示した。メンバーは貴族の子弟と言っても嫡男ではない。いずれ家を出なければならない。通常は騎士になって手柄を上げるのだが、ここのところ戦争が無いから手柄を上げようがない。
だから、みなはりきっている。
最初の捜査のターゲットは、クルップ商会だ。ドクトルの手足と言ってもいい。
金貸しの金主となっている貴族に保護してもらい、悪事を重ねていた。
王国捜査局の捜査員の関係者で、クルップ商会の金主となっている貴族は、すべてクルップ商会から金を引き上げた。
もう、どの貴族も保護しない。完全に知らんぷりだ。
近衛兵第2部隊も動員して、どんな微罪でも徹底的に取り締まった。
潜入していたクレバーの配下から、次々と情報がもたらされる。
保安隊も、普段は捕まえたくても貴族に邪魔をされていたので、ここぞとばかり協力してくれた。
1カ月ほどのうちに、クルップ商会は解体され、商会長のクルップという男も逮捕された。
この男は、クレバーの話では小物らしいので、あとは王国捜査局にまかせた。
ドクトルの手足を封じ込めることにあったのだから、目的は達成されたことになる。
他の地域でも、主に重犯罪者が捕まっていく。家族を殺されても野放し、たくさんの金を奪われてもそのまま、そうしたことに不満をもっていた国民は多い。
このおかげで、王女への支持が一層高くなっていった。さすが聖女だと。
******
もう1つ、王女に頼んでいたゼンギ国との休戦もすんなりと決まった。
条件面でも王国はかなり折れた形だ。
その代わり、ドクトルと手を切ることを条件に入れた。ゼンギ国は、そんな男は知らんと言うが、しっかりとその条件を呑んでくれた。
これで、ドクトルの後ろ盾は何も無くなった。あるとしたら、小さな犯罪者集団くらいのことだろう。
あとはドクトルが現れるのを待つだけだろう。クレバーもそう考えていた。
しかし、それは甘かった。あのドクトルだ。
ランドシャフトに寄ろうと歩いていたときだった。
「この野郎!」
1人の男が僕にナイフで斬りかかってきた。ランドシャフトの目の前でだ。
そのとき、僕の影から L が現れて男を取り押さえた。
「魔神だ! あの男は魔神に助けられたぞ」
「ランドシャフトの人じゃなかったっけ?」
街の人がざわつき始めた。
「魔神……の仲間なのか?
そういう声もしてくる。
しまった。ねらいはそこだったのか。
ドクトルかクルップ商会が、僕をねらうというのは想定できた。そのためにシャテーのメンバーが護衛にもついてくれていた。
そこを逆手に取ったのだ。
「ちがう、魔神じゃない」
僕は、そう言ったが、誰も聞かない。
「魔神だ!魔神の仲間だ!」
そう叫んで走り回っているのがいる。彼等も、グルなのだ。
「何人か捕まえておきます」
L がそう言って消えた。
魔神が現れた、そう広まったので防衛隊が駆けつけてきた。ヴァイスさんとクリスティアンもいる。
「なんだ、タクか」
2人は、僕を見るなりそう言う。
「ちょっと面倒なんだ」
僕は、2人に起きたことを説明した。
「それなら……」
クリスティアンは、ビビりながらもまわりで様子を見ている人に向かって、
「あれは、魔神ではない。防衛隊で進めている護衛方法だ。誤解させて申し訳ない」
そう叫んだ。
「なんだ防衛隊か……」
そう言って、ほっとした声が聞こえてきた。
「ああ、そうだ。だから、他の人にも伝えてほしい。この街は聖アンナ様に護られている。そう簡単に魔神は入れない」
「わかったぞ!」
人々から、そういう声も出た。
今のクリスティアンを〈真実の目〉で見ると真っ赤なんだろうと思うけど、これは方便だ。嘘だけど、助けられた。本当にありがたい。
その日の夜、ランドシャフトでクレバーとヴァイスさん、クリスティアンと夕食をとった。
魔神の噂は想像以上に広まっているようで、普通の客はまったくいない。常連の防衛隊と保安隊の隊員だけだった。
クレバーに今日あったことを話した。
「やはり、ドクトルは焦っているな。もう彼が動かせるのは、そんな連中だけだろう」
確かにそうだ。ドクトルにしては雑な印象がある。
「たぶんだけど、クルップ商会の残党が逆恨みしてもいるのだと思うよ。それにドクトルが適当に応えたのだと思う。これが成功しても、我々の被害はたいしたことはない。その反面、実行犯は捕まっている。割に合わないよ」
「でも、タクがターゲットになっているということか」
クリスティアンが心配して言う。
「そうだ。その心配はある。まだ実行されていないが、大がかりなことを仕掛けているかもしれない」
「一応、セシリアとか周りの人にも護衛をつけているけど、もっと気をつけるようにするよ」
「ああ、それがいい。俺も、今はできるだけ1人で歩かないようにはしている」
それから4人で、考えられるドクトルの脅威について話し合った。これから彼が何をしてくるのか、何をねらっているのか。
何をねらうにしても、ドクトルにとっての障害の第1が僕とクレバーというのは一致した。大仕事をする前に、必ず、僕たちに何かを仕掛けるはずだ。
「それなら、先に捕まっちゃうか。捜査局あたりに……」
クレバーがとんでもないことを言い出した。




