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シュパイエル辺境伯領にて

 シュパイエル辺境伯領は、王都の北方、歩いて10日くらいのところにある。馬ならば、5日はかからない。

 そこは、王国で唯一の戦争地域となっている。ここを突破されると王都まではすぐだ。だからこそ、最強とも言われる「北の狼」が守っている。


 その相手はゼンギ国。ヴェステンランドよりもやや小さい王国だ。ゼンギ国にとっても、紛争相手は、ヴェステンランドしかない。だから、軍力のほとんどをこの地域に向けていた。


 しかし、戦闘自体はほとんどない。ずいぶん昔に、お互いが侵略し合ったから、その防衛のために軍を配置しているのだった。

 民間レベルでの交流は普通にある。貿易も非公式だがされていた。


 ただ、住民同士のいざこざはしょっちゅうあるという。

 この地域は海に面していた。日本でも北海道は海産物の宝庫であるように、北に位置するこの地域では、様々な海産物が獲れ、名物になっていた。

 いざこざは、漁場の取り合いからであった。一応取り決めはあるが、守られていない。そこに軍を出そうものなら、本格的な戦闘になりかねないから、国としては見て見ぬ振りをしているのだった。


******


「海って、初めて見たわ。本当に青くて……、広いんだね」

 セシリアと浜辺に立った。波が寄せて引く、それも初めてだという。

 北といっても、寒くはない。潮風が心地良い。


 せっかくなので早めに来て、海の近くに宿をとった。小さな宿だ。平民ということにしてある。

「ごめんなさいね。せっかく来てもらったのに、良い魚が手に入らなくて」

 宿の女将さんは、そう言って頭を下げた。

「そんなことはないですよ。どれも美味しいです。こんなに海の魚を食べたのは初めてです。しかも新鮮な……」

 セシリアは感激している。前の世界では珍しくはないが、この世界では海の魚は干物か塩漬けくらいでしか普通は食べられない。やはり輸送の問題があるのだ。


「今度、領主様の次男が結婚されるというので、良いものは、そちらに流れているんです。まだ日があるのですが、出席される方も来ていますので、そこで出されているみたいですね」

「おめでたいことだから、しょうがないね」

「そうなんです。領主様も良い人だから、領民も喜んでいるんですよ」

 そう言われて、少し嬉しい。あの辺境伯様だから、そうなんだろうな。


「ただ……、漁師を辞める人も増えているらしくて、それで魚が手に入りにくいというのもあるんです」

「何かあったんですか?」

「ギャンブルですよ。借金を作って、船を売ってしまったそうですよ。あっ、お客さんに話すことではないですね」

 ギャンブルか……。アルブレヒト辺境伯爵領でのギャンブルに狂った母親を思い出した。

「あの子たちは元気かな?」


******


 翌日、またセシリアと海に出た。やはりセシリアにとって海は珍しい。

 靴を脱いで、波打ち際で足を浸す。潮風で彼女の金色の髪が揺れる。彼女の美しさを実感して、今の幸せを噛みしめる。

「これって食べられるのかしら」

 小さなカニを見つけて、そう言う。彼女にとっては、すべてが食材なのだろう。僕は、思わず吹き出しそうにもなった。


 遠くの海を見ると、多くの船が出ていた。

「見てごらん。魚を捕る船がたくさん出ているよ」

 セシリアは、こうした大きい船を見るのも初めてだ。小さなボートくらいしか見たことはない。といってもずいぶん沖だから、そんなに大きくは見えないが。


 2人で、沖の漁船を見ていたときだった。

「おい、そこの2人」

 後ろから声がかけられた。振り向くと、いかつい男が4人いる。歩きながら両方に開いて、僕たちを取り囲むようになった。

「なんですか?」

「ほう、美人だな……。命が惜しかったら、その娘を置いていけ」

 リーダーっぽい男が言う。ほかの連中は、「高く売れそうだな」とか、ささやき合っているのが聞こえる。

 そういうことか……。

「お断りします」

「断っても連れていくけどな。命を失うか…………、なんだこりゃ」


 男たちが足下を見ると、4人とも凍り付いていた。

 僕は、小さく ਪਵਿੱਤਰ ਆਤਮਾ ਦੇ ਨਾਮ ਤੇ, ਮੈਨੂੰ ਬਰਫ਼ ਦੀ ਸ਼ਕਤੀ ਦਿਓ. と呪文を唱えていたのだ。


「それで……、どうする? このままここにいる? それとも……、保安隊を呼んでくる?」

「まってくれ。すまない。許してくれ」

「そう言っても、殺すとか売るとか言われていて、許すと思う?」

「わかった。すべて俺の責任だ。こいつらは、俺の命令でやっただけだ。保安隊を呼ぶなら、俺だけにして、こいつらは許してくれ……」

「いや、イザックのせいじゃない。俺たちも悪いんだ」

 〈真実の目〉で見ると、こいつは嘘をついていない。イザックという男は嘘だ。ただそれもかばってのことだろう。必死の表情を見て、もしかして悪いやつではないのだろうか。

 それで〈鑑定〉を使ってみる。4人とも漁師だ。それに悪人らしいところもない。普通の人たちだ。


「すみませーん」

 女性の声がした。その方向を見ると、若い女性が幼子を抱えて走ってくる。その後を、小さな男の子が必死で着いてきている。

 男の子は、砂地に足をとれられて何度も転ぶ。それでも立ち上がって、母親だろうか、その女性の後を追いかけてくる。


「すみません。この男のしたことは許されることではありません。それでも……、それでも止むに止まれずのことなんです。何とか……、穏便に……、お願いできないでしょうか」

 女性は、息を切らしながら、必死に懇願する。追いついた男の子は、女性の後ろで土下座をしている。


 セシリアは、男の子の手を取ってを立たせた。

「タク……」

「ああ、大丈夫だよ。僕もそう思った」

 僕は、氷魔法を解除した。


「いったい、何があったのですか? 止むに止まれずとは?」

「その3人がギャンブルで借金をこしらえて、そのために船を売ったんです。この人が、それを取り戻してやるって言って……」

 それから賭場に行ったという。

「ギャンブルの借金をギャンブルで返そうと思ったの?」

「ええ、馬鹿な話でしょ」

「だって……、普通に働いて返せる金額でもなかったし……」

 イザックは、情けなそうな顔で、言い訳をする。


「たぶん……、イカサマですね」

「イカサマ? やっぱりそうか」

「でも、今から言っても遅いですよ。その場で取り押さえなければ」

 イカサマと聞いて、一瞬喜んだ男たちが肩を落とす。


「明日、僕がその賭場に行ってみましょう」

「あなたもギャンブルで返すというの?」

「もしかしたら……。まあ見ていてください」


 そう言って、明日、彼等の村で待ち合わせることにした。


「漁船がたくさん出てますね。領主様の次男の結婚式もあるので、魚の値も上がっているのではないのですか?」

「いや、あそこの船は、全部ゼンギ国の連中だ。俺たちの船がなくなったから、好き勝手やってやがる」

「船がなくなった?」

「ああ、すべてギャンブルだ。半分以上の漁師が舟を売った」

「そんなに……」

「だから仕事もなくって」


「大丈夫だよ。船がなくたって、あたしたちが海草を拾ったり、貝を集めたりしてなんとかするわよ」

 おそらくイザックの妻なんだろう。細い身体だが、心は強そうだ。


「今日は、宿に1人で戻ってくれ。することができた」

 セシリアは、事情を理解したようだ。

「わかったわ。がんばってね」

 この笑顔で、がんばれる。


*******


 その夜、僕1人でオストールに戻った。さすがにこの距離だと、1日1回が限度だ。それから翌日に、クレバーを連れて戻った。


「本当に便利だな。タクの空間魔法は。俺も使えるようになるといいな」

「クレバーだったら、そうだな……10mくらいが精一杯だと思うよ。ものすごく魔力を使うからな」

「確かにそうだろうな」


 クレバーには、賭場のことなど、一応説明をしてある。

 まず、イザックと一緒に賭場に行ってみた。


「メインが数当てだな」

「ああ、ほとんどがこれだ」

 イザックが、なぜか自信満々に言う。

「これだと、イカサマがしにくいんだが……」


 ”数当て”は、たくさんのボタンのようなものを、テーブルの上で山積みにして、それを茶碗のような容器に一気に掻き込み、その数を当てるというものだ。

 全体の数を当てるのではなくて、何個ずつか引いていった残りの数を当てるようになっている。言い換えると、わり算のあまりを当てると考えるといい。

 例えば、3個ずつ引いていくと、残りが2個か1個か0個。それで当てると2倍になる。4個ずつ引いていくと4通りで、当てると3倍、5個ずつなら4倍と、個数によって倍率が違う。

 だいたいが一攫千金をねらって、高い倍率にかけて負けるのが常だった。


 ただ、クレバーの言うとおり、この方法ならイカサマはやりにくいはずだ。

 それで、しばらくそれぞれのテーブルを見ていた。


「やはりやっている」

 クレバーが自信満々に言う。

「ほら、見てみろ。普通、王都とかだとボタンを引いていくときに棒を使う。ボタンを隠したりできないようにな。でも、ここだとディーラーが手で引いている。手の中に隠し持ったり、握り込んだりもできるからな。田舎だと思って、甘く見ているのだろうな」


 クレバーが、一番倍率が高い10倍のテーブルに着いた。

 最初は少額から賭けていくが、まあ、当たらない。それでもいい。

「いくらでもいいのか?」

 クレバーがディーラーに聞いた。そろそろだな。

「はい、いくらでもいいですよ」


 大勝負が始まるというので見物人が集まってきて、テーブルを囲んだ。

 ディーラーが、容器を動かして、かなりの数のボタンを中に入れた。

「さあ、賭けてください」

 それじゃあと、クレバーは、金貨1枚を5カ所に賭けた。金貨1枚は50万円。当たれば500万円だが、はずれは引かれるので、実際は300万の儲けになる。


 ディーラーは、ゴクリと唾を飲んで、容器を開けた。この時点では、何個かわからない。

 そこからディーラーが、ボタンを引こうとした。

「あちっ」

 ディーラーが、刺激を感じて手を開いてしまった。ボトボトと手の中からボタンが落ちた。僕が、弱い雷魔法をディーラーの手に当てたのだ。


「イカサマだ」

 誰かが叫んだ。

「誰だ!今言ったやつは」

 大勝負だということで、強面の連中が出てきていた。この賭場の用心棒だろう。


「いや、確かにイカサマだ」

 同じテーブルの1人の男が立ち上がる。クリスティアンだ。

「全部、見せてもらったよ」


「なに!こいつらをやっちまえ」

 強面の男は仲間の男たちに大声で命令した。


「静かにしろ!」

 それをクリスティアンは、それを一喝した。

「私は、クリスティアン・フォン・シュパイエル。当地の領主家のものだ。逆らう者は容赦しないぞ」


 近くにいた男たちが、立ち上がってピシッと姿勢を正す。客の半分以上がクリスティアンの部下だった。そして彼等は兵士だ。

 こうなっては、さすがに強面の男たちは抵抗できない。暴れることもなく、おとなしく捕まっていった。


 実は、ここに来る前に、クリスティアンに助勢をお願いしていたのだった。

 これで、この賭場について、シュパイエル辺境伯家が捜査をすることになった。


 その結果、イカサマで借金はすべて破棄されることになった。

 ただ、船を売って支払ってしまった分の金が残っていない。それはあきらめてもらうしかなかった。


 だから、僕とクリスティアンが相談して、船を購入して、漁業の公社を設立することにした。船を持っていない漁師を、この公社で雇用するのだ。サラリーマン漁師だ。またギャンブルに手をだしたとしても、売る船はもっていない。家族も安心だ。

 この公社の船には、シュパイエル家の旗を掲げるから、ゼンギ国も手を出しにくくなるだろう。

 公社の船が届くまで、時間がかかるが、しばらく他の船の手伝いをしてもらうらしい。


*******


 いよいよ、クリスティアンとレナータさんの結婚式だ。


 会場は、領都の教会。それほど大きくはないが歴史があるという。


 教会本庁から、何人も枢機卿が参列した。

 式を執り行うのはイレーネ卿。シュパイエル辺境伯家の結婚式だから、王国としても最上級の扱いだ。


 クリスティアンは凜々しく、レナータさんも格別に美しい。セシリアもうっとりと見ている。そのセシリアも、薄い水色のドレスに身を包んでいて、負けないくらいに美しかった。セシリアも、こうした儀式に出る機会も増えて、慣れてきたようだ。


 2人は主神の聖アンナ像の前で愛を誓う。

 参列者から、大きな祝福の拍手が湧き起こった。クリスティアンは参列者に向き直り、手を振った。レナータさんは、その横にちょこんと立った。それでまた、大きな拍手が湧き上がる。


 教会の外に出ると、たくさんの領民が祝福に集まっていた。イザックと奥さんの姿も見えた。

 その領民にクリスティアンは手を振って応えた。


 それからの晩餐会は、立食形式で行われた。スピーチを聞くための披露宴ではなくて、人々の交流の場としての晩餐会だからだ。


「タク様ですか。こちらの料理の魚は、イザックという方から届けていただきました。見事なタイやエビ、どれも貴重で手に入りにくいものばかりです。タク様への御礼とのことでした」

 晩餐会の始まる前に、料理長が僕に告げに来た。見ると、タイは、まだ料理前。1mはあろうかという大物だった。これを客たちに見せてから、料理にかかるという。


「また、なんかやらかしたらしいな」

 公爵様が後ろから声をかけてきた。

「たまたまですよ。ただ海にいたらこうなってしまったんですよ」

「それが君という人間なんだよ」

 横からシュパイエル辺境伯様が声をかけてきた。

「君は、どうやら人を結びつける才があるようだな。息子と嫁とを結びつけてくれたのも君だったな。それはとても大事なことだぞ」

 辺境伯様からのお褒めで、だんだん小さくなってしまう気分だ。


「ありがとうな。我が領民のために動いてくれたそうだな」

「いえ、本当にたまたまだったんです」

「そういうことにしておこうか」

 そう言って辺境伯様はガハハと笑った。


 レナータさんとクリスティアンが声をかけてきた。

「本当にありがとうね。まさか私が……、こんな幸せになれるなんて……。本当のお父様のところにいたら、今頃は……」

「レナータさんのお人柄だからですよ。だからみんなレナータさんを助けたいと思ったのです」

 そう話して、昔のこと、誘拐されたときのことを思い出していた。

「本当に、いろいろありましたね」

「良い思い出です」

 レナータさんは優しく微笑んだ。


 晩餐会は、ますますの盛り上がりをみせる。王や王女からの贈り物も披露された。第1王子や第2王子からの物はもちろんない。

 セシリアは、みたこともない、と言って食事に夢中だ。


 そうして盛りあがる中、夜が更けていった。


******


 セシリアの希望で、しばらくこの地に滞在することになった。

 イザックの奥さんから、海産物について教わるのだ。

「お2人は、貴族だったんですね」

「いえ、ほんのちょっと前まで2人は平民だったのです。ちょっとしたことで貴族となりましたけど……。だから平民として接してください」


 セシリアは、市場で採れたエビや貝、様々な魚について質問している。

「やはり、新鮮じゃないと無理ですね」

「そうですね。干物や塩漬けでは、この味は出せません」

 そんな話を延々としていた。


 そこに、クレバーがやってきた。

「ちょっと面白い物が手に入った」

 クレバーは、あの後、クリスティアンの部下と賭場の捜査をしていた。そこで見つけた物を見せてくれた。

「ドクトルのシナリオだ。イカサマ賭博で金を巻き上げて、借金で縛って、この地の漁師を辞めさせるというシナリオだ。依頼主はゼンギ国」

 そうか……。やはりドクトルは王国への恨みがあるのだろう。


 しかし、ドクトルは本当に手強い。まだ謎も多い。そして、王国のみならず周辺国でも活動している。

 そして次の対決は、すぐだった。それも王城の奥深いところで……


ブラウザで翻訳ができる方は、翻訳してみてください。呪文の意味がわかります。

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