狙われたルイ
ルイが設立した機関は「公衆衛生局」という名称にした。
まず手始めにやることは3つだ。
1つは衛生についての考えの普及と教育。2つ目は、飲み水などについての点検だ。必要ならば井戸を掘ったりもする。3つ目は、孤児や貧困層の支援。
職員数が限られるので、一度にはできないが、できるところから少しずつ進める。
王女からも提案があった。手洗いの必要や、きれいな水を使うことを推奨するような絵本を作るのだ。これも早速〈Mary〉で取りかかった。聖女様の名前で、この絵本も飛ぶように売れていった。
僕は、公衆衛生局には、月に1度、1週間ほど集中して行くことにしていた。
そんなある日、書類を見ていて、あることに気づいた。計算間違いが多いのだ。書類1枚に一カ所、必ず間違いがある。それも一目でわかるような。
この世界の人たちの計算力は極めて低い。前の世界の小学校低学年くらい、もっと下かもしれない。
それで、孤児院で算数を学んでいて〈数学〉のスキルが高い3人に来てもらうことにした。
「タクさん、これを見てください」
〈数学〉のスキルが一番高いレオンハルトが、早速、書類の不備を見つけたようだ。
「計算も間違っていますが、それ以上に原価が異常に高いです」
見せてもらうと、配布の弁当が300食で、総額が15万円だ。1食あたり500円になるが、それは異常に高いのか?前の世界の弁当なら問題ないが。
「そうですね。確か1食あたり200円から300円で作られているはずです」
「そういえば、セシリアが安い弁当のレシピを考えていたな」
「そう聞いております」
「それならば、その高い分の金の行方はどうなっているんだろう」
「この書類ではわかりませんが、材料を納入している業者に聞いてみるしかないですね」
「この件は、こちらで対応しよう。ほかの書類についても確認してみてくれ」
「わかりました」
こうした書類には、上長の承認のサインはされているが、だいたい総額でしか見ていないようだ。これくらいの暗算もできないから、書類をそのまま信用しているのだろう。
それから業者を呼んで金額を確認していった。
「私たちは、そんなにいただいてはいません。だいたいが1食200円以下です。野菜の値段が上がったり、特別に肉を入れたりとかしたときは300円くらいになります」
業者は、そう言う。教会での炊き出しの頃からのつきあいがあるから信頼できる業者だ。
「この担当は誰だ」
「イルゼです」
「呼んでもらえないかな」
「それが、今日は来ていません」
「どういうことだ?」
「わかりません」
その日は6人の職員が休んでいた。6人とも王宮から派遣された職員ではなく、熱心に売り込んできた職員だった。
「彼等の担当した仕事の書類を精査してくれ」
レオンハルトらが、真っ先にその書類に目を通した。
「やられてます。全部……」
「総額でいくらになる?」
「1件あたりの金額は低いのですが、毎日かかっているものがありますので総額で2000万を越えます」
「そんなに……」
その者たちの家に、近衛兵を走らせたが、全部の虚偽の住所だった。
「完全にやられたな」
ルイも愕然としている。裏切られた気がして落ち込んでもいる。
******
落ち込んでばかりはいられない。
公衆衛生局が発足して3週間ほどだが、王都では知られるようになってきた。ちょっと前に出した王女の絵本のおかげでもある。
炊き出しや弁当の配布のおかげで国民からは歓迎されているようだ。
そんなとき、「公衆衛生局」の名前を騙って、寄付を集めたり、商品を売りつけたりといった苦情が相次いで報告された。
商品には、絶対病気にならないお守りなどもあった。実際に病気になった者が、苦情を言いに来てわかったのだった。
急いで、それを否定する声明を出すが、ネットやテレビがあるわけではない。壁新聞などが数少ない手段だ。それはなかなか広まらない。
そして、そいつらを探そうにも広い王都で見つけ出すのは不可能だ。何か特徴があれば見つけることはできるかもしれないが、それすらわからない。雲を掴むような話だ。誰もが、そう思っていた。
実際に商品を売りつけられた人から話を聞いていたときだった。
「イルゼさんみたい……」
職員の一人が言った。公衆衛生局職員を名乗った女性の姿形、話し方の説明を聞いていると、イルゼと一致することが多い。
「イルゼの特徴について何でもいいから教えて」
職員を集めて聞いた。
狼族に、また臭いでの捜査を考えたが、王都で獣人族は少ないから目立ってしまう。それに臭いの元になりそうな物もなかった。
それで、捜査の参考にできそうな情報を集めることにした。
「確か、左利きでしたね」
「歩き方が、変わってたわよね。爪先を外に向けて歩くから、靴がへんな風に減っていたわ」
こうしたいくつかの特徴を集めて、それから髪型、普段来ていた服などを簡単なイラストで描いてもらった。似顔絵というほどではないが、探すには役立つだろう。
これらの情報をもとに、近衛兵第5部隊とシャテーに捜査を依頼した。
王都も広いので、今まで訪問していない住宅地を重点的に探してもらった。それでも範囲は広い。砂漠での落とし物を探すようなものだった。
******
イルゼを探している間に、クレバーに来てもらって相談をした。彼は、裏社会にも詳しい。
「それならば、部下を例の詐欺師の集まる店に行かせよう」
詐欺師のグレイソン事件のときに、王都に詐欺師の集まる飲み屋があると聞いた。そこを見張ろうということなのだ。
そこでイルゼはあっけなく捕まった。
その飲み屋で、どこの住宅地を回ったとか、何が効果的だったとか、そういう情報を交換していたのだった。
L と行って、イルゼをすぐに僕の空間に閉じ込めた。
その後はお決まりのコースで、ハカセの出番だった。
「やはりドクトルが絡んでいた」
イルゼは、ドクトルが作成した詐欺のシナリオを持っていた。それも2つ。1つが公衆衛生局の職員となって横領をするもの。もう1つが、公衆衛生局の名前を騙って住宅を回り、詐欺を行うものだった。
ドクトルのシナリオは完璧だった。でも、今回も詐欺師がお粗末なので簡単に捕まったのだった。
「これは、公衆衛生局というより、ルイの仕事を邪魔しようというものだな」
クレバーが言う。
「どうしてそんなことを?」
「それはまだわからない。イルゼが言うには、そうしたシナリオがいくつも売られていたそうだ。それも格安で。1つが10万くらいだそうだ」
「それでも実行した詐欺師は200万以上は手にしているんだな」
「そうだ。だから多くの詐欺師が購入してやり始めている。まあ、他のシナリオもわかったから、すでにL さんに対策をお願いしてあるよ」
「ただ、ドクトルの動機がわからない」
「そう……。ドクトルはシナリオの販売の利益があるといっても微々たるものだ。前の詐欺事件の時は、酒類販売公社を立ち上げる建前として利用されたんだ。同じような、もっと大きなことが企まれているかもしれない」
また、ドクトルとの対決だ。クレバーの眼に力がこもっている。
******
詐欺事件が落ち着きを見せて、公衆衛生局の仕事も元に戻る。そう思っていたが、そうではなかった。
詐欺の被害者が、集団で公衆衛生局を訴えたのだ。
これはまったく異例のことだった。この世界で政府、さらに王子が関わっている機関を訴えるなどあり得ないことだった。不敬ととられてもおかしくはない。
僕は、前の世界のこともあるから、それを簡単に却下はできないと思った。ルイも同じで、困った人を支援する仕事をするのに、詐欺被害者を見捨てることはできないと思っていた。
詐欺被害者の会は、公衆の場での話し合いを求めた。これも異例だが、受けることにした。
ルイが出るわけにはいかないので、僕が代表として出ることに出た。
王都の広場に椅子とテーブルが用意され、被害者の会とテーブルを挟んで向かい合う形で僕が座った。
まわりは数百人の聴衆が集まっている。被害者の会の側には、新聞社の記者も座っていた。
「ルイトポルト王子殿下は、いらっしゃらないのですか?」
横にいた記者が聞いてきた。
「はい。王子殿下は、国民の前に出てもよい機会は、すべて決まっております。ですから、今日は、私がお話しを伺うことにいたしました」
「引きこもりだと思いましたよ」
その記者はニヤニヤと笑いながら言う。なんて失礼な記者だ。
「それに……、王子殿下は、かつて痴漢をやらかしていますね」
その記者の一言に聴衆がざわついた。
警備に来ていた近衛兵は、「無礼だぞ」と叫ぶ。
「失礼しました。ただ、こうした事件の背景を知っておく必要もあると思いましたので……。深くお詫びを申し上げます」
そう言うが、反省している表情ではない。
「それで、どのようなことを希望されているのですか」
「私たちは、詐欺の被害に遭いました。それで失ったお金を返していただきたいだけなのです」
被害者の会の代表らしき女性がそう言う。
「金額は、どれくらいなのですか?」
「私は、200万円です。そのほかの方も聞きますと、500万の方もいて、総額では8000万ほどになります」
「200万ですか?高額ですね。いったいどのような詐欺に遭われたのですか?」
「私は父が病気で伏せってまして、それが治ると言われたので払いました。ルイトポルト王子殿下が保障されるというので信用したからなのです」
「それはお困りですね」
僕は、そう言った後、〈真実の目〉で全員を見た。真っ赤だ。記者も妙な赤色だ。
全員が詐欺なのだ。
といっても、それをここで立証はできない。
「わかりました。お支払いしましょう」
僕は即決した。聴衆から歓声が上がる。被害者の会の人たちも笑顔になった。
「それでは、こちらに住所とお名前、金額をお書きください。そして、お金を準備しますので、しばらくお待ちください」
そう言われて、みんなワクワクの笑顔で、住所を書いている。
「ちなみにですね……。もし書かれたことに嘘があった場合は、みなさんの首が飛びますから、ご注意くださいね。王子殿下を欺そうとしたのなら、そうなりますよね」
僕は笑顔で言ったが、被害者の会の人たちの顔がひきつっている。
「あの、ちょっと忘れ物を……」
そう言って立とうとした女性がいた。それを近衛兵が制した。
「もう少しだけお待ちください。今、みなさんの住所に確認に行かせております。ほんの5分、10分です」
”確認”という言葉を聞いて、さらに青ざめている。
「みなさん、怖がられていますよ」
そう言って一人の男が聴衆の中から出てきた。長身で、痩せて狐のような顔をした男だ。身なりを見ると誰が見ても貴族だ。
「私は、ヴァルター伯爵と申す者です。今回の事件で、気になることがありましたので、様子を見に来ました。そしたら、被害者の方が、脅されているではありませんか。これはよくないですね」
「そう思われたのなら失礼しました。私も気になったことがありましたので、念のためにと思った次第です」
「私が気になっておりましたのは……、今回の件で、王子殿下は責任をとられないのですか?」
「それは……、殿下の責任というわけではないかと」
「そう言っても、トップが責任をとるのは常識です」
「わかりました。王子殿下ですので、その件は王国枢密院に諮ることにいたしましょう。それでよろしいでしょうか」
「それならばよろしいです」
しばらくしてシャテーが調べた被害者の情報を届けてくれた。それを近衛兵の隊長に渡す。
「今、それぞれの家に行った来たが、住所はすべてでたらめだぞ。これはいったいどういうことだ」
隊長は、かなり大きな声で問い詰める。
「こんなに早くわかるものですか」
「空間を越える魔法を使ったんだ」
嘘じゃ無いとは証明できない。実際に嘘なのだから。被害者の会の全員が真っ青な顔でガチガチと震えていた。
そのとき記者が席を立とうとした。
「あなたも動かないでください」
「いや、俺は……」
「本当に記者なのですか?嘘だった場合は、どうなるかわかりますか?」
そう言われて記者という男は土下座した。
「頼まれただけなんだ。絶対大丈夫だからと……」
そこまで言って、男は急に倒れた。
背には矢が刺さっていた。口封じだ。
被害者を名乗る詐欺師たちも、次は自分だと、テーブルの下に身を隠す。
聴衆から悲鳴が上がった。矢で狙われる。そう思った人々がパニックになって、押し合いながら広場の出口に殺到した。
近衛兵は動じず、倒れた男を片付けた。
残された詐欺師たちは、テーブルの下から引きずり出され、ブルブルと震えながら近衛兵に連れていかれた。これからの自分を想像しているのだろう。
「それではよろしくお願いします」
ヴァルター伯爵は笑顔で一礼して、自分の馬車に乗り込んでいく。足取りは嬉しそうだ。
詐欺師たちは、厳しい取り調べを受け、すべてを白状したから極刑だけは免れた。
高位の貴族がバックにいるから大丈夫だと、シナリオを渡されたという。その貴族が誰かはわかってはいない。
「ヴァルター伯爵か?よくは知らないけど……、確かグスタフの派閥の貴族だと思うよ」
ルイに報告したら、そう言う。
グスタフ……、第1王子か……。ドクトルが関係しているのだから、その可能性は高い。
また、何か企んでいるのか?




