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ルイの始動

「タク、ありがとう。本当に感謝している」

 ルイは、そう言って王城に戻っていった。

 ここに来たときのことを思えば、 ”ありがとう”と言えるようになるなんて想像できなかった。彼は大きく成長していた。


 これから、フルディーネ妃にビルギッタさんとの婚約を報告するという。

「許しなんてもらう必要はない。僕の人生だもの」

 ルイは、そう力強く言い切った。ビルギッタさんも、それを聞いてウルウルしている。

 よく見るとお似合いの二人だ。


 ビルギッタさんは、もうしばらく僕のところにいる。ビルギッタさんの実家には王都用の屋敷もあるので、そこでしばらく暮らすことになるのだが、まだ何も準備ができていない。整うまで、ここにいることにした。それにビルギッタさんの代わりの侍女としてきてくれることになったラウラさんへの引き継ぎもあった。

 ラウラさんは男爵令嬢で、ビルギッタさんとくらべるとおとなしい娘だ。それでも社交的なところがあって、もう村の人達からもかわいがられている。


 そしてルイは、先に戻って、王国枢密院に出席するという。


 王国枢密院は王を補佐する機関で、宰相、宮廷書記官長、枢密院顧問官で構成されている。王位継承権のある王子、王女も顧問官として出席しているが、ルイは今まで一度も出たことがなかった。

 枢密院議長は、カッツェンシュタイン公。公職からは逃げ回っていたのだが、これだけは、と頼まれて引き受けざるを得なかったと言っている。この肩書きで、デーン国との外交の全権ともなっていた。


 王国枢密院での議事、報告が終わった後、ルイは発言を求めた。議長に許された後、まず、これまでの欠席を詫びた。それから婚約を報告した後、

「王位継承権についてですが、私は現状のまま第4位として、それ以上を望みません」

と発言した。放棄してもよいと思っていたのだが、第1位~第3位までに万が一の事態が生じたときのために、一応権利は残すことにした。そうしておかないとまた争いが生じることもある。

 この宣言で、事実上、第1位~第3位までの王子、王女に王位の継承で敗北を認めたことになる。そしてこれによって身の安全も確保されることにもなった。


 続けてルイは、公務に就くことの希望を述べ、予算を要求した。

「私は、これ以上、この国の孤児が増えないような対策をして、かつ孤児が自立できるような教育を施す機関を設立したい。そのための予算をお願いしたい」

 この世界には、健康・衛生の概念がない。

 王都風邪のときでも、手洗い、うがいでも対策はできたが、なかなか受け入れられなかった。

 それで、ルイは保健所と児童相談所をあわせたような機関を提案した。このあたりは、僕の前の世界での、ざっくりとした知識をもとにしたのだ。


 王位継承権で争わないのだから、第1王子も、第2王子も賛成してくれた。もちろん王女も。


「ルイトポルト殿下は立派だったぞ」

 公爵様から、王国枢密院でのルイの発言を聞いて、僕の鼻が少し高くなった。ルイが褒められたのは率直にうれしい。

「だから、予算もたっぷりと用意してやったわい。お前も手伝うんだぞ」

 もちろん、そのつもりだ。公爵様も王女も、同じことを考えている。ルイもやりやすいはずだ。


*****


 それからしばらくして、ビルギッタさんが王都に戻るとき、村を挙げて送別パーティを開いた。

 村長さんの屋敷には入りきれないので、村の広場でのガーデンパーティとした。


 ルイは当然だが、デーン王も飛び入り参加した。

 デーン王は、ビルギッタさんをめちゃくちゃ気に入っていた。ルイとの婚約も心の底からに喜んでいる。だから、わざわざ来たのだ。といっても僕の空間魔法でだけど……。


 村の人達には、デーン国の王様だと伝えたが、誰も気遣いしない。あまりに偉い人だからピンとこないこともあるのと、ルイに接していたおかげで貴人への耐性もついていた。だから平気でタメ口だった。デーン王もそれを気にしない。

 僕と村長さん、あとは良識のある何人かが、一応敬語だった。


 テーブルには、セシリアとリアフさん、ラウラさんが、頑張ってくれた料理が並べられた。


「それでは、ルイとビルギッタさんの婚約を祝して乾杯!」

 僕が子爵でもあるので、とりあえず乾杯の発声をさせられた。


 酒が入ると、どんどん盛り上がる。

「姐さ~ん」

 泣き上戸もいる。3人ほどがすでに泣いている。

 女性陣は、泣き上戸ではないけど泣いていた。寂しいのだ。


「これからも時々来るからね」

「ホントだよね」

「この間植えたやつの収穫には絶対に来るよ」

 ルイがそう言う。

「絶対だぞ」

 そんな感じで宴が続いていく。


 デーン王を囲んでは、麦や野菜の栽培の話で盛り上がっている。

「デーン国の麦は、どうしてあんなに香るのですか?」

「それは、品種改良したからじゃ」

「種があれば、同じ麦になりますか?」

「それはどうだろう。土、水、肥料、いろいろあるからな」


「あのおにぎりの材料の米、あれはいいな」

「王国でもここでしか作っていないんです」

「今度、人を派遣するから栽培の仕方を教えてくれないか」

「もちろんです」

 こんな調子で話しが進み、村の米の種籾をデーン国に提供し、デーン麦の種ももらうことにもなった。

 さらに村の若者とデーン国の若者をそれぞれ農業の交換留学することにもなった。費用はデーン国持ちだ。


 クレバーとミアさんも、たくさんの酒をもって駆けつけてくれた。

 二人が来たときは、ほとんどが酔っ払っていたのだが、また一層盛り上がった。それは酒のせいなのか、ミアさんのせいなのか。


「タク、お前は本当にすごいな。公爵様、シュパイエル辺境伯、アルブレヒト辺境伯に続いて、教会ともコネクションができた。5つのアンタッチャブルのうち4つだぞ。そしてデーン国王と第3王子だと……。なんていう人脈だよ。この国で、それだけつながっているのは数えるほどしかいないぞ。後は、レミュス家か……。レミュス家はまったく謎だからな……」

 クレバーはしみじみ言うが、レミュス家の後を継ぐことになっている。これはしばらくは秘密だ。


 盛り上がっている中、デーン王が僕のところにきた。

「いろいろとありがとう」

「いえ。僕がやったことはわずかです。実は……、僕も昔はルイみたいだったんです。引きこもっていたわけではありませんが、他人に心を開けないというか……。それが、この村に来て、たくさんの人に支えられて変わることができたんです。だからルイも……」

「そうだな。この村の人達は温かい。それがルイトポルトの心を溶かしのだろうな」

 本当にそうだと思う。


「ところで婚約はすんなり了承されたのですか?」

「フルディーネか? それは大丈夫だったよ。最初は驚いたがな。それでも、一生結婚しないのではないかと心配もあったんだ。実は見合いを何度もしようとしたが、会おうともしなかったからな。それにわしやカッツェンシュタイン公の推薦ならと喜んでおったよ」

「それはよかったです。それだけが心配でした」

「新しいことをすると言うから、また手伝ってやってくれ」

「もちろんです」

「その成果で、我が国の王位継承順位も変わるからな」

「責任重大ですね」

「まあ、気楽にやってくれ」

 そう言って、僕の肩をポンと叩いた。


 そうこうするうち、宴は盛り上がり、酒好きが2次会、3次会を重ねていく。

「姐さーん」

 時折、ビルギッタさんを呼ぶ声が村中に響いていた。


 翌日は、王家の馬車で、ビルギッタさんはルイと王都に向かった。

 ドレスに身を包んだビルギッタさんは、本当にきれいだった。畑でルイをひっぱたいた人物と同じとは思えない。


 このときも村中の人が集まって見送った。みんな、ずっと手を振る。本当に愛されていたのだ。


******


 それから、僕も王都と行ったり来たりすることになった。ルイの仕事を手伝うためだ。

 セシリアは、王都の暮らしも楽しかったので、時々、一緒に行きたいという。それで王女の離宮の近くに小さな屋敷も借りた。

 一緒に暮らしているようなものだが、実は、あまり進展していない。僕がヘタレのせいだ。それに一緒にいられるだけで幸せを感じてしまっているせいでもある。


 ルイとの仕事は、日本の保健所のような機関をつくることだった。といっても、僕は保健所が何をしているのかはよくわかっていない。食中毒を出した飲食店を営業停止にしたとか、ニュースでやっていたが、その程度の認識だ。


 この世界に来て驚いたことの1つに衛生観念の無いことだった。屋台で買った食べ物を汚れた手でそのまま食べている。そもそも手を洗うこともない。

 そして、少しくらい汚れた水でも飲んだり、料理に使ったりしていたことだった。水道がないから、きれいな水を汲みに行くのは面倒だからだ。

 そして病気になり、早く死ぬ。


 医者にかかるのもお金がかかる。だからかからず死んでいく。そうした者が多く、それが孤児を生み出す原因にもなっていた。


 王都風邪のときは、コロナ対策の真似をして、手洗い、うがいで効果があった。そうした手洗いを広めて、きれいな水を使うことを、まず広めようと考えた。


 そして、その予算は50億円。王国の政策としては破格だ。公爵様、王女が後押ししてくれたせいもあるが、第1王子、第2王子、ともに王位継承から離れてくれるならと、予算を認めてくれたのだった。


 ところが、この金額があだになってしまった。


******


  ムータン宮の近くの門の外に、事務所を設置した。あわせて王宮内の職員を50人ほど派遣してもらう。周囲に近衛兵第5部隊の詰め所も設置する。一応王子なので護衛も必要だ。


 そこに、毎日毎日、人が押し寄せる。貴族の誰それの紹介だとか……。

 要は、50億の予算に群がっているのだ。

 おそらく、第1王子、第2王子の息がかかったのもいるだろう。おこぼれをもらおうと必死だ。


 酷いのは、レミュス家の関係者だと名乗った男だ。レミュス家は謎だと言われているから、どうせ知らないだろうと甘く見てくるのだ。レミュス家を騙った詐欺も多いと言われている。

 その男は、L に遠くまで連れていってもらった。どこかはわからない、戻るのにどれくらいかかるだろうか、そういうところに。それでも首を刎ねられるよりは親切だろう。


 とはいえ、第3王子が相手だから、権威で威張り散らかすような輩はいない。どうあがいても位はこっちが上だ。

 建物の建設は……、印刷物が必要ならば……、輸送は……、そんな感じで業者が日参してきてた。


 あるときだった。

「感動しました。貧しい人達を救うという崇高なお仕事に私も加えてください」

 そう言って来たのがイルゼという女性だった。年は30前後だろうか。未婚だという。

「お給料もいりません。どんな仕事でもします。よろしくお願いします」

 そう言ったそうだ。

 職員の雇用は、ルイや僕の仕事ではない。人事の担当者が熱意があるようだからと採用してしまった。


 これが、事の始まりだった。たぶん……、ドクトル企画の……。


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