まさかの……
ルイは変わった。変わったと言うより成長した。
最近は、ビルギッタさんといつもの畑に行って農作業もするようになった。デーン王もそれを勧めていたから、かなり積極的だ。セシリアとお弁当を届けに行くと、笑って、楽しそうに働いてるのが見えた。
でも、体力が足りないからできることは限られる。
「なんだ、そんなこともできないのか」
こう言われても、素直に笑っている。一緒に働く男たちとも仲良くなって、愛情がこもったいじりだとわかるのだ。
ちょっと日焼けもして、そのおかげでほんの少しだけどたくましくもなったように見える。
いろいろなことが良い方向に進んでいる。
畑仕事の合間に、孤児院の訪問と貧困街での炊き出しに行くようにした。セシリアとビルギッタさんも一緒だ。
まだ人見知りのところはあるけれど、初めて会った人にも挨拶をしている。
こういうところに些細な成長が見えた。
孤児院で、ルイは子どもたちの勉強を担当した。
かつてやらかしたことで、小さな女の子への対応は心配だったが、今は大丈夫なようだった。
元々は大人の女性が怖かったから小さな子へ目が向いたのであって、そういう性向があったわけではない。大人の女性と普通に接することができるようになったから、小さい子への関心もなくなっていた。
ただ、いろいろな人と接すると、必ず変なやつが現れる。
*****
炊き出しの場では、必ず割り込むやつが出てくる。
身体が大きく、いかにも強そうに見せかけている。
僕は戦場に行って以来、こんなやつを怖いと思ったことはないが、ルイに対応はまだ早い。影の護衛がいるとしても危険な目には遭わせられない。だから、僕が対応する。
「割り込みなんかしていると魔神が出ますよ」
「そんなわけあるか!いいからさっさと出せよ」
だいたいがそう凄んで言うことを聞かない。だからそんなやつは、一瞬、僕の空間に閉じ込める。真っ暗な空間に。
それからしばらくして、列の最後尾に出してやった。
並んでいた人たちには何が起きたかわからない。消えたと思ったら列の最後尾にいる。ちょっと不思議だが目を離した隙に動いたと周りは思っている。
しかし、当の本人は、真っ暗な空間に行ったわけだから、もしかして魔神か?と不安にもなる。それでおとなしくなるか、ならなければまた閉じ込める。もう少し長い時間を。それでだいたいケリが付く。
ルイが、いろいろな野菜を煮込んだ雑炊を、容器によそっていたときだ。
「俺は、身体が大きいのだから大盛りじゃだめか?」
どうしたらよいか迷って、僕の方を見たが、自分で判断して良いよと伝えた。
ルイは、ちょっと考えてから、多めによそってあげていた。
「ありがとうよ」
その大柄の男は、喜んでお礼を言っていった。
「どうして多めにしたの?」
「だって、あの身体で子どもと同じ量というのもかわいそうじゃない」
「ああ、それでよかったと思うよ。全体の量が少ないと難しいとも思うけど、今日くらいたっぷりあれば、いいんじゃないかな。残るよりもいいよ」
そう言われてルイは嬉しそうに笑う。自分で考えて、行動もできてきた。
「いろんな人がいるね」
並んでいる人達を見て、ルイがポツリと言った。
「ああ、それを知ってもらいたかったんだ」
「そして誰も、一生懸命生きている」
「そう、そしてそういう人を助けるのが……」
「僕の仕事」
「なんか、ルイはもうタクよりも大人に見えるね」
ビルギッタさんが感心して言う。確かに、来たばかりの頃は、僕より年上なのに年下に見られた。それが、もう誰が見ても僕より年上だ。
******
獣人族の孤児院を訪問したときだった。
最初は、ルイも獣人族に偏見があった。それが、何回か来るうちに考えが変わっていった。
「孤児が多いのは貧しい獣人族が多いからなんだね」
「そうなんだ。人類も孤児の原因は貧困なんだ。貧しいから育てられなくて捨ててしまう。食事もとれないから病気になりやすい。だから親なのに若くして死んでしまう。そうして孤児になるんだ」
「僕は、そういう孤児が減らせるような仕事がしたい」
ルイは、力強く言った。
それを横で聞いていたビルギッタさんが、ルイの頭をクシャクシャとする。
「もうっ」とルイはビルギッタさんに抵抗しようとしたが、彼女の目にうっすらと涙があるのを見て、それを止めた。ビルギッタさんは嬉しかったのだ。ルイの成長を感じての涙なのだ。その照れ隠しが、頭のクシャクシャなのだ。
「誰かおらぬか」
孤児院の入り口から声がした。若い女性の職員が対応に向かった。
「院長に会いたいそうです」
戻ってきた職員が、院長にそう告げた。
怪しそうな声だったので、院長と一緒に僕たちも行った。
小さな応接室に通された、小柄な男は開口一番こう言った。
「ディールス男爵家の者だ」
「誰?」
小さな声でビルギッタさんに聞く。
「パウラ妃のご実家よ」
「第二王子の?」
「そう」
その男は、ゴホンと小さく咳をした。
「主は、王都との行き帰りにここの前を通るのだが、なんというか、臭くて、見苦しいとおっしゃるのだ」
「臭くて、見苦しい?」
「そうだ。獣ばかりを飼っているのではないか。それで、主の目に入らぬよう、どこかに移ってもらえぬか」
「そう言われましても、この孤児院はカッツェンシュタイン公の経営ですので、私からは……」
「それは知っておる。我々が公に直接言うと角が立つだろう。そこを気をきかせて、そなたから移動したいと公に言えばよいのではないのか」
何を勝手なことを言っている。臭い?見苦しい?
「それならば、男爵様が経路を変えられたらいかがでしょうか?」
ちょっと頭にきて、僕がそう言った。
「馬鹿者!そんなことができるわけないだろう。それにパウラ妃殿下も通られるのだぞ」
「そう言われましても……。難しいと思いますよ。移るといっても費用もかかります。それをご負担いただけますか?」
「そんなことできるはずがないだろう。お前たち平民は、黙って言うことを聞けばいいのだ」
「平民と言われますが、僕は子爵です。そして彼女は子爵のご令嬢です」
「子爵だと? 貴族がなんでこんなところにいるんだ」
「いちゃダメですか?」
「貴族を僭称したら罪は重いんだぞ。確実に死罪だ。それでも貴族だと言うのか」
僕は、貴族の徴章であるバッジを見せた。こんなやつがいるから、持ち歩いてもいる(というか空間に収納している)。
「これが何だ?」
「子爵の証です。ご存じないのですか?」
「ホンモノのようだな……」
少しうろたえだしていた。
「それじゃあ、しかと申しつけたぞ。近いうちに移るように」
男は、それだけ言うと出て行った。
「昔の僕は、あいつみたいだったんだね」
ルイが、言う。
「ああ、残念ながらそうだった。でも変わったのだからいいじゃない」
「そう言ってもらえると……。見ていると情けなかったな」
「また来るかな?」
「おそらくまた来ます。公爵様にお伝えした方がよろしいでしょうか」
院長が、難しそうな表情をしている。
「ええ、そのほうが良いとは思いますが……。公爵様は、また何か企むかもしれませんね」
「それじゃあ、僕が……」
ルイがそう言う。目に力がこもっている。昔の自分で見ているようで、その昔の自分と決別するためにも、自分で何とかする。そういうつもりなのだ。
*****
だから、しばらくは毎日この孤児院に来ていた。
そしたら、やはりあの男がやってきた。
「タク、お願い」
「わかった。少し時間を稼いでくれ」
ルイはうなずいた。
今度は、大勢連れてきている。強面の連中を。応接室には入りきらない。そこで入り口辺りの園庭での話となった。
「まだ移らないのか?主はお怒りだぞ。パウラ妃殿下も」
「パウラ妃には聞いたの?」
今回はルイが対応する。
「なんと無礼な。敬称もつけずに。それだけで首が飛ぶぞ」
「僕の首が飛ぶ?それはすごいな。僕の首を飛ばせる者は、この国に何人いるのかな?」
「何を言っておる。その無礼だけで、ここを取り潰せる。みんな聞いたな」
まわりの男たちが、オーッと同意の声を上げた。
「お待たせ」
遅れて現れた僕を見て、ルイがうなずく。
「カッツェンシュタイン公にはどう説明するのだ」
「そんなのパウラ妃殿下のご威光でなんとでもできるわ」
「そうか……」
「まだか!何をしておる!」
もう一人男が来た。どうやら外の馬車で待っていたようだ。
「本当に臭いなここは」
「主のディールス男爵様だ。わざわざ来ていただいたのだ。今日返事をしないとたいへんなことになるぞ」
なんというグッドタイミング。まさか本人が来るとは。
男爵は、鼻をつまみながら、「こいつらを使っていいから」と男に言っている。
「こんな虫けら、つまみ出せ!」
「そうか、男爵とは初めてだな。余がルイトポルトだ」
ルイは、初めて身分を明かした。
「ルイトポルトって? 第三王子の?」
ルイはうなずいた。
そのときビルギッタさんがルイの後頭部を思い切りひっぱたいた。パーンと小気味よい音が響く。
「何言ってるの。よりによって王子を僭称するなんて……」
僕はあわてて、
「ビルギッタさん。本当なんだ。ルイは第三王子なんだ」
「えっ、本当なの?」
ビルギッタさんは、ルイを見て固まっている。
「何を……。そんなわけないだろう」
ディールス男爵が鼻を押さえたまま言う。
「それは私が保障しよう」
後ろから現れたのが公爵様だ。おもしろそうだからと見に来ていた。
「わしも保障するぞ」
デーン王も来ていた。僕が、ルイから頼まれて、さっき空間魔法でお迎えに行っていたのだ。今回は、いかにも王様という出で立ちだ。
「あのおじいちゃん?」
何度か夕食を一緒にしたビルギッタさんのリアクションは格別だ。
「もしかして……、王様?」
ルイは微笑むだけだ。
ディールス男爵は、強面の連中をけしかけようとしたが、それは近衛兵第5部隊が現れて押さえこまれ、何もできない。彼らは、孤児院の外で待機していたのだ。
近衛兵がいるということは、王族であることは、確実にわかるはずだ。
「まさか……」
ディールス男爵は、何もできない。
「先ほど、無礼者と言ったな。それはどっちだ」
ルイは、意地悪っぽく言った。
最初に来た小男はブルブルと震えている。
「孤児院はこのままでいいな」
ルイからそう言われて、男爵は黙ってうなずいた。鼻をつまんだまま……。
それから、ディールス男爵は配下を連れて帰っていった。第3王子に公爵、そしてデーン王、こうなったら娘のパウラ妃でも収められない。ここは引き下がるしかないと思ったのだろう。
「立派だったぞ」
デーン王がルイに声をかけた。
ルイは嬉しそうに微笑む。大好きなお祖父さんに褒められるのが一番嬉しいのだ。
「まさか、ルイが……、王子だなんて……、私、ひっぱたいちゃったけど……」
あのビルギッタさんがうろたえている。うろたえるところは違うようにも思うけど。
「ごめんなさい。内緒にしていて……。タクと相談して、そろそろ王城に戻ることにしたんだ。だから、このタイミングで明かすのがよいかと思ったんだ」
ルイは、ビルギッタさんの手を取る。ビルギッタさんは、今までの対応を思い出して、少し緊張している。
「お祖父様。お願いがあります。僕はビルギッタを妃として迎えたい」
「無理」
ルイに手を握られていたビルギッタさんは即答した。
「なぜ?」
「だって、そうでしょう。私は子爵の娘といってもほぼ最下層よ。ルイ殿下よりも年上。いくらなんでも釣り合わないでしょう」
「それでもビルギッタがいいんだ」
「無理無理無理……」
「僕が嫌い?」
「嫌いなわけないじゃない」
「じゃあ問題ないだろう」
「わしからもお願いしたい。ルイトポルトをひっぱたける人間なぞ、この世界でそなただけじゃ。何度も一緒に食事をしたからそなたの人柄はよくわかっておる。何が正しくて、何が間違っているかをよくわきまえておる。ルイトポルトが道を誤ったときに正してくれる者がそばにいてくれるとありがたいのじゃ」
デーン王が頭を下げた。一国の王が頭を下げたのだから、もう受けるしかない。
「そう仰られるのならば……。お受けいたします」
ビルギッタさんは、見事なカーテシーで応えた。やはり育ちは良い。
「タク、僕が王子だというのは村の連中には内緒にしてくれないか。時々は行きたいんだ」
「大丈夫だよ。彼等は。僕が子爵でもタメ口だもの。王子でも気にしないでタメ口だよ」
「確かにそうかもな」
そう言って全員が笑った。
ディールス男爵を成敗する予定が、とんでもないことになった。
「タク、本当にありがとう。君に頼んで、本当によかったよ」
デーン王が僕に頭を下げた。あまりのことに恐縮する。
「いえ、ルイの本当の姿がこうだったんです。今までしがらみでがんじがらめになっていたのを、解いただけです」
「それでな……。前に言っていたことも実行しようと思っている」
前に言ったこと、デーン国の王位継承権か。それは彼にとっても良いことだろう。今回も含めて、ルイは良い為政者になるだろう。国民思いの。
これで、ルイは王城のムータン宮に戻ることになる。ビルギッタさんも婚約ということで王城で修行をすることになるという。少し寂しくはなる。
しかし、今回のことで、ディールス男爵、そしてパウラ妃の恨みを買ったことになる。
それに対抗するのはルイ。果たして負けずにやれるのか。




