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ルイの変化

「ぶったね……」


 ルイは涙目で言う。


「どうしたんだ」

 僕は慌てて駆け寄った。ビルギッタさんが、ブチギレた感じでルイの前に立っている。


「ルイが、トンボを捕まえたと思ったら、足とか羽を引きちぎったんですよ」

「虫けらじゃないか」

 ルイは、吐き捨てるように言った。

「虫ならば、何をしてもいいの?」

「ああ、かまわない。なぜダメなんだ」

「だって命があるでしょ。どんな小さな命でも大切にしなければならないの」

「じゃあ、牛や豚に命はないの?あるでしょ。でも殺して食べている。それには何もいわないじゃない」

 ルイにそう言われて、ビルギッタさんは言葉を返せない。


 ルイが、ハッキリと自分を出したのは、これが初めてだ。ちょっとおもしろそうだと思って見守ることにした。

 そういえばこんな議論、中学の授業であったな。”なぜ人を殺してはいけないのか?”道徳だったっけ。細かいところが思い出せない。ちゃんと聞いておけばよかったな……。


「とにかくダメなのよ」

「だから、どうしてなの?」

 またビルギッタさんが言葉に詰まる。


 畑で働いていた男たちが、何事かと集まってきた。みんなビルギッタファンだ。


「人は殺してもいいのか?」

 一人の男がルイに聞いた。威圧的ではなく、笑顔で優しく、自分の子どもに聞くように。

「それはダメだ」

「じゃあ、人を殺すのはダメで、虫や動物を殺してもいいのはなぜ?」

 ルイが考え込む。


「実はな。俺にもわからん」

 男は、そう言ってガハハと笑った。

「わからんけど、考えることは大事じゃないかな。なあビルギッタさん」

「そうね。私にもわからないわ。そうやって考えることは大事ね」


 そう言われてもルイは黙ったままだ。ただ、ルイの中で何かが動いている。そんな感じがした。


*  *  *  *  *  *


 その日の夜は、ルイは一緒に食事をとった。

 ビルギッタさんには、まだ近寄りがたいようだが、セシリアとヨネさんは近くにいても平気になっていた。特に話はしないが、ヨネさんの言うことは聞くようになっているようだった。


 ルイが、食事の途中に皿を床に落としてしまった。皿は割れて、床の上に飛び散った。

「まあ、たいへん」

 ビルギッタさんとセシリア、ヨネさんが立ち上がって、すぐに皿の欠片を集め、床を拭く。

 しかし、ルイは黙ったまま。何も反応がない。何事もなかったように。食事を続けている。

 確かに、王子の振る舞いとしてはそうなのだろう。しかしビルギッタさんが黙っているはずはない。


「何を見ているの!あなたが落としたんでしょ。手伝うなり、謝るなりしなさいよ」

「謝る?」

「そうよ。人に迷惑をかけたら謝るのが当然でしょ」

「よくわからない……。僕は悪いことをしたの?わざと落としたわけでもないのに……」

「そりゃそうだけど。普通は謝るのが筋よ……」


「まあまあ、そういうことも教えられていないのね。少しずつ覚えていきましょう」

 ヨネさんが、やさしくこの場を収める。


 やはり、ルイはまだまだだ。かなり時間がかかるかもしれない。

 教えてできるようになるのなら簡単だ。学校もイジメはダメだと教えても、イジメはなくならない。


 ルイは、ビルギッタさんにいろいろと言われて、イラついてのいるのがわかる。

「もう寝る」

 そう言って立ち上がって自分の部屋に行こうとした。

 そのときに、床を片付けようとしていたヨネさんとぶつかってしまった。

 ヨネさんは、ドンと床に倒れた。

「痛たた……」

 腰を押さえて痛そうにしている。しかし、ルイはその場で立ちすくむだけだ。


「何やってるの!」

 またビルギッタさんが大声で叱った。

 さすがにルイも、しまったと思ったようだ。

「いや……、僕は……、わざとじゃない」

 おどおどして、うろたえて、うまく言葉にできないでいる。

 ヨネさんが立ち上がって、ルイをだきしめた。

「大丈夫よ。なんともないわ」

 ルイは、そう言われてほっとしたような表情を見せた。


「ごめんなさい……」

 初めてルイが謝った。それを聞いて、僕もビルギッタさんも、セシリアも、驚いてルイを見た。

 

「ちゃんと言えるじゃない」

 ビルギッタさんが、笑いながらルイの肩をポンと叩いた。

 セシリアも、ヨネさんも笑っている。僕も嬉しくなって、思わず笑ってしまった。

 ルイもばつが悪そうに笑う。


 それからテーブルを整えて、食事の続きをする。もちろんルイも一緒にだ。

「僕は、人が怖かった。だから誰にも会わないように部屋に閉じ籠もっていた」

 ルイが、話を始めた。

「さっきヨネさんに抱きしめられた。こんなふうにされたのも初めてだった。ヨネさんって温かいんだなと思ったんだ。そう思ったら、自然とその言葉が出てきた」

「私も抱きしめてやるから、いつでも言えよ」

 ビルギッタさんはそう言ったが、ルイは首を振った。

 それを見て、またみんなで大笑いした。


「僕の周りには、笑っている者などいなかった」

 その一言に、僕たちは一瞬笑いを止めた。そうなんだろう。母親のフルディーネ妃に抱きしめられたことも、笑みを投げかけられたこともなかったのだろう。配下の秘密警察の隊員も笑うことはないはずだ。


「これからは思い切り笑っていきましょう」

 そうヨネさんが言ってくれて、またみんなが笑顔になった。

 それを見て、僕はちょっと思いついた。

「明日も、散歩に行こう。セシリアも一緒にな」


******


 次の日は、お昼前に屋敷を出て、前と同じコースを歩く。

 会う人はみんな挨拶をしてくれるが、ルイは、相変わらずうつむいたままだ。

 田園の風景も美しいのだが、そういったところを見ようとしないし、見ても何も思わないみたいだ。


 前の日と同じ畑に来た。

「よう姐さん。今日も散歩か?」

 男たちが声をかけた。

「そうよ。かわいい弟とデートなの」


「よかったら、お昼を一緒に食べませんか。お弁当をたくさん用意したんです」

 僕は、畑で働いている男たちを誘った。

「いいのかい」

「そのために来たんです。たくさんありますからどうぞ」

「それじゃあ、昼にしようか」


 男たちが、手を休めてこっちに来た。畑の脇の、大きな木の下に、敷物をしいて、そこに座った。

 セシリアとビルギッタさんの特製サンドイッチだ。

「ほう、こんな美味いサンドは初めてだ」

「中身は、卵にトマトか」

「薄切れの肉のもあるぞ」

 サンドの評判は上々だ。


「それで、みなさんと、いろいろとお話しがしたいんです」

「なんだ?」

「みなさんが、笑えた、という話をしてもらえるとありがたいのです」

「そんなのでいいのか? そんなのしょっちゅうしているぞ」

「ええ、その仲間にいれてもらいたいのです」


「それじゃあ、俺が一番目。この間、村長さんの家にいったときに、嫁さんだと思って抱きついたら、知らない人でした」

「ガハハ、あるな、それ。田舎もんは、似たような服を着てるからな」

「そうそう、髪型もほぼ同じだしな……」


「この間、家族で親父の墓参りにいったんだけど。いろいろと近況報告をして、お願いもして、帰ろうとしたら、隣の墓だった」

「似てるもんな」

「そうだろう……。結構間違えるよな」


「次、俺ね。道を歩いていて、腹が大きい女の人がいたから、妊娠していると大変ですね荷物持ちますよ、と言ったら、ただの太っている人で、むちゃくちゃ怒られた」


 そんな感じで、次々と失敗談が出て、みんなで大笑いになった。

 気がつくと、ルイも笑っている。


「みんな失敗しても平気なんだね」

 ルイが笑いながら言う。

「当たり前だろう。失敗しない奴なんかいるか。失敗を笑い飛ばして、失敗しないようになってくんだぞ」

 そう言われて、ルイは一瞬真顔になった。

「そうか……。失敗してもいいんだ」

 ルイは、何かをつかんだようだ。


「そのサンドイッチとってくれ」

 そう言われて、ルイは目の前のサンドをとって渡した。王子だったら絶対にしないだろう。それが、すんなりとできている。

「ありがとうな」

 そう言われて、ルイは固まってしまった。見ると、目には涙が溢れている。

 僕も、そして周りの者も、いったい何があったのかと、ビックリした。


「僕は、ありがとうって言われたのは初めてだ。なんだろう……、なぜか涙が出てくる」


「いろいろと苦労したんだな、お前も」

 リーダーっぽい男が、ルイの頭をなでた。それも、ルイにとっては温かい触れあいだった。

 ルイは、人に触れることもなく。周りの誰も笑わない。そして感謝されることもなかった。僕たちにとっての当たり前が、ルイにとってはカケラもなかったのだ。それを一気に体験し、ルイの心の中が大きく揺れ動いている。


 その日からルイは変わった。

 ビルギッタさんとも話すようになってきた。きつい言葉に、時々は「もう寝る」と部屋に籠もってしまうこともあったが、その背後にある愛情をしっかりと受け止めていた。

 そしてビルギッタさんもルイのことを本当の弟のように思っていた。


******


 ルイとの毎日を手紙にして、デーン王に届けていた。空間魔法を使えば、すぐに届けることができる。デーン王も、その手紙を楽しみにしていてくれた。

 そして、ここのところのルイの変化を、特に喜んでいた。


 どうしてもルイに会いたいというので、僕が空間魔法で、連れてきてしまった。デーン国の王城には内緒で。護衛もつけずに。


「ルイ、今日はお客さんがいるぞ」

 デーン王をお連れして、夕食時、ルイに会わせた。

「お祖父様!」

 デーン王の来訪にルイは喜んだ。

「どうして?」

「そりゃ、ルイトポルトに会いたくてな。タクに無理を頼んだんだ」

 ルイは、満面の笑みだ。ルイの周りで笑顔を見せてくれるのはデーン王だけだった。だから母親のフルディーネ妃よりも好きだった。


「ようこそいらっしゃいました」

 ヨネさんが声をかけて、ビルギッタさんと夕食の準備をする。

 セシリアが食事を運んできて、デーン王を見て、一瞬固まってしまった。

 デーン王は、人差し指を口にあてて、内緒で、とセシリアに伝えた。


 それからの夕食は、ルイが喋りまくっていた。毎日が楽しくてたまらないとも。

「今度、畑の仕事を手伝わせてもらうんです」

「それはいいな。わしも昔はやったぞ」

「お祖父様もですか?」

「そりゃ、我が国は農業国だもの、畑を知らなくては治められないぞ」

「治める?」

 ビルギッタさんが、その言葉に反応した。

「いやいや、商会を治めるという意味じゃ。取引をするためには、その経験も必要だからな」

と、なんとかごまかした。


「楽しい時間だった」

「もう帰られるのですね」

 ルイが名残惜しそうに言う。

「残念だが仕事が待っておるので。また、タクに連れてきてもらうよ」

「また来てくださいね」

 デーン王は、やさしく微笑んだ。


 その後、僕の空間魔法で、デーン王を国までお送りした。

「ルイトポルトをデーン国の王にしてもよいかな。今日見てそう思ったよ。王太子も、そのほかの王子も娘ばかりなんだ。王太子の次の候補にしてもよい」

 王はそう言う。

「そうですね。畑を耕した王というのはいいですね」

「そうじゃ。タク、ありがとう。本当によかった」

「いえいえ、でも、まだまだこれからです。王子として名を上げてもらわなければ」


 ルイの次のステップは、孤児や貧困の支援を手伝ってもらうことだ。これで、国民の実態を理解してもらい、王子としての評価を高めてもらうつもりだ。


 しかし、そういうところでも、必ずクズが現れる。

 クズVSルイ。これを乗り越えるのも大事だろう。


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