初めての外交
突然デーン国が、農産物、特に麦の輸出を止めると通告してきた。
理由は不明だが、ルイトポルト王子に関連してのことだろう。
僕にデーン国に行けというのは、謝れということなのだろうか。
ホテルで待っていると、迎えの馬車が来た。
外に出てみると、20台以上はある。
「外交だからだ。少ないと格好がつかん」
公爵様が馬車から降りてきて言った。
「夫人も同伴だからな」
見るとセシリアも連れてこられていた。
公爵様の話では、謝りに行くのではなくて、交渉に行くのだという。つまりは外交だ。国の全権をとして公爵様が行くことになったのだった。
「お前も経験しておくと良いだろう。この問題の当事者でもあるからな」
公爵様は、いじわるそうにニヤリと笑う。
1人だと空間魔法で一気にいけるのだが、大勢だとそういうわけにもいかない。
幸いなのは、デーン国は友好国だから人の往来も多く街道が整備されていて馬車が揺れない。そして、僕の馬車はセシリアと2人だった。ここのところゆっくりと話ができていなかったから、これはうれしい。
デーン国との国境まで5日、国境からデーン国の首都まで5日、全体で10日の旅だ。
馬車は、それほど急がず、田園地帯の緑の中を進んでいく。
「見て、白鷺が……」
大きな川の流れの中に白鷺が長い足で立ち、小魚を狙っている。この間の第3王子との出来事も忘れてしまうくらい、ゆったりとした時間が流れていく。
国境も、便宜上のもので、ほとんどの人がフリーパスだ。王国の使者ならば、何も言われずに通される。
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デーン国の首都は、それほどは大きくはない。首都に入る正門をくぐると、その正面に王城が見える。王城も大きくはないが、いくつもの塔が立っていて、それが目をひく。
僕たちは王城ではなく、その横にある迎賓館に滞在して、そこでいくつかの会議や公式日程をこなしていくのだ。
到着した日には予定もなく、それぞれの居室で過ごすことになっていた。
僕とセシリアは平民服に着替えて、街へ繰り出した。そのほうが、僕たちらしい。
デーン国は、言葉もほぼ一緒で、違いといえば、共通語と関西弁のような違いだけだ。
小さな食堂を見つけて入った。結構賑わっていたが、隅に席を用意してもらった。農業国だけあって、いろいろな野菜のメニューがあった。ただ、煮る、焼くが基本の料理ばかりだった。
「この野菜のスープは、塩だけなのに野菜のうま味がしっかりとでているわ」
セシリアが感心している。
「ほう、よくわかったね。キャベツの芯とかニンジン、大根の皮の部分も最初に煮込んでしっかりとうま味をだすんだ」
接客のおばさんが説明してくれた。
「僕たち、ヴェステンランドで食堂をやっているんです。新しい料理を探して、この国に来たんです」
「そうかい、それならなんでも聞いてくれ」
そう言われて、セシリアがおばさんを質問攻めにしている。おばさんは嫌な顔をせずに、何でも答えてくれる。時々、笑い声も出て、楽しそうだ。
僕は、ほかの客の会話に耳を傾けていた。
王様の噂、政治の話も出るだろう。
いろいろと聞いていると、王様の評判はすごく良いようだった。しかし、麦の輸出を止めたことへの不満が、あちこちで出ていた。この国の一番の産業だからだろう。
それから、セシリアの話は尽きないようだったけど、時間も遅くなったので僕たちは迎賓館にもどった。それなりの収穫もあった。それが生かせるかはわからないけど。
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次の日の昼食後から、交渉のための会議が始まった。まずは、公爵様、デーン王は出ないで、担当者同士の折衝である。ヴェステンランドからは、外務担当のジェイコブ侯爵、エイベル侯爵があたった。
3時間ほどの話で、結果として何の成果もなかった。なぜ、輸出を停止するのか、その理由が依然として不明のままだった。それがわからないうちは、公爵様の出番もない。
女性陣は、デーン国の夫人たちとお茶会を開き、翌日以降には孤児院の訪問などの行事を予定している。
その日の夜は、デーン国主催の晩餐会だ。
公爵様はマリーア夫人を伴って、僕はセシリアと席についた。セシリアは薄い青色のドレスに、王女からもらったブローチを胸につけていた。一緒に歩いていて、セシリアが注目されているのがわかる。マナーは、レナータさんや公爵家の侍女、そしてビルギッタさんからもたたき込まれているので、僕より安心感がある。
料理は、基本は昨夜の食堂と同じだが、材料、手のかけ方が段違いだった。セシリアは目をウルウルさせながら食べている。
デーン王と公爵様は、談笑してはいるが、腹の中ではいろいろとやりあっている。こうした光景をみておけ、ということで僕が呼ばれたのであろう。
翌日も、担当者による会議が続いたが、まったく成果はない。話が、同じ所を回っているだけだと担当の侯爵が説明している。
「埒があかないな」
公爵様は、王様をお茶会に誘った。2人で腹を割って話そうということだ。
そして、その場に僕も呼ばれた。
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迎賓館の小さな一室。小さな丸テーブルを囲む形でデーン王、公爵様、僕が席についた。
外の庭園もよかったが、誰にも聞かれたくない話もある。
「このお茶は、我が国の特産でな」
デーン王が勧めてくれる。
「ほう、確かに香りが高いですな」
「甘いですね。なんというか、やさしい甘さがじわりときます」
僕も精一杯のお世辞を言ってみる。
「わかってくれるか。この甘さが自慢なんじゃよ」
デーン王の機嫌は良さそうだ。
「さて、本日、陛下をお招きしたのは、交渉の件でございます」
「それは担当者に任せておるが……」
「残念ながら進展がございません。陛下の御一存と言われるばかりで……」
「たぶん……、わかっているとは思うが……」
「ルイトポルト王子殿下のことでございましょうか?」
デーン王はうなずいた。
「しでかしたことを考えると、いたしかたないとは思うが……。私の孫馬鹿じゃ」
「お気持ちはお察しします」
「ルイトポルトを王にしたいなどとは思ってはおらん。ただ、あいつを立場をもっと良くしてやりたいんじゃ。何か手柄を立てれば……、例えば今の問題を解決するとか」
「発言、よろしいでしょうか」
「かまわぬ」
「たとえ、麦の輸入の問題を、ルイトポルト殿下が解決したとしても、ヴェステンランドの多くの国民は評価しないと思います。やっぱり裏でつながっていたと、逆に評判をさげてしまうでしょう」
「そうだろうな」
「それに、先日、こちらの首都を散策しましたが、デーン国民も輸出停止で不満をもっております。このまま続けるのはよくはないかと」
「やはりそうか……」
「それで……、ご提案ですが、ルイトポルト殿下を私にお預けいただけませんか?」
「貴殿にとな」
「はい。私が昔住んでいた国には”可愛い子には旅をさせろ”という言葉があります。殿下は、ムータン宮に籠もりっぱなしで、外の世界を知りません。外の世界を知り、国民を理解して、国民のために働けば、多くの国民の支持を受けることにもなりましょう」
デーン王は、黙ったまま考えている。1分……、2分……、そして5分が経った。
「確かにそうじゃな。私もフルディーネもあいつを可愛がりすぎた。それがこんなことになったのだろう。”可愛い子には旅をさせろ”か、良い言葉だな。それでは頼めるか」
「もちろんです。私は、孤児や貧民の支援もしております。殿下にお手伝いいただければ、多くの国民が救われます。それが殿下の評価にもつながるはずです」
「確かに、王女のメサリーナもそういう活動をして聖女と言われるようになったのだったな」
公爵様がフォローしてくれる。
「うむ、それが一番よいだろう。迷惑をかけたな。麦の輸出停止はすぐにも解除させる」
「ありがとうございます」
「タクと言ったかな、よろしく頼むぞ」
「おまかせください」
デーン王は、ほっとした安堵の表情で微笑んだ。
先日行った食堂での客たちの話では、デーン王の評判は高かった。国民にも寄り添っていると。だから、僕の提案は、認めてもらえると確信もあった。難しいけどやる価値はあるし、僕の企みから王子がああなったのだから、少し責任も感じてはいた。
その日の夜のヴェステンランド主催の晩餐会は、デーン王のとなりに座らされた。
「かわいい娘だな」
デーン王は、セシリアを褒めてくれる。これはいつでもどこでもうれしい。
その日の晩餐会は、セシリアの独壇場となった。デーン国の野菜の素晴らしさを力説した。キャベツがいかに甘いか、ニンジンの香りがどれだけ高いか、ミルクの味の濃さ……。農業国のデーン国にとっての最大の賛辞だ。
最初は王、となりの宰相、そして大臣たち、次々とセシリアの言葉に耳を傾けてくる。
この日のセシリアは、デーン国の多くの人の心をつかんだ。
翌日からいくつかの公式行事をこなし、デーン国との友好をさらに深めて、今回の訪問は大成功となった。
しかし、僕には大きな宿題がある。それも結構難しい。
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オストールに戻って数日後、村の僕の小さな屋敷にルイトポルト王子がやってきた。
当然王子殿下とは言えない。知り合いの金持ち商人の息子ということにしてある。
呼び名もルイとした。
ルイは、デーン王から、僕の言うことを聞き、王族であることを隠すことを厳命されていた。ルイが、唯一頭があがらないのが祖父であるデーン王なのだ。言うことを聞かなかったら、デーン国の王族として縁を切るまで言われているそうだ。
まず、ルイをヨネさん、ビルギッタさん、そしてセシリアに紹介した。とりあえず、みんな大人の女性。ルイが最も苦手としている。
「ルイ君、よろしくね」
ヨネさんが挨拶したけれど、うつむいたままだ。
「ちゃんと返事しないさい!」
ビルギッタさんが、ピシッと叱った。叱られてもうつむいたままだ。
「もう寝る」
ルイは、そう言って部屋に行ってしまった。
「ごめんなさい。私が強く言いすぎました」
ビルギッタさんが、頭を下げた。
「大丈夫だよ。今まで一度も叱られたことがないようだから、しかたがない」
「一度もですか」
「そう、生まれてから23年間一度もない。だから、家で預かることにしたんだ」
「タクさんより年上?」
「うん、幼く見えるだろう」
「はい、17,8かと思ってました」
僕がルイよりも大人に見えるとしたら、この世界での経験の差だ。ルイがムータン宮に引きこもっている間、僕は戦場にいたり、領地を改革したり、貴族と欺し合ったりしてきた。さらにドクトルとの対決。それが、今の僕を作っているのだ。
もし、前の世界にずっといたら、僕もルイもそう変わらなかったかもしれない。
話だけを聞いたなら、ルイはとんでもないクズだ。
でも、そのすべてを彼の責任にはできないと思った。甘やかしすぎたフルディーネ妃とデーン王にもその責任はあると思う。
ルイはある意味犠牲者でもある。小さい頃から、あの環境におかれたらそうなってしまうだろう。第一王子もそうだし、第二王子もだ。
翌日は、ビルギッタさんがルイを散歩に連れていくという。嫌がっているので、僕が行きなさいと言った。デーン王から言われているので、僕の言うことは聞かなければならない。
僕とルイとビルギッタさんが、並んで村の通りを歩いて、麦畑へ出た。
途中会った人は挨拶をしてくれたが、ルイは相変わらず横を向いている。
「よう姐さん」
麦畑で働いている男たちがビルギッタさんに声をかける。誰もビルギッタさんより年上だが、男勝りでさっぱりとしたビルギッタさんを”姐さん”と呼んで慕っていた。
僕は、この性格だからルイを任せたいとも思った。
ところが、そうはうまくはいかない。
パシッと、音がしたので振り向くと、ビルギッタさんがルイをひっぱたいていた。
頭を押さえて涙目のルイ。
ちょっとヤバいかも。一応は王族だ。
僕は、ビルギッタさんをかばえるのか?




