ドクトルの弱点
カッツェン蒸留所の酒に毒が入れられた。
それは、すぐに公爵様へも伝えられた。
保安隊だけでは人手が足りないので防衛隊も手伝う。1人も犠牲者を出すわけにはいかない。
オストールの酒屋をまわってくれて、「毒入り 危険」と書かれた酒を22本見つけた。
公爵様は、酒屋での販売を中止して、王国内全体に知らせた。
「毒入り 危険」と書かれていない酒の瓶も、〈鑑定〉スキルを持っている者を高額で雇って、すべてを鑑定させるという。
ランドシャフトで、これからを相談しようと集まっていたら、保安隊長さんがやってきた。手に毒入り酒の瓶を持っている。隊長さんもランドシャフトの常連だ。
「街を巡回していて、これを持っている子どもを見つけました」
「子どもが?」
「ええ、知らない大人から酒屋で酒の棚にこっそり置いてくるとお菓子をあげると言われたそうです。その子は、うまくできなくてウロウロしていたみたいです、事情を聴いてもう帰しましたが、名前も家も聞いてますので、必要なら案内します」
「そうか……。その子は、それ以上は知らないでしょう。大丈夫です」
子どもを使うというの卑劣だ。捕まったとしても自分たちは安全だ。
「ちょっと貸して」
僕は、酒の瓶を〈鑑定〉してみた。確かに毒がある。それもフグの毒だ。
「毒は、フグですね。結構な量が入ってます」
「フグだと、海のほうの連中ですかね」
隊長が聞いてきた。
「いや、フグ毒は保存などもしやすいから、クルップ商会などは、大量に持っているはずだ」
「そうですか……。何か手がかりがあればと思ったんですが……」
隊長が帰った後、狼族のラムさん、サムさん、タムさんに来てもらった。
「これの臭いで犯人を辿れます?」
そう言って酒の瓶を渡した。
「ああ、これはもういろいろな臭いがついてますね。このうちのどれが犯人かわかればできるかもしれませんが……。それに酒の臭いもきつすぎますね」
「そうか……」
「でも、また何かできることがあるかもしれません。俺たちも酒が飲めないと辛いですし……」
獣人族の人たちの多くは、カッツェン蒸留所かそれに関係したところで働いている。
瓶の工場もだ。だから、自分たちの死活問題でもある。
とりあえずフグ毒の臭いを覚えたもらって、街などで見つけたら連絡してもらうことにした。 それから、連日、ランドシャフトを拠点に対策を相談する。
しかし、できそうなことは、見回りや注意をすることだけだ。
酒屋では、安全を確認できた酒だけを店の奥に在庫して、客から注文が来たときだけ出すことにした。なんとかそれでやっていくしかない。
******
「動機だ……。動機のない犯罪はありえない」
クレバーは言う。
「ドクトルの我々への恨みじゃないの?」
「それはないだろう。22本の……、全体で24本の毒入り酒を用意して、酒屋ですり替える。準備から実行まで、結構な人数が必要だ。恨みだけじゃ割に合わない」
「確かに、ドクトルは犯罪のシナリオを売るだけだし……」
集まって相談しているとき、1人の男の子がランドシャフトのドアを開けた。
「これを……」
そう言って手紙らしきものを差し出した。知らない大人から頼まれたと言う。
僕とクレバーは顔を見合わせてから手紙を開いた。そこには、
「10日後に、1億円の金を用意しろ。用意できないときは、毒入り酒をさらにばらまく。”毒入り”とは書かないで。金の受け渡し方法は、また伝える」
と書かれていた。
「やはり金か……」
僕は、そう言ってクレバーを見ると、何かニヤニヤしている。
「どうしたの?」
「これで解決できた」
「解決できたの?」
「ああ、あとは連絡を待つだけだ」
いったいどういうことだ?クレバーに聞いても教えてくれない。もう大丈夫だと笑っているだけだ。
その連絡?を待つ間、食事をとる。
そこまで余裕はあるのかと僕は思うが、食事を言い出したのはミアさんが顔を出したからだ。ミアさんも心配していたようだが、クレバーは大丈夫としか言わない。
ミアさんは、セシリアの考えた(というかアイディアは僕が出した)新作メニューが目当てだった。そこにちょうどクレバーもいた。料理のせいか、クレバーのせいか、それとも両方か、ミアさんは嬉しそうに笑っている。
「もし、失敗したら恥ずかしいから……」
クレバーは、新作のロールキャベツを食べながら、そう言うが、失敗するなんて1ミリも思っていないみたいだ。
「1つヒントを出そうか」
「ああ、頼む」
「やはりこれはドクトルが考えたシナリオで動いている」
「そうか……」
「このおかげで、ドクトルの弱点が見えた」
「弱点?それは何?」
「ドクトルは、人というものをわかっていない。頭が良すぎるんだ。その反対に実行する者はバカだ。そのギャップで失敗するんだ」
僕は、わかったようで、わからない。そんなことで、簡単に解決できるのか。
そんな話をしていると L が現れた。
「アジトを見つけた」
クレバーの言ったとおりだった。僕は口を開けたまま、クレバーを見るだけだ。
******
Lの報告で、アジトには15人の男がいる。外に出ている者もいるだろうから夜中まで待つことにした。
保安隊が30人に、念のために防衛隊も20人がアジトを遠巻きに囲んだ。その外にはシャテーのメンバーが潜んでいる。本当にアリの這い出る隙も無い。
僕たちは、シャテーのメンバーと見物だ。
アジトは、郊外のやや大きめの古い屋敷だ。2階建で、部屋数が20以上はある。
L が忍び込んで、だいたいの見取り図を作成していた。
保安隊長の合図で、アジトに突入した。
玄関からの突入で、犯人たちは大混乱に陥った。まったく想定していなかった。武器も手元にはない。あっという間に半分以上が取り押さえられた。
2階の部屋で休んでいた者は、窓から飛び降りて逃げようとするが、そこは保安隊が待っている。
30分ほどで、全員を捕まえた。潜んでいたシャテーのメンバーの出番はなかった。
その後、僕たちもアジトに入れてもらった。
酒の瓶が50本ほど並んでいる。もちろん酒は入ったままだ。
フグの毒が入っていると思われる瓶が5本、頑丈の箱の中にあった。クレバーの話だと、この量で、1000人以上が死ぬという。
「これを」
保安隊長さんから手渡されたのは、ドクトルが書いたと思われるシナリオだった。
「我々が押収しますが、今なら見てもかまいません」
そう言われて、クレバーとざっと目を通す。
やはり、綿密で、細かいところまで書かれている。金を要求するのは、最初の事件から10日目とか、届けるのはランドシャフトの1号店とか、具体的に指定されている。
王城の中にいるのに、まるで街を歩きながら考え、書いたようにも思えた。
「やはりな……」
クレバーがつぶやいた。
「何?」
「ドクトルの弱点……。思った通りだった」
「ドクトルの弱点と言っていいのかわからないが、ドクトルのシナリオは、一見完璧だが必ず穴がある。それが、人というものを理解していないことなのだ」
ドクトルのシナリオだと、酒をすり替える方法が10通りあった。そしてランドシャフトに最初の要求を知らせる方法も5通り、金の受け取り方も5通り用意されていた。
そして、酒のすり替えに子どもを使ったら、要求を知らせるには別の方法を使うようにも書かれている。しかし、犯人はシナリオ通りではなく、子どもに手紙を持たせた。
「人は、成功した方法を繰り返したいし、楽な方法を使いたくなるんだ。ドクトルの方法は正しいけど、ほとんどの人間にとっては面倒なんだ」
そう言われればそうだ。
「動機を考えるならば、第一が金だ。ドクトルが金が欲しいというわけではない。実行部隊が、これを引き受けるための動機だ。だから、必ず金を要求するような何かがあると思っていた。それが手紙だった」
クレバーは、自身の考えを噛みしめるように続ける。
「酒のすり替えに子どもを使ったのなら、また子どもを使う可能性はある。ただし、ドクトルは決してそう指示はしない。でも、さっき言ったように、楽で成功した方法を使いたくなるのが、人なんだ」
L もうなずきながら聞いている。
「子どもを使うとなると、1キロも離れたところの子どもに声はかけないだろう。ランドシャフトのまわりだ。それで、 L さんに頼んでランドシャフトの1号店、2号店、公爵様の屋敷の周りの子どもを見張っていたんだ」
「そこに、子どもが手紙をもってきた」
「そう。だから解決したと思ったんだ。手紙を届けに来たのが、大人だったら、うまくはいかなかっただろう。それでも、顔を覚えられることを考えると子どもを選ぶとは思ったよ」
「クレバーから、頼まれていたので見張っていたら、子どもにお菓子を渡している男を見つけたよ。後をつけて、この通りだ」
この結果ならば、VSドクトルは、クレバーの勝利と言っていいだろう。
******
これで、一応の事件の解決をみた。
「ドクトルの犯罪シナリオの信用が下がったみたいだ」
クレバーが、裏社会ではそういう噂が流れていると言う。
「立て続けに失敗しているからな」
「でも、これで諦めるなんてないよな」
「もちろんだ。だから信用を高めるために、あちこちで犯罪を繰り返すかもしれない」
「それは心配だな」
「ああ。それで、今回弱点だと言ったところも修正してくるかもな」
「そうなの?」
「それがドクトルだ」
僕は、公爵様に事件の全体を報告して、各地でも対策するように進言した。
「ドクトル……。そんなやつがいるのか。しかも王城内に……」
「はい、公爵様なら王子の側から追い出せませんか?」
「それは、やってみる価値はあるが、あのグスタフならしらばっくれるな」
「そうですか」
「うむ、なんとか対策は考えてみる」
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それからしばらく平穏な日が続いていた。おそらくドクトルは犯罪のシナリオをばらまいているだろう。クレバーはそう予測している。
街を歩いているとアルブレヒト辺境伯の配下の若者、ニールスとばったり出会った。
「久しぶり。大きくなったな」
僕は、うれしくなって声をかけたが、返事もなくおどおどしている。僕と出会ったのがマズいとも感じているようだ。
「どうしたんだ。何かあったのか?」
ニールスは、ずっとうつむいたままだ。やはりおかしい。
「僕に言えないこと?」
その一言に意を決したように顔を上げた。
「デニスが……、デニスが……たいへんなんです」
あの元気いっぱいのニールスが半泣きだ。
「何があったかはわからないけど、僕にまかせて」
ニールスを元気づけようと、自信満々に言った。
「でも……、その相手が……、第3王子なんです」




