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クレバーの逆襲

 この世界に差別は少ない。あるのは、貴族による平民の差別と獣人族への差別だけだ。獣人族への差別も、遠回しのものだが、貴族は違う。平民を虫けらのように扱い、平民の命を軽んずる。

 そして貴族の間でも、爵位によっての差別はあった。


 今回、ミアさんを襲って誘拐しようとしたのも、そうした意識が根底にあった。


 ミアさん襲撃の犯人である近衛兵部隊長のテオドールは、伯爵家の3男。ミアさんが子爵家の5女だから、どうにでもできると考えたのだ。さらに背後にはシュレック王子もいる。誰も手を出せないはずだった。


 クレバーは、空間に閉じ込めた男たちをハンゼ商会の屋敷へと連れていった。そこで待っているのはハカセだった。

 男たちを保安隊に渡したとしても、貴族がかかわっていると無罪放免になるだろう。そんなことはできない。


 ハカセの手にかかって、1日で男たちは落ちた。

 それの前に3日、あの真っ暗な空間に閉じ込められていたのだから無理もない。

 吐いたことに嘘がないか、僕が〈真実の目〉で確認した。


 男たちがミアさんを襲ったのは、単純に部隊長のテオドールがミアさんに関心をもったからだった。シュレック王子の指示はなかった。

 ただ、今までも、そういった女性を誘拐して王子に献上していた。そうすることで、たとえ貴族の令嬢であっても王子がもみ消してくれる。

 ミアさんもそうするつもりだったという。


「まったくのクズだ……」

 僕は、かなり頭にきたが、クレバーはそれ以上だった。

 ただ、シュレック王子がからむとなると、そう簡単にはいかない。

「俺に考えがある」

 クレバーは、そう言って意味深に笑った。


******


 数日後……。

 朝の王城の東門辺りの路上に、テオドールら3人を放置した。

 たっぷりと酒を飲ませて、泥酔状態にして、さらに衣服を一切身につけないままで。


 さらに、シャテーのメンバーで〈性技〉を使える者を、そこに配置した。

 王女に〈性技〉を教えたメンバーだ。スキルレベルは、すでに王女のほうが高くなっているが、それでも、この作戦の実行には充分だった。


「俺は、近衛兵第4部隊のテオドール様だぞ!」

「は、はく、伯爵家なんだぞ」

 そう叫びながら、全裸で近くにいた女性たちに飛びかかっていった。

 悲鳴をあげて逃げる女性たち。

 そのテオドールの下半身はギンギンだ。〈性技〉で高められていたのだ。


 まわりにいた男たちが取り押さえようとするが、

「無礼者!貴族の身体に勝手に触れるな!」

と一喝する。

 さすがに貴族と言われると、本当か疑わしくても、取り押さえるのに躊躇してしまう。


「逃げるな!俺様が……、貴族様が……、め、めいれいするのだぞ……」

 まだわめきながら、千鳥足で女性を追いかける。


「おい、近衛兵を呼んできてくれ。本当に貴族だったら、保安隊ではダメだ」

 誰かがそう叫んだ。誰か……、本当はクレバーなんだが。


 そう言われて、何人かが王城の東門に走った。その中には、近衛兵第2部隊の詰め所がある。

 まず、東門の衛兵に伝えるが、衛兵では貴族には対応できない。そこで衛兵は中の近衛兵第2部隊に伝えた。

 門が開いて、20人程の近衛兵が走ってきた。


 テオドールは、ふらふらにもかかわらず、まだまだ女性を追いかけている。下半身はいきり立ったままで。

「そこをどけ!それが平民の義務だろう」

 女性は、ほとんどその場から離れていた。男たちが取り囲んで、他に行かないようにする。それでも手は出せない。


 そうこうするうちに、近衛兵が駆けてきて、あっという間に取り押さえてしまった。

 泥酔しているのだから、ほとんど抵抗もできない。

「俺は貴族だぞ!この無礼者!」

「俺も貴族だ。この近衛兵の恥さらしが!」

 近衛兵が、一発パンチを入れた。まわりにいた近衛兵が口々にテオドールたちを罵った。街の人々、何十人もの前での失態。近衛兵の名誉を失墜する行為だ。どの兵士の顔も怒りに満ちている。

 そのまま縛り上げられて門の中に連れていかれてしまった。


「これで、こいつらは終わりだな」

 クレバーが、嬉しそうに言う。とりあえずミアさんの仇はとれた。

「ああ、そうだろう。でも、あの3人だけが責任をとらされて終わりじゃないの」

「いや、ここの近衛兵は第2部隊。第一王子の直轄だ。そして第2王子とは仲が悪い。それも尋常じゃないくらいにな」


 東門の中に、第一王子の居住するローゼ宮があり、王子を護衛する近衛兵第2部隊の詰め所もあった。

 だから、クレバーは、テオドールたちを放置するのにこの場所を選んだ。


 近衛兵は就いている者によって出世が変わってくる。王子が王となればそのまま第1部隊へと出世できる。王子が皇位継承権がなくなれば、ただの護衛兵だ。

 近衛兵第2部隊の兵士たちも、第一王子を王にしたい。そしてライバルである第二王子シュレックを蹴落としたいと思っている。

 だから、この事件は、またとないチャンスだ。


 それは、第一王子のグスタフにとってもだ。謹慎中で何もできなかったが、ライバルと思っていたシュレックが失態を犯した。それをこのままにしておくわけはない。


 その日の午後から、双方を支持している貴族たちが続々と王城に駆けつけてきた。

 片方がシュレック王子の責任を問えば、もう片方が必死に弁護をする。

 議論はどうどうめぐり、なかなか決着をみない。


 王都でも、噂はあっという間に広まっていた。貴族の近衛兵が酔っ払って全裸で女性を追い回したと。

 だから、王城内でも早期の決着が必要になった。


 結局は、王と宰相が相談して、近衛兵第4部隊は、隊員を総取っ替えで決着することになった。

 テオドールは、伯爵家から追放。平民とされた。父親の伯爵も、王国の職をすべて解かれたが、降爵は免れた。第二王子の後見人の1人でもあるので、いろいろな力が動いたようだ。


 シュレック王子にとっては甘い裁決だ。おそらく、背後ではパウラ妃が動いたのだろう。王は、やはり頭が上がらない。それが多くの貴族に強く印象されることとなった。


 おもしろくないのは第一王子だ。これで、貴族の誰がどっち派かが一目瞭然となった。人数的には、第二王子派が多い。第一王子派は、爵位が高い、昔から王家のために働いていた貴族だった。

 それで、泰一王子のグスタフは、これまで以上に第二王子への敵意を強めることになった。


******


「想定通りだ」

 クレバーは、自信満々に言う。

「これで、あいつらがおとなしくなるといいんだけど……」

 僕がそう言っても、クレバーは首を横に振る。

「無理だ。当然、何かを仕掛けると思うよ」

「それで国民が……」

「まだ、そういうことにはならないと思う。王城の中の駆け引きだ。あるとしたら、タクを引き込もうという動きが出てくるかもな」

「また面倒だな……」

「それが貴族の仕事だ。あえてどっちかに入ってみるのもおもしろいかもよ」

「そうだな……。それもあるか……」


 王女の決意を思うと、そうすることも選択の1つになるだろう。

 スパイみたいで、嫌なところもあるけど、誰がクズで、誰がまともかを見極めるのにもいいかもしれない。


 ただ、そのままだと王女が裏切ったと心配するかもしれないので、ルイーゼさんを通して、王女には伝えてもらった。

 その返事は、

「おもしろい」

という一言だけだった。


******


 クレバーが言ったとおりだった。

 今度は第一王子から呼び出しがあった。前日に、しっかりと先触れがあって、王都で人気のケーキの手土産も持ってきた。

「お前を確実に取り込もうということだな。第二王子よりも、しっかりと考えられている。第一王子じゃなくて、まわりの……執事あたりの配慮だろうな」

 確かに、第二王子とは違う。知らなければ、これで第一王子を支持したかもしれない。

 でも、僕は、最初から第一王子の本性を知っていた。そして復讐をしたいとも思っていた。


 ようやく第一王子、グスタフに手が届くところまで来た。最初は復讐を考えてはいたが、もうどうでもよくなってきた。前の世界以上に、この世界を気に入ってしまったこと、特にセシリアと知り合えたことは、感謝こそしないが、この世界をいい意味で受け入れられることになったこともある。

 ただ、それ以上に王女を王にする、それのほうが復讐よりも大事だと思うようになったことだろう。

 王女が王になれば、結果として第一王子に仕返しをすることにもなる。それを今の第一の目標と考えた。


 その翌日、迎えの馬車が来た。第二王子と圧倒的に差をつけようということだろう。

 そして、馬車は東門をくぐり、ローゼ宮の玄関で止まった。

 近衛兵、第2部隊だろうが、整列して迎えてくれる。馬車を降りると、何人もの侍女が僕の手をとり、案内をしてくれた。全員が美人だ。


 案内された部屋では、第一王子のグスタフが待っていた。それも座ってではなく、立って僕を待っている。

 会うのは、あの、召喚された時以来だ。老魔法使いに囲まれて……、そして老師と呼ばれる老人が斬られた、あの時以来だ。

 あの光景が、またリアルに蘇ってきた。音も、血の匂いも……。

 おそらく、王子は覚えてはいないだろう。きっと……。


「初めましてだな」

 そう言って、グスタフは手を伸ばしてきた。やはり覚えてはいない。

 僕は、その手を取り、

「光栄です。まさかこのような……」

と感激で震えているふりをする。

「一度会いたいと思っていたのだ。この後、ささやかな宴を催すから楽しんでいってくれ」

 そう言って微笑んだ。

 ここまでなら、無茶苦茶いい奴だ。これも、誰かがシナリオを書いているのだろう。


 それからグスタフは部屋を出て行った。

 その後、広間へ案内された。

 そこは……、驚愕の世界だった。


「王子殿下は、謹慎中の身なので失礼させて頂きますが、ごゆっくりとお楽しみください」

 案内してくれた執事は、そう告げた。


 その広間の中央には大きなテーブルがあって、これでもかとご馳走がならんでいる。大きな肉の塊、山盛りのフルーツ、僕のいた世界では珍しいものではないが、この世界ではとにかく金がかかっているはずだ。


 そのテーブルのまわりに20人程の女性が立っている。みな美人だ。スタイルもいい。そして、着ているものが、シースルーの布きれ一枚だったり、単なる紐だったり、裸ではないが、すべてが見えている。胸も下腹部のヘアーも。


 こいつらの価値のすべてが金と女、たまにグルメ、それしかない。それで味方にできると信じている。本当にクズだらけだ。


 楽しんでくださいと言われたが、どう楽しんでいいのかわからない。といって、何もしないで帰っては怪しまれる。とにかく、ニコニコしながら、適当に食べて、時々女性と話をしたり、胸のあたりをつついたりしてみた。


 その中で、1人、気になる男がいた。広間の隅で僕をずっと観察している。

 〈鑑定〉で見ても、もやがかったようですべては見えない。そして見えたところは驚愕だった。

 〈知力〉がS、〈策略〉もSだ。いったい何者なのだ。

 そのとき、ある名前が頭に浮かんだ。”ドクトル”だ。まさか、こんなところにいるとは思えないが、逆に言えば、一番隠れやすいところでもある。あのバカ王子の足下だ。気づかれるはずもない。それに王城内は〈隠蔽〉も施されているから、外から〈探査〉しても見つからない。


 確実ではないが、その可能性を考えて、背筋が冷たくなった。


 とにかく、楽しもう……、ふりだけでも……。

 そんなには食べられないので、女性たちとイチャイチャしてみる。胸をつついたり、お尻をなでたり、やってみると、少し楽しい。


「女性を持ち帰ってもよろしいですよ」

 そう言われたが、

「みなさん魅力的ですが、婚約したばかりで、まだ婚約者を愛したいのです。それがマンネリになったら、きっとうれしいでしょうね。こんなすばらしい宴を用意して頂いて、感激以外の言葉は見つかりません。殿下にはこの感謝の気持ちをお伝えください」

 そう言って、なんとかごまかした。

 それでも、あのドクトルと思わしき人物をごまかせただろうか。


 そうした不安を抱えたまま、ローゼ宮を後にした。


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