第二王子シュレック
大きな出来事の後、すぐに日常に戻ることは難しい。前の世界で、震災やコロナを見ていて、それは痛感している。
聖アンナ正教会の出来事も、無関係の人からは忘れられそうになってきたが、かかわった人の日常が戻るのはまだまだ先のことだった。
僕とクレバーは、教会本庁の一室で事後処理の作業を行っていた。
教会本庁は、聖アンナ正教会の実態はほとんどつかんでいなかった。それは、王子や貴族をふくめた政治的な思惑がうずまいてからだった。推測はできても、それが本当かは確定できない。
特に洗脳された人々については、よくわかっていなかった。放置された子どもたちについても。
だから、僕が必要とされたのだ。
でも、特にクレバーは必要じゃないとも思うのだが……。
「商会の仕事は大丈夫なの?」
「ああ、俺がいなくてもまわるようにはなっている。クルップ商会の連中もおとなしいみたいだからな」
クレバーはそう言う。彼の本当の目的はわかっていて聞くのだから、ちょっとした意地悪だ。
そういった他愛もない話をしていると、廊下をドカドカ歩く音がした。結構な人数が走っている。なんだろう。
ドアがバタンと開いて、兵士っぽい男たちが入ってきた。
「タクというのはどっちだ」
「僕です」
「探したぞ。オストールから、あちこちと……。こんなところにいたとはな」
「どういうことでしょうか?」
昔なら、落ち着いて聞くことなんかできなかったが、いろいろと修羅場も経験してきたおかげで、この程度の連中は、余裕で対応できる。
「シュレック王子がお呼びだ。すぐに来るようにと」
シュレック王子?いったい誰だ。クレバーにこっそり聞いた。
「第二王子だよ」
それが兵士の耳に入った。
「第二とはなんだ!不敬な!」
兵士は、そう言ってクレバーをいきなり殴りつけた。その勢いで、クレバーは床に倒れ込んだ。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。たいしたことはない」
クレバーは、顎を押さえながらゆっくりと立ち上がった。
「失礼しました」
クレバーは、頭を下げた。
「お前がそんなことを言うからだぞ」
どこまでも傲慢な奴だ。
近衛兵で、しかも部隊長みたいだから、貴族の子弟なんだろう。そういえばアルブレヒト辺境伯の長男のベルンハルトも、確か近衛兵として修行していたっけ。
「我々は、近衛兵第4部隊だ。シュレック王子より、貴様を連れてくるように命令を受けている」
「今からですか?」
「今すぐにだ!」
それにしてもなぜなんだ。兵士が来るわけだから、連行されるのだろうか。気づかないうちに何かしでかした?いくつもの疑問が頭を駆け回る。
「わかりました。同行します。その前にトイレに行ってもいいですか?緊張してきて……」
近衛兵は、顎をしゃくる。行けっということだ。やっぱり失礼な奴だ。
トイレに入って鍵をかけた。
「L、いる?」
「ここに……」
「シュレック王子が来いって、どういうことかわかる?」
「いえ、せめて半日あれば……」
「そうか。じゃあ、シュレック王子ってどういうやつ?」
「まあ、ほめられるところはないですね」
そう言って説明してくれた。
シュレック王子は年は28歳、第一王子の1つ上だ。母親は側妃のパウラ妃。
パウラ妃は、男爵家の出身なので、本来なら息子のシュレック王子に王位継承権は与えられないか、もしくは低いはずだが、美姫とも言われる美貌で王の寵愛を受けているから、王女に次ぐ第三位の王位継承権がある。
その男爵家出身がコンプレックスで、”第二王子” ”側妃の息子”と呼ばれることを異常に嫌っている。
「本人の前では、絶対に言わないように」
そう念を押された。
性格は冷酷無比、ワガママで、どうしようもない。ただ第一王子のような大それたことはしていない。小悪党だ。
王女が王にしたくないというのもわかる気がした。
トイレから戻ると、クレバーが椅子に座ってミアさんの治療を受けていた。ミアさんは心配で半べそをかいている。
そのミアさんを、近衛兵が舐めるように見ている。もう、全員がクズだ。
「さあ、行きましょう」
僕が、そう声をかけると、慌てて準備を始めた。
*******
王城までは歩かされた。歩いても30分ほどだから、かまわないけど、扱いが雑だ。何のために呼ばれるのか、不安になってきた。
王城の第一門をくぐり、第二門のところで左に向かった。その先にパウラ妃、シュレック王子の住むリリエ宮がある。
通された広間は教室くらいで、そう広くはない。ゴテゴテした金色の飾りが、天井から壁、あちこちに付けられている。たぶん、本当の金ではない。そう見せかけたいのだろう。個人的には、趣味が悪いとしか思えない。
その正面の椅子にシュレック王子が座っていた。あたかも王のように。
「お前がタク子爵か?」
僕はひざまずいて頭を下げた。
「お初にお目にかかります。タクヤ・ジークフリートでございます」
「ふむ。聞いたことがなかったので、ノーチェックだった……。領地はどこだ?」
「領地はございません」
「領地がない?それでは、どうやって収入を得ているのだ」
「会社をいくつかと、そのほかに頼まれた仕事を請け負っております」
会社は、ランドシャフトと聖女様をプロデュースする会社〈Mary〉のことだが、一応嘘ではない。
「そうか……。ところでお前は誰かに仕えているのか?」
「仕える?それはもちろん王様です」
「そうではない。なんというか、派閥だ。どこかの派閥に入っているのか?」
「いえ、そのようなものには……。新参者ですので」
「あのメサリーナに近いとも聞いたが……」
「王女殿下ですか……。何度かお目にかかったことはございますが、それ以上は……。私なぞ石ころ程度にしか思われていないのでしょう」
「あいつに殿下なんてつけるな……。確かにあいつならそうだろうな」
「私の会社で、絵姿を売らせていただいておりますので、その関係だけです」
「そうか……、それならば余の下で働かないか?」
これが狙いだったんだな。王位継承に向けて勢力を拡げたいのだろう。特に第一王子が謹慎している今がチャンスなのだ。
しかし、どういう返答がベストなのだろう。難しいな。
「名誉なことだぞ、お受けなさい」
僕が考えていると、横に立つ貴族らしい男が促してきた。
どう見てもうさんくさい。この男を見て心が決まった。こんな男と一緒にはなりたくない。
「光栄なことに存じますが、まだ若輩の身なので、ご辞退させていただきたく存じます」
「断るのか」
「恐縮ですが……」
「ならばよい。これからは敵ということだな」
「敵だなんて、めっそうもございません。キング・ティガーの部下になるネズミはおりません。そしてネズミはキング・ティガーの敵ではございません」
僕は、そう言って頭を下げた。ティガーはこの世界の虎。最強で高貴な猛獣とされているので、ちょっとした、というか最高のお世辞だ。
シュレック王子は、少しだけ気分をよくしたようだ。
「わかった。下がってよい」
僕は、そうしてその場を退出した。
*******
それからの帰り道、Lと一緒に歩きながらこれからの対応を相談した。
「何があったんだ?」
教会に戻ると、クレバーとミアさんが心配して声をかけてきた。
クレバーの頬は腫れたままで、痛々しい。横でミアさんが、濡らした布で冷やしていた。
僕は、リリエ宮でのことを話した。
「そういうことか……」
「どうしてタクさんが?」
ミアさんが聞いてきた。クレバーは、返答に躊躇しているので、僕は黙ってうなずいた。
「タクは、子爵に叙爵されているんだ」
「ええ、子爵様……、だったんですか」
「ああ、そうなんだイレーネ卿もご存知だ。ただ、他の人には内緒にしてもらえるかな。みんなとは、平民としてつきあいたいんだ」
「わかりました。それで王子は取り込もうとしたんですね」
僕は、うなずいた。
「それで、これからはどうするんだ」
「どうもしない。Lとも話し合ったんだが、しばらくは様子を見ようと言うことにしたんだ。殴られたクレバーには申し訳ないけど」
「俺はいいよ。殴ったのはあの王子ではないからな」
「そう言ってもらえるとありがたいよ」
「話は違うけど、最近Lさんとタメ口になったね」
さすがにクレバーはするどい。
「あっ、それは、例の戦場でずっと一緒だったからな。なんか戦友みたいになっちゃって」
なんとかごまかそうとする。
「そうか……。俺にはLさんは師匠みたいなものだから、まだ無理だな」
「普通はそうだろうな」
そうして、シュレック王子については、しばらくは様子見のはずだった。
ところが、それが破られたのは、すぐだった。
近衛兵にミアさんが襲われたのだ。
シュレック王子の指示か、それともミアさんに目をつけた近衛兵が勝手にやったのか、それはまだわからない。
「敵だな」と言ったシュレック王子のことを考えて、僕のまわりの人にはシャテーのメンバーを護衛につけていた。もちろんミアさんもだ。
ミアさんは教会の所属なので魔神は使えないが、襲った3人の近衛兵を、誰も気づかないうちに、影の中に引きずり込んだ。今は、僕の作った空間に閉じ込められている。
「許さない。絶対に……」
クレバーは怒りで震えている。
「これの仇もとらなければな」
そして、もう治ったはずの顎を手でさする。
こうなったクレバーは怖い。マジで……。




