王女の決意
建国祭も終わった。
後片付けの人々が忙しく動き回っているが、準備のときのような勢いはない。会話もせず、黙々と働いている。
祭りの後の、もの寂しさが漂う。
前の世界でもそうだった。推しのイベントに向かうときの興奮、そして帰りの余韻、それが翌日の朝から日常に戻ったとき、抜け殻になってしまったような気持ちになる。
まさに、そんな気分でいた。
そんなときにミアさんがやってきた。
「教会本庁に、クレバーさんとお2人でおいでください」
御礼をしたいという。
その当日は、教会本庁から豪華な馬車が迎えにきた。
服装や礼儀は、事前にミアさんからアドバイスをもらってはいたが、あまりの豪華さに近づくのも気後れする。ビクビクしながら、なんとか馬車に乗り込んだ。
特にクレバーは、こういう経験が少なかったから、ガチガチだ。
今回はクレバーの働きが大きい。僕がしたことは、たいしたことではない。それでもクレバーは、まだドクトルに勝っていないと、馬車の中で不満気味に語った。
教会本庁の建物は荘厳だった。安普請の聖アンナ正教会とはまったく違う。歴史の重みがあるのだ。
見上げるばかりの高い天井。石積みは、所々が苔生していて、時の流れを感じる。
迎える音楽も荘厳としか言いようがなかった。僕の世界とは楽器が違うが、吹いて演奏する管楽器は、結構似ている。その迫力ある音楽で、また圧倒されてしまう。
案内された会堂は細長く、深紅のカーペットが一直線に敷かれていた。その両側に深紅の聖職服を身につけた上級の司祭が並ぶ。その間を僕とクレバーは、恐縮して頭をペコペコ下げながら歩いて行った。もっと胸を張るべきなのだろうけど、この雰囲気では、やはりできない。
正面には教会本庁のトップでもある聖座が待っていた。その両側は、真っ白な聖職服を着た枢機卿が並んでいる。イレーネ卿の姿も見えてほっとした。知っている顔があると、少しは緊張もほぐれる。
真上に鐘楼があるのだろう。ゴーン、ゴーンと鐘の音が降ってくる
聖座の前まで来ると、僕たちはひざまずいて頭を下げた。
「こたびの力添えに感謝する。おかげ当教会も救われた」
「おそれおおいことで……」
そう言うのが精一杯だ。
「これへ」
イレーネ卿ともう一人の枢機卿が小箱を両手で恭しく掲げてきた。
「これは感謝のしるしだ。どうか受け取ってくれ」
僕たちは、その差し出された小箱を両手で受け取って、上に掲げた。
「そなたたちには、准神徒の称号を与える。祭祀を執り行うことはできないが、当教会では、司祭と同等の位になる。もちろん妻帯もかまわない。その箱の中には、それを証するためのスクデットが入っている」
「ありがとうございます。謹んでお受けいたします」
そろって頭を下げた。聖座は、うむとうなずいた。
これで、セレモニーは終わりだ。
「緊張したな」
「ああ、さすがにあの場はな……。なんかすごかったな」
ミアさんが駆け寄ってきた。
「おめでとうございます。准神徒なんてすごいですよ。教会の感謝の度合いがわかりますね」
「そうなの?」
「ええ、神徒は、神様の弟子なんです。准神徒はその次の位で、列せられた人もそんなにはいません。それと司祭と同じ扱いなんですよ。普通は司祭になるには修行して、それでも20年はかかりますよ。それと同じなんですよ」
「そうなんだ。でも、まだありがたみもわかないな」
「妻帯が許されるって、普通の司祭は結婚できないの?」
「できますけど、枢機卿とか上をめざすならしないですね」
「それってミアさんも?」
僕は、クレバーを気遣って聞いてみた。
「私は、聖職者じゃないので関係ないですよ」
「ああ、そうなんだ」
「とにかくおめでとうございます」
ミアさんは、とびっきりの笑顔で、僕たちを祝福してくれた。
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それから、僕たちは准神徒という立場で、正教会の問題の事後処理を手伝っていた。それと貧民街での炊き出しも続けた。しかし、まだまだ問題は多い。
一番の問題は、洗脳された人々だった。家や家財を売って、正教会に寄付したのだから、今は住むところもない。仕事もない。だから、子どもを返すかどうか、それも問題になっている。
そういう家族が1000人近くいる。正教会の財産を処分して返金もするが、それぞれが、いくら寄付したのかもわからない。
そんな作業を教会本庁の部屋を借りてしていた。そこに、ルイーゼさんがやってきた。
「王女殿下のお召しです」
「今度は、どんなご用ですか?」
おそるおそる聞いた。
「ご安心ください。御礼をしたいそうですよ」
「御礼……、ですか」
そのとき、あのお風呂でのご褒美を思い出してしまった。さすがに、今回は違うだろうし、それを期待しているわけでもない……。たぶん……。
次の日に、僕は王女の離宮に行く。
いつも通り、ルイーゼさんが迎えてくれた。時間よりもかなり早いが、玄関の前で、相変わらず背筋をピンと伸ばして立っていた。
部屋に通されると王女が座って待っていた。薄いピンクだが落ち着いたドレスを着て、化粧も薄めで、いつもの王女とは違った雰囲気だ。
「よく来たな。まあ座れ」
そう促されて、僕は向かい合ってソファに腰掛けた。いつもは立ったままだったが、今日は座らされた。
「そう緊張するな。今日は何もしない」
そう言われて、少しホッとした。レミュス老人からも王女の本当を聞いたので、不安はないのだが、やはり緊張する。
基本的に、僕は美人に弱いのだ。襲われるわけでもないのに、美人の前では萎縮してしまう。
「こたびはよくやった。感謝している」
「いえ、依頼されなくてもやらなければと思っておりました」
「そう言ってもらえるとありがたい。こちらは何も知らない、ということにしたかったからな」
「それでも、最後にお力を頂きました」
「あれか、あれくらいは……、特に問題ない。しかし、あのスキルをあんなふうに使うとは……」
そういって軽く笑う。笑顔がキラキラと輝いている。やはり美人だ。
「それで事後のことだが、手伝ってもらえるか」
「もちろんです。すでに教会本庁とも進めております」
「そうか……。それならばよかった。それであの子たちはどうするのだ?」
王女も、あの子たちが心配なのだ。
「まだ、はっきりとわかってませんが、親たちもまだ洗脳がとけないようなので……。でも子どもたちは一緒に暮らしたいようです。それで、全員で共同生活をさせようと思ってます。サポートする人を何人もいれて」
「そうか、それがよいだろうな。それなら……正教会の本部だった建物を使うといい。あの建物は接収して、王国の所有になるから」
「よろしいのですか?」
「ああ、かまわない。正教会から没収した資産も、元々はその家族のものだ。兄上が狙っているから、その前に使ってしまえ。」
「ありがとうございます」
それから、王女と事後の問題について話し合った。
レミュス老人が言うとおり、王女は、国民、特に子どものことを考えている。その手伝いをしたいとも強く思う。
「それから……。これは極秘だが、この件には兄上もかかわっている」
「やはりそうですか。タルクニウス伯爵を監視していましたが、あのレベルの貴族だけでは無理だと思いました。必ず後ろ盾がいると」
「謹慎の身だから、直接は何もしてないが、聖アンナ国と正教会を、兄上に献上する密約があった。この間捕まえた貴族の1人を、私だけで尋問したら、あっさり吐いてくれた」
やはり、そうだったんだ。
「そして、密約の褒美が私だった」
「殿下が……ですか?」
これは、かなりの衝撃だ。
「兄上は、自分独自の領地、軍、勢力が欲しいのだ。王になれば手に入るというのに……。父上もまだまだだから、焦っているのだろう。聖アンナ国を献上すれば、私を嫁がせると言ったらしい。ホント、人をなんだと思っているんだ。あんな爺たちに……」
そう悪態をつく姿も王女らしいと思って、つい笑ってしまいそうになる。
「何がおかしい」
「いえ……。何も」
良くも悪くも、王子と王女、この2人がキーパーソンだということが実感できる。
「父……、王は凡庸だが、悪人ではない。民を苦しめようというつもりもない。無能だから結果として民を苦しめてしまっているがな……」
王女は、窓の外を見つめながら、そう言う。僕に、面と向かっては言えないのだろう。
「しかし、兄上は違う。はっきり言ってクズだ。民を虫けらのように扱う。そして、側妃の息子たちもだ」
側妃の息子たちは、第二、第三王子のことだろう。これも噂だとワガママなクズだ。
現在、王位継承権は、第一位が第一王子のグスタフ。第二位が王女だ。そして側妃の王子、王女が年の順に続く。グスタフが謹慎中の今は、実質は王女が継承第一位になる。
王女は、小さくため息をついて、僕の方を見た。
その目には、力がこもっている。
「だから私は王になる。王にならなければならない」
王女は、静かに、そして自分に言い聞かせるように、ハッキリと言った。
確かにそうだろう。僕も、そうなって欲しいと切に思う。
「これが外に漏れると、また命を狙われるかもしれない。だから、しばらくは秘密にしてくれ」
僕は、力強くうなずいた。王女の力が、気持ちが、僕にもダイレクトに伝わってきて、心が震えた。
「これからも、力を貸してくれ」
「もちろんです」
「これは礼だ」
王女は突然、立ち上がって僕の頬に口づけした。
「婚約者がいなければよかったのにな」
王女は、そう言って部屋を出て行った。
いったい何が起きたのか。僕は、ルイーゼさんが来るまで動けなかった。
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王女を王にするためにすることは、今はまだない。
そして王女は今まで通り王城内では悪女を演じるつもりだ。少しでも暗殺のリスクを下げなければならない。
対外的には聖女として国民の人気を集める。王と王子、つまり王家の人気を高めるのだ。聖女がいなかったら、王家は批判だらけだろう。
それは、王子も側妃もわかっている。だから、しばらくは王女を狙うことはしない。
だから、しばらくは何も変わらない。
そうして日常が戻るはずだった。
しかし、そうならなかった。突然、第二王子から呼び出されたのだ。
なぜ僕が?




