飛んで火に入る……
セシリアたちが狙われている。
それにもかかわらずクレバーは余裕だ。
「だって、タクだけでも余裕で防げるでしょ」
今はそうなったけど、何があるかわからない。見落としがあったらどうするのだ。
不安な顔をしている僕を見て、クレバーは笑うだけだ。
その対策のため、シャテーのメンバーを動員してタルクニウス伯爵の屋敷を見張った。セシリアを狙う男たちは、この屋敷から来るのか、それとも別のところからなのか。それがわからない。
だから、炊き出し所にも人を配して、万全の体制で迎え撃つ。
「男たちが屋敷を出ました。11人です」
屋敷を見張っていたGから連絡があった。
「もう、準備はできている」
横でLが報告してくれる。
「よし、GOだ」
「どけ!じゃまだ!」
男たちが炊き出しに並んでいる人を蹴散らしてきた。
セシリアたちの前に来ると立ち止まって、品定めをするように女性たちを見る。足下から頭の先へと舐め回すような視線がキモい。
今までも修羅場を経験してきたせいか、セシリアもリアフさんも、レナータさんも、まったく動じていない。微笑みで男たちを迎えた。
「ほう、ほんとに美人揃いだな。あの貴族にはもったいないけど……、金のためだ」
「何かご用で」
ミアさんが前にでて、男たちとの間に割って入った。
教会本庁の制服を着て、キリリと毅然として、真っ直ぐな目で男たちを見返す。
その厳しい眼差しに男たちは一瞬たじろいだが、ミアさんを取り囲んで威嚇する。
「俺たちと来てもらおう。拒否はできない。貴族様の命令だからな」
「お断りします。たとえ貴族でも、言うことを聞く謂われはありません」
「なにい!お前たち庶民は、貴族様の奴隷だろ。つべこべ言うな!」
男たちは、さらに声を大きくして威嚇する。
権威と暴力、それだけがよりどころの連中だ。
それ以上の力を知らない。
小柄の平民の女、それだけで自由にできると思っているのだ。
男たちの大きな声を聞いて人が集まってきた。といっても遠巻きに見ているだけだ。
「その貴族のお名前をお聞かせいただけますか」
「貴族は貴族だ。お前たちに教える必要もない!」
「このお!」
すんなりと言うことを聞かないミアさんに、しびれを切らした1人の男が、つかみかかろうとした、そのときだった。
「お前たちは、神を信仰するのか」
男たちの背後から魔神が現れた。それも11人。それぞれの男たちを背後から抱える。
遠巻きに見ていた人たちが、魔神の姿に恐怖して、一歩二歩、後に下がる。
「私は、神を信じます」
ミアさんは魔神に向かって、毅然と、はっきりと言った。
「お前には手をだせないな」
魔神はミアさんを一瞥して、そう言う。
「お前らは、これから地獄が待っているぞ」
そう言ったとき、魔神たちの足下に真っ暗な穴のような空間ができた。
魔神と男たちは、その空間に音もなく吸い込まれていった。
真っ暗な空間はすぐに消滅し、砂埃にまみれた地面だけになって、つむじ風が駆け抜けていった。
******
男たちは、真っ暗な空間にいた。
僕がつくった空間だ。ここには物理的な時間の流れはない。あるのは心理的時間だけだ。
つまりは、ここにいるとお腹はすかない。排泄をもよおすこともない。ただ、頭の中で時間が流れていく。監禁するための空間だ。
「ここはどこだ!」
「出せ!出さないと、あとが酷いぞ!」
男たちはテンプレのように叫ぶが、そんなのは無視だ。出さないと酷い、と言われたなら出さなければいい。
この空間には壁がない。真っ暗な空間だけが広がる。しかし、数学的には閉じている。つまりは、どこかに向かっても必ず元の位置に戻るのだ。ずっと右に歩いていくと左から現れる。そんな具合にだ。
虚無……。そういうのがふさわしい空間だ。
真っ暗闇で、何も見えない。光がまったくないのだ。誰も経験したことのない闇だ。
音もない。男たちが怒鳴り声を上げるが、それも空間に消えていく。どこにも反響しない。
今の状況が、永遠に続くようにも感じられる。いつ光が来るのか、いつ自分たち以外の音が来るのか。何かが変わるのか……。しかし、ずっと何も変わらない……。
そのうち、自分たちも消えていくという恐怖だけが残る。
ハカセが拷問に使う部屋と同じだ。
ここに放置されて、いったいどれくらい耐えられるだろうか。
男たちの怒鳴り声も、歩き回る足音も、1時間もすると聞こえなくなった。
そこにあるのは、まったくの闇と静寂だけだ。
「タクも腕を上げたな。俺にはこれくらいの空間はまだつくれない」
魔法には練習が必要だ。少しずつ練習を重ねていた。そして空間の広さは魔力量に左右される。僕の魔力量は、かなりのものになっていた。
男たちを閉じ込めた空間と並行して、監視のための空間を作った。ここに僕とLがいる。ここから24時間、シャテーのメンバーが交代で見張る。閉じ込めた空間は真っ暗だが、こちらからは、音や電波を使って、大まかな形は見える。
見ると、男たちは座り込んでじっとしている。少しずつ精神が崩れているのだろう。
すべて、クレバーが画策したことだった。
ハカセに、男たちを捕らえてコントロールする方法を聞いて、Lに相談して空間魔法に閉じ込めることを教えてもらったのだった。
クレバーは、この空間をLとシャテーのメンバーが作っていると思っている。
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タルクニウス伯爵は、次の日に20人の男を送り込んできた。数に任せようというわけだ。
しかし、その男たちも、別の空間に閉じ込めた。真っ暗で音のない空間に。
その次の日は、さすがに誰もこない。魔神に連れ去られたという噂が広まっていたからだった。魔神が待っているところに来るようなバカはさすがにいない。
それと同時に、教会本庁の者には魔神も手を出せなかった、そういう噂も広まっていった。
そのために、危険があるにもかかわらず、ミアさんに出てもらったねらいだった。
クレバーもドキドキだったというが、これで教会本庁への信頼がどんどん高くなっていった。
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「タルクニウス伯爵を捕まえて、この空間に閉じ込めてもいいんだけど……。それじゃあ聖アンナ正教会の上が替わるだけなんだ。何も解決しない」
だから、正教会の裏を暴くことも同時にやらなければならないと、クレバーは言う。
それが、一番難しい。
しかし、朗報もあった。
「ドクトルは、もう手を引いたようです」
タルクニウス伯爵の屋敷に潜入していたGが報告してくれた。
「本当は、ドクトルは別の貴族に持ち込んだようです。それをタルクニウス伯爵が金と地位にものを言わせて奪い取ったようです。だからもう、ドクトルは離れたそうです。あれだけ金を出したのに、全然手伝う気がないと伯爵がこぼしていました」
あのバカな伯爵だから、一緒にやるのはリスクがあると思ったのだろう。元々、企画を売るだけだし、王都の混乱が目的ならば、十分果たしたとも言える。
あのバカな伯爵ですらこれだけできたのだから、ドクトルの計画は完璧だったことが証明された。
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最初の11人を空間に閉じ込めて3日経った。もう誰も一言も話さない。動きもない。
暗闇の中、時折、悲鳴を聞かせていた。シャテーの監視のメンバーが、自演していたのだ。
たまに聞こえてくるのが、悲鳴だ。次は、自分かも……、それが心にのしかかる。戦場では心を折ったが、ここでは心ごと押しつぶした。
闘う気持ちがなくなるのではなく、正常な判断ができなくなっていた。
「そろそろいいだろう」
男たちをタルクニウス伯爵の屋敷の門前に放置した。
使用人が出てきて、重なり合って倒れている男たちを発見した。
意識はあるようだが目がうつろ。使用人たちが集まって、男たちを屋敷の一室に運んだ。
口からよだれを流している者、髪の毛が真っ白になっている者もいた。
「魔神が……、魔神が……」
それを繰り返すだけの男もいる。
これがそのまま伯爵へのメッセージなのだ。
次はお前だと。
Gの報告では、伯爵は怯えて部屋にこもったままだという。
屋敷の護衛も増やそうとしたが、引き受ける者がいない。
魔神に狙われている……、そう考えた使用人がどんどん辞めていく。
「教会に手を出したのは失敗だったのかも……」
ベッドに潜り込んで、そうつぶやいたのをGは聞いていた。
それでもクレバーはまだまだだと言う。
「聖アンナ正教会は大きくなりすぎた。聖アンナ国の教会との関係もある。伯爵が手を引いたくらいでは、まだ揺るがない。一番背後にいるのが手を引かなければ……」
「王子か?」
「確証はないが、たぶん……」
「それで、次はどうする?」
「まかせてくれ。来月の建国祭で決着をつけよう」
「建国祭?」
「そう。あと3週間。ちょうどいいタイミングだ」
クレバーは自信満々だ。




