魔神ルーダン
魔神ルーダンの噂は、王都だけでなく王国中に広まっていた。
噂が広まるのは、不安があるときだ。僕がいた世界でも、震災、コロナ、こうした不安があるときに、様々な噂、デマが流れた。
「魔神は、影から現れてくるから、できるだけ影がないところを歩けばいい」
そうしたこともまことしやかに話され、街を歩く人は、日向ばかりを選んで歩いている。
夜に出歩く人は減った。
子どもたちは、絶対に影には近づかない。
ずいぶんと減ったのだが、それでも犯罪を犯す者はいる。
だからクレバーからは、魔神ルーダンをもうしばらく続けてほしいと頼まれた。Lたちも楽しんでいるのだからいいのだろう。
「正教会の御守があるから」
そう言って、いくつも御守をもって犯罪に手を染める輩もいる。
でも、当然ながら、そんな御守は効かない。
詐欺のときもそうだったが、犯罪者は横の繋がりがある。王都でも、そういった連中が集まる酒場がいくつかあった。
いったい何の肉かわからない料理、自家製の酔うだけのための酒、怪しさ満点の酒場だ。
シャテーは、そういった店をつかんでいて、潜入もしていた。
そこでは、正教会への不満が高まっていると潜入していたメンバーから報告があった。
犯罪者は、どの教会であれ、自分たちの利益があれば信じる。正教会の最初の頃の教えは犯罪者にとって都合がよかった。
真面目で、最も苦手な教会本庁と対立していると、敵の敵は味方だと思ってしまう。
その対立が魔神を呼び寄せる原因になって、それから役に立たない御守を買わされた。
もしかして、御守を売るために魔神を呼び寄せたのでは?そうした正教会に対しての疑問もでてきていた。
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あれから、僕たちは貧民街での炊き出しを続けていた。
Lたちがやり過ぎたせいで、夜は誰もこない。昼にお弁当を配るのがメインになってしまった。
炊き出しだけでは、本当の救済にはならない。
セラーにも来てもらって、簡単な軽作業の仕事を与えることにした。貧民街で、いくつかの家を借り切って作業場にする。そこで、いろいろな商品の箱詰めなどをするのだ。
子どもたちには、街のゴミ拾いの仕事をお願いした。簡単で、街もきれいになる。
そして、わずかでも給料も出せる。これで生活が安定すればいい。
クレバーは、Lと何かを企んで、こそこそと動き回っている。何をするかは内緒だ。
タルクニウス伯爵について、シャテーのGが中心となって、屋敷に潜入して調査をしてもらっている。正教会の本部は侵入できないが、タルクニウス伯爵の屋敷は、そこまで防御はされていない。Gにとってはフリーパスをもっているようなものだ。
「胸糞悪くなりました」
Gが経過を報告に来てくれた。
「あいつらの頭にあるのは、金と女です。そして、それに群がるクズも……」
数少ない女性のシャテーであるGに頼まなければよかった。それほどタルクニウス伯爵の屋敷は酷かったという。
伯爵の世話をさせているのは、全裸に近い女性たちだという。
奴隷は、一応禁止されている。借金をさせて、その肩代わりとして女性を集めているのだ。
最近は、正教会で洗脳した女性もいる。
太りすぎて、自分で服を着れない。靴下もはけない。痒いところに手が届かない。自分でできるのは、飲むこと食べることだけだ。
だから、ほとんどのことを手伝ってもらわなければならないのだが、その手伝いが、衣服をほとんど身につけていない女性だという。
その格好にしなければならない意味がわからない。
そして、毎日のように開かれている宴会でも、そうした女性がはべらされているのだ。
キャバクラの女性が裸で接待するようなものなのだろう。僕は、キャバクラには行ったことがないから、あくまでも想像だが。
この宴会に呼ばれたいがために、何人ものクズ貴族がタルクニウス伯爵の言いなりになっていた。
その宴会を見たGが「反吐がでそうになった」と言うのだ。
それを聞いた僕らも虫唾がはしった。
これが違法行為ならば、国に密告して取り潰してもらうこともできるだろうが、ギリギリ違法ではない。
だから、こいつらを潰すことに何も躊躇はしない。
でも、まだ情報が不足しているし、準備に時間もかかるとクレバーが言う。
「まかせてくれ、こいつらは絶対許さないから」
クレバーは自信満々だ。
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「マジ天使だ」
炊き出しを手伝っているセシリアを見ていた。前の世界だったら、こんなに可愛い子が僕の婚約者なんてあり得なかっただろう。
「タクさん、よろしいですか」
後からシャテーのMが、いきなり声を掛けてきて、思わずビクッとなってしまった。
「炊き出しの弁当を、子どもから奪って転売している輩がいるんです。犯罪と言えば犯罪なのですが、魔神で対応してもよろしいでしょうか」
「それならいいアイディアがある」
横でそれを聞いたクレバーが何かを思いついた。
「でも……。ミアさん、イレーネ卿に確認してもらえないか」
クレバーがミアさんに頼む。クレバーの説明を、ミアさんがうなずき、時折質問をしながら聞いている。
「確認してきますね」
「それにしても、そんな奴らがいるなんて、本当にクズだな」
「自分の分は食べて、それから転売用に、弱そうな者、特に子どもから奪い取っているのです」
「そのまま魔神で連れ去ってもいいんじゃない?」
「いや、せっかくだから、もうちょっと仕掛けようと思ってね」
しばらくしたらミアさんが戻ってきた。イレーネ卿は、近くのもう1つの炊き出し所にいたそうだ。
「OKでした。ぜひやってください、とのことです」
ミアさんは、なんか嬉しそうに、かわいい笑顔で伝えてくれた。
「それじゃあ行ってきます」
Mは、そのまま影に消えていったが、おもしろそうなので僕とクレバーもついていくことにした。と言っても空間魔法を使うわけにはいかないので、〈探査〉でMを探して追いかけた。
思ったより近くだった。行ってみると、ちょうど大柄な男が、2人の子どもの前に立ちはだかったところだ。僕たちは、隠れて見ていた。
「その弁当を置いていけ、さもないと……」
男は、拳を固めて、上に振り上げた。子どもは、弁当を大事そうに抱きかかえて、グッと歯を食いしばっている。殴られても弁当はやらない、そんな決意が見て取れた。
そのときだった。
「お前たちは、神を信仰するのか」
魔神ルーダンに扮したMが男の影からニュッと現れた。
「ま、ま、ま、魔神……」
男は、固まってしまって何も言えない。
子どもたちも、弁当をギュッと抱えてしゃがみ込む。もう泣きそうだ。
動けない男を羽交い締めにして捕らえた後、子どもたちに目をやった魔神Mは、
「お、お前たちには……、教会本庁の加護があるのか。うわああああああ」
と、かなり大げさに演技して、男を抱えたまま影に消えていった。
子どもたちは、ポカンとして魔神が消えたところを見ている。それから、助かったと顔を見合わせて、笑顔になって走って行ってしまった。弁当をしっかりと抱えたまま。
「Mも、なかなか役者だったね」
「ああ、うまくいった。ある意味、インチキで教会本庁のことに触れるから、念のためにイレーネ卿に確認したんだ。女神聖アンナを騙るのでなければOKだって。あの子たちは、帰ってからこのことを話しまくるよ。教会本庁の加護で魔神を追い払えたと……」
「そうなるといいな」
それにしても、こんなクズもいるとは想定外だった。犯罪を犯すほとんどは、貧しいからだった。食べたくても食べられない。食べるために犯罪を犯す。それはしょうがないことかもしれない。
ひもじい辛さも知っていて、炊き出しでご飯も食べられたのに、小さな子どもの食事を奪うなんて、僕にはまったく理解できない。
でも、前の世界の連中にも、十分満ち足りているのに、ひもじさなんて経験したこともないのに、他人の物を欲しがる強欲なやつもいた。根っこは同じなんだろう。どこにでもいるのだ。
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夜、食事をしながら、今日のことを話して、Mの魔神の演技で笑っていたときに、突然Gが現れた。
「たいへんです。タルクニウス伯爵が、みなさんを狙ってます」
「どういうことだ?」
「今日の宴会で、どこかの貴族が、美人揃いの炊き出しがあると言い出しました。それを聞いたタルクニウス伯爵が、どうせ庶民だろうから無理矢理つれてこようと……。それが、セシリアさんたちです。明日でも、伯爵の手の者が襲ってくるはずです」
それを聞いたクレバーがニヤリと笑う。
「飛んで火に入る、ナントカだ」




