王都の混乱
教会本庁の枢機卿であるイレーネ卿。この国の宗教界の最上位に位置する1人だ。そのイレーネ卿が、ランドシャフトで、僕の目の前にいる。
さすがに目立たぬよう、庶民の身なりをしているが、それでも高貴な雰囲気が醸し出されている。
「ここでは何ですので……」
ホールで話はできないだろう。2階に案内する。あの子どもたちが暮らしていた部屋だ。
「あまり、きれいではありませんが……」
「いえ、こちらが勝手に押しかけて申し訳ございません」
「この部屋で、あの聖アンナ正教会の件で、放棄された子どもたちが暮らしていたんですよ」
「まあ、あの子たちが……。本来なら私たちが手を差し伸べなければならないところでしたのに、ありがとうございました」
「いえ、当然です」
小さなテーブルについて、イレーネ卿が話し始めた。
「いろいろな人に相談しましたら、タク様を紹介されました」
「お役に立てるなら……。それでどのようなことでしょう」
「今、王都は混乱しております」
”混乱”と聞いて、ドクトルのことを思い浮かべた。ドクトルの狙い通りに進んでいるということか。
「私たちは、正教会と対立するつもりはありません。同じ神を信仰しているのですから。ともに手をとって歩みたいとも思っております」
僕はうなずいた。
「今、一番問題なのは、王都で犯罪が増えていることです」
「それが、教会と関係があるのですか?」
イレーネ卿は、王都の現況を静かに話しだした。
教会の信頼が低下すると、犯罪が増える。
これまでは神に罰せられることが、犯罪の抑制になっていた。
法を犯しても見つからなければいい。しかし、神は常に見ている。だから犯罪を犯さない。そう考える人がほとんどだった。
しかし、神への信頼が落ちると、その考えは変わっていく。
助けてくれない神が、罰するはずもないと……。
多発する犯罪に、保安隊も対処しきれない。
「それは、保安隊の仕事ではないのですか?」
「保安隊は、起きたことしか対処できません。根本から対処しなければ……」
「それが僕にできると……」
「みなさんが、そうおっしゃいます。タクさんが動くと、たくさんの人が力になってくれるとも……」
そうだ。僕が1人でやるのではない。今までもみんなが力を貸してくれた。それならばできるはずだ。
「わかりました。できる限りのことはやります。早速王都に行きましょう」
「ありがとうございます。それでは少しお待ちください」
イレーネ卿は窓のところへ行き、外に合図を送った。
それからトントンと階段を上る音がして、セシリアがやってきた。
「もう1人、お客様が来ました」
セシリアに案内されてきたのは、小柄で、愛らしい女性だ。20歳前だろうか。
「ミアです。王都では、私との連絡を担当してもらいます」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ミアという女性は小さく頭を下げた。聖職者ではなく、イレーネ卿の秘書のような仕事をしているという。
*******
確かに王都は混乱していた。混乱というか、街が荒廃しているのだ。それも曹操以上に。馬車の中から見るだけでも、街路にはゴミが散乱していて、どこに行っても諍いの声が聞こえる。
王女の離宮の近くで、子どもたちが保護されている施設の横を王都の拠点とした。クレバーとセシリアも一緒だ。
クレバーは、ドクトルへの雪辱に燃えている。馬車の窓から、ずっと外を見ているが、その目には決意らしきものが見て取れる。
着いた翌日から、行動を開始した。
「インチキでもかまわないな」
クレバーには、すでにアイディアがあるようだ。
「もちろんだよ。犯罪をとりしまるのだからな」
クレバーの提案でシャテーを動員することにした。
僕の〈探査〉を使うと、人々の危険が察知できる。それで犯罪を見つけ出して、シャテーを送るのだ。
王都の繁華街の路地。酒を飲んで、ふらふらと歩いている酔っ払いがいた。
「ちょっと待て」
酔っ払いは、3人のいかつい男たちに囲まれた。よくあるパターンだ。
「な、なんですか?」
「わかってるだろ。金だ、金を出せ」
これもパターンだ。酔っ払いは、ビビって声も出ない。
「お前たちは、神を信仰しないのだな」
薄暗い路地の、その影からLが現れた。全身が真っ黒で、この世界の悪魔のような扮装をしている。
「な、なんだお前は……」
「魔神ルーダンだ。あの女神に守られていない者を仲間にしようと思ってきた。お前は神を信仰しないのだな……」
男たちは何も言えない。
Lは、1人の男を捕まえて、そのまま影の中に引きずり込む。男は叫びながら、ズブズブと影に飲まれていく。身体、そして最後は手だけが影から出てバタバタともがいているのがわかる。全身が影に飲み込まれて、後には静寂だけが残った。
2人の男は、腰が抜けて動けない。ガクガクと震えているだけだ。
Lに捕まった男は、空間魔法でつくられた空間に閉じ込められていた。これから保安隊に引き渡され、犯罪奴隷として山奥で働かされることになる。
シャテーのメンバーを総動員して、同じように犯罪者を捕まえていった。
複数の犯罪者がいても、全員ではなく、必ず何人かを逃がした。
その逃がした犯罪者が、あちこちで起きたことを広めてくれる。神を信仰しないと魔神ルーダンに連れ去られると。
5日ほどで、その噂は王都全体に広まった。
まるで昭和の”口裂け女”の噂が広まったように。
子どもたちは、恐怖で外を歩けなくもなってきた。
魔神を恐れて、教会への参拝者も増える。
正教会は、魔神除けのお守りを早速販売し始めた。商魂がたくましい。
そして、この噂のおかげで、王都の犯罪はほとんどなくなった。街路にゴミを捨てる者もいなくなった。
Lたち、シャテーのメンバーは、結構、これを楽しんでいた。Lも最初は抵抗がありそうだったが、今はそんなそぶりもない。普段は影の存在なのが、表だって活躍できるのが楽しいのだ。
ついでに正教会のお守りを見せられたときも
「そんなニセ教会のお守りなんぞ効くわけがないだろう」
と、正教会をディスってもくれていた。彼等がインチキをする分にはかまわないだろう。これが後になって、ジワジワと効いてくる。
クレバーのアイディア勝ちだった。でも、これはドクトルに勝ったことではない。
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犯罪が増えたもう一つの理由に、貧困者が増えていることがあった。
正教会の信者になり、金を寄付し続ける。まともに働かない、経済がまわらない、その悪循環が続いていた。
そのため、教会本庁への寄付も減り、貧困街での炊き出しもままならない。
だから貧困者対策もしなければならなかった。
そのため貧困街での炊き出し、お弁当の無料配布を強化することにした。
公爵様が、おもしろそうだと金を出してくれることになった。
「王国だけでなく、周辺国随一の酒造会社をもっているからな」
金が有り余っているらしい。
王女も、内緒で援助してくれた。
しかし、炊き出しを再開しても、あまり人は来ない。
正教会の信者が、教会本庁の炊き出しには毒が入っていると吹聴して回っていたからだった。この状況でも国民ではなくて、自分たちの利益を優先する。宗教家とは思えないクズだ。
僕は、クレバーにある提案をした。
「前の世界で、新規開店の店には、かわいい娘が集められるんだ。ものすごいかわいい娘が。それを見て別の日に行ったら、もうおばちゃんだらけだったよ。新規開店のサービスなんだ」
それでクレバーはピンときたようだ。
炊き出しに、セシリア、リアフさん、レナータさんを動員した。クレバーはハンゼ商会で、高い給与で、かわいい娘、美人を集めてくれた。
さらにあのミアさんも手伝ってくれた。陣容は最高だ。
そして、両親を正教会に洗脳されて放棄された子どもたちも手伝ってくれる。
こうした美人さんやかわいい娘から、料理やお弁当が手渡されるのだから、まず男たちが殺到した。
こんな美人が毒をいれるわけない、という男独特の思考も働く。
そうして行列ができると、安心なんだろうと女性たちも並び始めた。女性には子どもたちが対応する。
「お嬢ちゃんたちは、なんで手伝っているの?」
そう聞かれた子どもは
「お父さんもお母さんも正教会に連れていかれて帰ってこないの」
そう答えた。こうしみじみと話されると、しっかりと伝わる。同情する大人たちも増えてきた。
そういう話が口コミで広まり、子どもたちに同情の声が集まると、またあの男がやってきた。親だと名乗った男だ。
「こんなところで何をしているんだ。父さん探したぞ」
子どもの手をつかんで引っ張っていこうとする。
それを見た炊き出しを受けているお婆さんが、それを止めた。
「この子は違うと言っているけど……」
「それなら、この子のことは何でも聞いてくれ」
そうして、前と同じようなやりとりをはじめた。
「お父さんの名前は?」
「ルーカス」
「この子の好きな食べ物は?」
「ポテトにチーズをかけたの」
「嫌いなものは」
「野菜。特にピーマン」
素直な子どもは、前と同じように全部首を縦に振る。まったく一緒だ。
そのときに、僕が男に後ろから声を掛けた。
「久しぶりだな。ダニエラ」
「おう、なんだ。」
振り向いた男は、つい返事をする。
「あれ、ルーカスじゃなかったのか?」
「しっ、しまった」
男は慌てて口を押さえる。
男の本名はダニエラだ。僕が〈鑑定〉で見て声をかけたのだが、うまく引っかかってくれた。
「この男は誘拐犯だ。父親の振りをして子どもを誘拐するんだ。奴隷商にでも売るのか?」
そう聞いて、近くにいた保安隊が集まってくる。
”奴隷” ”誘拐犯”という言葉に、野次馬も集まってくる。あっという間に、男は囲まれた。もう逃げることはできない。
「待ってくれ。違うんだ……。正教会から頼まれたんだ……」
地面にひざまずいて、男は必死に弁明をする。
正教会から金で依頼されたこと、そして、ほかにも教会本庁の悪い噂を流していたことを話してしまった。
「だから、本当に悪いのはあいつらで、俺じゃないんだ」
弁明をすればするほど、正教会の悪巧みが明らかになっていく。まわりの人たちは唖然と聞くだけだ。それでも男は必死に弁明を続けていた。
それを見ていたクレバーがニヤリと笑う。
「突破口が見えた」
その一言にLがクレバーの意図を理解したようだ。
「クレバー。いいことを教えてやろう。タルクニウス伯爵はバカだ。あいつをコマとして選んだということは、ドクトルもたいしたことないぞ」
さあ、クレバーの反撃だ。




